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最弱魔法の歌姫  作者: クロ
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2

「……ん」



 青暗い夜の色が空を覆う夜明け前。

 早朝というよりまだ夜に区分されるだろう時間帯にヒメネスは自室のベッドでふと、目を覚ます。


 ヒメネスは朝に強い性質たちだ。それは元々備わっていた性質ではない。『歌詞を書き留める』と決めた時から、今日まで毎日早起きを心掛けていたからこそ身に付いた性質だった。

 その性質あってか、顔を洗うことなくぱっちり目を開けたヒメネスは何かを思い出すように唸ると、ポンッと記憶が呼び覚まされた。


(よかった。思い出せた……)


 ふぅ、と額に浮かんだ汗を拭く。そして静かにベッドから抜け出すとヒメネスは机へと向かった。



「えっと……確か」



 机の上に無造作に置かれた鉛筆を握ると、開かれたノートにまだ辛うじて覚えている歌詞を付け足した。それは一文字と大した量ではなかったが、いつもは思い出せない時もあるのでそれに比べた遥かに上出来だ。

 ヒメネスは満足げに頷くと、高らかにそのノートを天井に向けて、



「やっと完成したぁ」



 一年半と一週間の時をかけ、遂に完成した歌詞にヒメネスは喜びの声を上げた。


          ◇


 まだ薄暗い時分、密かに自宅を後にしたヒメネスは、その細い腕に歌詞ノートを抱いて家の裏にある空き地へと足早に向かう。


 目的は勿論、歌を唄うためだ。歌詞を書いたのに唄わないなんて歌に対する冒涜だ。それに音程は忘れてるけど、歌詞を見ながらだと何故か唄える気がした。


 しかし部屋で歌うと、なにゆえ小さな家のためその声で家族を起こしてしまう可能性が高い。せめて昼前なら良かったのだが、今は午前5時。大人も子供も幽霊も寝静まる時間ゆえに、歌で起こしてしまうのは罪悪感が生じる。それどころか怒られる可能性だってある。

 だから唄っても声が響かないだろう空き地に向かったのだった―――が。



「……あれ?ヒメ、こんなに時間にどうしたんだ?」

「ハッハッハ。なんだかんだ言って結局ヒメも剣の練習がしたくなったんだな。流石はオレの子だな!」



 空き地の中心に生えている、一際大きな木のふもとに汗をかきゼェゼェと息を漏らしながらも木剣を握るヴィレッカとヴェリアスの姿があった。

 

 どこで練習してるんだろうと思ってたけど……ここでやってたんだ。それにしてもこんな時間にも練習するなんて……断っといて正解だったよ。


 ホッと息を吐いてると、練習は中断したのかヴェリアスが一人こちらにトコトコと近づいてきて、ん、と己が持っている剣を差し出してきた。



「ふふふふーん。さぁ、ヒメ!ほらっ、お前も剣を取れ!」

「え、いやだ」



 いきなり何言ってるのこの人。剣はやらないって先週も言ったはずでしょ。


 やけに上機嫌じょうきげんで木剣を薦めてくるヴェリアスの誘いを、ヒメネスはきっぱり断る。



「えぇ!?剣がやりたいからこんな早朝にここに来たんじゃないのか!?」

「ううん。そもそもわたしはパパとお兄ちゃんがここにいることなんて知らなかった」

「毎日散々気が向いたらここに来るようにって言ったじゃないか!」

「?」



 そんなこと言ってたっけ?記憶にないけど。



「ヒメ……少しはオレの話を聞いてくれ……」



 首を傾げるヒメネスを見て、ヴェリアスは力無い笑みを浮かべガクリと頭落とした。大の大人が本気で落ち込むその様は一言で言えば悲惨そのものだ。剣を断った時といい、最近情けない姿しか見てない気がする。


(ま、まぁ、仕方ないよね。パパの話長いし、つまんないだもん。わたしは悪くないよ。)


 開き直ったようにウンウン頷いてるとヴィレッカが声をかけてきた。



「じゃあヒメはこんな時間に何をしに来たんだよ」

「うぐ……」



 ヒメネスは口ごもる。


 そう。確かに、剣を習いに来たのでなければ何故こんな時間に家を抜け出したのかと言う話だ。返答次第ではキッツい説教が待っている可能性もある。こんな状況で歌を歌う為だなんて言ったらどうなるか。説教は可能性から確実へと変貌すること間違いなしだ。それくらいはわたしでも分かる。問題は説教の内容だ。


 それこそ前回の時みたいに一ヶ月おやつ抜きとかだった場合………。


 ブルブルブル、そんなのは耐えられない!わたしはおやつが大好きなのだ。


 おやつは主に母親の手作りなので種類が豊富ではなかったが、味は過去に朝昼晩三食おやつにしても生涯暮らしていける、とヒメネスが豪語するほどのものであった。


(ぜ、絶対に言えない!)



