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壊れたエンターキーと戦いながらの執筆はキツイ。のですが、エンターキーの調子がいい時に出来るだけ、できるだけ書きすすめていきたいと思います。そのうち、新しいの買おう。
それと・・・。
教えられて初めて気付いたのですが、「お嬢さん」が「お譲さん」になっていたようです。まったく気付きませんでした。恥ずかしい。キーボードが馬鹿で、「お譲さん」と打ってしまうのです。恥ずかしい。
この話から「お譲さん」は打たないようにします。
「お客さんって・・・・・・・・・人界出身だったのね」
人界、そう告げたシュリさんの表情から笑みが消えた。
シュリさんだけじゃない。
周りの客や女中さんからも笑みは消え、無言で私を見ていた。その眼は無機質で冷たく、まるで物を見るような眼だった。・・・・・・私は、何か変なことを言っただろうか?
言い知れぬ恐怖から身体を小さくし、シュリさんから離れようと椅子ごと後ろに下がった。
視線が泳ぐ。
助けを求めてライさんを見たけど、無言で首を横に振られた。どうしようもできないらしい。・・・ピンチじゃない、これ?
ごくり、唾を飲み込んで考える。
私が口にしたのは姉のことと、元彼の・・・・・・あ、元彼が原因か。勇者って魔族を倒す存在として有名だからね!って、明るく言うことじゃない・・・っ。ど、どうしよう。
やらかしたことに気づいてさぁっ、と血の気が引く音が聞こえた。
自分で死亡フラグたてちゃったよ・・・!
「そう、人界出身なのね」
「いや・・・えっと、そのっ!」
「姉に勇者の元彼を奪われて、傷心旅行でここに来るなんて」
「別に傷心旅行じゃ・・・・・・ん?」
「人界ってそんなに良い旅行先がないのね!!だったらなおさら、魔界に来て正解よ!」
あ、あれー?
「そうだよな、人界なんて魔界と比べたら面白味も目新しさもない寂れた旅行地しかないんだろうな・・・旅行にはむいてねぇだろう」
と、少しカウンター席に座る角が生えた恰幅のいい中年が頷きながら言い。
「そもそも人界は俺たちが捨てた領地だ。俺が以上のモノが作れるはずがねぇよ!実際、人界で建築物見たけど大したことなかったからな!やっぱり俺が作る建物が一番なんだよ!」
と胸を張って叫んだのは顔が赤くなった犬の耳と尻尾を持つ屈強な中年で。
「そうだなぁ・・・。俺が若い頃に見た人界が今と変わらぬなら、確かにそうだと言えるだろう。・・・が、お前の技術はまだ未熟だ馬鹿者が!それでは当分、棟梁を任せられんぞ!」
と言って屈強な中年を叱咤したのが猿の耳と尻尾を持った職人気質な老人であって。
シュリさんの叫びがきっかけなのか、皆、人界について話している。主に駄目な点を。
そんなに・・・そんなに人界って駄目なのかな?
