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全てを喰らうように暴れた風は柱すら残さず館を壊し、そこに建物があったと言う痕跡すら綺麗に消し去った。
更地と呼んでも過言ではないその場所で、ライは意識を失ったリィンの身体を片手で抱きとめ、繋いだままの手をゆっくりと解いた。
初めての魔力放出で疲れ果てたのか、息をしているのか怪しいほど呼吸が浅い。よくよく耳を澄ませなければ死んでいると勘違いする程だ。なんとなく、深い意味もなく頬を軽く叩いた。眠りが深いのか、リィンが起きる素ぶりはない。
当然かと思いながら、ライは後ろを振り返った。
そこに立っていたはずのアルディアーノは、蛇のように地を這ってブツブツと呪詛を呟いている。地面が赤く濡れているのは、血のせいだ。
手足を切断され、胴体は捻じれ、自慢の顔は見るも無残に皮が剥げて瞳孔が開いた眼球が落ちつきなく周囲を見渡していた。
生きていたことに驚くことはなく、ライは冷静に思考を巡らせた。考えるに我を忘れていながらも、反射的に時属性の結界魔法を発動させたのだろう。状況的にそうだと確信する。
だが中途半端に発動した結果、肉体の殆どを失う結果になった。この分ではただでさえ少ない魔力はゼロになっただろうな、とリィンを抱き直しながらライは思う。
下手に力があるから、無駄に苦しむはめになるんだ。
「さて・・・と」
ゆっくりと立ち上がり、死ぬに死ねず、魔法も使えない哀れなアルディアーノを見下ろす。
呪詛を呟くだけの存在になり果てたアルディアーノは、誰が見ても十貴族の令嬢だと判らないし元は美しい吸血鬼だったとは信じないだろう。今はただの醜い怪物だ。
いや・・・元から醜い怪物か、とライは嘲笑する。
「目的も達成したから、もう良い」
誰にともなく呟いて、ライは指を鳴らした。
「この建物と一緒に、死んどけ」
宙に浮いたままだった【Luce】が弾け、矢のようにアルディアーノの身体を突き刺す。
【Luce】を攻撃魔法に変化させた【Arrow de lumine】。
補助から攻撃に魔法を変えることなど通常不可能に近く、出来たとしても余程の才能と膨大な魔力がなければ不発に終わる可能性が高い。だがライはそれを意図も容易く行った。
それだけでライの才能の高さと、魔力の多さを物語っている。
大魔法使いや賢者でも不可能に近いことを平然と行ったライは、悲鳴を上げることも抵抗することも出来ず、灰となって消えたアルディアーノから視線を外した。酷くつまらなそうに息をついて、腕に抱いたリィンを見下ろす。
「空の聖女をこうも簡単に見つけられるとはな」
リィンを助けたのは気まぐれだが、リタンの所で魔法が使えないと聞いた時点で七聖女の可能性が高かったが・・・アタリとは良い意味で予想外だ。
世界樹に支えられた硝子の球体世界。
世界樹を管理する白銀の乙女と呼ばれる神が生み出した、この世界の抑止力であり調停者たる存在――――七聖女。
空の聖女をはじめとした、命・煌・時・森・陽・夜の7人の聖女が存在するが、現在、存在を確認されたのは王都・ヘルハイムに幽閉される森の聖女のみ。
他の聖女は表と裏、どちらの世界でも話題に上がらず、聖女として覚醒していないか上手く隠れているのではないかと噂されていた。
けれどその存在の1人が今、ライの腕の中にいる。
くつくつと喉を鳴らして、ライは笑った。
「覚醒を促すために空の聖女って呼んだけど・・・まさかそれだけで眼覚めるなんてなぁ。くっくっくっく・・・あぁ、やっぱり面白いお譲ちゃんだ」
悪人も真っ青の悪い顔をして、ライは嗤う。
「・・・・・・それはともかくとして、どーすっかな」
何もなくなった周囲を見渡し、空いた手で頭を掻く。
雨風しのげる建物がなくなってしまった。ここからモーリャ村に戻るのも疲れるから嫌だし、かと言ってここで野営をするのは・・・いや、いっか。ライは考えるのを放棄した。
