7
「それは困るな」
泉から少年のような声が聞こえた。同時に水面から不自然に水が浮き上がり、人の形を作る。少年にしてはその背丈は長く、大人にしては低い背?身長?・・・大きさ。
「魔界と人界が戦争なんてしたら、人界が滅ぶのは決定事項じゃないか」
水がゆっくりと人へと変わっていく。全身を水の色で染めていたソレは短髪を暗い海の色に変え、狐のように吊り上がった眼を薄紫色に変える。中性的な顔で男か女かまったく判断できない体型をしたその人物は間違いなく――――命の聖女。
直観的だけど、間違いはないはず。
だけど解せない。
何故、わざわざ姿を見せた?
「そんな疑いの眼を向けないで欲しいな、空の聖女」
喉を鳴らして笑う水の聖女が、紳士のように礼をした。
「初めまして、こんにちは。僕は命の聖女――と言う者になったアク=アリス。どうぞお見知りおきを、魔王陛下と同類」
ど・・・同類。
それはアレですか?七聖女の1人だからと言う意味ですかねぇ?それ以外の意味があるのかと頬が引きつり、ぎゅっとライさんの腕にしがみついた。
エステルやルキの時とは違ってコイツ――――苦手、嫌い。
笑みを浮かべているのに感情のない双眸を向けられているからか、はたまた纏う空気が剣呑で魔族を敵視しているように感じるからか。おそらくそのどちらの理由でもあるんだろうけど、初対面でここまではっきり嫌いと思える人物は初めて会ったよ。私。
「わざわざあいさつに来た訳じゃねぇだろう。要件を言え」
「そう怖い顔をしないでくれないか、魔王陛下」
喉を鳴らして命の聖女――アクが笑った。
「ただの暇つぶしに滅ぼしに来ただけだよ」
「!」
驚いたのはライさんを除いた全員。
予想していたのか舌打ちをしたライさんが指を鳴らし、泉を囲うように風の結界を張った。魔王陛下が作った結界だから、強度はかなりあると思うけど・・・。余裕の笑みを浮かべ、暴走を恐れず力を使っている姿にどうしても不安になってしまう。
何か、嫌な予感がする。
「やめておけ、今代の魔王陛下」
「オルフさん・・・!い、今までどこにっ」
「心配させたようだな、愛し子。愛し子の育て親から愛し子の幼い頃の話を聞き、愛し子の好きなモノや嫌いなモノ、苦手なモノや得意なモノを教えてもらっていた。その見返りに愛し子が猫耳をはやしたことを教えれば、興奮して見たいと騒いで」
「んな・・・っ、な何してんですか!何言っちゃってんの?!何言っちゃってんの!!」
「そうしていたら風が教えてくれた」
鳥の姿から人の姿に戻り、私の前に立つオルフさんの背中を見つめる。
「命だけではなく、時と煌の聖女も勇者に力を貸している――とな」
「事実か」
「確認してきた。操られている訳でも騙されている訳でもなく、自らの意思で行動している。勇者の魅了かカリスマ性か、はたまた別の要因かは知らないが魔族に関わりたくないと思っていた2人の聖女がよくもまぁ、心変わりしたものだ」
嘲笑したオルフさんの言葉に、くらりと眩暈がした。
七聖女の内3人が・・・いや、幽閉されている森の聖女を合わせたら4人か――が、魔界に敵対する立場をとってしまった。うわ、嫌な予感ってこれか。これなのか。
頭を抱えていたら、にょるり・・・っとライさんの影からルシルフルが現れた。何それどんな魔法!何でもありか、魔法はっ!
「ご報告します、魔王陛下」
片膝をつき、頭を垂れるルシルフルの声は憤怒に染まっている。
え・・・まだ何かあるの?
「嫉妬の魔王が反逆いたしました!」
反逆者呼ばわりされて嘆いてたんじゃないのかよ!!開き直ったのかっ!
