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暗闇の中にいるからか、ちょっとした物音にも過剰に反応してしまう。
例えばガタンっと言う何かが落ちた音とか、ギシっとか言う床の軋む音とか。後者は私が迂闊に動いたから鳴った音だけど、前者が判らない。まさかこの部屋に私達以外の何かがいるのか?!
振りかえったらそこに青白い顔をした何かがいたりするのかな?!
考えたら駄目だと思えば思う程、怖いこと考えてドツボにはまってる気がするんですけど!うわ~ん、私が何をしたっていうのぉぉぉおおぉぉぉぉっ。
「Auld Lang Syne >>> Uno Raggruppa Raggruppa >>> Fonte di luce >>>【Luce】」
子供のように泣き喚く寸前、眼の前に淡い光が現れた。
ひぃ、人魂!?・・・・・・じゃ、ないですね。よかった、口にださなくて。ほっと安堵しつつ、光を発生させた人物を見上げた。蛍の光みたいに綺麗だなーとか、呑気に思いつつ。・・・・・・うん、呆れた顔のライさんと眼が合いました。
「暗いのが苦手って、子供かよ」
「成人は18からなので、あと2年で脱!子供ですよ!」
「・・・あ、そう」
ライさんが右手に光属性の補助魔法・・・かな?で作ったと思われる光の玉を宙へ投げ、周囲を照らした。アレ、手から放しても大丈夫なんだ。魔法って凄いなー。
「で、いつまで抱きついてる気?」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・だ、抱きついてませんよ!
抱き寄せたのはライさんであって、私は抱きついてなんか・・・・・・服の裾をちょこんと、掴んだ程度ですよ。断じて抱きついてません。
心の中で言い訳しつつ、そろりとライさんから離れた。
「え・・・と、やっぱり何もありませんね。この部屋」
分かっていたが、本当に何もない。
ベッドもタンスもクローゼットも、棚も電灯もスタンドも何一つない。こんな部屋で寝ろと言う店主なんて、いるはずがない。・・・あれ、だとするとあの老女って何?魑魅魍魎の類?
ぞわっと背筋に冷たいモノを感じて身震いした。
「この扉、無駄に頑丈だな。蹴っても殴ってもびくともしない。いっそ、斬るか?」
言って、ライさんが魔法?を使って剣を取り出した。いやはや、本当に魔法って便利ねー。
羨ましいよ、こん畜生めっ。
なんて・・・僻んでも仕方ないんだけどね。
溜息を吐きだして、ライさんを見れば剣を振りおろした状態で固まっていた。いや、固まると言うよりは動きを止めていた。に近いかもしれない。・・・ん?とすると、剣を振りおろした直後なのかな?
首を傾げつつ、聞いてみた。
「無理ですか?」
「手が痛い」
成程、斬れないんですね。
どんだけ頑丈なんだよ、この扉。金剛石で出来てる、とか言わないよね?もしくはそれに近い素材?金かける場所を間違えてるっ。
ライさんが剣をどこかにしまい、面倒くさそうに頭を掻いた。
「この分だと、魔法を使っても無理そうだな」
「一応、やってみないんですか?」
「無駄なことはしたくない」
いや、ただ単に面倒くさいだけですよね。顔にそう書いてありますよ・・・?
白い眼を思わず向けてしまった私は、悪くないと思う。
「いや、でもほら!念のためってことでやってみません?」
「えー・・・」
うわ、凄く嫌そう。
「絶対、無理だって」
溜息を吐きつつも、右手を扉に向けた・・・ってことは、試してくれるんですね。面倒くさがってた割に、いい人!思わず、キラキラした眼を向けてしまった。
出来れば最初からそうして欲しかった!なんて、へそを曲げられるかもしれないから言わないけれど。
「Il cielo rosso >>> Calore Calore Cenere >>> La fiamma brucia tutti >>>【Inferno】」
・・・って、火属性の攻撃魔法は危険じゃないですか?!
しかも気のせいじゃなきゃ、地獄なんて不吉な単語が聞こえたんですけど!!
