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姉が結婚するので家を出ます。  作者: 如月雨水
Jacta alea est 《賽は投げられた》
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6

「アタシの屋敷で随分と――――好き勝手してくれるものね」


凛とした声が、何処からともなく聞こえた。

ウラドではない、女性的な声だ。女吸血鬼が現れたのか?!と思って周囲を見るけど、それらしい影は見当たらない。炎が消えていたから、誰かが消したのは確かだ。

けど・・・見えない。はて、どこにいるんだろう?

首を傾げる私の頭に顎を置いたライさんが、面倒くさそうに息をついた。

顎をぐりぐりしないで、地味に痛いっ。

「よーやく、この館の主が登場した」

「え?ウラドって吸血鬼じゃないんですか?!」

「あれはどー見て、従者だろう」

いや、見ただけじゃ判らないんですけど。

「いえいえ、それよりもどこにいるんですかその・・・館の主?は」

「そこ」

だからどこ。

眼の前の闇を指差されても解りませんよ。解る筈がないでしょう。

眼を凝らしてよく見ても、灯りに揺れる影しか見えない。どこにいるのか判らない不安に身体が震えれば、宥めるようにライさんが・・・・・・・・・おい。

むにむにと人の脇腹を握るな。撫でるな。掴むな!馬鹿っ!!

「何がしたいんですかライさん!」

「気を紛らわせようと?」

「ただの変態行為ですよ!」

べしべしべしと自分でも驚くくらいの速さで脇腹に触れるライさんの腕を叩き、ついでとばかりに手を捻った。・・・こう、皮を掴んで出来るだけ力を込めてぐぃっとね!

だけどライさんにはまっっっったく効いてない!

「・・・アタシを無視するなんて、いい度胸じゃないの」

「ちょっとライさん!怒らせてどうするんですか!そしていい加減、手を放してくださいよ!」

「嫌。なんかこの感触・・・癖になりそう」

なるな!

「・・・本当、いい根性してるわね」

すらりと、眼の前の闇から白く艶やかな蝶の刺青が施された右足が現れた。

「アタシの下僕を殺しただけではなく、アタシを無視するなんて本当万死に値するわ」

次いで細くしなやかな指が現れ、続くように薔薇の刺青のある両腕が闇から出る。

「その罪、アンタ達の命だけじゃ償えないと思いなさい」

最後に現れたのは、夜の女王。と言っても過言ではないほど、美しく整った――姉には劣るが完成された美を持つ顔。長く揺れる黒髪は闇を纏っているように見えた。

しなやかな身体を包むのは、星が散りばめられたような黒いドレス。首から両腕にかけてあるのは銀色の・・・毛皮?かなりもふもふしてそう。いや、それよりもドレス。豊満な胸の谷間が凄く見える。足のスリットもかなり際どい。・・・攻めてますねぇ。

爪を赤く塗った指で陶磁のような頬を撫で、金と銀のオッドアイが三日月のように細められ、赤く膨れた蠱惑的な唇を持つ美女はうっすらと嗤った。

すっと流れるように視線を向けられ、堕ちぬ男はいないだろう。そう思う程に美しい女性、ではあるけれど・・・・・・ううん。どうしてだろう。


「ライさんの方が綺麗」

「はぁ?!」

「おっと、思わず本音が」

「お譲ちゃん・・・・・・俺が綺麗なのは当然だろう?」

「ああ、そうですね」

さも当たり前のように告げたライさんに、白い眼を向けてしまった。


いや、確かに綺麗ですよ。姉で見慣れたと思ったのに、それ以上の存在がいるのかと驚いたほどに綺麗ですよ。容姿は。

ふとした時以外、格好いいと思えない残念なイケメンではあるけれど。

「・・・アンタ、アタシがソイツより劣ってるって言うの!?」

「え?だって・・・・・・・・・ね?」

どう見ても、眼の前の女吸血鬼よりライさんの方が綺麗だよ?

同性で考えるなら、姉の方が綺麗・・・いや、美人だ。うん。何だろう。私の顔面偏差値がおかしいことになってる気がする。これもそれも、美形が近くにいたせいだ!

