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姉が結婚するので家を出ます。  作者: 如月雨水
Jacta alea est 《賽は投げられた》
3/41

3

「ライさんって本当、何者なんですか?」

リヴァイアサンの眷属とは言え、リタン・・・龍と知り合いなのが謎すぎるんですけど。

誰かに見つかることもなく無事にリタンの場所から、街道に出て直後にそんなことを聞けば、ライさんが物凄く面倒くさそうな顔をして振りかえった。い・・・イケメンにあるまじき顔だ。美形なのに直視出来ない醜悪さだっ!

ダラダラと嫌な汗が流れだす程だよ!

億劫そうに息を吐きだし、ライさんは足を止めて私を振りかえった。倣うように足を止め、顔を見ないように視線を動かした・・・けど、あの――ライさん?


その無言で構える右手は何ですか?

気のせいじゃないなら、デコピンをする呼び動作に見えるんですけど・・・?


「いっ!?」

「面倒くさいことを聞くな。自分で考えろ、お嬢ちゃん」

「痛っ、痛いです!痛いからデコピン連打は止めてっ!」

額を庇う隙も与えず、連続で攻撃されたよ!酷いっ。

涙眼で後に飛び去り、赤くなったであろうおでこに触れたらほのかに熱をもっていた。触ると痛い。地味に痛い。ひりひりするんですけど。

キッとライさんを睨んだら、首裏を掻いていた。

「ちっ、仕方ない。ただの旅人、もしくは冒険者とでも面倒だから認識しておけ」

「いや、面倒って・・・。冒険者と旅人じゃ違いありますよ?」

旅人は文字通り旅をする人だし、冒険者は依頼を受けて魔物を退治したり、薬草なんかを採りに行く職業だ。

ライさんはそのどっちにも見えないんですけど・・・?

疑いの眼差しを向けたら、にこりと綺麗な笑顔を向けられた。さ・・・寒気が。

「認識しておけ」

「承知しました!」

威圧感に屈しました。

情けないが、あの笑顔は駄目だ。背後にどす黒い何かを感じたし、薄らと猛獣の姿が見えた。怖い、怖い、怖すぎる!逆らったら殺されると錯覚する程の威圧感が怖いっ。

ど、同行者の選択間違えたかもしれない。

「あ」

「しつこいな、お嬢ちゃんは」

嫌そうな顔をするライさんに、そうではないと首を振って意思表示。

もうライさんの正体なんて聞きませんよ!

「タオル、リタンの所に忘れてきたことを思い出しただけですよ」

言えば、呆れた眼を向けられた。うう・・・だって、あの時は慌ててたし、驚いた拍子にタオルから手を放したことにすら気づかなかったんだよ。不可抗力なんだ、許して下さい。

目線をそらす私に、ライさんが溜息をついた。

あぅ・・・すいませんでした。

「タオルがなくても買えばいいだけだから、気にすんな」

ポンポン、と子供をあやすように頭を叩かれた。それでも人様の物を失くして申し訳ない。謝ろうとして、けれど言葉が出てこなかった。

私を見るライさんの眼に温度がなく、無関心さを宿していたから。

背筋がぞっとした。

この人はなんでこんなにも冷たく、全てに関心も興味も抱かない瞳をしているのかと恐ろしくなった。どうして私は、こんな人に命を救われたんだろう・・・?

気まぐれ、なのかな・・・・・・?


・・・ああ、だったらこの旅も気まぐれで終わるんだろうな。

それは明日か、どうかは判らないけど・・・そう遠くない未来のことだね。なら私はいつでも「1人で大丈夫」と言う気持ちをもたないと。

誰かと一緒と言うのに慣れたら、1人が怖くて駄目になる。


「お嬢ちゃん・・・?」

「タオルは弁償しますね!」

「いや、だから別に気にしなくていいって」

呆れた顔のライさんは私に背を向け、歩きだした。溜息が聞こえ、「頑固なお嬢ちゃんだ」と疲れたような声で呟いたのはバッチリと聞こえましたよ!いやいや、頑固とかじゃなくて借りた物はちゃんと返さないと駄目じゃないですか。

常識でしょ?