「さぁて、ヒメ。剣をやらないんだったらそれ相応の罰が待ってるんだが……剣をやるのか?やらないのか?再度検討してみてくれ」



 ヒメネスの反応があまり芳しく無いことに、すべてを察したのだろう。

 にやり、と。ヴィレッカはどこか自虐的に笑った。元より選択肢はない。説教をくらいたくなければ剣の稽古をやるしかないのだ。


 説教か剣の稽古、どっちがマシかな…。


 瞬時に『剣の稽古』『説教』二つを心の天秤に置く。やや『剣の稽古』の方へ傾き気味だ。『説教』を『一ヶ月おやつ抜き』に変換して考えてみる。『剣の稽古』が宙高く飛んで行った。

 

 結論が出た。剣の稽古をしよう。



「わかった、お兄ちゃん!パパ!わたし剣の稽古やるよ!」

「ははっ、だろうな。ヒメはおやつの魅力には勝てないからな。ほら父さんいつまで落ち込んでるのですか?ヒメが剣を習いたいそうですよ」

「お、おお!やっぱ流石はオレの天使だ!任せておけ!オレが剣のイロハ全て叩き込んでやろう」



(え、ええ。何でこんなにやる気なの……?)


 スクッ。急に元気を取り戻し立ち上がるヴェリアスにヒメネスは引きつった笑みを浮かべた後



「せ、せめてイロハのイまででお願いします……」



 こうして、ヴィレッカが剣を習い始めてから一週間後、ヒメネスも剣を習うこととなった。


          ◇


 ……。

 …………。



「も、もうむり……」



 闇が晴れ、朝の淡い光が空を覆い始めた頃。

 光を遮断する大きな木陰の下に、ぐったりと横たわったヒメネスの姿があった。

 着ていた寝間着は激しく着崩れ土まみれになっており、熱を帯びた吐息はこぼれ、汗は全身に浮かんでいた。


 まさか稽古がここまで辛いものだとは思わなかった。足が腕がガクガクと痙攣して動かない。こんなことは生まれて初めてだよ。


 そんなヒメネスを、ヴェリアスは呆れたように見下ろす。



「おいおいもう離脱か?情けないぞヒメ」

「ま、まだ初日だもん……」

「レッカは初日でも最後までやれたぞ?」

「ぐぬぬ……」



 そう言われると言い返せない。唸っているとヴィレッカがフォローを入れてくれた。



「まっ、ヒメは女の子だからな。仕方ないさ」

「ッ!……うんうん仕方ない仕方ないわたし女の子だもんね!」



 何故だろう。同調しただけなのにヴィレッカが睨みつけてきた。


(わたし何かしたかな?)



「……まぁ、いい。それより父さん。俺達は続きをしましょう」

「ふっ、我が子ながらとんでもない戦闘狂に育っちまったもんだ。いいぞ、やるかレッカ!ヒメはそこでゆっくりしてな」



 同じ練習内容だったはずなのに疲れる素振りも見せず、俄然やる気満々のヴィレッカ。それを見て嬉しそうに頬を緩めるヴェリアス。そしてすぐに剣をぶつけ合う……暑苦しい二人を遠目に、ヒメネスは戦慄した。


 ……これを毎日やるのか、と。


(うぅ……。これなら一ヶ月おやつ抜きだった方が楽だったかも……。何でこんなことに……)



「あっ!」



 そこでようやくヒメネスはここに来た目的を思い出した。



「むぅー……」



 全身が悲鳴をあげる中なんとか身を起こしたヒメネスは、木のふもとまでゆっくりと進むと、練習時に邪魔だからと置いていた歌詞ノートを拾う。


 元々剣を習うため……ではなく唄う為にここに来たのだ。それでも我慢して剣の練習をしたのだから、これはもう自分へのご褒美として唄っても良いのではないか。


 よし、唄おう。すぐ唄おう。


 ヒメネスは、そのまま幹を背に腰を下ろすと、今までの努力の結晶であるノートを開いた。まず第一に幼い字で走り書きされた歌詞が目に映り―――途端、ヒメネスは錯覚を覚る。


