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眼を覚ましたら身体が水に浮いていて、眼の前には大きな爬虫類の顔があった。
吃驚しすぎて口から心臓が出るかと思った。驚きすぎて私が今、どこにいるのか理解できないまま溺れかけた。死ぬ!鼻から水が入って苦しい死ぬっ!
じだばたともがくけど、両手が水面を叩くだけで安定した何かに捕まることが出来ない。足も同様で、まったく底につかない。何これ怖いっ。どれだけ深いのここは!眼の前にいる奴はどれだけ大きいの!?
「っぶ・・・ぷはっ!・・・はぁ、はぁ」
暴れすぎて、体力が切れた。
ああ・・・身体が沈んでいく。――私、こんな所で死ぬの?
人喰いガエルの次は、まさかの水の恐怖。魔物に喰われて死ぬか、水死か・・・どっちも嫌な死に方だなぁ。ふふ・・・私ってこんなに幸薄かったっけ?
あ、泣けてきた。
「――――落ちつけ、お嬢ちゃん」
「ふぁっ!?」
背後から何かが頭に当たった。地味に痛いけど・・・何が当たったんだ?あ、何か水に浮いて・・・林檎?もしかして林檎を投げられたのか?
林檎を右手に掴み、溺れながらもゆっくりと後ろを振り返る。
呆れた顔の恩人さんが木の根元で寝転がり、赤い林檎を齧っていた。恩人さんの傍には私のショルダーバック。と言うことはこの林檎、間違いなく私が買ったやつだ。無断で食べてるのか、恩人さん。
人さまのモノを勝手に食べるって、それはないよ。
白い眼を向けるも、恩人さんは素知らぬ顔で2個目の林檎に齧りついた。芯をこっちに放り投げるなと呆れるべきか、勝手に食べるなと怒鳴るべきか・・・。いやもう、体力が切れて浮かぶ気力もないんだけどね。
「何で沈んでんの、お嬢ちゃん?」
体力が切れたんだってば。
「え、ちょっと!溺れてるのかよ?!」
あ、もう駄目だこれ。
水面に顔が沈んで、気泡が上にのぼっていく。あー・・・陽射しに照らされた水面って綺麗だな。水の中で見るとは思わなかったけど・・・なんだろう、アレ?
水の中に差しこむ陽射しにより煌めく、美しい青玉?
本物を見たことはないけれど、宝石とは透き通るほど美しく、生命力を感じるほどに神々しいモノなのだろうか?――――判らないけど、死にかけが見るモノじゃない。
ぽかんと見惚れたせいで、残っていた酸素がなくなった!
やばい!
本当に死ぬ!
水死する!!
『――――コレは何を遊んでいるんだ?』
冷やかな凛とした鈴の音に似た声が聞こえた。
幻聴まで聞こえるとは、私はもう終わりなんだ。まだ死にたくないけど、死神が迎えに来たみたい。あは・・・だってほら、眼の前に黄金色の瞳が見えるんだもん。
あはは・・・死神って、黄金色の瞳をしてるんだ。
『どうしたんだコレは?頭でもイカレタか?』
失礼なことを言われた気がするけど、よく解らない。
でも解ることがあるとすれば、私はまだ生きていると言うことだ。
「ぜひゅー、ひゅー・・・ぜぇ、・・・っは」
ああ!酸素が美味しい!
水に濡れた服がはりついて気持ち悪いけど、酸素が美味しいからどうでもいい!むしろ気にする余裕はない!息するので精一杯だからねっ!
「げほっ、ご・・・っ、ごほ、っう゛げぇぇ・・・」
うえ、水吐いちゃった。お見苦しいモノを見せてしまったようで、どうもすいません。恩人さ・・・・・・ん?
荒い息で咳をしつつ、私は気づいてしまった。
何やらひんやりゴツゴツとしたモノの上に乗っていることに。コレ何?軽く叩いてみたけど、石みたいな音が返ってきた。嫌だから何これ?!
てか、私・・・どう言う状況なの?いや、状態は解ってる。解ってるよ。何かの上に乗った状態なのは理解してるから大丈夫。うん。
・・・何かって何!
これ何なの!?
誰か教えて頂戴!!
