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激しい地響きと耳障りな音に眼が覚め、飛び起きるように上体を起こした。
「・・・あれ?」
建物が揺れている様子がないから、地震ではない・・・らしい。けど未だに鳴り響くこの不愉快な音はなんだろう?こてりと首を傾げ、視線を天井から窓へ移す。
「あれ?」
その最中、隣にいたはずのライさんがいないことに気づいた。
ぽふぽふと布団を触ってみるけど、私が寝ていた場所と違って随分と冷たい。と、言う事はかなり前からライさんは隣にいなかったことになる。
仕事にでも行ったのかな・・・、と一瞬だけ思ったけど相手はライさんだ。
怠惰を愛し、仕事を押し付けるライさんが仕事にって・・・どんな冗談だろう。笑えない。
「ぅひ!」
何かが爆発した音が聞こえた。
ルキが何かしたのか!何度も聞こえる爆発音に怯えながら、ベッドから降りて部屋を出た。・・・あ、すんなり出れた。
ライさんがいないからかな?
「・・・うわぁっと」
部屋の外に出たら、メイドとか騎士とかあっちへ行ったり、こっちへ行ったりと忙しそうに走り回っていた。何が起きたの?
・・・ルキが変な物を発明して、それが暴走したとか?ありえそうでやだ。
人波ならぬ、魔族波を避けながらライさんを探す。いや、ライさんよりユフィーリアさんやルシルフルを探した方が早いかもしれない。そしてライさんの元へ連れて行ってもらおう。そうしよう。
下手に探して、迷子になったら――――恥ずかしくて穴を掘りたくなるからね!
「とは、思ったけど・・・そう簡単に見つけられたら苦労はしないよね」
「何がかしら?」
「いや、ちょっと・・・ライさんの居場所を知ってそうなユフィーリアさんかルシルフルを探してたんですけどね。ライさんすら見つけられないのに他の魔族を見つけられるはずないよなーあと」
・・・あれ?私、誰に話してるんだろう?
と言うより、皆が慌ただしく走り回ってる最中、ぼんやりと立ち止まっている私に話しかけるなんて・・・・・・暇人?よし、振り返ってみよう。
「えっと・・・ヴェルク、さん?」
確かそんな名前だった気がする。
四将軍の中で一番印象が強いの、睨まれすぎて覚えたルナディアだけだからなぁ。あとはぼんやりとしか名前、覚えてないや。すいません。
心の中で謝り、こてりと首を傾げた。
四将軍の1人なら、多忙だと思うんだけど。なんでここに?
「そんな疑問形で言わるほど、アタシって印象薄いのかしら?」
「あ、いえ、そんな・・・ことは」
「ま、ルナディアのせいで薄れてただけだろうから、あまり気にしてないわよ」
しょんぼり、と悲し気に伏せられた瞳が瞬きしたら、悪戯っ子の笑みに変わりました。気にしてないならそう言うの、やめてくれません?
罪悪感を覚えるから。
すぐに消えたけど。
「・・・それで、四将軍である方がどうしてここに?」
「あ、アタシもう四将軍じゃないの」
「は?」
「アタシ、色欲の魔王になったのよね。昨日」
「え?」
「ついでに言えば傲慢の魔王が寝返って、嫉妬の魔王が惚れた男が寝返ったからって嫌いな元・色欲の魔王の元へ行ったわよ」
「え゛・・・!」
「さらに言えば、彼らはもう傲慢の王でも嫉妬の王でもないわ!何故ならばアタシ達が新たなる魔王になったからよ」
腰に手を当て、威張るように告げたヴェルクに開いた口が塞がらない。
え、まって。ちょっと待って。経った一晩で何が起きた・・・!急展開にも程があるっ!