「Di notte la luce >>> Calmamente Calmamente Senza un suono >>> La luce annulla tutti >>>【Luce della quiete】」
リィンを肩に担ぎ直し、ライはゆっくりと歩きだした。
紡いだのは光属性による結界魔法。これで野営をしても魔物に襲われることは当然ないし、一定の気温を保って快適な空間を作ってくれる。
後は空間魔法でしまったブランケットや枕、寝袋を取り出せば問題はない。
鼻歌を歌いながらライは寝心地がよさそうな場所を探して歩く。
「まぁ、地面だからどこも同じなんだけど、少しでも凹凸がない方がいいんだよなぁ」
快適に寝るための努力は惜しまない。
「ついでだから、他の魔法も使ってより快適空間を作ろうかな。今なら作れる気がするし」
ライは考える。
風属性の補助魔法で空調をより良くし、水属性の補助魔法で乾燥を防ごうか――と。
それでいこう。結論をつけ、リィンを担ぎながらライは魔法を発動させた。やはり寝るなら少しでも快眠出来るようにしないと。
花が舞う程、嬉々とした笑みでライは行動する。
眼が覚めたら空が茜色だった。
はて、記憶にある空は夜を彩っていたような・・・・・・・・・え゛?
なんで・・・どうして、色が変わってるの?!もしかしなくても夜が明けた!?
「もしくは死後の世界!?」
「おはよう、お譲ちゃん。しっかし、飛び起きるとはなかなか元気だな」
「うわぁ!何もない!見渡す限り更地だ!何もない!遠くに緑が見えるぐらいで何もないよ!!やっぱりここ、死後の世界なんだぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあぁっ!!」
「お譲ちゃんの思考回路は愉快なことになっているようだな。まぁ、珈琲でも飲んで落ちつけ」
「・・・・・・・・・落ちつけ、じゃなくてせめて否定してくれません?」
「否定が欲しかったのか、それは悪かったな。ここは死後の世界じゃないから安心しろ――これでいいか?」
湯気のたつマグカップ片手に棒読みで告げたライさんに、そうじゃないと頭を抱えたくなった。
も・・・いいや。叫んで落ちついたし、何で屋敷が更地になって周辺に草木一本生えてないのかは気にしないでおこう。手渡されたマグカップを受け取り、一口飲む。あったかい。
「・・・あれ?今、朝なのに空気が暖かい」
「光と風、それから水属性の魔法使って快適空間にしたから」
さらりと答えられたけど、それって結構凄いことなんじゃないだろうか・・・?
確か前に読んだ『魔法に対する心得 ~初心者編~』によれば、複数の異なる属性の魔法を同時に発動することは出来るが魔力制御が難しく、加減を間違えれば暴走して甚大な被害を起こす。大魔法使いや賢者と呼ばれる存在でも容易に扱わず、出来たとしても異なる2属性の、あるいは同じ属性の2つの魔法でしか発動できない――――とか、書いてあったような。
あと、馬鹿みたいに魔力がないと使えない。とも記載されていた・・・・・・よう、な。
「・・・ライさんって、規格外ですね」
「?」
「ところで空の聖女って何ですか?」
「お譲ちゃんのこと」
「いえ、そうじゃなくて・・・。解ってて言ってますよね?ねぇ?!」
睨めば素知らぬ顔で珈琲を飲むライさん。やっぱりそうか。そうだと思ったよ!
「七聖女って何ですか。詳しく教えてください。私、そんな名前聞いたことないし、教えてもらったこともありませんけど・・・?」
「そりゃそうだろう。七聖女は歴史上で確認されたのは4回だけ。七聖女全てが揃ったのは最初だけで・・・後は、な」
にっこりとほほ笑むライさんに、そこで濁す意味があったのかと聞きたい。
・・・はいはい、7人揃わないで、4人とか1人とかの場合があったってことですね。そう言うことなんでしょう?目線で確認を問えば、笑顔のまま頷かれた。
私、声に出してないのに何で解ったんだろう・・・?エスパー?うわ、怖い。
「お譲ちゃん」
「な、なんですか、何も言ってませんよ私!」
笑顔が怖い!
