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―――わたしは眠ることが好き。
眠ると夢の世界に行けるから。
夢の世界ではいつも誰かが唄っている。
お父さんでもお母さんでもない誰かが。
今まで生きていて聞いたこともないはずのその歌は何故かわたしの胸によく響いた。
人は生きてる限り必ず睡眠をとる。
こうして毎日毎日、歌を聴き続けたわたしはいつしかその歌の虜になっていた。
だから昔は時間の無駄だからと嫌いだった眠ることも今では好きになった。
しかしどれだけ聴いても、目が覚めればその歌はわたしの頭から消えていく。
夢は夢だと言わんばかりに煙のようにモヤとなって消えていくのだ。
だけど目覚めてすぐの間だけは断片的であるが歌を思い出すことができた。
だが音程を言葉に表すのは難しい。
だからわたしは歌詞をノートに書き留めた。
いつか音程を思い出した時にすぐに歌えるようにと。
書き留め初めて早一年半。
思い付きで始めたそれは今や日課となり、あと少しで歌詞を全て書き留めることができるところまできた。
あと少し。
わたしは今日も今日とて書き留める。
◇
【魔法】。
それは、この世界において、使用者できる者がこの世界の人口の1%にも満たない、極めて特異な固有能力を意味する。
魔力と呼ばれる見えないものを使い、各々固有の能力を現実に発現させる力を総じてそう呼んだ。
それは人々に神の与えた奇跡だと謳われ、また同時に、悪魔の呪いだとも蔑まされた。どちらの考えもあながち間違いではない。
未知たる力が自然に発生したと考えるよりも誰かに与えられたと考えた方が納得ができるからだ。
【魔法】の発現が確認され百年。
その頃になると当時、未知の塊だった【魔法】についてもある程度は分かるようになっていた。
その中でも大きな影響を与えたのはふたつ。
【魔法】は完全な血統によって受け継がれるため、突然発生する事はないと言うこと。
そして、異なる【魔法使い】同士が交わり子供を授かると、その子供はどちらか一方の能力しか受け継がないと言うことだった。
そのため、百年の間に国の戦力に成りつつあった優秀な【魔法】を失わせる、そしてその力を他の国に渡す訳にはいかないと、ある国は国令を出した。
内容は『【魔法使い】同士、あるいは異なる国籍の者との婚約を認めず』というものだった。
だが、どれだけ国にとって営利があろうとも勝手に決められた者にとっては、たまったもんじゃない。
その国いた八人の【魔法使い】は口々に反対した。
しかし、そこは国としても退けない。
だから国は【魔法使い】に国令を受ければ、代わりに爵位を与えると約束した。
【魔法使い】はそれを呑んだ。
そして、【魔法使い】には特別な地位が与えられることになった。
元々この国の爵位は上から<公爵>、<伯爵>、<子爵>、<男爵>、<騎士爵>とあった。
それに基づき【|魔法使い≪ヴィザード≫】には『魔』の文字を取って、<魔公爵>、<魔伯爵>、<魔子爵>、<魔男爵>、<魔騎士爵>の座が優れた【魔法】順に与えられた。
ある家系を除き……。
それは、最後まで反抗したから爵位を貰えなかった……という訳ではない。……ただ【魔法】がショボかったのだ。
初めは国も一応【魔法使い】だからと<魔騎士爵>の爵位を与えようとした。
だが、他の<魔騎士爵>の爵位に就いた【魔法使い】からの猛烈な反対から、それを断念。
代わりにその家系には貴族ではないが小さな田舎村の<領主>の座が与えられた。
◇
「―――で、その憐れな【魔法使い】が俺達と言うわけですか。なるほど話が読めました。父さんのその背中にある木剣は【魔法使い】なのに魔法が使えない俺達の為に用意してくれたのですね」