って、ちょっとまって。落ちつけ私。死にかける前に見たのは何だった?爬虫類の顔だよね?確かその爬虫類の眼の色も黄金だった・・・ような。アレ?
なら私が乗っているのって・・・・・・・・・怖いけど、下を見てみよう。
「ひぃ、大きな蛇!」
爬虫類は苦手なんですよ!わたわたと手を振りまわして大きな蛇から逃げようとしたら、身体は再び水の中に戻った。何と言う不幸!待って、溺れる!溺れ死ぬ!!
大きな蛇が呆れた眼を私に向け、大きな口をゆっくりと開けた。
ぎゃあ、食べられるっ。
『コレは馬鹿の子か?』
・・・蛇って喋るっけ?
大きな蛇が手?らしきもので私の身体を掴み、水から出してくれた。ありがとうございます。そんな感謝の言葉も忘れて、きょとんとした眼で大きな蛇を見てしまった。
蛇に手足がある。
蛇足って言葉が頭に浮かんだんですけど・・・・・・蛇に手?ってあったっけ?
立っていることが出来ず、アヒル座りでマジマジと大きな蛇を凝視する。長いヒゲがあって、蒼い宝石みたいな鱗・・・あ、水中で見たのってこれか!納得した。それにしても、コレは本当に蛇なんだろうか?
蛇みたいに胴体が長いけど、鬣っぽいのがあるし・・・・・・いやでも見た眼は蛇だ。蛇にしか見えない。
「何してんだよ、お嬢ちゃん」
「あ・・・恩人さん」
湖の岸辺で脱力した声を出す恩人さんの姿を発見。
2個目の林檎はもう、食べたのかその手には持っていなかった。私の林檎・・・。
「はっ!!私、眼が覚めたら水の中にいたんですけどどうしてですか?!」
林檎を気にしている場合じゃない!
「俺が水の中に落ちしたから」
・・・落とした?
入れたじゃなくて、落としたってどう言うことですかね?
「こう・・・襟首を掴んで勢いよく、ぼっちゃーんと落とした」
「それ、投げたって言いませんか・・・?」
身ぶり手ぶりで説明する恩人さんに、白い眼を向けてしまった。
「だってお嬢ちゃん、蛙の体液で全身べたべたで汚かったから仕方なく。別に俺が服を脱がせても良かったんだけど、見ず知らずの他人に裸にされるのは嫌だろう?」
「・・・・・・アリガトウゴザイマス。オカゲデシニカケマシタヨ」
「なんで片言?まぁ、どうでもいいから服、着替えた方がいいんじゃねぇの?風邪ひくぞ」
そーですね。
寒さに身体を震わせながら、私は四つん這いに歩いて茂みの奥へ向かう。うう・・・くしゃみが出そう。
「ほら、お嬢ちゃんの荷物」
言って投げられたのは、ショルダーバック。
「タオルぐらい入ってるかと思ったけど・・・財布と携帯食糧と林檎、あとはサバイバル用具ぐらいで何もないんだな。あ、林檎勝手に食べたから」
「許可なく食べないでくださいよ!」
服を脱ぎながら叫んで、中途半端な脱衣で動きが止まった。
今、恩人さんは何と言った・・・?
「あの・・・魔石、入ってませんでした?」
「魔石?」
茂みから顔を出し、恩人さんを見れば首を傾げている。うわぁ・・・もしかしなくてもそうなんだ。なんてこったい!