轟っ!と空気が震え、酸素を燃やすのは眼を奪われるほど綺麗な――青い炎。
扉だけではなく、この部屋全体を燃やそうと動く炎は容赦なく酸素を奪い、逃げ場をなくす。だと言うのにどうしてかな?私は怖い、と思えずただただ・・・青い炎の揺らめきを見ている。
「火傷じゃすまないぞ、お嬢ちゃん」
右手が無意識に伸びて、炎に触れようとしていたらしい。
ライさんが手首を掴んでくれなかったら、と思うと今更ながらゾッとする。無意識って怖い。
顔色を青くさせた私を見てライさんが溜息をつき、ぐっと私の身体を自分の方へと引き寄せた。おおう?!いきなりすぎて胸板にダイブしちゃったよ!地味に鼻が痛い・・・。
「扉どころか、部屋も燃やせねぇみてぇだな」
「・・・あ、本当だ」
酸素が燃えてるだけで、部屋は焦げ目がなく綺麗なまま。
「あの・・・私達、二酸化炭素中毒で死にません?」
「このままだと死ぬな。とりあえず炎を消して酸素でも作るか」
「どうやって?」
「それは当然、魔法で――――Aria pulita >>> Arrivo Arrivo Suono >>> Paean del cielo >>>【Vento di guarire】」
息が、楽になった。
ふぅっと、一仕事終えたようにかいてもいない汗を拭う仕草をするライさんを見上げ、私は首を傾げた。
「ライさんって何種類の属性魔法が使えるんですか・・・?」
普通は2属性の魔法しか使えないのに、ライさんは水・火・風・光の4属性の魔法を使った。大魔法使いや賢者なんて呼ばれる存在だって、3属性しか使えないのに・・・。勇者と言う例外はいるけど、ライさんがその例外であるはずがない。
ちらりとライさんを見た。
容姿はいいけど、無気力な眼に怠惰を隠しもしない空気。
・・・どう見ても、いや、見なくても、勇者ってガラじゃない。どちらかと言うと・・・・・・風来坊?放浪者?――まぁ、とにかくそっち方面だ。
「色々と魔法が使えたら便利だろ?」
「いえ、そう言うことじゃなくて」
便利とか、聞いてない。
「便利だろ?」
「・・・ア、ハイ。ソウデスネ」
笑顔の威圧、怖いです。
そっと視線をそらし、ダラダラと流れる汗を袖で拭った。
「さて・・・と。やっぱり魔法でも無理だったし、どうするか」
と、言いつつ私から手を放して部屋の隅っこに歩いて行く。
「どうするって・・・このままここにいて、大丈夫とは思えないんですけど」
「大丈夫だろう」
「簡単に言いますけど、何を根拠に大丈夫って」
「大丈夫はだーいじょーぶ」
「間の抜けた声で大丈夫って言われても、全然、そう思えな・・・い?」
「お嬢ちゃんは心配性だな」
「あの・・・ライさん。何を、してるんですか?」
「何って・・・・・・寝る準備?」
疑問形で答えられたけど、床に敷布団がわりの大きなバスタオルがあるから確かにそうだろうね。ライさんの左腕に暖かそうなタオルケットがかけられてるし・・・・・・。密室に閉じ込められたと動転し、大丈夫かと不安がる私がおかしいのかな?おかしいのか。
唖然と準備を終えたライさんを見ていたら、何だか色んな事が馬鹿らしくなってきた。いや本当・・・全身が脱力してしまうほどに、全てがどーでも良くなっちゃったよ。
ぺたりとアヒル座りで床に座り込み、長く深い溜息を吐きだす。
「何やってんだ、お嬢ちゃん・・・?」
「あ、いえ・・・気にしないでください」
だた、脱力しただけなんでほっといて下さい。
「ふぅん。そっちいないで、お嬢ちゃんも来いよ」
どこに来いと?
「首かしげないで・・・面倒癖ぇな」
「ひぇ?!ら・・・ライさん!?!?」
不機嫌な顔で近づいて来たと思ったら、両脇を抱えられて荷物のように持ち上げられた。お・・・お腹に肩が喰い込んで痛い。――じゃ、ない!
なんでこうなる?
なんでこうなった?!
突然のことに慌てる私の手とか足が、ライさんの身体を攻撃する。微々たる威力だから、効いてないだろうけど鬱陶しいはず。鬱陶しくなって下ろすはず!期待を込めて何度も攻撃する。
ええい!私を地面に下ろして!
「はいはい、暴れない。暴れたら落とすぞ」
「ぅひぃ!?」
腰を支えていた手が放され、不安定な体勢になる。お、おちっ・・・落ちる!?
恐怖に耐えられずにライさんの首にしがみつき、ガクブルと震えた。怖い。不安定な体勢にさせるライさんが怖い・・・っ。
得体の知れない恐怖よりも怖いって何!?
「ほれ、到着」
「・・・?」
「さて、寝るか」
「!?」
ライさんが作った寝床に連れて行かれたと思ったら、そのまま押し倒されたんですけど・・・?