「このアタシの美貌が・・・・・・バルバゼス様の寵愛を受けるアタシが、ソイツより下って言いたいの!?アタシの美しさを理解出来ないなんて・・・・・・ふざけないでくれるっ!」

ばるばぜす・・・?

誰、それ?

「ふぅん。強欲を司る王の寵愛を・・・・・・ね」

「ライさん知ってるんですか?」

「まぁ、それなりに」

ものすっごく、興味なさそうですね。

「魔族について知識皆無に等しいお譲ちゃんのために説明すると」

知識皆無って・・・本当のことだけどぐさっときた。

「強欲の王――バルバゼス=フェンリ=エッタは魔界の南を守護する魔王の配下だ」

「強欲の王なのに、魔王の配下なんですか?」

「魔王は1人じゃない。七罪(セプテム・ペッカータ)の中の1人ってだけで・・・・・・うんまぁ、長くなるから魔王の1人ってことで認識しろ」

小声で告げたライさんに出来れば後で説明が欲しい、と思いながらも頷いておく。まぁ、その認識で魔界も色々なんだなー。程度しか理解できなかったんだけど。

後はまぁ、知識を得てから認識を変えよう!そうしよう!

「――――で、その強欲の王の寵愛を受けているはずの吸血鬼が、どうしてこんなところに?」

「バルバゼス様のためよ。始祖の吸血鬼であるあの方が、いつまでも魔王の配下の一括りで良いはずがないでしょう・・・?怠惰で無気力・無関心な面倒くさがりで何事にも不真面目な愚王の配下に甘んじて良いはずがないでしょう・・・?」

魔界事情なんて知りませんが、そんなのが王様の1人って凄いね。魔界。

「あの方こそ、魔界を統べる王であるべきなのよ。愚王を殺し、バルバゼス様を真の魔王にするためにもより多くの手駒は必要でしょう?だからアタシ、バルバゼス様に我儘を言ってこんな下劣な場所にいるのよ。・・・ああ、早く駒を増やして愛しいバルバゼス様の元へ戻りたいわ」

「手駒が欲しいってことはつまり人界に戦争を仕掛ける――ってことか?」

「そうね。そうなるわね」

ライさんの質問にさらりと答えた女吸血鬼は、酷く気だるそうに髪を掻きあげた。

「でも、だから何?」

妖しく笑って、人さし指を私達に向けた。

「人間がアタシ達を滅ぼそうとしているんだもの。アタシ達が人間を滅ぼさない理由はないでしょう?殺される前に殺せ。・・・喧嘩を売られる前に、全て殺してしまえばいいのよ。そうすれば、300年前のようなことは起きない」

300年前。その数字にライさんがぴくりと、本当に僅かだけど反応を示した。

ううむ、300年前って何があったっけ?すぐには思い出せないのはけっして、私の記憶力が悪い訳ではない。と、言うことにしておこう。

「アンタ達は幸せよ。戦争で蹂躙される前にこのアタシ・・・吸血鬼の十貴族に名を連ねるベアトリス家が長姫!アルディアーノ=ヴァ=ベアトリスに殺されるんだから!」

魔族にも貴族とかあるんだな。とか。

凄く偉そうなのはお譲さまだったからか。とか。

殺されることは決定なのか。とか。

色々と言いたいことがあったが、豊満な胸をはって宣言した女吸血鬼の大きすぎる胸に眼が言って何も言えない。うわ、眼を奪われるってこういうことか・・・!

姉さんは美乳だけど小さいから余計に大きな胸に・・・て、違う。

「へぇ・・・俺を殺す、ねぇ」

背後からぞっとするほど冷たい空気を感じて怖い。逃げたい。逃がして!

「殺せるもんなら、殺してみろよ」

冷やかな声に嘲笑を乗せて、ライさんが告げる。

たぶん、口元だけに笑みを浮かべた顔をしている・・・と、思う。

「落ちぶれた十貴族のご令嬢」

「ふ・・・・・・ふふふふふふふふふふふっ、そんなに、死に急ぎたいか人間が!!」

うひぃ!さ、殺気が肌に突き刺さる程痛い!