「なかったけど?」
「私の10万セルがっっ!」
使うことなくどこかに紛失してしまうとは、何と言う不運だ。
旅の初っ端から運がなさすぎて、もう笑えちゃうね。あはは・・・視界がゆがむよ。
「それよりほら、タオル」
ばさりと頭にかけられたタオルは、陽射しの匂いがする干したての無地のタオル。優しさが胸に響くね・・・。
「火もおこしたから、こっちで温まれ」
「お・・・恩人さ~ん!」
「泣くほどかよ!?」
だって・・・だってぇぇぇぇぇええぇぇぇぇっ。
服を脱いで水気を絞り、手近な枝にかけてタオルを纏い、いそいそと恩人さんの傍に近づく。ふわぁ・・・暖かさが身に染みる。ぽろりとまた涙がでちゃった。
恩人さんに呆れられる前に涙を拭い、鼻をすする。
もうなんなんだろう。私が何をしたって言うのかな?何もしてないのに、旅の出だしから死亡フラグの連続で、不運に見舞われるってどうなのさ。
私はただ――――姉さんの傍から離れたかっただけなのに。
どうしてこう、心を折るようなことばっかり起きるんだろう。
・・・不運だ。
「ほら・・・これでも飲んで落ちつけ」
「ありがとござ・・・どこからだしました、このコップ?」
「魔法を使って収納してる。武器とか旅道具とか全部。珈琲は嫌いか?」
「苦すぎなかったら大丈夫です。・・・いいな、魔法。すごく便利」
黒いマグカップを恩人さんから受け取り、一口飲む。・・・ちょっと苦いけど、飲めないほどじゃない。でも熱いからちびちびと。
しかし・・・と恩人さんを見る。
魔法で取り出したもう一個の黒いマグカップで、のんびりと言うより年寄り臭く珈琲を飲んでいる。ううむ、若いはずなのに妙に爺臭い姿が似合ってる。何でだろう?
「もしかしなくてもお嬢ちゃん。魔法、使えないのか」
「生まれてこの方、仕えたた試しがありません」
「魔力なし?」
「魔力はあるんです、魔力は。なのにどーしてか、魔法が使えないんですよ。精霊の詩を歌っても、なーんにもおきませんでした。火・水・風・土・光・闇・時の七つの属性ぜーんぶが、不発ってある意味才能ですかね?」
「荒んだ顔で言うなよ、お嬢ちゃん」
呆れた顔の恩人さんには解らないだろう。
魔法を使えないと言うこの劣等感が!
簡単な魔法すら不発に終わる悲痛さがっ。
魔法はさっきも言った通り、七つの属性がある。
その属性に合わせて精霊の詩、と呼ばれる呪文で精霊喚起を起こす。簡単に言えば、この世界中にいるだろう視認できない精霊から、ちょっと力を貸してください。とお願いすること。
それによって魔法――攻撃、治癒、拘束、補助、結界、精神、空間の七大魔法が使用できる。
禁忌と呼ばれる魔法もあるらしいけど、そんなの魔法が使えない私には関係がないことだ。けっ。
「旋律を理解してないのか?」
「理解しましたよ。けど、精霊に嫌われてるのかうんともすんとも言いません」
言ってて悲しくなってきた。
精霊の詩を使用するのに必要な旋律を理解しても、精霊に嫌われてるのか魔法がまったく使えなかったあの時の衝撃と言ったら・・・・・・。筆舌出来ないっ。
指差して爆笑し、且つ、出来そこない扱いをした同級生達の前で泣くことも出来ず、優秀な魔法使いになった幼馴染に馬鹿にされても反論できず、呆然自失で家に帰った覚えがある。
10歳ながら頭を抱えて悩んだよ。
魔法は当然ながら魔力と魔力耐性がなければ習得することは出来ず、使うことも出来ない。それは解る。けど、魔力も魔力耐性もあるのに使えないってどう言うことだ?ある意味才能なのか?そんな才能いらないから魔法を使わせて頂戴!
魔法が何故か使えない事実に愕然とする私に、止めを刺したのが姉さんの一言。
「魔法なんてリィンに使えるはずないでしょう」
ショックのあまり3日間部屋にこもり、危うく餓死しかけたなー・・・あははは。
それを遠い眼をしながら語れば、恩人さんが興味なさげに相槌を打った。酷い。自分は魔法が使えるからって・・・っ。
「魔法が使えないのに外に出るって、お嬢ちゃんは自殺志願者だったのか」
「違います。ただ旅に出てただけです」
「どこ出身?」
どこって・・・・・・これ、言ったら馬鹿にされるオチだよね。間違いなくそうだ。そうに違いない。
じっと私を見る恩人さんの視線からそっと眼をそらし、下手くそな口笛を吹く。
「王都出身か」
「何で分かったんですか?!」
「顔にでてるんだよ」
デコピンされた額が痛い。
脳みそが揺れるほどの威力で、眼が眩む。チカチカって光が点滅する・・・っ。
「王都って、俺がお嬢ちゃんと出逢ったすぐ近くの国だろ?何であんなすぐ近くで魔物・・・人喰いガエルに襲われて死にかけてんだよ」
「て・・・てんぱりまして、魔石じゃなくて石をこう・・・・・・投げて」
「やっぱり自殺志願者だろ」
あう、溜息つかれた。
「だって・・・だって、初めての魔物遭遇イベントだったんだよ!レベルゼロの勇者だって物語の序盤で、草原の中ボス的存在に出遭ったら平静を保てないって。私的には初心者に優しいスライムが来ると思ったんだもん。まさか人喰いガエルが来るなんて、誰が想像できますか!」
「威張るな、想像しろ」
チョップされた、痛い。
『馬鹿の子ではなく、無知無謀の子だったか』
「ひぃ、蛇が喋った!」
忘れてたよこの大きな蛇の存在を!