美形の笑顔が凄く怖いっ!
背後から黒いオーラが出てるのが余計に怖いっ・・・!
「ふぅん。まぁ、いっか。で・・・七聖女は神――世界樹の管理者に選ばれた女性の称号。世界樹の管理者については知ってるか?」
「あ、はい。世界を支える大樹を管理する神様のことですよね?教会が祀っている神様の1人ですし、知ってますよ?」
「じゃ、話は簡単だ。七聖女の力はその神様、世界中の管理者によって与えられたって覚えておけ。ちなみに力は・・・そうだな、例えばお譲ちゃんは空の聖女だ。空の聖女は空に関する力・・・つまり、世界中の管理者が創造した空の女神と風の女王の寵愛を受け、その能力をその身に宿している――――簡単に言えば現人神だ」
「現人・・・え?神なんですか・・・?!」
「女神と精霊王の能力を宿してるんだから、そうなんだろう。たぶん」
たぶん・・・って、曖昧だ。けど、凄く分不相応な力を手に入れてしまったことだけは解った。うわ、これ・・・いらないですって誰かに渡せないかな?なんか、怖い。
「空の聖女は空間、風に関する能力を持ち、これを神の詩を用いることで自在に使用できる。もしかしたら神の旋律を使わなくてもいいのかもしれないが、生憎とそこまで俺は知らない」
「知ってたら逆に凄いですよ。・・・そんなことを知ってる時点で凄いですけど」
「ちなみに能力を使用する際、七聖女の瞳は神々しいほどの金色に変わるらしい。さっきもお譲ちゃんの瞳、金色に変わってたぜ?やっぱり現人神なんだろうな」
「え、本当ですか・・・?!いやいや、神様なんてそんな恐れ多いっ」
でも・・・姉と違ってくすんだこの碧眼が金色に変わったんだ。うわ、見てみたかったっ!
「眼許を触っても意味ないぞ?しっかしお譲ちゃん、これから大変だな」
「解っていても確認したくなるんですよ・・・・・・なんでですか?」
「七聖女は見つけ次第、良くて拘束、悪くて幽閉だから」
「いや、どっちも似た意味!じゃ、なくてえ゛?!な、なんでですか?何もしてないのにどうしてそんな犯罪者みたいなことになるんですか!?死刑もあるんですか!!」
「死刑はないはずだ、たしか」
「不安!」
「まぁまぁ、落ちつけお譲ちゃん。七聖女がそんな扱いを受けるのはまぁ、当然だ。だって彼女達の力は強大で、制御出来ずに国を滅ぼした。なんてこともあったようだからな。なんせ、現人神だからな」
「好きで神に鳴った訳でもないし、そんな歴史、私は知りませんよ!?」
歴史書にも教師からも教えてもらってませんけど!
何それ、何なのそれ!?