「ち、ちなみに傲慢と嫉妬は誰に・・・?」
いや、嫉妬は間違いなくルナディアだろうな。
むしろルナディア以外、ありえない。
「四将軍って所謂、魔王のスペアなのよ。魔王に成れるだけの素質と力を持ちながらも、魔王に成れなかった者。それがアタシ達、四将軍」
「・・・は」
いきなりの説明ですね。
「とは言っても、魔王陛下になんて成れないんだけどね」
「はぁ・・・で、誰が傲慢と嫉妬に?」
「せっかちね、まぁいいわ。アウルとディアッカよ」
「え」
「アウルは男の癖に嫉妬深くて、何に対しても嫉妬出来るようなケツの穴が小さい男なのよ。だからまぁ、嫉妬の魔王の座を得たとしても不思議じゃないわね」
えーと、記憶から姿を思い出すに・・・そんな嫉妬深い魔族には見えなかったけど。
どちらかと言うと――傲慢?
「ディアッカは傲慢ね。もう、筋肉をつけることに対して傲慢すぎるのよ!」
あ、それは納得できた。
「筋肉のためならどんなことも平気でするし、筋肉がつくなら何でも食べる。筋肉他の眼の無茶なんて常よ、常!最近はプロテインを何でもかけて食べてるわ・・・動物以下の食事よ、あれは」
げんなりとしたヴェルクに、どんな反応を返せばいいのだろう・・・。や、それよりもルナディアは?ルナディアは?
「新しい四将軍はまだなんだけど、アタシ達程の強さを持つ魔族ってなかなか生まれないから決まるのにだいぶ時間がかかりそうなのよね。とはいえ、魔王陛下に比べればあっさり決まるんだろうけど」
頬に手を添え、憂いるように息を吐き出したヴェルクが呟く。
だからルナディアは?
「あっさり死んだ上に、肉体を良いように使わされてるルナディアは哀れだけど・・・親の権力とコネで四将軍になったんだから、仕方ないわよね」
・・・あれ?
仲が良いように見えたけど・・・そうでもない感じ?
「死んでもざまぁ!としか思わないわね!ああ、なんて清々しい気持ちなのかしら!アレがいないと思うだけでこんなに気が楽になるなんて・・・っ」
むしろ、嫌悪してた!
「とは言ってもアタシ、胸、ないんだけどね」
それは、貧乳・・・と言う事でしょうか?だとしたら仲間!仲間がここにっ。
「これで色欲らしく、誰に咎められることもなく同性を食べられるわね!」
「え、同性・・・?異性、じゃなくて?」
「同性よ?アタシ、男にしか恋愛感情抱けないの。女は友情を抱くだけで、それ以上の感情はまーったくないのよねー」
明るい表情で、実に楽しそうに語るヴェルクの爆弾に・・・思考が固まった。
え?男にしか恋愛感情が抱けない?――女じゃないのか!
思わずヴェルクの胸を見た。・・・貧乳、と言われればそう見えるけど・・・とか思いつつ、視線はさらに下へ行って・・・・・・股に、男がついてるのか?男の証があるのか!嘘でしょう!さっぱり判んないんですけど!
性別不詳の魔性さに、眼が飛び出すんじゃないかと思うくらいに驚いた。
と、言うよりもルナディア死んだのか!死んだの?え・・・冗談抜きで?あっさり殺されるほどに弱かったんだ。四将軍なのに、コネではいったから、弱かったんだ。うわー、ないわ。
実力もないのに、四将軍にいれた親は今、何を思ってるのかなぁ。
「それよりも!ぜひ、聞いて欲しい言葉があるの!」
いきなり肩を掴まれ、キラキラした眼を向けられた。え、何事?
「ねぇ、聞いて。聞いてくれるわよね?ほら聞いて!」
な、なにを?
「んもう!・・・察しの悪い子ねぇ」
それはすいませんね。
で、何がしたいんですか?あと、肩から手を放して。地味に痛い。
「仕方がないから、アタシが言うわ」
・・・・・・さいですか。
「改めまして、アタシは欠けた四枚羽の天魔」
恭しく頭を下げ、楽し気に言葉を紡ぐヴェルクに冷ややかな眼を向ける。
これを言いたいがために「聞いて」って言ってたのか・・・阿呆らしい。と、思った私は悪くない。
「凍土の支配者」
懐から銀色の懐中時計を取り出し、私に見せる。
刻まれた絵柄はサソリ。当然ながら、ライさんやオズとは違う絵柄だ。――――で、だから?