ライさんの後を追いかけて駆けだした私の耳に、小さな音が届いた。え?まさかまた人喰いガエル・・・?戦々恐々しつつ、音が聞こえた方を見てみたけど・・・・・・ん?首を傾げてしまった。

「あの、ライさん」

「タオルの件は本当、いいから。弁償しなくていいから、本当」

「いえ、そうじゃなくて」

「じゃあ何?」

若干、苛立った声のライさんに話していいモノかと数秒考えた。

「あそこにもさもさした草の塊がたくさんいるんですけど、何ですか?」

「は?」

言っても言わなくても怒られそうだし、自分の疑問を解決することを優先してみた。

私から見て右側を指差せばほら、緑色の物体が宙を浮いている。あ、眼玉がある。ぎょろっとした眼は不気味なのに、何故だか可愛く見えてしまう。不思議だなー。

見た眼、巨大な草なのに。

「・・・お嬢ちゃんって、エンカウント率が高いの?」

「はい?」

「どうしてこう、次から次へと魔物と遭遇するんだよ。面倒癖ぇ」

へぇーあれ、魔物なんだ。

「あれは見た通り、モサモサって言う魔物だ。こっちに気づいてないから、無視して行くぞ。大群の相手なんて、面倒くさすぎて嫌だ」

「倒さなくても大丈夫なんですか?」

「あれは気性が穏やかな魔物で、こっちから攻撃しない限り何もしない。ほら、行くぞ」

「あ、待ってください!」

歩く速度を速めたライさんの後を、必死で追いかけた。

待って、本当に待って!早い、歩くの早すぎですよ!競歩ですか?!おかしいぞ。追いかけてるのにまったく追いつかないなんて・・・。走ってるのに、私、走ってるのにっ。どういうことですか?!

あ・・・息が切れてきた。

死にはしないけど、辛い。身体が鉛みたいに重くて倒れそう。

「ま・・・ま、て」

「お嬢ちゃん・・・体力なさすぎだろう」

呆れるくらいなら、速度を緩めてください。

いや本当、後生ですから。

「し・・・死ぬ」

「いや、体力切れで人は死なないから」

正論を言われたけど、気持ちが死にそうなんです。

ようやく足を止めてくれたライさんを睨みたいけど、そんな気力何処にもない。息をするので精一杯だよ・・・。でも息をするのが辛い。肺が悲鳴を上げてるのが判る。

ああもう、なんて情けない身体なんだろう。

額から流れる汗を袖で乱暴に拭い、息を整えて・・・・・・・・・ん?

「ここ、どこですか?」

前を見てみたら、知らない村が少し遠くに見えた。

いつの間にか、どこかの村に近づいていたみたい。吃驚だよ。

「何処って、モーリャ村」

「いや、そう言うことじゃなくてですね」

「ビブロフトに行く先である村」

だから、そう言うんじゃなくて・・・・・・も、いいや。

「以外と近いんですね」

「モーリャ村は、歩けば4時間でつく距離だからな。近いと感じるのは当然だろう」

「・・・4、時間?」

私、4時間も走った記憶はないんですけど?一生懸命すぎて、覚えてないのかな。いやいや、そんな馬鹿な。何処をどう走ったかは覚えてるのに、時間が解らないなんて・・・・・・ありえるか。

ポンっと、手を叩いて頷いた。

時計もしてないし、時刻が判るモノなんて何処にもないんだから当然だ。体感時間が4時間と感じてないだけなのかも・・・な、訳あるか!

4時間も走ったら私、確実に死ぬ!

死ねる自信があるんですけどっっっ!!

「いくらなんでもありえませんよ!」

「でも辿り着いただろう?・・・4時間で」

本当に4時間なのか、疑わしい。

妙に良い笑顔を浮かべるライさんに、ぐぬぬと唸った。否定できる材料がないのが悔しい。ライさんの背景に輝かんばかりの星が見えるから、余計に悔しい。イケメン効果か、羨ましい。――――じゃ、ないだろう!

途中から思考がおかしくなったじゃないか、このイケメン!

「今日はここに泊まるから、宿を探すぞ。野宿したいなら、お好きにどうぞ」

え・・・?

意識が現実に戻った私の耳に、何だか不吉な台詞が聞こえたのは間違いじゃない。私を置いて村に入っていくライさんの姿が物語っているから、幻聴でも願望でもない事実だ。酷い、あの人!

足を止めることも、振り返る素振りも見せずにスタスタと歩いてる!

ちょっとは気にかけて、と思うのは我儘なんだろうか?うん、我儘だね。だって赤の他人だし・・・あれ、何だか視界が歪む。うう、泣くな私。叱咤して、後を追いかける。


ああもう――――やっぱり、同行者の選択間違えた!