ヴォルヴァを見る限り、文明の違いを感じるけどそんなに駄目とは思わないんですけど。
「人界なんて帝国の劣化版よ!」
鼻息荒くシュリさんが言うので、大人しく口を噤んでおく。
と言うか・・・・・・人界出身なことは問題じゃないの?人界が駄目なだけであって、出身はどうでもいいの、かな?この反応を見るに。元彼が勇者なのも関係ないみたいだし。
えー・・・怖がったのが馬鹿みたいじゃない。
「魔族は人間を下に見てるけど、別に差別してないからな」
「それ、最初に言ってくれません?」
「リタンの反応で大体判るだろう?」
いや、憐れまれたことしか判らないんですけど。
「それにしてもお譲ちゃん、彼氏が勇者って本当か?」
「え、あ・・・はい。そうですよ。勇者のパーティメンバーに選ばれた幼馴染が誇らしげに元彼を家に連れてきて、姉さんに『この人が勇者です!』って紹介してるのを聞きましたから」
「・・・勇者の、パーティメンバー?」
「はい。魔法使いとしてメンバー入りしたって姉さんに言ってるのを聞きました。アイツ、姉さんに惚れてたから、小さい頃から何か良いことがあるとすぐに姉さんに報告して・・・・・・まぁ、それは幼馴染だけじゃなくて、他の人もそうですけど」
溜息を吐いて、番茶をすする。
・・・ああ、お茶って美味しい。ほっとするなぁ、冷めてるけど。
「死んだ両親も姉さんのことしか頭にないみたいで、私の存在を忘れることが多々あったぐらいだし・・・別に良いんですけど、偶には私とも会話して欲しいもんですよ。私にする話なんて、姉さんが今日何処にいるかとか、姉さんの用事が空いてる日はいつかとか、姉さんに関する用事とか伝言ばっかだし・・・・・・。楽しく会話できるのはお隣の老夫婦と猫友の騎士だけだったんですよね。あ、あと元彼」
「勇者はついでかよ」
「それよりもちょっと、いえ、物凄くお客さんの過去が気になるわ」
「気にする程のことじゃないですよ。・・・って、ライさん待ってください!」
無言で席を立ち、会計をエンジュさんに手渡して店を出ようとするライさんの後を慌てて追いかける私の背に、シュリさんが楽し気に告げた。
「今度の男は盗られないように気をつけるんだよ!」
いえ、ライさんは旅の同行者であって恋人ではありませんから!
振り返って否定することもせず、私はライさんを追いかけた。暖簾を潜れば随分と遠くにあるライさんの・・・・・・以外に近くにいた。
店から数歩離れた距離に立ち、欠伸をするライさんの傍に小走りで駆け寄る。
「観光に行くか、お譲ちゃん」
「観・・・光?え、あれって本気だったんですか?嘘でもその場を和ませる冗談でもなく?」
「嫌なら行かないぞ」
「行きたいです!」
素早く挙手をした私の眼は間違いなく、輝いているだろう。
この異国情緒あふれる場所なら、何処を見ても楽しいはずだ。いや、楽しいに決まってる。
あちらこちらに見える屋台から活気あふれる声が聞こえるし、好奇心を誘う程の良い匂いもする。さっきご飯を食べたばかりだけど、物凄く胃が刺激されるよ。
ああ・・・涎がでそう。
「お譲ちゃん、お譲ちゃん。だらしない顔になってるぞ」
「・・・そ、それでどこに行くんですか?あの鳥居があるところですか?それとも社みたいな場所ですか?それとも」
「落ちつけって。ゆっくり・・・そうだな、食べ歩きしながらでも回ろうぜ?」
「はい!」
素敵な提案ですねそれ!
即答で頷いた私に、ライさんが楽そうに喉を鳴らして笑った。
屋台でりんご飴と言う甘味を買ってもらい、それを食べながら案内されたのは人界でも良く見かけた教会の和風版。ライさん曰く神社、と呼ばれる場所の境内を散策し、次に向かったのは千本もの鳥居が連なる道。
この先にあったのは小さな祠で、何でも巫国・ヴォルヴァの初代カムナギを祀っているとかなんとか。りんご飴に夢中だった私は話半分で、適当に相槌をうっていました。ごめんなさい。
その次はヴォルヴァの王族――と言うより、神職が住まう和風建築の城の前に案内され、その次はお店から香る醤油を焦がしたような香ばしい匂いのせんべいを買ってもらい、それを店の中で緑茶と一緒に呑みながら食べた。美味しかったぁ・・・。次に案内されたお店の練り菓子も、抹茶と一緒に食べれば甘すぎなくて美味しかったし。
私、食べてばっかだなぁ。
ライさんが屋台で買った人形焼きを1人で食べるのを横で見ていたら、ぐいっと誰かに右腕を引っ張られてしまった。・・・え?