がしりと近くにいた恩人さんの身体に抱きつき、盾にするように背後に回る。うわ、うわ・・・こうして良く見ると、本当に大きな蛇だ。顔がでかいよ。
恩人さんの両肩を強く握れば、前から溜息が聞こえた。
呆れてもいいけど、お願いだから見捨てないでね恩人さん!
『吾輩、蛇ではない』
むっとしたのか、口をへの字にゆがめる仕草は妙に人間くさい。
『まったく、吾輩のどこを見て蛇などと下位生物と間違う』
「まったくだな。お嬢ちゃんは旅に出る前に情報収集しなかったのか?」
大きな蛇に同意した恩人さんが、呆れた眼を私に向けて振り返った。いや・・・しましたけどね。
「旅先で出遭う魔物図巻に、こんな大きな蛇は載ってませんでしたよ?」
旅行雑誌にもなかったし、冒険者入門書にも書かれてなかった。
一体、どんな本を読んだらこの大きな蛇もどきの正体が書いてあるの?首を傾げる私に、恩人さんが苦笑した。
やんわりと肩を掴む私の手を放し、右腕を勢いよく引っ張られた。
地面に顔面からダイブするっ!?
・・・前に、恩人さんが優しくお腹を支えてくれた。それなら引っ張らないで欲しかったよ。安堵の息をつく私の顎を恩人さんが掴み、力任せに前を向かせた。首が痛いっ!!
何がしたいんだよ、恩人さん!
若干、泣きそうだ。・・・泣いていいかな?
「リヴァイアサンの眷属である、リタンと言う水龍――魔族だよ。お嬢ちゃん」
「リヴァイアサン!」
私、その名前を知ってるよ!
ドラゴンと呼ばれる種族で別名、水の魔物って呼ばれる、海を支配する2大魔族の内の1人だよね!もう1人はラハブって言う海竜ですよね恩人さん!
うわー、うわー・・・魔族って初めてみたよ、私。
顎を掴んでいた恩人さんの手が外れても、私の視線はまっすぐリタンに向いていた。成程、龍かー。へぇ・・・龍か。
「龍ってなんですか?」
ドラゴンと何が違うの?
リタンが石化した。
魔法なんて使ってないのに、それはもう見事な硬直だ。思わず歓声を上げてしまったら、恩人さんにチョップされた。何で・・・?
唖然と恩人さんを見上げれば、「無知」とまたチョップされる。
やめて、痛い。加減されてても痛いからっ。
泣くよ!
みっともなく子供みたいに泣くよ!!
「ドラゴンは七大元素を体現する二足歩行のトカゲに翼が生えた魔族。龍は四大元素を体現する手足がある蛇の魔族って認識してろ」
『おい』
「理解しました!」
『その理解の仕方はやめろ、やめてくれっ』
そっかー、ドラゴンはトカゲで龍は蛇なんだ。いやはや、恩人さんの簡潔な説明は解りやすいよ。
リタンが泣きそうな顔で、悲痛な声で「やめろ」と訴えるけどごめんね。
専門用語を言われても私、絶対に理解できないから!
『何であんな説明をした!』
「詳しく説明するのが面倒」
『き・・・貴様っ』
欠伸をした恩人さんに、リタンはもう泣きそうだ。
水神と呼ばれる魔族なのに、恩人さん相手に下手だな。仲良し、なんだろうか?
魔族と人間なのに?
・・・・・・ん、魔族?