簡素、と言うか質素と言うか、寂れた雰囲気の村にどんな顔をしていいのか判らなかった。

王都はもっと活気があって、人の往来が激しくて、静寂よりも騒音が似合う場所だったからまさかこんな村があるとは思わなかった。老人だらけで若者がいなく、露店もなく、少しの食糧と雑貨を売った店とこじんまりとした宿があるだけ。飲み屋も食堂も、人が集まりそうなモノがない。

モーリャ村は、王都と真逆だ。

何もない訳ではないけど、者と物がなさすぎて戸惑ってしまう。

「王都と比べるなよ、お嬢ちゃん」

私の心を読んだように、ライさんが言う。

「繁栄があれば、衰退もある。ここも昔は行商人や旅人が集った宿場として有名だったが、刻死(こくし)の病が蔓延してから廃れ、若い者は年寄りを見捨てて遠くの村や街に逃げて今の有様だ」

「刻・・・死」

未だに原因が解明されない死病の1つ。

どこから来た病なのかも、潜伏期間の長さも解らない。ただ解るのは初期症状から数えて30日間の内に死ぬ――と言うだけ。

故に“死ぬ刻を定めた病”と呼ばれ、そこから刻死の病と名付けられた。

初期症状は倦怠感があるだけで気づきにくく、徐々に身体に激痛を常に感じ、高熱となり身体の自由が利かず、嘔気から内臓が焼ける痛みに苦しみ、言語障害となり、耳目が機能を停止し、意識が混濁状態になってそのまま死亡する。

それが30日間。

永劫と思われる苦しみを味わうことになる―――らしい。

「・・・王都ではその病に罹った人はいないし、身内にもいないからよく解らないんですよね。だから、それでどうしてこの村が病程度で廃れたのか、理解できないんですけど」

「病が伝染した、なんて情報も報告もないがそうなるかもしれない、と言う恐怖に襲われたと想像してみろ」

想像してみた。

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・成程、怖いかもしれない。

「完治する可能性がない病に罹って苦しんで死ぬのは、誰だって嫌ですよね」

「そう言うこと。薄情だ、親不孝者と呼ばれても逃げ出したい奴だっている。逆に、親に逃げろと言われて追い出された奴もいるだろうな」

「へぇ・・・」

魔法が使えても治せないなんて、便利なのかそうでないのか判らないな。

「今日の宿はここでいっか」

「わ・・・・・・風情がある宿ですね」

お化けが出そうなほど薄暗くて、ぼろっちい。とは言わない。絶対、口にしない!誰が聞いてるか解らないからねっ!

でもぼろい。

吹けば崩れそうな壁に、雨漏りしそうな屋根。建てつけの悪そうな扉に下げられた、壊れた看板。たぶん、宿屋の名前なんだと思うけど・・・読めない。

汚れた窓から見える室内は、暗い。

電気がついてないんじゃ・・・と思う程、暗い。あ、よくよく見たらほのかに明かりが見える。・・・・・・それはそれで、怖い。ぶりると身体が震えた。

「化け物とか出そう」

「ちょっと何言ってんですか!」

「率直な意見。さて、部屋が空いてるか確認しないとな」

「平然とした顔で入って行った!?いやいやいや、少しは周りの眼とか気にしてくださいよ!発言に注意してくださいよ!」

何食わぬ顔で宿屋に入って行ったライさんの後を、周囲を見ながら追いかける。

「誰も聞いてないし、見てねぇから言ったんだよ」

ごもっともで。

道すがら、ちらほらと老人や中年のおばさんやおじさんはいたけどこの宿の周り、人っ子1人いやしない。野良猫とか犬の類もいないって、逆に不気味ですね!

本当にお化けがでそうな具合に!

・・・ここに泊まるんですか?本気で?

宿の中に入ったら、薄暗くて周りがよく見えなかった。太陽の下にいたせいで眼が慣れていないのが原因だろうけど、暗すぎる。もっと火属性の魔石を買って電灯に明かりを!

ライさんの背中にくっつき、ガクブルと震えた。

何かこう、今にも出てきそうな雰囲気がある宿屋ですね!ミシっとか軋み音が天井とか、壁向こうから聞こえて余計に怖い。

カウンター向こうにある扉から、幽鬼が出てきてもおかしくない。

あ、そう言えば4人の旅人が泊まった宿に化け物が出て、捕まったら食べられるって言う小説があったっけ。宿の外に逃げたいのに窓も扉も開かず壊せず、魔法も剣も効かない相手からひたすらに逃げる。その内に1人、また1人と化け物に喰われ、醜い姿になって化け物の仲間入り。さらに数を増した化け物から必死に逃げる残った1人が・・・・・・・・・やめよう。

ギィっと不気味な音をたててカウンター向こうの扉が開き、薄倖そうな老女が出てきた。

乱れた白髪。皺だらけの顔は疲労感に染まり、精気を瞳から感じない。存在感すら薄い老女は小さな体をさらに小さくするよう、お辞儀をして用件を聞いた。

「お泊りですか・・・?」

蚊が鳴くような声な上に、口が上手く動かないのかフガフガと聞こえる。

「1泊借りれるか?」

「食事提供はしておりませんが?」

「問題ない」

「――――102号室・・・奥の部屋が開いてます。そちらをどうぞ」

骨と皮しかない右腕がゆっくりと伸び、震える人差し指が廊下を指す。あの・・・闇しか見えないんですけど。ここに窓と言う物は存在しないの?ひくりと頬が動いた。

まさか窓はここしかない、なんて言わないよね?ねぇ!?

