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姉が結婚するので家を出ます。  作者: 如月雨水
Locus solus 《人里離れた場所》
8/41

1

視界が黒く染まったと思ったら、僅か数秒で茜色の空へ放り出された。

転移、と言う魔法を使ったんだろうか?良く解らないけれど、私とライさんはさっきと同じに見える、けれど明らかに人界と違って奇妙に澄んだ空気がある場所に、ゴミを捨てるようにポイっと放り出された。――――え、何これ?な状況である。

ふゆふよと宙を浮いたまま、私はライさんと共に知らない場所に来た・・・・・・嫌、魔界に来た。が正しいのかな?ライさんと繋いだ手に力を込め、不安げに周囲を見渡したら。

「・・・ぅひ!」

くるり、と身体が上下反対に回転した。こわっ!

「うぇ?ま・・・魔界!?」

眼下に広がる光景は、先程見た王都・ヘルハイムとは異なる場所だった。え、本当にここ魔界!?人界と違って緑が多くて綺麗ですね、空気も美味しいしっ!

森と言うには木が少なく、何だか木で造られた建物が一杯ある。何アレ、家?

森の中心部には大きすぎる樹木があって、葉っぱでよく見えないけど何だか連なるように赤いモノが見えた。アレなんだろう・・・?あ、ライさんが見せてくれた赤い門か!

――――本当に魔界っぽいけど、確信が持てないから不安だ。

困惑しながらライさんを見れば、楽し気に笑っている。・・・余裕ですね!

「あれは鎮守の大樹に大樹の神社・・・。うん、無事に南の国にある森の巫国(ふこく)・ヴォルヴァについたな」

「ヴォ・・・ヴォルヴァ?」

言いにくい国名だなぁ・・・。と言うより、知らない地名。

やっぱり魔界か、ここ。

「あの赤いのは鳥居って言って、神を祀る社の入り口、あるいは聖域の境目として存在してるらしい。下に降りたら、この国を見て周ろうか」

「お・・・降りれるんでしょうか?」

「受けたんだから降りれるだろう?」

さも当然のように言われた。

確かにそうだけど・・・・・・できるかな?

「ゆっくりと地面に降りて行くイメージをすれば大丈夫じゃないか?」

「アバウトな」

「やらないと、ずっと宙に浮いたままか・・・。餓死して落下する運命かな」

「そんな運命は嫌です!やります、やりますよ、やればいいんでしょう!」

変な脅し方はやめてくださいよ、本当にもう!

眼を閉じて、頭の中でイメージする。ゆっくりと風に導かれるようにして地面に降り立つ、私達の姿を。・・・・・・・・・・・・降り立つって言うより、落ちるの方がいいのかな?

「ひぁ?!」

なんて考えたら、一気に落下した。こ・・・こわっ、怖い!

「くははははははははははっ!なんだこれ!お譲ちゃん、楽しいこと考えたな!」

ライさんはお気に召したようだけど、楽しめる貴方の神経が信じられない!必死にストップ、止まれ、停止!と頭の中で叫んでイメージするのに止まってくれない。どう言うことですかこれは!!暴走?暴走なのかこれが!!

風切り音が鼓膜を震わせ、髪の毛や服がめくれあがる。

風の抵抗や重力を感じないのは、風そのものが私達を護っているからだろうか?それより止まって欲しい。護ってくれてありがたいけど、止まって!本当、後生だから!

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいぃぃぃっ!!」

「はははははははははははははははっ!!」

涙眼どころか泣きだした私とは裏腹に、ライさんは大爆笑。

楽しそうですね、畜生!地面が凄い速さで近づいてるのに、笑っていられるライさんが羨ましいですよっ。

・・・ああ、地面まで後少しだよ。・・・どうか、どうかお願いですから勢い良すぎてプチっ、とトマトみたいに潰れませんようにっ・・・!

「おっと残念、地面につくな」

「う、うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ!」


空の女神様!

風の女王様!

どうか私を助けてください――――っ!!


ぎゅっと硬く眼を閉ざし、ライさんの手を強く、強く握りしめた。

潰れたトマトみたいにはなりたくないです!

「必死すぎだろ、お譲ちゃん」

風の音が消えて、変わりにからからと笑うライさんの声が聞こえた。それでも眼は開けられない。

「眼ぇ、開けてみろって」

優しい声で囁かれるけど、従えない。

だって・・・だって、眼を開けた瞬間に地面と激突!なんてことも考えられるじゃないかっ。ぶっちゃけ、眼を開けるのが怖いんですよ!