「でも歴史にはちゃんとあるぜ?確か・・・・・・“ユミルの悲劇”だったか?2000年前に存在したユミルと言う国がたった半日で消滅した、と言う歴史が」
「・・・あれ、確か地盤沈下が原因って言われてませんでしたか?」
「表向きはな。本当は七聖女の1人が力を制御出来ず、暴走させた結果に起きた悲劇だ」
「何でライさん、そんなことを知ってるんですか?」
「読んだから」
あまりにも知りすぎていて訝しんだら、さらりと答えられた。
「本で読んだ知識と、魔族から聞いた」
「後者なら納得できますけど、魔族に知り合いがいるんですか?あ、リタンに聞いたとか?」
そうであってほしーなー、と思いつつライさんに尋ねれば、呑気に珈琲を飲んでいた。・・・うん、マイペースですね。いいですよ、ゆっくり応えてくれればいいですよ。別に拗ねませんから。大人しく待ちますよ。
ズズ・・・っと音をたててぬるくなった珈琲をすすり、しかしと上を見上げた。
ライさんがどれだけの規模の結界をはったのか判らないけれど、かなり快適だ。焚火がなくても暖かいって素晴らしい。
さっきまで寝ていた場所はどうやら寝袋の上だったようで、赤と黒のチェック柄のブランケットが身体にかけてあって寒さは感じなかったどころか、心地よすぎて起きるのが嫌がった程だ。根性で起きた今は膝かけにしてるけど、触り心地が良すぎる・・・っ。
「俺、魔界出身だから魔族の知り合いは多い方だな」
「そりゃそうだ!」
むしろ魔界出身なのに魔族の知り合いがいない。って方がおかしいでしょう?!
「ま、魔界出身の人間っているんですか?」
「そりゃいるって。人界が嫌で魔界に逃げた人間が一杯いるし、そこから魔族と結婚した人間もいるし」
「・・・異種婚?愛に種族は関係ない?」
「さぁ、当人達に聞けば?」
素っ気ないどころか、興味が全然なさそうですね。最初から期待はしてませんでしたけど。
ああ・・・もう、七聖女に現人神、幽閉に“ユミルの悲劇”って・・・爆弾を次々と落とされて私の頭はパンクしそう。いや、パンクする。湯気が出るほどにもう、何も考えられないんですけどぉ!
「なんで私なのかな?姉さんとか、もっと相応しい人がいると思うんだけど。姉さんとか、姉さんとか姉さんとか」
「お譲ちゃんの中で姉ってどう言う存在なんだよ」
「私とまったく違って、似てもいないほどに神が作りだしたと言っても過言ではないほどに造形美が整った金髪碧眼な、家事以外はハイスペックな美女」
「へぇ」
興味がなさそうですね、自分で聞いておきながら。
「どんな相手でも、不釣り合いな魂の持ち主なら七聖女の資格はないんだろう」
「魂・・・?」
「魔族は七聖女に選ばれる基準は魂が関係してるんじゃないか、って考えてる奴がいるみたいだけど、真実かは誰も知らない。まさに、神のみぞ知る、だ」
へぇと、相槌を打ちながら、珈琲を見つめる。黒い水に私の姿はぼんやりとしか映らず、見えるのはコップを揺らして出来た波紋ぐらいだ。
死亡フラグが折れない――――。
なんだか家を出てからずっと、呪いのように死亡フラグが付いて回ってる気がする。それとも神様による試練?――いらない、心底いらないっ。
溜息が出た。
「――――ビブロフト行きは諦めた方がいいぞ、お譲ちゃん」
「へ?な・・・何でですか?」
「話、聞いてなかったな」
「!そ、そんなこと・・・は、あの・・・・・・すいません、聞いてません」
「ま、いきなり色んなこと言われたら、許容範囲出来ずに混乱するのは当然だけど。仕方ない、そんなお譲ちゃんのためにもう一度だけ、言うぞ。今度はちゃんと聞けよ?もう一回はないから」
面倒くさがりなライさんが親切・・・!
短い付き合いながらも面倒くさがりで怠惰なライさんがそんなことを言ってくれたことに、ちょっと胸が熱くなった。なんだろう。親が子供の成長に立ち合えたような感覚がする。いや、良く解んないけど。
「なんか変なこと考えただろう・・・?まぁ、いい。お譲ちゃんが空の聖女として覚醒したことがばれると、幽閉されるから人界にいるのはまずい。だからビブロフト行きは諦めた方が良い。どこで何があるか判らないからな、この世の中。いつ、お譲ちゃんが力を暴走させるかもしれないし」
「暴走させること前提ですか」
「覚醒したら常に危険と隣り合わせだ」
そんな隣り合わせ嫌だよ・・・!