老女から鍵を受け取ったライさんが短く礼を言い、スタスタと闇しか見えない場所に向かって歩いて行く。待って置いていかないでっ!

暗く精気のない眼をした老女から逃げるように、ライさんを追いかけた。

床が不吉な音を立てて怖い!

体重で抜けそう!

何より灯りがないのが不気味で嫌!

「ら、ライさん本当にここに泊まるんですか?!」

小声で尋ねたら、頷かれた。そんな・・・っ。

「他に宿らしい宿も見当たらなかったし、お嬢ちゃんの体力的に強行軍は無理だろう?」

「頑張れますよ!」

「意地を張る必要、ある?」

冷やかな眼で見下ろされた上に、溜息つかれた。

いやだって・・・こんなお化けがでそうな宿、怖いじゃないですか。無理でも無茶でも、しようと思うじゃないですか。口ごもり、視線を逸らした私にライさんが溜息をついた。

呆れられたかな。そう思って顔を上げれば暗さに慣れた眼に、面倒くさそうに髪を掻くライさんの姿が映った。

申し訳なくなって、私は俯いた。

ライさんは私の体力を考えて、泊まると言ったのになんて我儘を。でも怖いものは怖いし、嫌なものは嫌だ。この宿に・・・いや、村に足を踏み入れてから背筋がゾワゾワして気味が悪い。何か怖くて、恐ろしいことが起きそうで・・・・・・逃げたい。

「あのな、お嬢ちゃん」

ライさんの優しい声と、頬に触れる右手の冷たさに身体の動きが止まった。

これ、どう言う状況?

子供に言い聞かせるような優しい声はともかく、どうして頬に触れる?指の腹でなぞるように撫でられて、違う意味で背筋がゾワゾワする。

え、何で?

元恋人相手にもこんなことなかったのに、本当何で?

「あ、声が怖いからか」

呆れられたと思ったら、優しい声で恐怖を感じたんだな。

「声が怖い・・・ねぇ。随分と失礼だな、お嬢ちゃん」

「ひっ?!ひひゃ・・・いひゃい!!」

ほっぺ、ぐにーんと容赦なく伸ばされたよ!何で?!

やめて!縦とか横とかに引っ張らないでっ!ほっぺが伸びる!!

何が楽しいのか、満面の笑みで私の頬を引っ張るライさんの手を、容赦なくペシペシと叩く。だーかーら、やめろってーの!

「1つ言い忘れていたけれど、お客様」

「ひぎゃ?!」

ほっぺ引っ張られたまま、ライさんにひっついてしまった。

気配も足音もしなかったんですけど、この老女怖いっ。やっぱりお化けの類なんじゃないのかな?!

灯りがないから余計にそう思えるしね!


「夜になったら決して、部屋から出ないようお願いいたします」

「・・・へ?」

「物音を聞いても、声が聞こえても、応えてはいけません。もし部屋を出たり、応えてしまったら――――――吸血鬼(ヴァンパイア)の眷属にされてしまう」

「はぁ」

よくあるホラー小説みたいだ、なんて言わずに曖昧に頷いておく。


「吸血鬼はもっと森に近い場所に生息してるはずだろう。それ以前に、魔界にいるはずだ。なんでこの村に?」

「解りませんが、ソレのせいでこの村は経った半年で昔のように寂れてしまったのです」

寂れたのは刻死の病のせいじゃないのかよ。なんて、場違いなのでツッコまず、大人しく話を聞いておく。

「夜の支配者なんて呼ばれる魔族が現れてから、数人の若者が攫われて戻ってきたと思ったら夜の死徒(ノスフェラトゥ)になって・・・家畜を奪い、全ての若者を連れ去って行きました」

「家畜は暇つぶし、若者は食糧兼眷属を増やすためか」

いやいや、感心したように頷く場面ですか?

私、血の気が引く音が聞こえたんですけど。だって若者が攫われたんだよ?この村、もう若者いないんですよ?――――私達だけですよ!?