「だろうな」
溜息を吐き出したライさんは、これも予想していたみたい。
でもユフィーリアさんやるツヴァインはそうでもないようで、愕然とした顔をしている。そうだよね、そうなるよね。仮にも七罪の1人が、魔王陛下に反抗したんだから。私も頭が痛いよ。
ずきずきと痛む頭を押さえ、私は泉の上に立つアクを見た。先と変わらず、薄気味悪い笑みを浮かべている。
「あっはっは・・・!ねぇ、七罪の1人に裏切られた気分はどう?ねぇ、どんな気分?」
「別に何とも。それより耳障りだ、口を閉ざせ」
「っぐ・・・!は、あっはっは・・・空気を圧縮するなんて、随分と器用なことが出来るね。聖女の力で防がなかったら内臓が破裂しちゃってたじゃないか」
「知るか」
口から血を吐き出してもなお、楽し気に笑うアクが不気味で仕方がない。
「そのまま風圧で死ねばいいものを」
「っはっはっは・・・それで簡単に死ねたら苦労はしないよ。僕たち七聖女は簡単には死ねないんだからさぁ!」
口についた血を拭い、アクが演技かかった動作で両手を横に広げる。
「時の聖女は緩やかに年を取り、魂の寿命が尽きない限りいくら肉体が傷ついても死なない。煌の聖女は火に関する力があるからそこに火がある限り不老で、魂の寿命が尽きない限り不死鳥のように蘇る。夜の聖女は月が存在する限り不滅で、何度、肉体が滅んでも月が空にある限り生き返る。陽の聖女も同じだ。太陽がある限り生き返り続ける。森の聖女は呪いのせい魂が壊れなければ死ねず、肉体が死んでもすぐに生き返る。命の聖女は水がある限り不死で、魂が壊れない限り不老。風の聖女だけだよね。魂の寿命とか、魂が壊れるとかしないで死んだのは」
色のない双眸が私を見据えた。ゾッとするほどに冷たく、無機質でまるで深淵がこちらを覗き見ている気がしてくる。得体のしれない恐ろしさに身震いした。
ただでさえ薄気味悪いのに・・・っ。
「まぁ、それはともかくとしてさ!」
明るい声を出しアクが一歩、一歩と足を動かす。
「僕とおいでよ、空の聖女」
ライさんが張った風の結界に両手で触れる。
「君は僕たちと共にいるべきなんだよ。だって七聖女は――魔族を滅ぼす存在なんだから」
「・・・は?」
「神様が教えてくれたんだ。僕たちは世界の害である魔族を滅ぼすため、この世に生まれたんだって。勇者と共に世界をあるべき姿にするために、僕たちは力を与えられたんだ」
・・・おかしいな。
白銀の乙女から聞いた話と違うんですけど。確か「この世界の抑止力であり調停者たる存在」のはず。なのになんで、魔族を滅ぼす存在になったの?てか神様って誰よ。
白銀の乙女じゃないの?
首を傾げる私を見て、理解できていないと思ったのかアクが苦笑した。
「覚醒して間もなく、敵であるはずの魔族に攫われたんだ。理解できなくても仕方ないかな」
いやいや、理解とか以前に神様って誰よ。私が知っている神って白銀の乙女ですよ。他は知らないんですけどもぉ?
「まったく、敵である魔族と仲良くなっちゃって。それでも七聖女の1人なのかって、呆れちゃうよ」
・・・いや、見たことはないけど知っている神はいる。
「七聖女と魔族は相いれない敵同士。世界を守るために魔族は滅ぼさなければならない。これだけ言えば解るだろう?」
成程。これは時の三神の仕業かっ!!!
「さぁ、僕と共に行こう!」
「じょーだんじゃない!!」
手を差し伸べたアクに向かい、空気の銃弾が襲い掛かった。わざとではない。わざとではないけれど、怒りのあまりライさんが張った風の結界を利用して空の聖女の力が発動したようです。わざとではない。
驚いた顔で私を見るアクは、すぐにその表情を険しくさせた。
だからわざとじゃないってば!・・・黙らせようとは思ったけど。
「これは・・・どう言う意味かな?」
「どう言う意味もなにも、リィンはその手を取らないってことだろう。そんなことも理解できないのか?」
私が何かを言うより早く、私を背後から抱きしめるライさんが嘲笑した。
「今代の魔王陛下。愛し子を護る権利、忌々しいが貸そう」
「俺が今まで護ってたんだ、貸すんじゃなくて寄こせ」
「呪い殺すぞ」
暗く淀んだ相貌を細め、にこりと笑ったオルフさんに寒気がした。洒落にならない。
「ふぅん、そうか。そうなんだ。僕たちと敵対するつもりなんだ。あっは・・・あっはっはっはっは!いいよ、いいね!七聖女の1人が仲間になった程度で、魔族が僕たちに勝てると思ってるのかなぁ!」
「人界と魔界の戦争は困る、とか言ってませんでしたっけ?」
「言ったよ。でもね、人間と魔族の戦争は困る――とは言ってないんだ」
屁理屈だ。
どちらにしろ、人界も魔界も巻き込むことに変わりはないじゃないか。それともあれか?非戦闘員を巻き込む気はない、と言うことなのかな?