「強すぎる力は畏怖される。勇者しかり、魔王しかり・・・。でも、両者は幽閉されず、むしろ特別な存在として扱われている。さて、それはどうしてでしょうか?」
「どう・・・えっと、勇者は人界を救う存在で、魔王は魔界を統べる者だから・・・ですか?」
「この世界のバランスを保つためのシステムだからだよ、お譲ちゃん。大気中に漂う魔力を上手く巡回するシステムとして生み出された存在。だからか知らないが、七聖女は勇者か魔王、そのどちらかの傍にいると力が制御出来るらしい。まぁ、真偽の程は確かじゃないから幽閉されるんだろうけど」
危険なモノには近づくな、ってところか。嘲笑混じりに告げたライさんの瞳が、やけに冷たいような・・・。一瞬だったから、気のせいかもしれない。
完全に冷めた珈琲を一気に飲み、息をつく。
勇者と魔王が世界のバランスを保つシステムだとしたら、七聖女ってなんなんだろう?世界樹の管理者は、何を思って七聖女に神の力を与えたんだろう?・・・ああ、いらない。物凄くいらない。
「それで、どうするんだお譲ちゃん。勇者も魔王も近くにいないなら、お譲ちゃんの力が暴走する可能性は限りなく高い。幽閉されて魔力を奪われ続ける道もあるけど、それは嫌だろう?」
「嫌ですよ、死んでもごめんですそんなの」
罪を犯した訳でもないのに、どうして幽閉されなきゃいけない!
断固、拒否!
力一杯にそう言った私に、ライさんが眼を細めて首を傾げた。
「――じゃ、そんなお譲ちゃんに俺から提案」
語尾にハートマークがつきそうなほど明るく、物凄く輝いた笑顔を浮かべるライさんに頬が引きつった。こう言う顔をする時のライさんの次の台詞は、私的にいいモノではない。
爆弾だ。
絶対、爆弾が落とされるに違いない。
「俺と一緒に魔界に行こう。温泉なら魔界にも良い所があるから」
「やっぱり爆弾だった・・・!」
「じゃ、そう言うことで魔界に行くぞ。お譲ちゃん」
「拒否権がないんですか!?」
「幽閉の方がいいのか?」
心底、驚いた顔で聞かないでくださいよ。
嫌ですよ、嫌に決まってるじゃないですか!?
「魔界に行ったとしても、幽閉されたりしないって確証はあるんですか・・・?」
「あるよ」
驚くほどさらりとライさんが言う。
「魔界は七聖女・・・特に空の聖女と関わりが深いから」
だから、とライさんは言葉を続ける。
「俺と魔界に行こう――――リィン」
初めて・・・名前を呼ばれた。
出逢ってからずっと「お譲ちゃん」呼びだったライさんが、私の名前を・・・?
突然のことに呆然としていた私に、ライさんが手を差し出す。瞬き、唖然とライさんを見る。どうして・・・?
私が空の聖女だから、魔界に連れて行きたいの?
判らないけれど、私の右手は無意識にライさんの手を握っていた。
ライさんが穏やかに笑う。
「安心しろ」
「え・・・?」
「魔界に行っても、俺が護ってやるから」
「え?あ・・・え?」
「少なくとも、お譲ちゃんが力を完全に制御できるまで――だけどな。それ以上は俺が面倒くさい」
名前呼びからお譲ちゃんに戻ったことよりも、ライさんらしい台詞に脱力した。ですよね。そうですよね。乙女思考になりかけた自分が馬鹿らしい。
俯いて、溜息を吐きだした。
もしかして、なんて思ってないですよ。出逢ってそんなに時間が経ってないのに、惚れたなんだって言うのは嘘臭くて信用できませんしね!勘違いしてませんよ。
ただ・・・・・・うん、まぁ、その「護る」と言う言葉に恋する乙女的思考になりかけただけで。うっかり、胸キュンしそうだっただけであって。・・・・・・・・・あー!もう!
そう言う思考回路、本当、いらない!