 それは言葉にするにはとても難しい。言うなれば、まるで、足りなかったパズルの最後のピースが見つかった時のような……そんな感覚だった。



「~♪」



 いつの間にかヒメネスは目を閉じ、その歌を口ずさんでいた。

 あれだけ思い出そうにも思い出すことができなかった歌は、ヒメネスの口によって音の狂いなく紡がれていく。


 旋律は風に乗り空を舞い空間を支配した。作り上げられた音楽は空間を支配しただけじゃ飽きたらず、新しい世界を構成する。自分の自分だけの世界が構築され、気が付けばヒメネスはその世界へと引き込まれていた。


 そして、


          ◇


 誰が唄ってるのだろうか。


 美しき歌声が場を支配した。

 優しい旋律は風に載り、波はリズムを刻む。


 突如流れた音律に剣を止め、目を閉じ、すっかり聞き入ってしまっていたヴィレッカは戦闘中だったことを思い出しすぐに瞳を開けた。


 例えそれが数秒であっても戦闘中に視線を外す行為は命取りだ。

 急いで視線をヴェリアスに向ける、がそれは取り越し苦労だったようだ。


 ヴェリアスもまたヴィレッカから視線を外し、何故か驚愕に満ちた表情をしてた。

 何事だろう? 


 気になって、ヴェリアスの視線を追ってみる。



「……ヒメ?」



 瞳に映ったのはヒメネスだった。

 ヒメネスは自分の世界にすっかり入り込み一心不乱に歌声を風に載せていた。

 風はヒメネスの淡い桃色の髪を乱しつつ、何度も忠実にその歌を遠くへ遠くへと飛ばしていく。飛ばされた歌は世界を創造しているかのように空中で集い、ヴィレッカにはそれが光り輝いているように見えた。



「この歌はヒメが?……いい歌だな」



 目の前で繰り広げられる幻想的な光景に、ヴィレッカは過去を思い出し、再び目を閉じた。


          □


 先程まであった疲労が光の粒となり飛んで行く。

 否、それは心身の疲労だけではなく身体中に絶え間なくあった傷をも消滅させていた。



「馬鹿な……」



 ポワポワと光が宙を舞う中、ヴェリアスは愕然と口を開けた。


 『初めて聞いた歌』だとか『歌がとてつもなく上手い』とかは、今はどうでもいい。

 重要なのは『音の大きさを変える』力しかなかった筈の【音魔法】で、『回復』という全く別の力が発現していることだった。


 【音魔法】。これをどうにかして使えるものにできないか。まだ隠された力はないのか。今は落ち着いてるがヴェリアスにも野心が灯る時期があった。


 この国では7歳で洗礼式が行われる。その時にようやくこの国の国民として正式に認められるのだ。国民として認められた以上、【魔法使い(ヴィザード)】は国を出ることが出来なくなる。それは国内で最弱と馬鹿にされ自分の成果を幾度も横取りされてきたヴェリアスにも適応するルールだった。

 成果を上げても横取りされる。横取りされぬよう他の国に行こうとしても許されない。八方塞がり。だが、ヴェリアスは諦めなかった。それどころか……ならば、と瞳に炎を灯した。


 最弱とされている【音魔法】の別の力を見つだせば少しでも地位は上がり、成果が横取りされることはなくなるはず。必ず見つけだして見下してる奴ら全員を見上げさせてやる!


 しかし思い浮かぶ限りのあらゆる方法を試しても、『音の大きさを変える』以外のものは見つかず最終的には挫折した。当然の如く、その方法の中には『歌を唄うこと』も含まれていた。



 だからヴェリアスは、驚く前にまず疑った。


 これは幻覚か、と。けれど、何度見ても目に見えていた傷は消えている。身体を重くしていた疲れはキレイさっぱり取れている。皮膚を引っ張ると痛みがあることから、これは夢でもないと言える。


 …………お手上げだ。


 理屈は分からないにしろ、ここまでされてしまっては認める他ない。この初めて聞く歌に力があるのか、ヒメネスに力があるのかは分からない。が新たな力が発現してしまった以上、ヒメネスはいずれ困難に巻き込まれて行くのは間違いないだろう。



 なら今くらいはゆっくりとさせてくれ。



 ヴェリアスはどこか諦めたような息を吐くと、険しい顔を一変、和やかな笑みを浮かべ、音調に合わせて肩を揺らし始めた。

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