いや、どちらにしろ屁理屈だ。
こう言う人間って、平然と嘘をつくだけじゃなくて卑怯なことも騙し討ちも、何の躊躇も躊躇いもなくするタイプだ。絶対にそうだ。間違いない!
「これは人間と七聖女、そして魔族の戦いなんだよ・・・!」
「なら戦いの前に死ねばいい!」
「アタシの手で死ねることを光栄に思いなさい!」
――2人の聖女が目の前を駆け抜けた。
「告げる。夜の支配者よ、深淵を招け」
首を巡らせた先にいたエステルが、座った眼で前を見ていた。
「【Festum est tenebrae】」
アクの足元から、黒い無数の手が現れアクの身体に絡みつく。
「告げる。太陽の化身たる獣よ、全てを灼熱に帰せ」
エステルの隣に立つルキが、ゲスい顔でにたりと笑う。
「【Estuans infernum】」
アクを囲うように白い炎が踊り、風の結界の影響もあって酸素を奪っていく。
下はエステルの力によって現れた不気味な闇の手。
周囲はルキの力によって顕現した灼熱の炎。
ライさんが張った風の結界のせいで逃げることが出来ず、泉の水が熱によって蒸発していく。――あ、これ死ぬな。
狙った訳ではない、と思うけど見事な連携に感心するよりも恐怖を感じた。偶然って怖い。
だけどもっと怖いのは、その中にいながらも苦悶の声をあげることなく楽しそうに笑うアクだ。闇に引きずられるのが怖くないのか。灼熱の炎は熱くないのか。酸欠で苦しくないのか。水がないのに・・・どうして恐れない?
「腐っても七聖女・・・か。まったく、嫌になる」
「ど、どう言う事・・・?」
舌打ちをしたエステルに尋ねれば、忌々しそうな顔をアクに向けたまま教えてくれた。
「あれは水で作った分身。最初から、分身で魔王城に現れたんだ。本体は水鏡か何かでこちらの状況を観察し、ソレ越しに分身を通してこちらと会話をしていたんだ。ご丁寧に身振り・手振りまで添えて・・・」
「まったくよ!おかげで嫌がらせの躾が途中になっちゃったじゃないの!!」
「ふぅん。ソイツの名前、俺にも教えてくれねぇか?」
「あら、いいわよ!一緒に躾し直しましょう!」
「ああ、そうしようか」
見えないけれど、素敵な笑顔を浮かべているであろうライさんと高笑いしそうなルキの姿。・・・悪夢だ。エステルの顔色が悪いのは間違いなく、この2人が原因だろう。
ある意味、見えなくてよかった。
「それより――」
私は首を動かしてライさんを見上げた。
「どうするんですか、色欲の王のこと」
「殺すことは決定事項だな」
どうでもよさそうに、さらりと言いましたね。
「問題は、誰に殺しに行かせるか――だな・・・。四将軍に任せるか、それとも七罪の誰かに行かせるか。ルシルフル。ソイツら集めて誰か殺しに行きたい奴がいないか、ちょっと聞いてきてくれねぇか」
「は、すぐに」
おお・・・!影の中に入って姿を消した!凄いな、魔法!
「んで、だ。ツヴァインは境界線の強化と魔王場周辺の警戒を強めるよう指示を出してこい。ユフィーリアは・・・リィンに手を出した奴を殺してこい」
「すぐに取り掛かりましょう」
「承知いたしました」
いやいやいやいやいやいやっ!
前半はともかく後半、殺してってさらりと言うこと?と言うより今、このタイミングでそれって必要なの!?不必要だよね!それにさっきルキが躾・・・的なことをしたからもう十分だと思うんですよ、私。これ以上は許していいんじゃないんですか・・・?
困惑した顔でライさんを見上げた私に、ライさんがにこりと微笑む。
・・・寒気が。
「最愛の女を害する者を排除するのは常識だろう?」
「そんな常識初耳ですけど!」
逃げて!
私に嫌がらせした魔族、生きたければ超逃げて!
ライさんが、魔王陛下が本気で殺そうとしてるから死ぬ気で逃げて!・・・いや、自業自得なら仕方がないかも?