人気のない、薄暗い路地に引っ張られてな、何だろう?と思うより先に背中に痛みがはしって、思わず眼を閉じてしまった。うぅぅ・・・な、何事?
「あの方から離れろ、人間」
恐る恐る眼を開けたら、見知らぬ銀髪の執事服が妙に似合いすぎる男性だった。
・・・どちら様?
私は男性の青に近い灰色の双眸を見ながら、こてりと首を傾げた。
長身痩躯――――。
その言葉が似合う体型の美丈夫は鋭い眼光で私を睨みながら、壁に右手をついた。音に吃驚して左に逃げようとしたら、左が塞がれた。あれ、これ逃げられない・・・?
「何の目的であの方に近づいた。場合によっては殺すぞ、人間」
発言が物騒!
え?え?え!?何で私、見ず知らずの人に脅されなきゃいけないの・・・?と言うか、あの方って・・・・・・・・・・・・ライさんのこと?え?ライさんと知り合いなんですか?
とは、怖くて口が開けず、情けない音だけが唇からこぼれる。
殺気が痛い。
眼力が怖い。
美形が本気で怒った姿は魂すら恐怖させるよ・・・っ!
ライさん、ライさーん!貴方の知り合いがここにいますよ!貴方の知り合いから脅されてる私をついでで良いから助けてくれませんか!この人回収するついででいいんで!!
心の中で救助信号を送っても、来てくれないと判っているがやらずにはいられない。
「いや、殺すか」
何がどうなってそうなる?!
ひぃぃ・・・こ、この人本気だ。だって首元にどこから出したのかナイフ押し当ててるんだよ?うぎゃぁぁ、ちりっと痛みがはしったよ!絶対薄皮切れたっ!
「こんなこともあろうかと、持ってきて正解だな」
どんなことを想定して持ってきた!?
ガチガチと歯が音を鳴らし、迫る死の恐怖に震えが止まらない。
空の聖女の力を使えればいいんだけど、私は暴走が怖くて、と言うか魔法と無縁の生活を送っていたからいまいち使い方が判らなくて、ライさんがいないと安心して空の聖女の力が使えない。ライさん、助けてください・・・。
仄暗い色を見せる男の視線から逃げるよう、眼をぎゅっと瞑った。
「人間なんて、あの方には不要だ。死ね」
ナイフに力が込められたのが、見なくても解る。だって首が物凄く痛いから!
だ、誰も助けてくれないこの状況化、どうにかして空の聖女の力を暴走させずに発動させるか。なんて考えてる余裕はないね!死にたくないからもう、暴走覚悟で逝きます!誰か巻き添えでお亡くなりになった申し訳ありません。
悪いのはこの男ですから、恨むなら私ではなくこの男を是非っ!!
「告げる。暴虐の化身たる獣よ」
「はいちょっと待とうかー」
気の抜けた声と共に、首から痛みが消えた。
私の身体に纏わりついていた風は、集中力が切れたのか眼を開けた途端に霧散した。気のせいか、何かが文句を言っている声が聞こえたんだけど・・・もしかして風の精霊?いやいや、七聖女って精霊から力を借りれないって言ってたしないか。
あれ?でも風の女王基精霊王からの寵愛を受けて力を宿している訳で・・・・・・駄目だ。良く解んなくなった。とりあえず、私は眼の前から消えた男を探そう。別に考えることを放棄した訳じゃな・・・あ、頭を押さえて地面に座り込んでたのを発見。
大きなタンコブを頭につくった男の背後には、紙袋を持ったライさんの姿。紙袋を持たない左手が拳を作っているのを見るに、いや、見なくても殴った犯人はライさんだ。だってあの時の声は誰かが声真似してなきゃライさんでしかないからね!