「魔族!!」
「煩い」
チョップはやめてくださいっ。
涙眼になりながら頭を両手で庇い、恩人さんの元から脱出する。勢いが良すぎて、木の幹に背中を強かに打ちつけた。痛い・・・頭と背中が地味に痛い。
いやでも痛みよりも今は大事なことがある!
「何で魔族が人界にいるんですか!魔族は普通、魔界にいるはずでしょ?!魔物ならともかく、知性ある魔族が人界にいるなんておかしいでしょ!?人界滅ぼしにきたの・・・?」
リタンを指差して叫べば、何故だか恩人さんが溜息を吐きだした。
馬鹿にした眼で私を見てくる。無性に腹がたつんですけど。
「お嬢ちゃんが言う人界に、魔族は最初からいるぞ」
「・・・?」
「魔族が最初にココに住んでて、住人が増えたから空が飛べない人間にここをあげて、魔界と呼ばれる場所に移り住んだだけ。先住民である魔族がココにいたっておかしくないだろう?」
「そう、なんですか?」
先住民なら、人界にいてもおかしくない・・・・・・のかな?
こてりと首を傾げる私に、リタンが肯定するように頷いた。水しぶきが飛ぶからやめて。冷たい。冷た過ぎるんですよっ。
『吾輩らが温情を持って人間にこの土地を与えただけで、魔族がこの地より全て魔界へ渡った訳ではない。吾輩がその良い例だ』
胸を張って威張るような声に、曖昧な返事を返す。
『だと言うのに人間は吾輩達を“世界の悪”として排除しようとする。まったくもって愚かしい。知性なき魔物と吾輩ら気高く知性も理性もある魔族を同一とする・・・なんと腹正しいことか!』
怒りが音として空気を震わせ、地面に僅かな亀裂がはしった。水がリタンの怒り具合を表すよう、不気味な漣をたてる。・・・沸騰したようになっているのは、眼の錯覚だろうか?
『吾輩ら魔族は“闇に属する”種族ではない!高貴なる“魔に愛されし”種族だ!故に、魔法を自在に操り、人間が必要とする精霊の詩も使用せずに魔法が放てると言うのに・・・』
「はぁ・・・」
憤りながら言われた台詞に、それ以外の返答が出来ない。
一般的に魔族は人間の敵であり、世界を脅かす害、命ある全ての者の天敵として小さい頃から教えられてきた。闇に愛された種族として認識され、魔物は魔族が遣わした人間を滅ぼす生物だった・・・のに違うの?
魔族が人界を支配しようと企んでいるって、教会の神父やお偉い方々が言ってたけど嘘なの?
もともと人界が魔族のモノなら、支配する必要ないよね?
教えられた情報全部、嘘ってこと?
「頭がパンクしそうに痛い」
「簡潔に言えば魔族は人間を滅ぼそうとしてないし、人界にも興味ない。ただ、魔族と言う先住民が今尚暮らしてるだけ」
「えっと・・・つまり、魔族が人間を滅ぼすって言うのは勘違い?」
「人間が魔族を一方的に怖がって、恐慌状態になったんじゃねぇの?」
傍迷惑な・・・。
殺される前に殺せ!精神で魔界に行かされる騎士も、派遣された冒険者も哀れだな。いや本当・・・良い迷惑だ。死にに行けって言ってるもんだよね。
呆れた顔をする私に、恩人さんが溜息をついた。
「しっかしお嬢ちゃんって変わってるよな。普通、今の話し信じねぇよ?」
「嘘なんですか?」
「いや、事実だけど。すんなり信じるお嬢ちゃんの思考って、かなり変わってるんだな。うん、良いことだ」
褒められて・・・ないよね。
でも・・・頬を引きつらせる私を見る恩人さんの眼は、幼子を見るような優しいモノだ。褒められてる、と思っておこう。貶されてはいないはずだし、うん。
『そんな無知で、よくもまぁ旅に出ようと思ったな』
心にぐさっときた。
『勢いと運でどうにかなるほど、世の中は甘くないぞ?』
「知ってますよ」
姉さんの妹として生まれてから今まで、身体だけではなく心に刻まれるほど実感してるからね。あはは・・・。美人に優しい世の中は嫌いだ。俯いて自嘲する。
私にだって少しぐらい、優しくしてくれたっていいじゃないか。神様の馬鹿。
『・・・一緒に連れて行ってやったらどうだ?』
心の中でいるかどうか解らない神様に悪態をついていたら、リタンが妙なことを言った。
『目的地がある訳でも、急ぐ旅でもないんだろう?なら、旅の同行者としても問題はないはずだ。・・・ここから立ち去った瞬間、ぽっくり死にそうで怖い』
神妙な顔で言う台詞か!・・・と、否定できないのが悲しい。
『袖振り合うも多少の縁、と言うらしいし・・・駄目か?』
「えー・・・俺の性格知っててソレ言う?」
『知っててあえて言う。それでもなお渋ると言うなら・・・吾輩も考えがある』
リタンの眼に不穏な色が宿った。
ゴゴゴ・・・と聞こえないはずの効果音がリタンから聞こえ、錯覚か水が振動して波紋を鳴らしている。何これ?完全に置いてけぼりの状況だ。私に関する話なのに。
リタンが吼えるように口を開いた。
『旅の同行者にしないなら貴様の居場所を密告する!』
「っんな?!・・・・・・いい度胸だな、リタン」
『ふん!凄んだ所で怖くないぞ!』
その割には体躯、小刻みに震えてるけど・・・?