「まぁ、それは後々でも別にいいんだけど・・・」
後々の方が酷い目に合いそうな予感がするんですけども。
「一回、魔王城を掃除しようと思ってたからちょうどいいや」
掃除って・・・。
頬が引きつり、乾いた声が口からこぼれる。
「さて・・・夜の聖女に陽の聖女。いや、始祖の吸血姫に王族の姫は・・・魔界側の味方、と言う認識をあちらに持たれたがいいのか」
「七聖女は世界の抑止力に調停が役目だ。魔界と人界が争うなら、介入しないと意味ないだろう」
「7人のうち4人は人界側だけどな」
「アタシがいるこっちのほうが、能力的にも上なのよ!数に意味はなんてないの、アタシがいることで勝敗はすでに決しているのよ!!」
「煌の聖女と似た力だろう、陽の聖女って」
「違うわよ!」
あきれ顔のライさんに、ルキが吠えた。
「いい!アタシこと、陽の聖女は黎明を意味する明の女神に光の女王から寵愛を受けており、暁と光に関する能力を持っているの!熱の女神と火と女王の寵愛を受ける煌の聖女は熱と火に関する能力なのよ!まったく、これっぽっちも、アタシと似てないでしょう!!」
「・・・暁の能力って何?」
「暁は夜明け、夜明けとは黎明。つまり!・・・死者を生き返らせることが出来る能力よ!」
「・・・魔法に死者蘇生ってなかったですよね?」
「聖女の能力だからあるのよ!そしてこれはアタシにのみ許された力なの!つまり、アタシは選ばれた存在と言う訳よ!」
腰に手をあて、放漫な胸をはるように叫んだルキに適当な相槌を返す。
それで、とエステルに眼を向けた。丁度いいから、他の七聖女の能力も聞いておきたい。私、何にも知らないからなぁ。
「んー・・・夜の聖女は月の女神と夜の女王の寵愛を得ていて、能力は闇と黄昏・・・つまり死者を蘇らせることが出来る」
「それってルキと同じじゃ?」
「ルキは生き返らせる。俺は蘇らせる。その違いは死体のままか、そうでないかだ。ちなみに俺は前者。死体のまま蘇らせる」
「・・・それってゾンビとかアンデットってやつですか?」
「そうなる。で、リィンが他の聖女についても知りたいだろうから簡潔に言うぞ」
そうしてエステルによる、簡単!七聖女の能力紹介が!・・・が、始まった。
時の聖女は時の女神と影の女王の寵愛を受け、時と影に関する能力を持っている。時、つまり時間を自在に操り、影を手足のように動かせる能力らしい。エステルの闇と影の能力は似ているらしいけど、影より闇の方が活動時間に制限があるそうです。
命の聖女は海の女神と水の女王の寵愛を受け、水と生命に関する能力を持っている。水は先程体験した通りで、生命は回復魔法の威力を強め、奇跡と錯覚させるほどの力を発する能力らしい。つまり、回復魔法の強化版ですね。
森の聖女は森の女神と獣の女王の寵愛を受け、獣と自然に関する能力を持っている。獣を従え、自然を手足のように自在に操る・・・って、後者に何だか引っ掛かりを覚えたんですけど、気のせいかな?気のせいですよね。
そして空の聖女たる私の能力は――――!
風と空間に関する能力ですが、今のところ意識して使えた試しがありません。カッとなって、「あ・・・」と思ったらやっちまった!的な展開が多い気がします。ルシルフル遭遇時とか。
と、私事の入った後悔を脳内でしつつ、エステルの説明に理解できたかはさておいて頷いておいた。成程、良く解らない!
言葉にしないけれど、私の顔を見て何かを悟ったのかエステルが可哀そうな子を見る眼で私を見つめた。・・・理解してますよ?ええ、理解してますとも。時の聖女は厄介そうですねー。
そっと視線をそらし、私から離れてオルフさんと何やら話しているライさんに眼を向ける。
・・・随分と、真剣な表情をしているけど一体、何を話して?