「七罪の末席に加わり――Luxuriaの名を頂いたヴェルク=バー=ソロディ。今後とも、よろしくね」
綺麗にウィンクをしたヴェルクの隻眼から、ハートが現れた。魔法?幻術?どうでもいいけどこっちくんな!
顔面直撃しそうなハートから必死に避け、柱にあたったハートを見る。無残に粉々だ。なにあのハート、攻撃力あるの?怖い。魔族が怖い。改めて怖い。
や、このヴェルクと言う魔族が怖い。
「さて、挨拶もすんだことだし」
満足したようで何よりです。そして肩から手を放して。指が食い込んでいたい。
「行きましょうか」
「・・・どこへ?」
「怠惰の王がいる場所へ、よ」
妖しく笑うその姿に、とてもじゃないけど信用できません。
けれど強い力で肩を掴まれ、逃げることが出来ません。・・・いや、諦めるのはまだ早い!歩くために肩から手を放した瞬間、全力で走れば逃げられるはず!そう、まだ諦めるの早い!
「さぁ、行きましょう」
――――今だ!
「七罪に加わったから、怠惰の王ではなく魔王陛下と呼ぶべきかしら?それとも名前で・・・やだ、恥ずかしい」
・・・・・・どうせ無理ですよ。けっ。
子供のように抱き上げられ、私は不貞腐れた。
ヴェルクが頬を赤くさせ、身体をくねらせてるけど知らない。鼻息荒く、何か聞いてはいけないことを言ってるようだけど知らない。
私は今、不貞腐れ中なんですよ――――!
連れてこられた場所は何と言うか・・・そう、儀式とかで使いそうな不思議な模様が床一面に描かれ、壁に古代語?らしきものが刻まれた所でした。部屋の外から見て判るのは、室内の中心には大きな土台と、土台の上を浮く青い光を放った丸い玉があること。その周りを金色の文字・・・?絵・・・?とにかく、そんな感じの模様が交差するように回っている。あと、天窓なのか空が見える、んだけど・・・・・・夜空?と思えば茜色に変わって正直、なにあれ?でしかない。
いや本当、何荒れ?
・・・魔法?
いやいや、そんな・・・・・・・・・っふ。もういいや、解んないことは全て魔法ってことにしよう。うん、それがいい。
ところでライさんはいずこ?いないように見えるけど?
「はい、アタシはここまで」
足が床につく。
「ここから先、アタシは――いえ、魔王陛下と空の聖女以外は立ち入ることが出来ないの」
神妙な顔で告げるヴェルクに、嘘は見えない。
いや、別に信じてない訳じゃ・・・・・・ない、とは言えないけど。
「魔王陛下と空の聖女以外が立ち入ったら、魂ごと消滅するのよ」
「物騒・・・!」
「信じなかった何人かの魔族が、度胸試しとか言ってこの蒼天の間に足を踏み入れた瞬間――目の前から消えたそうよ。聞いた話だけど、間違えようのない事実らしいからアタシは確かめてないわ。ちなみに他の魔族も・・・かれこれ800年は誰も確かめてないわね」
「・・・はぁ」
「と言う訳で、アタシは死にたくないからここまで。あとは・・・1人で行きなさい」
「逝きなさいにはなりませんか?」
不安になって尋ねたら、優しい顔で微笑まれた。
「大丈夫でしょう」
頭を撫でて、ヴェルクが私の背を軽く押した。
「だって空の聖女なんだから」
「・・・」
私をその場に置いて、立ち去って行ったヴェルクの背を見送る。放置ですか、放置なんですか。連れて来ておいて放置なんですか・・・!
ぐぬぬぬぅ・・・。
視線をヴェルクが消えた方から、蒼天の間と呼ばれた部屋に向ける。
うぬぬぬ・・・。
足を踏み入れたら、消滅する場所。なんて物騒な部屋を造ったんだろうか。怖い、怖くて足が動かせないじゃないですか!・・・と内心で怒りながらも、だからといってこのままここにいるのもどうか。なんて思考の冷静な部分が告げる。
畜生、女は度胸!
「・・・よし!」
覚悟を決めて、足を動かした。
「やっぱりちょっと深呼吸してから」
――――そう簡単に、覚悟なんてできるか!