これって何?どう言うこと?
動揺して声もなく、唖然と眼を見開いていたらタオルケットをかけられ、抱き枕のようにライさんに抱きしめられた。・・・え゛?
あの、ライさん?
百歩譲って、隣で寝るのはいいんですよ。
抱き枕・・・と言うよりは、抱きしめるに近いんですけど。とにかく!これってする必要あります?子供ですか、貴方。それとも私を気づかっての行動ですか?ねぇ、ちょっと、起きてます?
ぺちぺちとほっぺを軽く叩いても、髪を引っ張ってみても反応ない。もう寝たの・・・?寝つきいいですね、羨ましい。
前方のライさん、後方の壁。はぁ・・・なんでこうなったんだろう?
ライさんの腕の中から抜け出すことを諦め、胸板に額を押し付ける。もうね、羞恥とか感じることすら馬鹿らしいんですけど。
しっかし・・・この男は私をどこまで子供扱いするつもりなんだろう?
名前を教えたのに未だに「お嬢ちゃん」呼び出し。別に良いけど。
子供なのは事実だし。
「・・・・・・寝れるかな」
他人と同衾して寝れるほど、図太い神経はしていない。そもそも、まだ日も暮れていないのに寝れるか!そう思っていたけど、疲れもあってかすぐにまぶたが重くなって・・・き、て。
あ、駄目だ――寝る。
そう思った直後、夢の世界に旅だった。
硝子をひっかくような耳障りで不快感しない音のせいで、意識が浮上した。
眼を閉じたまま、また姉さん関係かと心の中で溜息をつく。まったく、時間に関係なく面倒なことしかしないよね。姉さんの狂信的信者基ストーカーは!
まだ寝たいと訴える本能を無理矢理ねじ伏せ、重いまうたを開けて――――暗闇に驚いた。
「・・・?」
闇に慣れた眼に映るのは見知らぬ部屋で、果てと首を傾げて・・・ああ、そう言えば。と、思い出す始末。寝起きとは言え鈍いよ、私。
ゆっくりと顔を横に動かせば、寝る前と同じようにライさんがそこにいる。
私を抱きしめたまま、気持ちよさそうに寝ている。・・・腕の力が強くて、抜け出せない。
すぐに諦めて、未だに聞こえる音の発生源を探すことを試みたけど・・・・・・暗くてよく分からない。寝る前には確かにあった光源も、ライさんが消したのかなくなっていた。まぁ、それでも辛うじて見えるから別に問題はないんだけど。
心境的にはやっぱり、あった方が安心するんですよねー。
「・・・!?」
いや、ない方がよかったかもしれない。
天井に向けた眼に飛び込んだのは、毛深くて醜い肌の黒い人間・・・?みたいなのが1、2、3・・・人?体?いて、恐る恐るとライさんがいる向こう側を見てみたら、ぶよぶよとした水か何かの塊のように不安定なモノがいる。人の形になったり、丸くなったりと安定せず、触手のようなモノでゆったりとこちらに近づく謎の存在が・・・えっと、1、2、3・・・・・・・・・わぁ、5体?人?匹?いる。
吐き気がするほど気持ち悪いのは絶対、見た眼が醜悪で放つ気が不浄だからだ。
口を右手で覆い、吐き気を堪える。うう・・・見ただけで駄目だ、アレ。吐きそうなくらい気持ち悪ぃ・・・。
「気にせず寝てればよかったものを・・・馬鹿だな、お嬢ちゃんは」
宥めるように背中を撫でるライさんを睨み、胸に向かって頭突きをした。
起きてたならそう言え!
吃驚したじゃないか、もうっ!
「怖かったのか、そりゃ悪かったな」
違・・・うくないのが悔しいぃ!!
「まぁ、安心しろ。光属性の結界魔法を使ったから」
「いつの間に・・・?」
「お嬢ちゃんが寝てすぐに」
・・・あれ?ライさん、私より先に寝てなかった?寝てましたよね?寝てたよ、絶対!あれが狸寝入りなんて私、認めないよ?!
唖然とライさんを見れば、ゆっくりと上体を起こして鬱陶しそうに結界?を壊そうとしている存在を見た。あの・・・アレって魔族?魔物?どっちですか?