「大丈夫だから、な?ほら、開けてみろよ」

耳元で甘い声を出さないでください。ぞわっと背筋に変な感覚がはしったんですけど!あと、出来れば吐息もかけないでっ。ぞわぞわするから!

う・・・うぅぅ。これが続くのかと思うと、かなり嫌だ。羞恥心で死ねる気がする。こうなったもう――女は度胸だ!

「・・・足が無事だ」

痛みがなかったんだから当然だろうと、冷静な思考が告げる。

「えっと・・・私、力を制御出来たんですかね?」

こうして無事なんだからそうなんだろうけど、些か自信がない。だって、加速して落下したし。いや、あれは落ちるとイメージしたのが悪かったんだ。絶対そうだ。そうに違いない。

普通に、ゆっくりと木の葉が落ちるような感じだったら・・・・・・・・・・・・どうなんだろう。

「まぁ、初めてにしては上出来じゃないか?」

「100点満点で言うなら」

「赤点だな、20点」

爽やかな笑顔で言われた。

「魔法を使う時は精霊の詩を理解し、想像することで力が発動する。まぁ、大抵は教師なんかが見せた魔法をそのままイメージするんだけど。余談はともかく、力を使う時は確かなイメージを持った方がいい。余計なことを考えず、不安に思わず、自信を持って行う。じゃないと、今みたいなことになるから注意しろよ」

「・・・はい」

「実際、変なこと考えただろう。お譲ちゃん」

落ちることを想像しました。とは言わないでおこう。

そっとライさんから視線をそらし、口笛を吹いて素知らぬ振りをする。・・・おでこにデコピンを貰った。痛い。

額を押さえ、呆れた顔のライさんを見る。

溜息をつかれた。

「まぁ、これは課題ってことでいいとして・・・・・・。行くか、ヴォルヴァに」

言って、ライさんは私に背を向けて歩きだした。

呆然とその姿を見送って、はっとした。お・・・置いて行かないでくださいよ!

「あ!」

ふと、気づいてしまった事実に叫んだ。

ライさんが足を止め、私を振りかえる。ど、どうしよう。絶対、私の顔色は青い。さぁっと血の気が引く音が聞こえたからね!

「あの・・・ライさん」

「蒼い顔してどうした、お譲ちゃん」

「私・・・」

唐突な展開とこの場所の空気に呑まれて忘れていたけど、気づいてしまった。

ああ・・・どうしよう。


「わ、私・・・・・・――――密入国で捕まったりしませんか?!」

「は?」


ライさんが間抜けな顔で瞠目したが、気のせず叫ぶ。

「だって勝手に・・・と言うか、不法にと言うか、えっととにかく許可なく魔界に来た訳ですし、これって犯罪になりませんか・・・?そもそも密入国した時点で犯罪な気がするんですけどっ!じ、自首したら罪は軽くなりますか!?」

「・・・落ちつけ」

「いたっ!」

思いっきり頭にチョップされた。

「ばれなきゃ問題ない。ばれてももみ消せばいい」

「え・・・それ、大丈夫じゃない」

「大丈夫だって、お譲ちゃん。金で黙らせるか、暴力で口を塞げば問題ないから」

口元だけ笑みを浮かべるライさんが、物凄く・・・・・・怖い。背後に黒いオーラが見えるから余計に怖い。

私は青ざめながらも首肯し、ライさんから視線をそらした。

どうしよう、冷や汗が止まらない・・・。

「腹減ったなぁ」

「へ・・・?あ、そうですね」

そう言えば昨日から何も食べてなかったことを思い出して・・・お腹が空腹を訴えて鳴った。うう・・・恥ずかしい。

お腹を押さえて俯けば、ライさんが楽しそうに笑って私の頭を叩いた。

やめて、地味に傷つくから止めて。

「今の今まで鳴らなかったのに、思い出して鳴るとはなぁ」

「意地悪しないでくださいよ」

気が張ってたからお腹が空かなかったんですよ。

子供を宥めるように頭を優しく撫でるライさんの手を払い、頬を膨らませてそっぽを向く。

「子供みたいに拗ねるなよ、お譲ちゃん・・・いや、子供か」

知ってるから言わないでくれませんかね・・・。自分でやって、子供っぽいって思ってたんですから。ふるりと首を横に振って、半眼でライさんを見上げる。

ああ・・・楽しそうな笑顔ですね。美形は何でも絵になって憎らしいですよ、けっ。

「ヴォルヴァに来たならやっぱり・・・・・・米だな」

「・・・こめ?」

何だろうかと、睨むことを忘れて首を傾げた。

「人界って小麦で作ったパンとか、麺しかないだろう?ヴォルヴァは米って言う、稲の種子から籾殻(もみがら)を除いたもので、そのままでも玄米として食べられるけどここでは(ぬか)を取り去った白米って言うのを主食にしているんだよ」