空の聖女の力並にいらない!不要!
「よろしくご指導・・・出来れば優しく、初心者に判り易くでお願いします」
力が制御できるよう誠心誠意、頑張らせていただきますっ。
死ぬ気で!
でも判り易くて優しい方法でお願いしますっ。
「善処する」
・・・それって、あんまり期待にはそえない。ってことですかね?
「あ、そうだ」
探る視線をライさんに向けていたら、自然な動作で背を向けられた。そしてわざとらしく手を叩く。・・・何か企んでます?
「ビブロフトの変わりに魔界の温泉を案内しようか。ついでに能力制御は魔界観光しながら行ってみようか、お譲ちゃん」
物凄く良い笑顔で、妙案だと告げるライさんに何も言えない。
と言うか、言葉が出てこない。
唖然とした表情でライさんを見つめる私の肩に、ライさんが手を置いた。きらきらと背景が輝いているのは幻覚だろうか・・・?
「と言う訳で、ちょっと力を使ってみようか。お譲ちゃん」
いや、どう言う訳かさっぱりなんですけど。
「そうだな・・・うん、じゃあ最初は風の力を使って浮いてみよう。身体が宙を浮くイメージをしてみて、ほら早く」
「え?あ、え・・・?!」
「早く、お譲ちゃん」
笑顔の圧力に負けて言われるがまま、眼を閉じて頭の中で想像して見る。
・・・浮く、身体が浮く。浮いたら空を飛べる?鳥みたいに?・・・・・・ふわりと、足が地面から離れて、身体が空へと上って・・・あれ?
ゆっくりと眼を開けてみた。
「・・・?」
何かがおかしい。
でも何がおかしのかが解らな・・・・・・・・・!
「ら・・・ライさんより目線が高いっ!」
「驚く所はそこなのか、お譲ちゃん」
「足!足が地面から離れてる?!え・・・?私、浮いてるの?浮いちゃってるの?!こわっ、怖いんですけどっ!」
ふわふわと風船のように漂う身体が不安定すぎて怖く、バタバタと手足を動かしてみたが地面に戻ることも落ちることもなかった。なんで?!若干、泣きそうになりながら傍にいたライさんの頭にしがみつき、重力がないかのように浮く自分の身体を凝視する。
ふわふわと頼りなく、風が吹けばどこかに飛んでいくんじゃないか。なんて想像してしまうような浮き方だけど・・・身体は確かに宙を浮いている。
今、ライさんの頭から手を放したら・・・どこかに飛んでいくか、はたまた空高くまで浮いて行くのか・・・考えるだけで恐ろしい。ぞっと顔色を青くさせれば、ライさんが私の腕をゆっくりとはがした。ああ・・・やめて、浮いちゃう!
「ほら、お譲ちゃん。ちゃんと俺の手を掴んでろよ」
「や、やだっ・・・!う、うい、浮いちゃう!やだ、怖いよ・・・・・・ライさんっ」
「大丈夫だから、な?落ちついて深呼吸してみろ、リィン」
「・・・っ」
ここで名前を呼ぶのは、ずるい・・・。
しかりと指を組まれたライさんの手に縋るように力を込め、言われたように深呼吸をする。バクバクと早鐘を打つ心臓は緩やかになったけど、恐怖だけは薄れない。
「安心しろ、俺がいる。だから・・・何も心配いらない。そうだろう?」
子供に言い聞かせるような優しい、けれど子供に向けるには甘すぎる声。
「俺がいるのに、何も怖がることはない」
穏やかな眼を私に向けるライさんは、静かに私に言った。
「だから――――飛んでみろ、リィン」
飛ぶ・・・。
空を・・・人が飛べるのだろうか?