恩人さんが無言でリタンを睨む。
リタンも負け時と睨み返す。――冷や汗がダラダラ流れてるけど、頑張って逸らさないようにしている。
私のことなのに、完全に蚊帳の外ですね。溜息を吐いて、右手を上げながら答える。
「あの・・・別に私、1人でも大丈夫ですよ?」
「やっぱり自殺志願者だったのか、お嬢ちゃん」
「違います!」
『ほら見ろ。これはすぐに死ぬタイプだ。吾輩、確信を持って断言する。これはスライムに遭遇して死ぬ!絶対だ!』
そんな確信はいらない。
力一杯に告げたリタンに頭が痛くなってきた。流石にスライム相手に負けるなんてこと・・・ないない。初心者でも簡単に倒せる・殺せる魔物。として有名なスライム相手に敗北なんて・・・。
「そうだな。助けて、拾ったからには最後まで世話をするのが常識か」
「え?何ですかその犬猫を拾ったみたいな台詞は」
「面倒だけど、お嬢ちゃんの旅に付き合うことにするよ。都合のいいことに、俺は旅の目的も何もないからどこへでも、何年でも行けるし。退屈しのぎにはなりそうだな」
「あの、最後に何て言いました?」
よく聞こえなかったけど、いい台詞じゃないのは確かだ。
だって恩人さん、にやりとあくどい顔をして私を見てるから!何その顔!悪役も真っ青な悪い顔だよ・・・っ。ガクガクブルブルと身体が震えそうだ。
リタンが安堵からか息をつき、岸辺に顎を乗せた。
『よもや吾輩、人間の娘を心配する日が来るとは思わなかった』
「えっと・・・すいませんでした?」
『こんなぽっくり逝きそうな人間、老人でも早々いないぞ。吾輩、初めてすぎて同情してしまった』
疲れたように話すリタンに、何と言葉を返せばいいのだろうか?とりあえず、そっと眼をそらしておく。
老人よりもぽっくり逝きそう。の部分では反論したいが人喰いガエル相手に死にかけた過去があるので、何も言えない。お口にチャックします。
えー・・・とりあえず――旅の同行者をゲットしました!
ちょっと、いや、かなり嬉しい。1人旅だと不安だし、心もとなかったから。ありがとう、リタン!君のおかげで安心して旅に行けるよ!魔族に心配されるなんて人間としてどうかと思うけど、その優しさに感謝します。リタンの心境的には複雑だろうけど。
それはさておいて、と。
干した服を確認しに行けば、少し乾いてた。着れなくない。大丈夫、着れる。この程度なら問題ない。茂みに身体を隠し、服を着る。・・・うう、しめってる。
借りたタオルを綺麗に畳ん・・・洗った方がいいのかな?