その状況で恐怖を感じないなんてライさん、変!変だよ!どっかのネジが緩んで吹き飛んでるぐらいに変!!

ほっぺ引っ張られた状態じゃあ、そんな悪態もつけず、しかも恐怖から抱きついている現状。間違ってもそんなこと言ったら・・・・・・考えるのをやめよう。

「――――では、お気をつけて」

魔族相手にどう気をつけろと言うんだろう・・・?

疑問を抱いている間に、老女が来た時同様に忽然と消えた。もうね、あの老女が魔族だって言われても私、驚かないよ。

「吸血鬼・・・ねぇ」

「らひひゃん?」

「しっかし・・・よぉく伸びるほっぺだな。しかもマシュマロみたいに柔らかい。うわ、癖になりそう」

ならないでください。

必死に頭を振ってライさんの手を放そうとするけど、一向に放れない。いーやー、もー放してー。ほっぺ伸びて戻らなくなりそう・・・。

うう、なんでこんな眼に遭わないといけないのかな・・・。しかもここ、廊下だし。

しくしくと心で泣いてたら、ぱっと手が放れた。ああ、解放感・・・よりもほっぺが痛い。地味に痛い。両手でそっと触れたら、熱をもっていた。伸びてないことに喜ぶべきか、熱を持つほど引っ張られたことを恨むべきか。

「ほら、部屋に入るぞ」

「あ、はい」

部屋の鍵を開けたらしいライさんに促されるまま、足を踏み入れて絶句。

「暗い」

窓はどこに?光明すら見つけられないほどに暗い室内では、物がどこにあるのかまったくわからない。暗闇が支配するここで寝ろと?

・・・うん?寝る?

「まさかの同室?!」

「なんだ、いきなり」

「え?いや・・・・・・な、なんでもありません」

恋人でも家族でもない他人同士が同室ってどうなんだろうか・・・?

疑問を抱くけど、口にしたら絶対、1人部屋を用意されそうだからお口にチャック。こんな怖い場所で1人なんて、どんな試練だって感じだよね。

わざとらしく咳をして、話題をそらすことにしよう。

「ご、ごほん・・・えっと、窓でも開けましょうか?こうも暗いと何も見えないし、電灯のスイッチらしいモノも解んないし」

壁を一生懸命触って探してるけど、見つからないんだよね。暗くて何処に何があるか解らない状態だから、壁ずたいに歩いて・・・・・・・・・ん?

何かがおかしい、ような。

・・・・・・あ!

「この部屋、何もない!」

違和感の正体はソレか!

壁にそって歩いてるのに、棚やベッドの類にぶつからないのはおかしいもんね。すっきりした気分はすぐに、次の疑問によって消えた。・・・何もないってどう言うこと?

怖くなって元いた場所に戻る。

ライさんの姿を探すように右腕を動かし、名前を呼んだ。

「あのライさん。これってどう言うことだと思います?」

「・・・俺はここだから、そんな迷子みたいな顔すんなよ」

え、そんな顔してました?

「いやいや、こんな暗くて解るはずないでしょう!嘘ですね!」

「そーそ、嘘。ほら、これでいいだろう?」

「あ、ありがとうございます」

右手を掴んで抱き寄せてくれたライさんに、ほっと安堵した。

「・・・抱き寄せる必要、なくないですか?」

怖いよりも、羞恥心が勝ったんですけど・・・。うう、密着具合が恥ずかしい。

元恋人とあんまりこう言うことしたことないし、よくて手を繋ぐぐらいだったから・・・・・・・・・それが原因で寝盗られたのかも。

「これは話を聞きに行った方がよさそうだな」

「え?あ・・・はい、そうですね。流石に掛けるモノがないと寒くて寝れないでしょうし」

「お嬢ちゃんって、何かズレてるよな」

貶された?!

「・・・・・・・・・・・・?あの、ライさん。話を聞きに行くんじゃないんですか?」

何で動かないの?

老女に聞きに行くなら早い方がいいと思いますよ?まだ早いとは思うけど、年寄りは寝る時間が早いですからねー。それにほら、善は急げとも言いますし。

と、思いつつライさんの服を空いた手で引っ張ったら、「あ~・・・」と困った声が聞こえた。え、何?

「ここ、外側からしか鍵がかけられない仕組みになってる」

「え?」

「しかも自動錠前機能(オートロック)


そんな機能をつけるお金があるなら、火属性の魔石を買って灯りを増やして欲しい!


「え・・・っと、それってつまり」

「閉じ込められた」

・・・・・・本当、運がない。


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