「お前は5歳なのに本当に賢いなぁ……」
早々に結論付けて頷く息子に、ヴェリアスはしみじみと苦笑をこぼした。
息子の名前はヴィレッカ。双子の兄で、父方の血を引き継いだのかヴェリアスと同じ黒髪青眼で、年頃の子供らしく好奇心旺盛な目をギラギラと輝かせていた。
それに比べて……。
ヴェリアスは同じく目の前に鎮座する娘を見やった。
娘の名前はヒメネス。双子の妹で、母方の血を強く引き継いだのかヴェリアスの妻、ミルフィーナと同じ柔らかい桃色の髪を束ねた少女だ。
しかし、ヒメネスはそのクリクリとした碧色の瞳を眠たげに細め、何故か明後日の方角へ向けていた。
真っ直ぐこちらを見つめてくるヴィレッカと明後日の方角を見つめるヒメネス。物分かりが良すぎて手の施しようがない息子と注意散漫で手の施しようしかない娘。
何故同じ育て方をしたのにこうも性格が違うのだろう。やはり男の子と女の子では育ち方は違うのだろうか。
ヴェリアスは無性に頭を押さえたくなったが、子供達の前でそんな情けない姿を見せるわけにはいかない。
まだ子供達の前では格好をつけたいのだ。
だから代わりに大きく息をはくと、二人に向き合って話を切り出した。
「レッカ、ヒメ。よく聞いてくれ」
「はい父さん」
「……ん?どうしたのパパ?」
相も変わらずマイペースすぎる自分の娘に早くも頭痛を催したが、格好をつき通すと決めた手前、今更頭を押さえるわけにもいかない。
「5歳のお前達に今言うのは酷かもしれないが言っておく。非常に残念なことなんだが……オレ達が先祖様から代々伝わりし【魔法】……【音魔法】の能力は『音の大きさ変化』と戦闘では全く役に立たない代物だ」
「ちょっと待ってください父さん。音の大きさを変化出来るなら伝言役としては使えるのでは?」
「お前ホントに5歳なんだよな?……まぁいい、質問の回答だが……残念ながら伝言役は【伝心魔法】のセラリック魔子爵家が牛耳ってる。オレ達の入る隙はない」
「……そうですか」
ヴィレッカは悔しげに呟くと、「なら」と言葉を続け、頭を下げた。
「父さん、俺に剣を教えて下さい!」
「ぶふっ!」
その真剣そのもののヴィレッカの表情に思わず、ヴェリアスは噴き出してしまう。
「父さん?」
「すまんすまん。お前に頭を下げられるとは思っていなかったんだ。今日は元よりそのつもりでお前達に木剣を持ってきたんだよ」
ヴェリアスは背負っていた十数本の木剣をバアッとヴィレッカとヒメネスの前にばらまいた。
ヴィレッカはそれを見て興奮の声を上げる。
「さぁ、どれでも好きなのを選んだら剣の練習をするぞ!」
「はい!ありがとうございます!」
その言葉に、ヴィレッカが頷く。
しかし、いつまで経ってもヒメネスは頷かない。
「ひ、ヒメ?」
恐る恐るといった感じでヴェリアスが言うと、ヒメネスは顔を横に振って言い切った。
「わたしはやらない」
「なにッ!?」
まさか断られるとは思ってもいなかった。
驚きのあまり開いた口が塞がらなくなっていると、ヴィレッカが呆れたように息をはいた。
「話を聞いてたのかヒメ。俺達は魔法が使えないんだぞ?だったら剣を使えるようになった方がいいって」
ヴィレッカは基本目上の人には敬語だが、それ以外には軽口で話す。これは昔から知っていたことなので、変更された口調に疑問を抱くものはこの場にはいない。
「えー、やだよ。だって……」
「だって、何だ?」
言葉を濁し、ゴニョゴニョと言い難そうに口を動かすヒメネスに「一体どんな理由が……」とヴェリアスとヴィレッカの二人は息を飲み。
「だって……剣振ると疲れるからやだ!」
「「ズコーッ!」」
二人は漫画みたいに頭から崩れ落ちたのだった。
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