ライさんの姿を見とめて、私は脱力した。
良い意味での脱力だ。
死の恐怖から張っていた緊張が、良い感じに緩くなったよ。このまま座り込んで長い長ーい溜息をつきたい気分。いや、座らなくても吐こう。
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・ほっとした。
「まったく、いなくなったと思ったらコレか。よっぽど、エンカウント率が高いんだな。主に死亡フラグ系の」
「・・・言わないでくれませんか?そして不可抗力です。私はこの、ライさんの知り合いらしき男によってここに連れ込まれたんです。殺されそうでした!」
「助かったんだから良いだろう」
「そうですけど」
出来れば怪我をする前に助けて欲しかったです。
恐る恐るに触れた首はやはり、触れるだけでピリリと痛みがはしる。ついでに指先にべったりと赤いのがついた。うわぁ・・・鉄臭い。袖口で首元に押し付け、圧迫して止血しよう。
うう、痛い・・・。
「ところで――――なんでいる?」
難しい顔で私を見たライさんが、男に向ける視線は人を射殺せる程鋭い。私に向けられている訳じゃないのに、身体が恐怖に支配された。殺気を放っていないのに、畏縮して動けない。おおぅ・・・、男から大量の冷や汗が出てるよ。
ついでに言えば、顔色が死人みたいに悪い。当然か。
「なんでいる?」
「そ、それは貴方様が音信不通になって心配になり、四方八方を探してそれで」
「俺を心配?」
ライさんが嘲笑した。
「お前如きが心配する程、俺は弱くない」
ゾッとした。
温度のない平淡な声。笑顔なのに纏う空気が冷たく、言葉の鋭利な刃物のように鋭く刺々しい。殺気ではないけど、ライさんが言葉を告げた途端に近くにあったゴミ箱が勝手に壊れた。誰も何もしてないのに。そこにいた鴉もネズミ、蟻すら怯えてこの場から消えて行った。
静かなる怒り・・・怖いです。
ソソソ・・・っとライさんから視線をそらし、首元に当てていた袖口を放す。おう、見事に赤色。これ、洗って落ちるかな?落ちないか、血だし。
「解っています。重々、解っていますとも。ですが!貴方様の近くに不審な人間がいるならば排除するのが私の使命!いくら貴方様が強くとも、負けるはずがないと解っていてもそれだけは譲れません」
「不審な人間?」
「そこにいる人間のことです!」
人を指差すな、人を。
と言うか、発言を聞いているとこの男・・・・・・もしかしなくても魔族か。ん?とするとその知り合いで、しかも様づけで呼ばれているライさんって。
「アレは禍者です。いずれ、貴方様を殺すかもしれない存在。そんな危険な存在を・・・高貴な身分である貴方様の傍にいさせるわけにはいかない!」
「・・・へ?」
「死ね!人間!」
右手に隠し持っていたらしいダガーを袖口から取り出し、男が私の眼の前に跳躍してくる。左手には時属性の魔力を感じた。ああ・・・何か魔法を使うんだな。他人事のように考える私の思考は、もう正常に機能していないようだ。
けど――理不尽に殺されるのはごめんだ。
「告げる。零の領域の支配者よ、現象を停止せよ」
あの時のように唇が勝手に動く。
まるで誰かに操られてるみたいだなー。なんて、他人事すぎる。
「【Tempus desistere】」
最後の一文が完成し、神の詩が発動した。
跳躍した体勢のまま固まる名も知らない男が、驚いた顔で私を見る。それでも左手で生み出した魔法で、眼に見えない何かを壊そうと躍起になっていた。ううん、たぶん無理だと思う。
ガチガチと何かにぶつかっていたダガーが真っ二つに折れ、男の体勢が僅かに崩れる。それでも宙に浮いたままなのは、私が神の詩を発動させたままだからだろう。
・・・これ、どうやったら解除できるのかな?
折れたダガーの切っ先が私の前に飛んで来る。
あ、刺さったら危ない。と解っているのに、力を使った反動なのか身体が美味く動いてくれない。うう、刺される落ちだ。絶対に刺される。どうせなら肩とか腕がいいな。顔はやだ。絶対にやだ!