ライさんが挑発するから、相手が怒っちゃったじゃないか!どうしてくれるんですかもう!私の死亡フラグしか見えないよ!べしべしべしと抗議のためにライさんの腕を叩くも、逆にぎゅっと身体を抱きしめられた。

違う!そうじゃない!

「ウラド・・・ウラド!出てきなさい、私の下僕!」

ちょっ、増援?!勘弁してくださいよ!ライさんの腕に縋りつき、来たであろう死亡フラグにもう泣きそう。

アルディアーノが放つ殺気のせいで息をするのも辛く、気を抜いた瞬間、意識を簡単に失いそうだ。唇を血が出るほど噛み、意識だけは保つ。気を失ったら即、死亡なんてごめんだよ!

「お譲さま・・・」

「漸く来たのねこのウスノロ!アタシが呼んだんだから一秒で来なさいよ!」

いくら魔族でも無理でしょう。

ライさんが何かしたのか、空気が少し楽になった。ああ・・・殺気がないって素晴らしい。血が出た唇を舐めて、ほんの少し視線を上に向けた。アルディアーノの背後に現れたウラドを見て、つまらなそうな顔をしているライさんの瞳に、悪戯っ子のような輝きが宿ったような・・・。

「ふん。まぁ、いいわ。他の下僕共も呼んでここにいる人間を殺しなさい。勿論、血は一滴も残さずに奪うのよ!こぼすなんて勿体ないことしないように気をつけなさい!」

「お譲さま」

「馬鹿みたいにアタシのこと呼ばなくて良いから、さっさと殺してきなさいよ!この愚鈍!・・・・・・アンタ、何よ・・・それ?」

背後にいるウラドを振りかえって、アルディアーノは何故か困惑した声を出した。ううむ、暗闇に眼が慣れてもよく解らない。詳しく教えて!

「お譲・・・さ、ま」

「何よ・・・何なのよ!その――――ツギハギだらけの姿は!?」

ツギ・・・ハギ?

首を傾げた私の眼の前で、ライさんが淡い光を呼び出した。宿屋で使ったあの光だ。

その光がアルディアーノ達を照らし、漸く、私は言葉の意味を知った。ああ、確かにツギハギだ。

ウラドの腕と足の位置が逆になって、下手な手術をした後のように縫われている。あの端正な顔も変形し、左眼が合った場所に口があり、口があった場所に右耳がある。右眼のあった場所には鼻があって、鼻があった場所に左眼がある。そんなチグハグな顔。

この分だと服で解らない身体も、おかしくなっているだろう。

うう・・・想像しただけでも気持ち悪い。

「お・・・譲さま、アレは・・・アレにだけ、は」

ウラドの姿が砂のように崩れて行く。

物語に書かれた通り、「日の光を浴びた吸血鬼は灰となる」だ。ライさんの魔法によって、身体が崩壊したんだろうか・・・?

魔法って凄いなー。

呑気にそう考えている間にも、ウラドの身体は崩れて行く。・・・いや、ちょっと違う。崩れたのは四肢と胴体だけで、顔は残って・・・・・・・・・大きな蝙蝠が床に落ちた。

ソレはぴくぴくと痙攣をおこし、血反吐を吐いて絶命した。

「ウラ・・・ド?」

「お譲ちゃん、アレは大蝙蝠って言う種類の魔物だ。吸血鬼が眷属にすることによって、種族が進化することが出来る。死ぬと元の大蝙蝠に戻るのが特徴だ」

豆知識みたいに教えられた。


「・・・・・・・・・本当、使えないやつ」

息絶えた大蝙蝠に右足を乗せ、踵で抉るように踏むアルディアーノの眼は底冷えする程冷たかった。


これで鞭を持っていたら、完璧な女王様だな。なんて場違いなことを考えながら、亀のように首をひっこめた。うう・・・冷気が痛い。

アルディアーノから発せられた空気が冷えて、まるで冬のような寒さを感じる。吐きだす息が白いよ。そして凍ったよ。何これ、私、凍死の危機?ガクガクブルブルと身体を震わせる私と相反し、ライさんは平気そうだ。羨ましい!