「リィン、結界を張るわよ!」
「は・・・は?」
「空の聖女なら結界ぐらい、簡単に出来るでしょう?ちなみにアタシやエステルは結界なんて作れないわ。だって能力的に出来ないんですもの!あとついでに言えば結界を張れるのは空の聖女と時の聖女だけよ」
「何故に限定?」
「よく考えてみろって。水の結界を張って、生きられる人間がいるか?火の結界を張って無事でいられる奴がいるか?月や太陽の結界って何の意味がある?」
「・・・・・・・・・」
「むしろ命は回復に特化して、煌と森は攻撃に特化、夜と陽は特殊・・・結界を張れるとしたら空と時ぐらいだ。まぁ、結界の精度で言えば空が勝ってるんだけど」
「はぁ・・・そうなんですか」
「そうなのよ!さぁ、解ったらすぐにやりなさい!!」
やれ・・・と、言われても。
私は困った顔をエステルとルキに向けた。いやー、本当に困った、困った。
「私、やり方知らないんですけど」
「気合と根性よ!」
「精神論でやれると!?」
「人間、死ぬ気でやれば何でもできるのよっ!だからさぁ、死ぬつもりでやりなさい!」
「認めたくないけど私、人間じゃなくて魔族だったし死ぬつもりもないんですけどぉ?!」
「比喩よ!」
「本気の顔で言ってましたよね!!」
「とりあえずやりなさい!死ぬ気でやれば何でもできるのよ・・・っ」
がしりと肩を掴まれ、鬼気迫る血走った眼を向けられて否と首を横に触れる人間がいるだろうか。私には無理だ。無理です。怖くてこくり、と頷いてしまいました。
それを見て満足そうに頷き、ルキが私の肩を抱いて空を指さす。
「さぁ、リィン!あの星にいるシビルを越えるわよ!!」
まだ、日も暮れてませんし星なんてどこにもありませんよ。
と言うツッコみは言えない。エステルですら無言を貫き、可哀そうな者を見る眼で私に合唱している。するぐらいなら助けて、切実に。
「えっと・・・結界、結界、結界」
・・・結界って、どう言うのだろう。ライさんがやってたようなモノを巨大化して、この国を包み込むような感じを想像すればいいのかな?考えただけで無理な気がしてきた。
たぶん私は、げっそりとした顔をしているだろう。
耳元で「為せば成る何事も!為さねば成らぬ何事も!」応援なのか鼓舞なのか、それともプレッシャーをかけているのか不明だけど、ルキの声が煩く響く。鼓膜が痛い。
余計にげっそりした。
そもそも私、この国の正確な大きさ知らないんですけど。想像でやって、全部覆えませんでした。失敗しました、てへ!・・・で、終われるはずがない。主にルキのせいで。そもそも結界を失敗したらどうなるの?
結界の強度はどうなの?
どれだけ結界を展開させてればいいの?
全部が全部不明で、不安しか沸いてこない。
「希望を持てば大丈夫よ!」とルキは言うが、残念ながら最悪な事態しか脳裏に浮かばない。希望なんて、ちっとも見えないんですよ。
ぎゅっと掌を握りしめて、息を吐き出す。
「リィン、俺を見ろ」
「・・・?」
「俺の眼を、見ろ」
頬を包むように触れたライさんの眼を、恐る恐る見つめた。視界がからライさんの姿が消える。代わりに映るのは遥か上空から見下ろす街・・・ううん、国の映像。
王都・ヘルヘイムと比べられないほど広く、国を守るように巨大な円を描くようにして白い塀がある。建物は今まで見て来たモノの、良い所だけを取ったようなモノが多い。中心部に大きな樹木。あれはヘイムの実・・・?端の方には永久凍土。そして巨大な門から一直線に続く、大きな道は巨大な船の形をした建物に向かっている。
いつだったか、ライさんが使った【Chiaroveggenza】だと理解した。
ならばこの国がニブル帝国?
じゃあ、あの巨大な船は・・・?
「何が見えた、リィン」
「ライさん・・・あの、大きな船は何?」
「あれが魔王城。正式名称を空の箱舟と言う、かつては空を飛んでいた箱舟だ」
空を飛んでいた云々より、魔王城が船と言うことに吃驚です。
「見えたなら、出来るだろう?」
否定を許さない声に、肩が震えた。
出来る?何を?結界を?私が出来ると――――この魔王は本当に思っているの?
「出来ないはずはない」
何故、どうして、なんで、そんな確信を持って言えるのか理解できない。
「帝国を結界で包む。ただそれだけをイメージして、出来ないはずないだろう」
簡単に言わないで欲しい。
「何も難しくはない」
失敗したらどうなるのか、不安で仕方がないのに。
「俺が隣に、傍にいるんだ、何も不安がることはない」
・・・。
「だから出来るだろう、リィン」
ライさんは、酷い魔族だ。
息を吐き出す。
頬に触れるライさんの手に手を添え、ニブル帝国を移す瞳を閉ざした。
息を吸う。
心臓が馬鹿みたいに煩くなって、破裂しそうで怖い。けど・・・ああもう、本当に嫌になる。
――ライさんがいるから、安心するなんて。
本当、嫌になっちゃう。
眼を開ける。
「告げる。零の領域の支配者よ、敵を阻め」
神の旋律が唇からこぼれ、音となって空へ昇っていくのがまぶたの裏から観えた。
「【Vacua regio】」
風が、吹いた。