「姿形からして、グールと夜の死徒だな」
「冷静ですね・・・」
「慌ててもいいことはないし、何より面倒」
何がどう面倒なのか、ちょっと教えてほしい。
壁に寄りかかり、首裏を掻いていたライさんの左手が私の頭に伸びる。あの・・・何故に撫でる?口を押さえたまま、疑問の眼を向けたら無言で微笑まれた。
どうしてだろう。
なんか・・・・・・・・・不気味で怖い。
思ったらデコピンされた。心が読めるんですね、恐ろしい。
「このまま無視してほっといた方が楽だな」
「倒すって言う選択肢はなしですか」
「ない」
即答だった。
何を言うかと思えば・・・・・・。呆れて何も言えなくなったよ。
口から手を放し、ゆっくりと身体を起こす。ちらりとグールと夜の死徒を見て、すぐに視線をライさんへ向けた。
あれをほっとくって・・・本気?
がりがりがりがりがりがりがり・・・って、結界を長い爪でひっかいて壊そうとしてるのに?結界がどれだけ強固なのか私には判らないから、音だけで物凄く不安なんですよね。どうにかして欲しいです、切実に。
膝を抱え、項垂れた。
「いつまでこのままなんですか?」
「アレが消えるまで」
欠伸をしつつ、呑気に答えたライさんにあえて聞きたい。
「それっていつ?」
「今が夜の8時だから・・・・・・・・・ふむ、今の季節だと日が出るのは4時だな。それぐらいしたら消えるだろう。夜にしか活動できない魔族だし、害もないから無視が一番良い」
ズボンのポケットからア・・・アケ、“Acedia”の文字と3対3の翼を持った・・・鳥?が描かれた銀の懐中時計を取り出し、時間を見ている。時計、あったんだ。
いやいや、それよりも無視って・・・本気ですね。本気で言ってるんですね、ライさん。
「吸血鬼が来たら別だけど、結界を壊せない雑魚しかいないんだからほっとくのがベストだろう」
それ、フラグじゃないですか――――?
「って、言ったら来たな」
「て、天・・・天井から蝙蝠の大群がっ?!?!?!?!」
「あー・・・影からの侵入したか。でもまぁ、結界は壊されてないしまだ平気だろう」
平気って・・・まだ平気ってっ!そう言う問題じゃないと思うんですけど!!
蝙蝠が人の形になりながら突進して来てるんですけど!内臓見せながら突進してるんですよ?!べったりとした液体が結界についてるんですけどぉ?!あれで大丈夫なの?グールや夜の死徒の攻撃がより一層激しくなったんですけど・・・?
「ところでお嬢ちゃん、一つ提案がある」
ヒビがはいった結界が見えないのか、あえて無視してるのか呑気に爆弾を落とされた。
「この部屋から出られないなら、アイツらに連れ出してもらおう」
冗談だと思いたいけれど、ライさんの眼は本気だった。
あまりのことに固まる私を見ずに、ライさんが良い案だとばかりに頷いた。いやいやいやいや、頷くことじゃないよね・・・?!
「俺が無駄な労力を使うこともなく、無事にここから出られる。なんて素晴らしい案だ」
どこがだ。
口に出してツッコム気力すらない。
「それじゃあ、結界を消すか」
「・・・ちょっ!?」
本当にやりやがったよこの男!?
パリーンと、硝子が壊れるような音が聞こえたと同時に、なだれ込むようにグールと夜の死徒が近づいてくるっ!!ひぃ!吸血鬼まで人の姿になってこっちに来た!優雅に歩いてるから恐怖よりも腹立たしさを覚えたんですけど!?
ライさんの身体にしがみつき、これから何が起こるのかと戦々恐々した。
「わざわざ食べられるために結界を消すとは、殊勝な心意気ですね」
インクを垂らしたような黒髪の、淀んだ赤い眼をした吸血鬼がにたりと笑う。
うう・・・同じ色でもライさんの方が綺麗だ。瞳だって宝石みたいだし、髪だって・・・。いやいや、そうじゃない。えっと、えっと・・・相手をよく観察しよう!
針金のように細い身体で貴族のように礼をし、貴族が着るような華美な衣装を纏ってマントをつけた姿はまさに――――噂や物語通りの吸血鬼の姿。
片眼鏡にシルクハットを被ったら、かの有名な吸血鬼伯爵なんだけど・・・。
「その心意気に免じて、貴方を我らが眷属にして差し上げましょう。光栄に思ってください」
「眷属って、そこのなりそこないみたいにするってことか?」
「・・・ああ。これは魔力が少ないせいか数百年経った今でも人の形になれない、出来そこないの失敗作です。夜の死徒と名乗らせること事態、恥ですよ」
「魔力が少ないせい・・・ね。違うだろう。お前が未熟だから、そんな形にしか出来なかった。・・・いや、お前じゃなくて他の奴か?まぁ、どっちでもいいが未熟なことに違いはない」
「・・・侮辱ですか」
「そう思うなら、そうだろう」
欠伸をするライさんを、吸血鬼が殺気の籠った眼で睨む。
・・・私、あの視線だけで死ねそうな気がする。ライさんの心臓の丈夫さと、神経の太さが羨ましいよ。
ライさんがにやりと、それはもうあくどい顔で笑う。
何を・・・何を考えてるんですか?!