「えっと、こめって穀物・・・ですか?」

「穀物以外に何がある?」

いや、そうですけど・・・こめ、と言う物を知らないから判らないんですよ。まぁ、食べられるみたいだし・・・大丈夫かな?

若干、不安。

「郷に入れば郷に従えって言うし、食ってみろよ。美味いぜ?」

「例えば?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、お茶漬け?」

悩んだ挙句のその台詞に、ぽかーんとなった私は悪くないと思う。

だから、何ですか。それ?

食べ物?

「俺に聞くより、実際に見て、食べてみればいいだろう。ほら、行くぞ」

「あ・・・待って下さいって!」

だーかーらー、置いて行こうとしないでくださいよ!








赤い門・・・ではなくて、鳥居をくぐった先は異国情緒あふれる場所だった。

王都・ヘルハイムでは見たことのない木製の建物が多く、ライさん曰く、和様建築らしいけど良く解らない。解るのは木製の住居、と言うことだけ。

柱に彫られた木彫りは花と雲、それから月に兎と物語のように一つ一つの柱で違う模様が施されている。それも繊細なほど丁寧に。作るのにかなりの年月が必要だと思えるほど。

着ている服もそうだ。

私が着ているのとは異なる、不思議なデザインの服だ。ライさんに聞いたら身体に布をかけて着ているのが懸衣(かけぎぬ)で、緊密に包んでいるのが窄衣(さくい)言うらしい。正直、見ただけではさっぱりなんですけど。

だから布に描かれた模様が美しいのが懸衣で、シンプルなのが窄衣と認識しておこうと思う。

「・・・凄く、良い匂いがする」

嗅いだことのない匂いだけど、酷く食欲をそそられる。

お腹が切なく鳴りそうな程に美味しそうな匂いだ。うう・・・涎がでそう。

「あ、そこでいっか」

ぐいっとライさんに右腕を引っ張られるがまま、入り口の前に紺青色の布がかかった・・・何だろう?お椀と細い二つの棒が描かれた絵に眼を引かれた。物凄く、気になる。コレ何?何なんだろう、本当。後でライさんに聞こう。

ライさんに引きずられるように布を潜り、家の中に入る・・・って、これってもしかしなくても――――ふ、不法侵入じゃ・・・!

「いらっしゃいませー!2名様ですね、奥の席でよろしいでしょうか?」

では、ないようだ。・・・ほっ。

えっと、台詞からしてここは何かのお店のようだけど・・・一体何のって、ああ。店の中を見たら一目瞭然。むしろ一発で判るね。

「レストランだったんだ、ここ」

「食事処、あるいは食堂。って言うのが正しいけど、まぁそうだな」

歩きながら物珍しさから見渡すけど、本当に魔族だらけ。

いや、魔界だから当然なんだけどね。むしろ人間しかいなかったらそれはもう、魔界じゃないからね。

外を歩いていた時も動物の耳が生えた人や、蝙蝠みたいな羽根がある人とかいたけど・・・。ここでも当然ながらにいる。主に、角が生えた人。いや、魔族が。

ううむ、これが獣人や悪魔、鬼と言われる種族なんだね。

「あんまりじろじろ見るなよ、お譲ちゃん」

「あ、そうですね。失礼ですよね」

魔族って種族が多くてよくわかんないんだよなー、とか考えてたら怒られた。

確かに、食事中にじっと見られるのは嫌だもんね。いやー、すいませんでした。申し訳ない。心の中で謝りつつ、奥の席に腰を下ろす。ふはー、何か座ったらドッと疲れがきたよ。

ウエイトレスさんが持ってきてくれた水を一口飲んで、その違いに絶句した。

人界だと口当たりが重く、苦みを感じたのにこれはその逆。まろやかな口当たりにさっぱりとした風味が口の中に広がって・・・何だろう、美味しい。

思わずコップを両手で持ち、マジマジと観察した。

何が違うんだろう・・・?ううん、見ても解らない。

「お譲ちゃんは何にするんだ?」

「ふへ・・・?あ、料理ですか?えっと、すいませんメニュー表見せてください」

「メニュー票じゃなくて、お品書」

「細かい!・・・お品書、見せてください」

ライさんからメニュー・・・じゃ、なくてお品書を受け取って中身を見てみたけど。うん、何が書いてあるのかさっぱりです。何これ、文字?蛇がとぐろ巻いてるだけじゃないの?