「水属性の拘束魔法・・・【Cuneo del ghiaccio】か」

この冷気って魔法で生み出されたモノなのか!?

・・・魔族って精霊の詩を必要とせず、魔法が使えるって言ってたけど事実だったんだ。ちょっと疑ってました、ごめんなさい。

「あら、解るなんてなかなか素敵な眼をお持ちね。それ・・・スキルかしら?」

「スキル?」

「個人が持つ特殊な技能、あるいは訓練によって獲得した技術」

いや、言葉の意味を聞いたんじゃなくて・・・・・・。

「スキルなんて・・・そんな大層なモノこの世界には存在しない。ただ、経験によって得た力・・・ってだけだ」

「それでも十分、スキルと呼ぶに相応しい力よ。・・・・・・ウラドを殺したのは、アンタね。ウラドは美味しそうな得物の傍に、奇妙なモノがいると言っていたわ。力があるのに抵抗なく、あっさりと拘束された奇妙なモノが・・・とね。それってアンタのことでしょう?間違っても、アンタが抱えてる小娘じゃないわ」

「そうか?意外とこのお譲さんも、奇妙かもしれないぜ?」

それはアレか?

私がまともじゃない、と言いたいのかな?・・・喧嘩を売られても負けるのが眼に見えてるから、大人しく口を噤んでおこう。どうせ私は非力だよ、けっ!

「そうね、魔力だけなら大したものだわ。魔力だけならね。でも、その程度でアタシの下僕が殺せるはずないでしょう――――人間如きに後れを取る程、弱いモノを僕にした覚えはないわ!」

あらやだ、綺麗な顔が般若みたいになってますよ。

「・・・・・・それで、時間稼ぎは終わりか?」

「!?」

「・・・どう言うことですか、ライさん?」

「ん?あー・・・この吸血鬼は怒りに任せて喋っている、と見せかけて魔法を使って他の下僕を呼んでたんだよ。たぶん、自分の手を汚したくないからだと思うけど・・・・・・吸血鬼なら自分で戦えよ、面倒癖ぇだろう」

自分で戦うのが面倒だから、じゃないんでしょうか?ライさんみたいに。と、考えたらほっぺを引っ張られた。何で解ったの、エスパー?!

「しっかし、その下僕はいつ来るんだ?まだ時間がかかるようなら、アンタが相手をしてくれよ。なぁ・・・十貴族のご令嬢」

「どいつもこいつも・・・使えないわね!いいわ、アタシ直々に相手をしてあげる。喜んでアタシに血を捧げ――――死になさい!」

アルディアーノが右腕を上げたら何もない空間に氷の刃が出現し、勢いよく振り下ろすと同時に氷の刃がこちらに襲いかかった。せ、尖端が鋭利で怖い!

短い悲鳴を上げる私の後ろで、ライさんが呑気に欠伸をした。

本当に呑気!


「Inferno rosso >>> Ridentemente Ridentemente Divertimento >>> Gioco del diavolo >>>【Fiammeggia ballare】」


なんか・・・物騒な言葉が聞こえた。

威力は【Inferno】より低いように見えるけど、エグイ。

炎が踊るように四方八方から現れ、アルディアーノの逃げ場をなくす。ううむ、こうして見ると逃げるアルディアーノも踊っているようだ。炎が逃げ場を奪うが先か、アルディアーノが逃げ場を得るのが先か・・・・・・怖い、この魔法。

「どうした、十貴族のご令嬢。逃げ場がなくなってきたぞ」

「こ・・・のっ!」

「へぇ・・・今度は時属性の空間魔法か。空間から次々と武器を召喚するのを見るに、これは【Metastasis spaziale】だな」

「見抜いたとしても、この数から逃れることは出来ないわ!大人しくしたら、苦しまずに死ねるわ!さぁ、アタシの前で綺麗な花を咲かせて見せて頂戴!」

うわ・・・うわぁ、天井を埋めつくさんばかりの刃の数にもう、うわぁしか言えない。さり気なく左右にも展開されて、刃先がこちらを向いているんだから抜かりがない。余計にうわぁ、しか言えない。うわぁ・・・。

これ、いや本当にこれ、どうするんだろう・・・ライさん。

私には何も出来ないよ。

何か出来る筈がないじゃないか!