「数十年しか生きられない人間相手の挑発に、まさか吸血鬼と呼ばれる魔族があっさり乗らないよな?」
「っこの!・・・・・・・・・いえ、そうですね。人間相手に大人げない対応をするのは、紳士ではありませんね」
冷静になろうとしているんだろうけど、頬が引きつって双眸が蛇みたいになってますよ?瞳孔、開いてるよ・・・?
吸血鬼のそんな姿が楽しいのか、ライさんはニヤニヤと笑う。
お願いだから、これ以上変なことは言わないで。相手の神経を逆なでする行為、心臓に悪いからやめてください。後生ですからっ。
「ところで吸血鬼さん」
何を・・・何を言うつもりだ!?
「名前、なんてーの?」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・?
名前なんて聞いて、何か意味でもあるのかな?首を傾げてライさんと吸血鬼を見た。背後でグールと夜の死徒が今か今かと手をワキワキさせているのは、知らない振りをする。
いやだって・・・気持ち悪いし。
「知ってどうするんですか」
「そうだな・・・・・・ああ、それじゃあ冥途の土産ってことで」
何それ?
「――――ウラド、とでも名乗っておきましょう」
「ウラド・・・ウラド、ね。有名な吸血鬼小説の人物名か。偽名にはぴったりだな」
言って、ライさんが立ち上がった。
何をするつもりだろう?呆然と見上げた私の右腕を掴み、立ち上がらせたライさんはにこりと笑う。さっきみたいな、意地の悪い笑顔じゃなくて普通の笑みだ。それが逆に怖い。何か企んでそうで不気味だなー。そろっと、ライさんから離れた。
それは吸血鬼も思ったようで、眉間にしわを寄せてライさんを睨む。
「何を企んでいるのかは知りませんが、人間が我らに勝てると?」
「俺は面倒が嫌いだ」
距離をとった私の右腕を掴んだと思ったら、後ろから抱きしめられた。なんで・・・?しかも頭に顎を乗せた。地味に痛いんですけど。
「この部屋に閉じ込められて、脱出方法を考えるのも面倒だと思う程に面倒くさがりだ」
・・・なんでこんな体勢なんだろう?
「そんな奴が――――戦うと思ってるのか?」
胸を張って言う台詞じゃない。
吸血鬼だって呆れた顔をしてるよ?暗くてよく見えないけど。絶対にしてるから、呆れ顔。
「貴方の性格なんて知りませんよ」
知ってたら怖いよ。
「ですが・・・その言葉に嘘偽りがないのは事実。いいでしょう、この部屋から出して差し上げます。貴方たちの――――命と引き換えに」
にたりと口角をつりあげて笑う吸血鬼から、鋭い犬歯が見える。うわ、アレを首に刺されるの?血を吸われるの?嫌だ、痛そうだし何より気持ち悪い。
私の顔色は絶対、蒼を通り越して白い。
指先に血が通ってないのかって思う程冷たく、身体がガタガタと寒さから震えた。怖い。眼の前の吸血鬼が、・・・こわい。
恐怖に震える私の身体を、ライさんがぎゅっと優しく抱きしめた。それだけでもう・・・眼尻に堪った涙が落ちた。うう・・・人の温もりって安心するよね。ぐすりとみっともなく鼻をすすった。
「そちらの女性のように、泣いて怖がれば可愛げもあると言うのですけどね」
「それ、紳士の台詞じゃねぇよな・・・?」
「そうですか」
否定も肯定もせず、吸血鬼はただ嗤った。
「さて・・・夜は長い。これからたっぷりと時間をかけ、貴方と言う存在を甚振り、苛み、甘美な声を我らに聞かせ」
演技がかった動作で右腕を動かした吸血鬼が、パチンと指を鳴らした。
「――――その血を全て捧げろ、人間」
音が反響し、鼓膜が壊れるんじゃないかと本気で思う程に耳鳴りが酷い。眩む視界で必死にライさんの腕に縋りつき、私は。
わ、たし・・・は。