人界にはない文字で、まったく、これっぽっちも読めない。

無言でライさんにお品書を返した。

「まぁ、読めないだろうな」

判ってたなら最初に言って欲しい。

「この国独特、と言うか・・・・・・魔界の古い文字の一つだからな、これ」

他にも文字があるんですか、凄いですね魔界は・・・。

私、やっていけるかな。かなり不安だよ。

「ライさんが適当に決めてください。美味しいのを」

「適当に決めてとか言いながら、ちゃっかりしてんなぁ。んじゃ、これでいっか。おーい、注文頼むわ!」

「はーい、ただいまお伺いいたします!」

ライさんが手を上げたら、猫の耳と尻尾を生やした少女がやって来た。身長は私より下で、顔立ちも童顔。年下に見えるけど、実際はどうか判らない。だって魔界だし、人界とは何か違うかもしれないし。見た眼で判断したら駄目だしね、うん。

と言う建前で、実際は考えることを放棄しただけだったりする。

呑気に水を飲み私の前で、ライさんが注文をした。

「日替わり定食2人前で、食後に番茶くれ」

「はい、日替わり定食2人前ですね。番茶は食事が済み次第、お呼びください」

笑顔でそう告げた猫耳少女は伝票を片手に去って行った。・・・厨房にだけど。

「あの、ライさん」

「何だ?」

「店の前にかかってた布って何ですか?あと、ここだとウエイトレスさんは何て呼ぶんです?」

気になっていたことを聞いてみた。

「布・・・?ああ、暖簾のことか。暖簾は日よけのために使われてんだよ。まぁ、看板としての意味もあるらしいけど、詳しくは知らん。興味もない。ウエイトレスじゃなくて、ここでは女中だ」

面倒くさがりで怠惰な癖に本当、ライさんって物知りで親切だ。

矛盾している気がするけど、私的に助かっているので気にしないでおく。あ・・・水、全部飲んじゃった。

お代わり頼んでもいいかな?

「はい!生姜焼き定食2人前お待たせしました」

早っ!頼んで3分も経ってないのに来たよ。来ちゃったよ。・・・あ、お水のお代わりお願いします。

中央にある薄いお肉に生姜のタレがかかっているのが多分、生姜焼きだろう。添えのキャベツが細く千切りにされていて、タレと合わせて食べたら美味しそう。涎でそう。

その隣に小さな器に入っている、この白いはなんだろう?緑色のはたぶん、野菜だろうけど・・・何の野菜か判らないから怖い。あと、この湯気がたつ小さなスープは何?

「・・・」

で、だ。手前にあるほかほかの湯気がたつのがたぶん、いや、間違いなくお米だ。

一粒一粒がつやつやしていて、まるで宝石みたいに輝いて見える。美味しそう・・・いや、美味しいでしょう、これは。


でもこれ、どうやって食べればいいんだろう・・・?


周りを見てみたら、細長い2本の棒を使って器用に食べてる。えっと・・・あ、これかな?手に持って見たけど・・・どう使えば良いんだろう。困る。

お腹が空いて切ないのに、食べられないなんて・・・くぅ、どんな拷問。

「あー、そうか。箸の使い方知らないか」

「はし?」

橋は渡るモノであって、使う物ではない――と言うことではないですね。はい、すいません。

「フォークもあったはずだし、借りるか?」

「・・・・・・・・・いえ、郷に入れば郷に従えですから使います。で、その・・・えっと、使い方教えてくれませんか?」

「使い方って言われてもなぁ・・・、こうもってこう。としか言えないし」

えっと指にはさんで・・・・・・・・・何も掴めない。

くっ、諦めずにもう一回。

「お譲ちゃんは頑張り屋だな。俺なら一回で諦めて、フォーク使うけど」

くぅぅ・・・お肉が、はしから滑って掴めない!

