何も無い日常
「――――――――そういう事言う奴ってのは似非博愛主義者か、呆れるほどに寛容な奴か、唯の負け犬か、だ。お前は明らかに二番目だけどな」
高校三年の夏、僕をそう評したのは誰だったか。
あれはとろける程に熱い暑い日だった。
太陽が爆発したのか、オゾン層が遂に破れたか、でなけりゃ顧問の呪いとしか思えない程のカンカン照りの中、僕らは乾ききった広大なグラウンドにいた。
夏休み三日目の学校のグラウンドはタクラマカン砂漠だってもう少し潤いがあるんじゃないかと思うほど乾いていて、具体的にはひび割れが酷くて水撒きを三十分間もしたくらいだ。
そんな地球すら悲鳴を上げる直射日光と輻射熱の中で僕らが何をしていたかと言えば――。
一言で言えば、野球。
勿論高野連にも入っているれっきとした公式な硬式の野球部だ。
高野連に入っている野球部の夏といえば甲子園で、高校野球最大のイベントで、日本一の高校を決める大会で。
そんなものが関西で行われているというのに、僕らは関東の一地方の高校にあるグラウンドに集まっていた。
どうした事だろうか?
どうと言う事も無い。
ただ、僕らは予選落ちをしただけだ。
しかし、そんなに悪い結果じゃなかった。
予選の県大会では決勝まで行ったんだ。
決勝戦の相手は甲子園で行われる本戦でも優勝候補と目される強豪校。試合は序盤から両者攻め合い一進一退の攻防を見せる正に熱い戦いだった。
球場の場内温度計が二度上がったくらいに熱い戦いだった。
でも、負けた。
七回の表で投手が疲労によるへまを犯して大量得点を許してしまい、八対四で迎えた九回の裏、僕らの攻撃回。
熱い激闘を繰り広げた僕らには神風が吹いていた。八回の裏じゃ得点には至らなかったけど、打点は快調で四つある塁は全てうまっていた。明らかに僕らが圧していた。
このまま行けば同点満塁ホームランも不可能じゃない。プラス一で逆転サヨナラ勝ちだって夢じゃない。
夢じゃないけど、現実は三者三振では幕を閉じた。
どうやら近年の神風は特攻にしか使えないらしい。
この結果に顧問は茹で上がった卵みたいな頭を抱えて崩れ、フサフサのコーチは、
「惜しかった。………とは言わない。大会は結果が全てだ。残せなかった記録と残した無念を未来に繋げろ」
鷹のように鋭い瞳だった。
それが一月くらい前の話。
現在の僕はグラウンドに水を撒いている。右手に持ったホースがいやに冷たい。
「何してんだ?」
遅れてグラウンドにやってきたのは中学からの友人でレギュラーで四番で。もう大会も無いから来ないという三年生は多い。が、こいつと僕は未だにここに来ている。
高校生活最後の夏休みを、部活も無い暇な時間を貴重と思う気持ちは欠片も無いらしい。
「欠片も無いねえ。まあ、いいけどさ」
「僕はあるつもりなんだけどね。つい癖で」
「………癖なぁ」
友人の顔が哀れみというか、胡散臭いというか、何かそんな顔に歪んでいた。
癖如きで毎日何リッターも汗を流す僕はおかしいのだろうか?
三十分掛けて水撒き完了。ホースを片付けて練習に参加する。
準備運動を終えたらバットを取り出して素振り開始。と、友人がバットを振りながら近付いてきた。
「……お前さ」
「うん?」
「結果は出なかったけど、頑張ったからそれで充分だって言ったよな」
僕は素振りを止めずに考える。………そんな事言ったかな。まぁ、言ったかな?
「それってさ、どういう意味?」
聞かれても困る。うろ覚えだから。まぁ、でも多分、
「結果も大事だけど、過程も大事なんだと思うんだ。努力は決して無駄にならない。努力って言う過程は、夢って言う結果に繋がらなくてもいいんだと思う。夢を目指す事が重要で、それが叶うかどうかはまた別問題だと思う。――――ほら、夢は見るものだし」
僕の演説をどう思ったかは分からないが友人はこれ以上ないほど目を細めて胡散臭さ爆発って感じの顔をしていた。むしろ、こいつが僕の演説をどう思っているか分かりたくない。
「…………変かな?」
「いや、そうでも無いだろ。そう言うこと言う奴はごまんといるだろ。でも、そういう事言う奴ってのは似非博愛主義者か、呆れるほどに寛容な奴か、唯の負け犬か、だ。お前は明らかに二番目だけどな」
カカカッと笑う友人。その横顔が何処までも憎たらしい。だから、僕は、
「……………………そりゃ、どうも」
それは、暑い暑い夏の日の変わらない日常だった。