「・・・なにやってんだよ、リィン」
「まさかの名前呼び!え?今までの呼び方はどうしたんですか?!あ、助けてくれてありがとうございました」
ついでのように言ったけど、本当に感謝してますよ。ライさん。
だから呆れないで。
助けなきゃとよかった、とか言わないでください!本当、感謝してますからっ。だってね!ライさんが折れたダガーを弾いてくれたおかげで、私は無傷です。首は痛いけど、それ以上の怪我を負わずにすみました!感謝です!・・・が、ここで名前呼びとはこれいかに?と疑問が強く出た訳で特に深い意味はないんですよ。
名前呼びに動揺が隠せなくて、思っていたことが口から出ただけです。はい。その必死さが伝わったのか、ライさんが苦笑した。
「どーいたしまして」
と思ったら、ゆっくりと右腕を伸ばして人さし指で私の首に触れる。い、痛いから止めて。
堪らずライさんの指を叩いた私に非はない。
「なんですか、なんなんですか!苛めですか!?泣きますよ・・・?」
「違うって。あ、そうそう。俺がお譲ちゃん呼びを止めたのは、そう呼んだらアレが煩そうだから」
誤魔化された。と思いつつも、ライさんが親指で示した地面に転がっている男を見る。
あれ・・・?いつの間に力が解除されたんだろう?
受け身も取れずに地面に叩き落とされたのか、声なき声で呻いている男に若干の憐れみを覚えた。いや、ある意味自業自得かな?うーん・・・ドンマイ!
じっと私が男を見ていたら、ライさんが何を思ったのか教えてくれた。
「あー・・・こいつはルシルフル=ルルティルム=ルーファガル=ルインディール=ルンディルル。ルが多いし、名前が長いからルシルフルで覚えておけば良いよ」
それでもルが多い名前ですね。
嫌、名前が解っても・・・・・・ライさんとの関係は?
「ちなみに俺の従者。執事。雑用係。下っぱ。便利な存在。時折反抗する犬」
「説明が酷い!」
思わずライさんの右腕をばしりと叩いたら、背筋が凍るような殺気を感じた。た、ただのじゃれあいですよ!そんなに怒らないでルの多い人!
怖々と後ろを振り返れば案の定、視線だけで私を殺そうとする男が鬼の形相をしていた。怖い。
美形が台無し、な程に怖い。
髪の毛先が刺々しるし、口から覗く犬歯が鋭くなってるし、爪がもう鬼のように伸びてるし・・・・・・やっぱりこの男、魔族だ。種族は解んないけど、魔族だ間違いない!
「お前、本当に怒りに呑まれると本性に戻るよな。骨っこでも買って来てやろうか?魔犬なだけに、骨でも食ってカルシウムでも摂れよ」
言われてみれば、刺々しているように見える部分が犬の耳にそっくり。わぁ、あれ本当に犬耳なのかな・・・?触ってみたいなぁ――――じゃ、ないよ!
どこから取り出したんですかその骨!?買って来るとか言っておきながら、どこから取り出したんですかその骨?!て言うか何の骨?!人骨じゃないですよねっ!
「そうじゃなくて!・・・えっと、ライさん。もしかしたら人権に関わるかもしれないんですけど、聞いてもいいですか?」
「何を・・・おい、睨むなルシルフル。強制的にお座りさせてやろうか?」
「頭を踏んでもう強制的にしてますよ」
犬がするお座りじゃないけれど、地面にめり込んだルシルフルさんからそっと眼をそらし、ライさんを見上げる。うわ、凄く良い笑顔。邪気がなくて輝いて見えるよ。
眼が眩むような笑みに怯みながらも、深呼吸をして疑問を聞いてみることにした。かなりドッキドキで心臓、口から出そうなほど緊張してるけどね。怖いけどね!女は度胸だから!