「・・・いっそ、箸でさせばいいのに頑張るのか」

あぅ!野菜すら掴めないなんて・・・恐ろしいぞ、このはし!

「すいません、フォークください」

「はーい、少々おまちください!」

「・・・え、あれ?」

「時間切れ。料理は暖かいうちに食べるのがマナーだぜ、お譲ちゃん」

「はい、お待たせしました。ごゆっくりどうぞ!」

角が生えた女中さんから手渡された銀色のフォークを唖然としながら受け取り、首を傾げながらライさんを見る。・・・・・・優雅にはしを使ってご飯を食べてた。羨ましい。

ぬぐぐぐ・・・私だってはし、使いたかった。

けど、ライさんが言うようにご飯は暖かいうちに食べた方が良い。仕方ない、今日のところは勘弁してあげよう。ぶすりと生姜焼きにフォークをさして、いざ・・・!








「・・・は!」

夢中で食べて、気が付いたら出された料理は綺麗に空になっていた。

うう・・・ちょっと恥ずかしい。誤魔化すようにお水を飲んで、ちらりとライさんを見る。素知らぬ顔で番茶を持ってくるよう頼んでた。

「あの、ライさん」

「何?」

「小さい器に入ってた料理ってなんですか?あと、謎のスープの名称も教えてください」

「謎のスープって・・・・・・あれは味噌汁って言って・・・いや、もうスープで良いや。それで覚えておけ。で、小さい器に入ってた料理が何かだけど、あれは白和え。豆腐と小松菜を和えた・・・・・・あーうん、もう面倒くさいからそう言う料理だ」

うわ、肝心なことがあやふやだ。

ま、まぁ料理の名前が知れただけでも良しとしよう。そうしよう!

「番茶になります。こちら、片付けますね」

「どうも」

てきぱきと手際よく空いた皿を片づける狐の耳と尻尾を生やす女中さん。いやー、本当に魔界なんだなー。今更だけど実感。

取っ手のない奇妙なコップを両手で触れると、じんわりとした熱さが伝わってくる。おおう、これ持てるかな?

・・・・・・熱いけど、持てなくもない。

湯気に息をふきかけ、じっと器の中を見る。

香ばしい匂いがする。よし・・・飲んでみよう。

「・・・熱い」

けど、淡白でさっぱりとした飲み口。ちょっと渋いけど、結構好きかも知れない。

美味しい・・・。

「そう言えばお譲ちゃん」

「ん・・・何ですか?」

「何で旅に出ようと思ったんだ?家出か?」

正解を当てられた。

「・・・図星か」

「いやだな、そんなことある訳ないじゃないですか。ただの旅ですよ、旅」

「あんな早朝に、装備も十分じゃない状態で魔法も使えないのに1人旅ねぇ・・・」

疑いの眼差しが痛い。

こ、これは否定すればするほど疑いが強くなるんじゃ・・・。いやでも、事実を言うのはちょっと。


元彼を姉に寝とられ、あまつさえ結婚するので家出しました――。


なんて、言えないし。

と言うか、言いたくないし。

そっと視線をそらし、ずずと行儀悪く番茶をすする。ああ・・・お茶って美味しい。

「男に振られたか、お譲ちゃん」

「あははは、まさか!」

「なら、寝とられたのね!」

「え・・・?」

いつの間にいたのか不明だけど、角が生えた女中さんが笑顔で正解を言った。

・・・え?なんで判るの?解ったの?!こわっ!!

「ふふん!図星みたいね、お客さん。でもね、寝とられるなんてアンタも悪いのよ。惚れた男は何が何でも縛り付けて、自分以外に見向き出来ないようにしないといけないわ!」

「はっはっはっは・・・なんだシュリ、まぁた男に捨てられたのか?束縛しすぎもよくねぇぞ!」

「そうだ、程ほどにしとかないと逃げられちまう!・・・あ、もう逃げたか!」

と言って会話に割り込んできたのは、近くの席で食事をする犬の耳と尻尾が生えた中年の男性。

シュリと呼ばれた女中は笑顔のまま二人に近づき、腰に手を当てて小首を傾げた。

「そう言えばお客さん。ツケ、結構溜まってるんで今日全額、支払って行ってくれよ?」

「え゛・・・ちょっ!」

「今日中に、支払うんだよ?」

「・・・はい」

凄みのある笑顔で中年男性を黙らせたシュリ・・・さん?は、威圧を消して私達がいる席に戻って来た。え・・・何で?