「あの・・・タオル洗いたいんですけど、そこの水使っていい?」
『問題はない。存分に使え』
あっさり了承を得たので、リタンがいる池?湖か?でタオルを洗う。あー・・・冷たい。
「なぁ、お嬢ちゃん」
「なんですかー?タオル、洗ったら返しますのでもうちょっと待っててください」
「リタンがいる場所がどこか、知ってるか?」
「知りません」
うぁー、手がジンジンするほど冷たい。
よくもまぁ、私はこの中に入れたもんだ。風邪、ひかないといいなー。あー寒い。
「龍が住む地って呼ばれる湖で、少し歩いた先に神殿がある。つまりはここ、立ち入り禁止区域」
「何でいるんですかそんな所にっ!?」
見つかったら即、投獄で問答無用の絞首刑ですよ!
血の気が引く音が耳元で聞こえ、寒さとは違う震えが全身を襲う。・・・ああ、私の人生って何て儚いんだろう。人喰いガエルに殺されかけて、水死しかけて、最後には絞首刑・・・嫌過ぎる。死亡フラグの連立ですか?誰のせいだこの野郎っ。
泣くことも出来ず、呆然自失な私の頭を恩人さんが軽く叩く。
やめて、機械じゃないから叩いても直らないよ。直るのはつい最近発売された、遠くでも情報を得られるラジオと言う機械ぐらいだから。あれ、結構な値段だったな。誰が買うんだろう。
「おーい、お嬢ちゃん。こっちに意識戻せって・・・チョップするぞ」
「痛いのはやめてください」
頭を咄嗟に庇った私は悪くない。
呆れた顔をしながらも、右手をチョップの形にした恩人さんが悪い。
「ここは神殿が祀る神がいる領域だ。誰も容易に立ち入らないから心配するな」
「魔族が神って・・・世も末だ」
「仮にばれたとしても、リタンが呼んだと言えば何とかなる。・・・そうだろ?」
『まぁ、今までだってそうしてきたからな。吾輩が誤魔化そう』
誤魔化される人間が馬鹿なのか、誤魔化すリタンの話術が凄いのか・・・。前者だったら悲しくて泣けてくる。
少しは疑えよ、神殿の人間。
「お嬢ちゃんも服着替えたことだし、そろそろ行くか」
「行くってどこにですか、恩人さん?」
首を傾げて尋ねた私に、恩人さんが嫌そーな顔をした。なに・・・?
思わず後ずさる私を見て溜息をつき、恩人さんは前髪を掻きあげた。美形は何をしても絵になりますね!畜生。
姉さんや元恋人で見慣れたと思ったのに、ふとした仕草に眼が奪われてしまう。
気だるげな行動だと言うのに、仕草一つひとつに色気を感じてしまうのだから恐ろしきかな、美形。・・・イケメンって怖い。
うわ・・・姉さんと元恋人のせいで、トラウマになりそうだ。
「ライだ」
「?」
「恩人さんじゃなくて、ライって呼べ。恩人さんなんて俺の柄じゃねぇし、ほら見ろ。鳥肌立ってる」
見せられた右腕には確かに、鳥肌があった。
そんなに嫌だったの?首を傾げる私の頭を軽くチョップした。何で?!
「お嬢ちゃんはどこに行く気だったんだ?」
「えっとビブロフトです。温泉に入って癒されたくて」
「癒しが必要な年か?」
「年は関係なく、癒しは必要です」
はっきりと告げれば、恩じ・・・ライさんが不思議そうな顔をする。うんまぁ、私みたいな小娘が癒しを求めに温泉に行くって言うのはおかしいよね。だからと言って姉さんのことや元恋人のことを話すつもりはない。
だって知り合って間もない他人だし!
同情されたくないからね!
「まぁ、理由はどうでもいいや。行くか」
「あ・・・はい!」
私に背を向けて歩きだしたライさんの後を追いかけて、ぴたりと足を止める。そうだ、リタンに挨拶しておこう。
リタンのおかげで同行者をゲットできた訳だからね。
「ありがとう、お世話になりました!」
『・・・律儀な人間だ』
お辞儀をしたら、呆気にとられた。
人間だろうが魔族だろうが、恩を受けたら礼を返すモノじゃない?不思議に思いながらも踵を返し、ライさんの・・・・・・早い!もうあんなに遠くまで行ってるっ。
慌てて駆け足で追いかける。
待って、待ってください!
旅の同行を了承しておいて、おいて行かないでっ!!