だから迫ってくる刃を何とかして、後生ですからっ!

「はいはい。無駄な努力、お疲れ様」

言って、ライさんが無造作に右手を伸ばした。


「Dominio del vento >>>  Protezione Riflessione Riflessione >>>  Il vento impedisce >>>【Vento del contrattacco】」

迫りくる刃を風属性の結界魔法・・・かな?が阻んで、言葉通り反射された。

元来た場所に戻り、壁や天井、窓に突き刺さった武器の姿は何と言うか・・・・・・ううむ、ある意味シュール。


アルディアーノが唖然としたのは一瞬で、現実を理解した途端、綺麗な顔が般若を越えて修羅になった。怖い。美人が本気で怒ると怖い・・・。

ライさんが放った炎を無理矢理突破し、全身が黒こげになったアルディアーノは震える手で肉が溶けた顔に触れた。・・・綺麗な顔が本当、台無しですね。直視できないほどに酷い有様ですよ!

「・・・こ、殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス殺してやる!!このアタシの美貌を害した罪、その命を持っても償いきれないと知りなさい!!」

え、即座に水属性の回復魔法で全身を癒した癖に、死んでも許さないって横暴だ!

――と言うか、全裸なんですけど気にしないの?!ちょっとは羞恥心を持ってよ!気にするような身体じゃないから晒してるの!?この痴女めっ!その胸ちょっとわけてよ!!

「あー・・・怒りで魔力が暴走して、髪の毛が凍った」

気にする所はそこですか?!

凍ったって・・・ライさんの髪どころか周囲も凍ってるんですよ?!氷の城と言っても間違いじゃないほどに氷漬けですよ!!髪の毛気にしてる場合かっ!

あんまり寒く感じないのは、ライさんが魔法で何かしてくれたおかげだと思う。精霊の詩が聞こえなかったけど、もしかしたら自動効果(オート)魔法なのかもしれないし。と言うか魔法のことなんて私が知るか!解らないからそう言うことにしておく!!

「水属性が強いようだけど、時属性を使った所を見るに結界魔法もご令嬢の仕業だろうな。うん、殺そう」

脈略が解らないが物騒!

「ちょ・・・ちょっとすいませんけど、戦うなら離れてください!私を巻き込まないでっ!!」

「さぁてと・・・どうやって殺すか」

「聞いて!お願いだから聞いて!!」

「風で切り刻むか、それとも塵にするか。いや・・・・・・光で浄化させるか?悩むな。なぁ、十貴族のご令嬢。アンタはどんな死に方が良い?」

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネしぃねぇ!!」

「怒りで我を忘れた奴ほど、相手をするのが面倒なんだよな・・・」

そう言う問題だろうか・・・?

戦いに詳しくないどころかずぶの素人の私でも、この勝負はライさんの勝ちだと解った。多分だけどライさんは実力の半分以上・・・いや、もしかしたら2分の1程の力しか出していないのかもしれない。

それに反してアルディアーノは全力である。

「・・・おっと、【Cuneo del ghiaccio】を使って拘束にかかったか。我を忘れながらも敵の動きを封じようとするのは、良い判断だ。我を忘れてるけど」

・・・私、今、すっごいことに気づいたんですよ。何かって?アルディアーノが攻撃してから、いや、グールに襲われて【Inferno】をライさんが使った時からなんですけどね。

ライさん、一歩も動いてないんですよ。

アルディアーノが水属性の攻撃魔法を使って攻撃して来ても、あっさりと拍子抜けするほど簡単に魔法で防いで、阻んでるんですよね。魔法が使える人って皆こうなの?誰か教えて・・・。

しっかし・・・なんだかアルディアーノが不憫に思えて来た。

だって相手はあんなに必死、と言うか怒りに我を忘れた状態でライさんに攻撃していると言うのに肝心のライさんは・・・。


「飽きた」


だもんね。

もう本当、この人相手に怒ることすら馬鹿らしく思えてしまうんですよ。私は。

「飽きた、面倒、だるい、眠い、疲れた――――ってことで、もう遊びは終わりにしよう」

ライさんが無気力に呟いて、私から身体を放した。え、ちょっと凍死する!!慌てる私を無視し、ライさんが私の右手を掴む。

・・・な、なんですか?