即座に思考が無理だと判断するけれど、もし・・・もしも空を飛べるならば私は――――。
「姉さんが知らない場所に・・・飛んでいきたい」
「・・・ああ、行けるさ。今のリィンならどこにでも」
だから怖がらず、力を使ってみろ。そう告げたライさんの言葉に誘われるように・・・違う。そうしたと思った私の心が、風を操った。
星のように輝く新緑が私の・・・ライさんの身体にも巻きついて宙に浮かせた。
もっと、もっと高く・・・!そう思えば思う程に風は私達を包んで空を浮いて行く。驚くほどの速さではないけれど、遅いとも感じない速さ。
重力を感じないのは、きっと身体を包む風のおかげだろう。
苦痛も息苦しさもなく、身体が雲に近づいて行く。
ライさんが笑った。
「凄いな。ここまで高く飛ぶことはどんな一流の魔法使いじゃ不可能だし、大魔法使いや賢者でも酸素まで作れないから無理だ。なのにお譲ちゃんは酸素を確保しつつ、こんなに高くまで浮遊させた。空の聖女だからって、初めてでここまで出来るとは思わなかったよ」
子供のように無邪気に告げたライさんに、私は瞬いた。
「風を操ることに関して、お譲ちゃんは天才だな!」
誰かに褒めてもらうなんて・・・・・・随分と、久しぶりかもしれない。
「下を見てみろよ、お譲ちゃん。朝霧が綺麗に見えるぜ・・・?」
言われて、恐る恐る下を見て息を飲んだ。
眼下に広がるのは朝霧だけではなく、王都・ヘルハイム。少し遠くに眼を向ければ、村や街が見える。ああ・・・・・・朝霧に霞む、ぽつりぽつりとある街灯の明かりが星のようで綺麗。
思わず息がでた。
どこまで高く飛んだか、良くは判らない。
けれど・・・こんな素晴らしい景色を見れたならば、空を飛ぶのも悪くないのかもしれない。若干、まだ怖いけど。
「それじゃあ、今度は空間の力を使ってみるか」
「え・・・?こ、この状況でですか?!無理ですよ、出来ませんってばっ!」
「俺が魔法で魔界の情報を脳内に見せるから、そこをイメージして強くそこに行きたい。って願うんだ。さて、じゃあやるか」
「聞いて、私の話を聞いて!」
切実な叫びだと言うのに、ライさんは綺麗に無視しやがった・・・っ!
「Scena della memoria >>> Record Trasmissione >>> Visualizza la corrente piuttosto che passato >>>【Chiaroveggenza】」
まって・・・本当に待って!
本気ですか?本気でこの状況で・・・って、頭に何か、知らない景色が見えてきたんですけどぉ!?え、何これ?魔界?魔界なの?流れ込む情報に堪らず眼を閉じてしまったら、より一層、映像が鮮明に見えた。うわ・・・何これ!
随分と緑が多くて、自然豊かな場所もあれば鉄の塊が多かったり妙に高い建物がある場所もあるし、赤い変な門みたいな物があって粘土みたいなのが屋根に乗っかってる家らしき物がある場所もある。他にも見たことのない建物なんかが一杯で・・・魔界って、なんか変。とか思ってしまう。
でも・・・凄く楽しそうな場所。
「行って、みたいな」
「行くんだよ、これから」
きょとんと瞬けば、ライさんが苦笑した。
「今見せた場所の何処でもいいから、頭に思い浮かべてみろ。んで、強く願ってみろ」
「・・・出来ますか、本当に?」
「出来るじゃなくて、やるんだよ」
「うぇ・・・」
「ほら、想像してみろ。どこに行きたい?」
これで無理です。なんて言ったらどうなるんだろう。
そんなことを考えながら、気になった場所を思い浮かべてみた。・・・あの赤い門みたいなのが合った場所、気になるんだよなぁ。
なんだか賑やかな音まで聞こえてきたし・・・魔法って、音まで聞こえるんだ。凄いなぁ。
「おっと、これも楽々使えるか。凄いな、お譲ちゃんは」
「ふへ?」
「あとは暴走しないよう、ちゃんと力を制御するんだぞ?」
なんのことだと首を傾げるより早く、私の視界は黒く塗りつぶされた。
え・・・何事?!