「魔界出身の人間ですか?」
「魔界出身の魔族だけど?」
震える声で尋ねたら、さらりと返答された。
がくりと肩を落とし、項垂れる。やっぱりそうだった。まさかと思いつつも、そんなはずはないと否定してきたけど・・・・・・ライさんは魔族だったのか。そうか、ある意味では納得だよ。
物凄く強い理由も、リタンと知り合いだった訳もこれで解決した。
が、あえて私はさらに聞きたい。
「どうして人界にいたんですか?」
「・・・意味もなく、旅に出たい時ってあるよな」
なんでそんな、現実逃避した眼をするんですか?
ちょっと、視線を彼方に向けないでくれません?ねぇ、ちょっと。
「俺が人界にいた理由なんて気にする必要はない」
キリリっとした真顔で何を突然。
「それよりも上、見てみろ。なかなか愉快なことになってるぞ?」
「上?・・・・・・・・・んな?!」
「この阿呆に使った力、上手く制御出来てなかったんだろうな。建物が半分削いだように消えてるし、空に削がれた部分が浮いてるからなかなかに愉快だ。面白いことをするな」
感心したように言うライさんだけど、そんなことを呑気に言っている場合かっ
あれ・・・落ちてこないよね?落ちませんよねっ!!
宙に浮く、黄金色をした魚に似た粘土細工を乗せた屋根。赤い漆塗りの壁が眼を引きつけて、やたらと派手な服を来た女性が多くて興味を持ち、あそこは何かとライさんに聞いたら「遊郭」と教えて貰ったけど・・・・・・。
誰も、あそこにいないよね?
怪我人なんて、出てないよね?
だ・・・大丈夫ですよね!?そんな気持ちでライさんを見たら、眼が合って手招きされた。なんだろう・・・?恐る恐ると近づいて行く。
「逃げるぞ」
「アレ放置で?!」
「だって、どうにも出来ないし。あ、大丈夫。アレをしたのはコイツだってことにすればいいから」
「冤罪ですよそれっ」
「大丈夫、大丈夫。・・・ルシルフル、ちょっと自首してこい」
パシリに使うような台詞ですね。似合ってます。
唖然とする私の右腕を掴み、ライさんはルシルフルに言うだけ言って歩きだした。えー・・・それってどうなんですかちょっと。言いたいけど、ライさんが塀や壁、柵を器用に登って上へ上へと駆けて行くので喋れない。
口から恐怖の悲鳴しか出ない。
「・・・ぁ」
屋根に上り、より近く削がれた建物が視界に映る。
いびつでありながらも、何故か芸術的と感じてしまった。可笑しなものだなぁ・・・と、我がことながら他人のように感じる。あれ、私がしたのに。・・・そうか。実感がないから、余計にそう思ったのかも。
建物が砂のように粒子状になっていく――――のは、どうやら眼の錯覚だったようだ。
ぐらりと宙に浮く建物が動いたと思ったら、物凄いとしか言えない速度で地面に落下した。地震が起きたのか?!と思うような音をたて、大地を揺らして・・・。いやはや、空にいなかったら大変なことになってたね。
・・・まさか、ライさんはこうなることが解っていたとか?
だから上へ上へと駆けて行ったんじゃ・・・・・・。
「さて、後はルシルフルが上手くやってくれるだろう」
いくらライさんでも、そんなまさか・・・。と思えないのが悲しい。むしろライさんなら、と思えてしまう方が悲しい。
「とりあえず今日は、源泉かけ流しで有名な旅館にでも泊まるか」
「それはいいですね!」
「絶対、リィンも気にいる筈だ」
「うわ、楽しみです!」
身代わりになってしまった哀れなルシルフルさんには悪いけれど、私はこっちの方が重要なのです。
申し訳ないけれど、私の変わりに罪を負ってください。
冤罪で本当、すいません。
私、温泉を楽しんできますから後は任せましたー!!