凍死しない?しない?・・・しないみたいでよかった。

「と言う訳でお譲ちゃん、ちょっと()を借りるよ」

「は・・・?」

力ってなんぞや?

魔力のこと、かな?

「大丈夫、大丈夫。ちょっとだけだから」

首を傾げる私の耳に、怪しい勧誘のような台詞が届く。う、ううん。信用していいのかな?

眼の前で邪気のない顔で笑うライさんに、困惑しながらも頷いた。別に、イケメンの笑顔に屈した訳ではない。

断じて違う!

私もこの状況から脱したいと考えていただけだよ!


「それじゃあ、借りるよ――――七聖女(セプテム・サンクタ)の力を」

せぷて・・・え?

何それ?そんな力が私にあるはずないでしょう・・・?


怪訝に聞き返そうと思った瞬間、風が舞い上がった。

いや、舞い上がったなんて生易しいモノじゃない。突風だ、竜巻だ、嵐だ!何これ!?足元から勢いよく風が起こり、天井を突き破って空の色を私に教えた。

青みがかった黒――――夜天に輝く天満月(あまみつつき)

眼を引くほど美しいその空に舞うのは、壊れた天井の欠片。ぱらぱらと雪のように振る様は風情があるけれど、その正体が木材では台無しだ。風が意思を持ったように頭上を舞う破片を何処かへ飛ばす。

生き物みたいに風がうねりをあげて、獣のような音をだす。

まるで叫んでいるような、咆哮。

アルディアーノはそんなことは知らないとばかりに、水と時属性の攻撃魔法を繰り出す。水はともかく、時属性の攻撃魔法すら、意思を持った風が阻むのだから不思議だ。時は、何にも防がれないと思ったんだけど・・・。

あ、さっきライさんが防いだか。

「七聖女は魔法が使えない」

ライさんが静かに語る。

その言葉に耳を傾けようとした私の視界に、形作られた魔力の塊が現れた。

「何故なら七聖女は精霊から力を借りるのではなく、神から力を借りるから。だから精霊の詩で魔法が使えない。発動するはずがない。だって精霊が畏怖してるから」

それは風を纏った、1羽の大きな翼と体躯をした獣。

「七聖女はそれぞれの女神と女王の寵愛を受ける存在。七聖女が理解しなければならないのは神の旋律(シビュラ)。放つのは神の詩(ロゴス)

緑の風を纏う、不安定な形をした鷹に似た鳥。

「魔法とは異なる力を解き放つ、神自身の力。・・・・・・さぁ、その力の一端を今、解き放て!空の聖女!」

――空の聖女。

その名は、空の女神、風の女王の寵愛受ける存在なのだと誰かが耳元で囁く。眼の前の鳥は・・・獣はお前の力の一部だと。お前の力から生まれた眷属だと、知っているようで知らない、中性的な機械のような声が告げた。

ソレは暴虐の風の一欠片だ、と。


「告げる。暴虐の化身たる獣よ、全てを喰らい壊せ――――」


私の意思ではなく、唇が勝手に動いた。

知らない言葉。

初めて聞いた旋律。

これは私が教わって来た旋律(アリア)じゃない。けど、知っている気がした。それも生まれた時からずっと・・・誰かに聞いていたような錯覚を抱くほどに身近な言葉。

あぁ・・・そうか。

これが神の旋律。

次に告げるのは神の歌。


「【Ventus Inter Aquilonem et contritio】」

理解したと同時に、力を解放する最後の一文――神の詩をうたう。


轟っと耳を劈く音が響いて、私の中から何かがごっそりとなくなった感覚がした。

くらりと目眩がする。もしかしてこれが魔力切れ状態なんだろうな、と漠然とだけど判断で来た。・・・こんなことで、魔力切れを初体験なんて嬉しくない。

途切れる意識の中で、そんなことを考えるとは以外と余裕なのかもしれないなぁ。


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