うわ、良く良く見たらシュリさん、かなりスタイルが良い。

私と比べると悲しくなるほどに抜群のスタイル。まさに理想。でも姉さんに比べると顔は普通。・・・なんか、姉さん基準なのが悲しい。

「それで、寝とった相手に報復はしたの?」

「え・・・え?」

「してないの!?駄目よ、それじゃあ!男を奪った泥棒猫にはしっかりと報復して、二度と他人の男を奪わないよう躾けないと!」

「え・・・あの、え?!」

「シュリ姉さん・・・仕事してください」

「今は休憩時間だから問題ないわよ、エンジュ」

猫耳の少女、エンジュさんが呆れた顔をしてシュリさんを見るが、肝心のシュリさんは興味津々と私の話を聞いてくる。近くにあった椅子を持ってきて・・・。

こ、こんな女性初めてだからどう対処していいのか判らないよ。誰か助けて。

「へぇ、お譲ちゃんは男を寝とられての傷心旅行だったのか」

意地悪気に笑うライさんには期待できない。

「それでお客さんの男を寝とった相手は誰?言っちゃいなさいよ。言えば少しは楽になるわよ?ほら、早く言っちゃいなって」

こ・・・この人強引!

言いたくないと首を振る私に、「言えば楽になるわよ」とか「少しはアドバイスしてあげるから、報復の」とか言ってくるんですけど!どうあっても聞きたいのか、元彼を寝とった相手の話を・・・っ。

お、恐ろしい。

女性って恐ろしい。

自分も女だけど、姉さんとか元彼関係で女友達いないし、解らないから怖いよ。あ、友達自体そんないないや。いるとしたら猫友の騎士と、茶飲み友達の老夫婦ぐらい。・・・あれ、何だか悲しくなってきた。

眼頭を押さえて項垂れた私の肩に、そっと誰かの手が触れた。――いや、シュリさんしかいなんだけどね。

「話さないなら無理矢理にでも聞きだすけど」


こ・・・怖っ!

眼が本気だ、この人の眼が本気すぎて嘘が一欠片も見つけられないのが余計に怖い!


ひぃぃ・・・血の気が引いた音を聞きながら頷き、ちらりとライさんを見た。憐れんだ眼を向けられている。憐れむくらいなら助けて!本当、助けて下さいよ!

ああもう、泣きそう。

他の女中さんもお客さんも、「可哀想に」、「退屈しのぎにつかまったな」、「他人の恋話好きだもんね、特にドロドロ系」とか言ってる。言うより助けて・・・視線を向けたら逸らされたのが悲しい。

「えっと・・・ですね」

うわ、声が思っていた以上に震えてる。

「別に報復は考えていなくてですね。・・・むしろ、相手と元彼がお似合いすぎて自分が惨めになってですね、そのつまり」

「いいから、相手は誰?」

「姉です」

笑顔の威圧、怖い。

「は?姉?」

「お譲ちゃんの姉って確か・・・『私とまったく違って、似てもいないほどに神が作りだしたと言っても過言ではないほどに造形美が整った金髪碧眼な、家事以外はハイスペックな美女』とか言ってた姉か?」

「ええ、その姉です。と言うか、台詞全部覚えてたんですか・・・?」

「地味に特技」

どーでも良さそうな声で言われても・・・。

呆れた顔でライさんを見る私の視界に、唖然としたシュリさんが映る。えっと、何だろう。何かお気に召さなかったのかな?でもこれが事実だし。

「そんなハイスペックな美女がお譲ちゃんの男を奪った、と。なんで?本当にハイスペックならより取り見取りだろう?」

「さぁ・・・何ででしょうね?」

皇帝陛下にも求愛されてただろうに・・・本当、謎だ。

「ああでも、姉が元彼を選んだ理由が憶測でも良いなら解りました」

告げれば、唖然としていたシュリさんの眼が得物を狙う獣のように輝いた。怖い。

ついでに言えばだらけていたライさんも興味津々で、早く早くと言葉を促している。何これ、怖い。

そんなに気になるモノなんだろうか?首を傾げつつ、私は口を開いた。


「元彼が勇者だからだと思います」


ざわりと場の空気が騒いだのを感じて、はて、私は何か変なことを言っただろうかと瞬いた。


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