表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉が結婚するので家を出ます。  作者: 如月雨水
Locus solus 《人里離れた場所》
15/41

8

熱い空気が、息をするたびに喉を焼いて痛い。

ひりひりと肌を焼く熱の熱さに、額から汗が流れた。――眼の前に地獄が広がっているのに、私は悲鳴すらあげない。卒倒すらしない。ただ本を読むように見ているだけ。

ライさんがもたらす死が、確実に騎士団の人間を殺していく。

騎士団の人間は繰り出される攻撃に、踊るように逃げ惑う。その姿に先程までの余裕なんて当然なく、優位から劣位へと立場が逆転している。・・・ライさんだから当然か、なんて思う私がいて、なんだか微妙な気分になった。


流星と衝突し、声なき悲鳴をあげて身体が燃えている。

炎に足を焼かれ、痛みに唸る獣のような声が聞こえた。

助けを乞う懇願の嗚咽が、【meteora rossa】によってかき消される。


【meteora rossa】・・・確実に火属性の攻撃魔法であるそれは、耐えず空から流星を降り注ぐ。

綺羅星のようで綺麗だけど、威力が半端なくて恐ろし差の方が強い。怖い、ライさんが使う魔法全般が凶悪すぎて怖い。何でそんな魔法ばっかりチョイスするの?

・・・一撃必殺?

ライさんに似合わない言葉だなぁ。

なんて思いながら肉の塊となった騎士団から眼を逸らし、空を仰ぐ。

ライさんが生み出した【meteora rossa】が爛々と空に輝き、地上へと落下している。もう、殺すべき敵は死んでいると言うのに・・・惨いな。死者に鞭打ってるよ。

・・・惨い、ですませる私は酷い人間だな。同族が死んだのに、何も思わない。

眼の前で死体が転がって・・・いや、灰も残さずに死んだ者たちがいたのに何の感情も湧いてこない。ただただ、空っぽの心で何もない場所を見ている。

私はこんな人間だったっけ?よく、解らなくなった。

「え・・・えぇぇぇぇぇぇ」

圧倒的すぎる力に、ヨフェスの引きつった声が聞こえた。あ、この2人のこと忘れてた。

「え・・?あれ?・・・光属性の付属武器持ってるくせに、呆気なく死んだ・・・ね」

リグルが現状を理解しきれていないのか、どこかぼんやりとそんなことを言った。

「付属武器なんて当たらなきゃ問題ないし、そもそも肉体を攻撃すれば良いだけの話だろうが。別に怖がる理由も意味もない」

「・・・あ、はい」

はっきりと断言したライさんに、リグルがきょとんとしたまま頷いた。

「てか、武器より鎧に空間魔法か結界魔法でもかけた方が良いって、なんで気づかねぇなんだろうな」

言われてみれば確かにそうだ。

そっちの方が攻撃を防げるし、生存率も上がる。何で武器に魔法をかけたんだろう・・・?そこら辺、猫友から聞いてないな。興味がなかったから、聞く気にもなれなかったしあの時は猫を構うのに忙しかったからなぁ。

・・・猫、触りたいな。最近、触ってないなら欲求不満だよ。・・・触りたい、猫に。

魔界でまだ猫に遭遇してないから、遭いたいなぁ。

「それよりお前らも早く村に行った方がいいんじゃねぇの?今、村で騎士団への今までの返礼が行われてるぞ」

・・・何だろう、凄く不穏な響き。

「今頃、溜まりに溜まった鬱憤を晴らしてる最中だろうな。・・・ほら、音が聞こえる。随分と派手にやってるようだ」

くつくつと笑うライさんの言うおうに、大きな破壊音が聞こえる。これに今まで気づかなかったことに驚きつつ、精神が変になってトリップしたんじゃ・・・!と些か心配になった。

たぶん、大丈夫と信じたい。

私のメンタルは強いはずだから!・・・だといいな。

「え、嘘!俺も混じる!今までのお礼をしっかり返さないとな!」

「ま、まってよっちゃん!置いてかないで、僕も行くから!!」

弾かれたように駆けだした2人は、振り返ることなく去って・・・ん?

「助けてくれてありがとー!」

「ありがとうございました、その人をお願いします!」

立ち止まり、お辞儀をして助けてもらった感謝をした後にまた駆けて行った。律儀だ。

花を巻き、嬉々とした雰囲気で喧騒激しい方向へ向かわなければ、ほほえましい光景にも見えたのに・・・。あ、でもあの2人の実年齢って私より年上だから、ほほえましいはおかしいか。うん、おかしいな。

結論付け、ライさんを見る。

ここにいると言うことは、私を探しに来てくれた。と、思っていいのかな・・・?

だとしたら嬉しいな。

今まで、私を探しに来てくれる人なんて皆無だったから。あ、元彼と猫友がいたな。でも片手で足りる程度だからなぁ。・・・と言うか、彼らが探しに来てくれた時より安心感があって、嬉しい気持ちなんだよなぁ。

1人は元彼だって言うのに、何だろうこの差は。

・・・信頼?まさか。

「さてと、リィン」

「あ、はい。なんですか?」

「面倒事に巻き込まれる前に、他の場所に行くか。そうだな・・・エッダで温泉に入れなかったから、いっそ、ニブル帝国にでも行ってみるか。確か温泉あったし」

私に近づいたライさんが、優しく頭を撫でる。まるで労わるような仕草に、どうしてだろう。涙腺が緩む。

騎士団の死を見ても、泣くことがなかったのに・・・なんで。

ぐっと涙をこぼさないように耐える私に、ライさんが苦笑した。

「平気なフリ、すんなよ」

フリじゃない。

本当に、何とも思ってない。

「物語みたいに物事が見えても、心を隠す必要も感情を殺すこともない。嫌なモノは嫌と言えばいいし、泣きたいなら泣けばいい。――偽るな、リィン」

頭を撫でていた手が、頬にそっと触れる。

相変わらず、冷たい手ですね。・・・でも、ほっとする手。

「それに泣いて怖がってる方がリィンらしい」

「・・・なんですか、それ」

「似合わないことはすんなってことだよ」

「・・・」

「強情だな・・・仕方がない。俺に無理矢理泣かされるのと、今、素直に泣くの。どっちがいい」

脅迫された・・・!

良い笑顔でそう告げるライさんに、驚いたからか溜まっていた涙がぽろりとこぼれた。それがきっかけで、次から次へと涙があぶれる。止まらない。止められないっ。

「・・・ぁ」

「我慢は毒だ、リィン」

抱き寄せられ、ライさんの背中に腕を回した。ぎゅっと強く服を掴み、額を胸板に押し付ける。・・・泣きたい訳じゃ、ないのに。

どうしても、涙が止まらない。

「心を、感情を偽りも誤魔化す必要もない。怖かったなら泣け。嫌だったら喚け。リィンらしくしろ。らしくないことはすんな、馬鹿」

優しく頭を撫でられ、涙腺が崩壊した。

「・・・まったく、俺はこんなキャラじゃねぇんだけどな」

「ら・・・い、さん」

「ん~・・・?」

「怖かった、怖かったんです。騎士団の人達に武器を向けられて、戦争のために犠牲になれって言われて。ああ、私は死を望まれてるんだって、怖かったんです」

「そっか」

「でも一番、怖かったのは姉さんが私を探してることなんです・・・!」

死にかけたことは家を出てから多々あったけど、これほど怖いことはない。

私から奪うだけの姉が、まだ私から何かを奪うのかと思うと怖くて堪らなかった。今度は自由すら奪われるんじゃないかと思うと、感情が凍って・・・感覚が麻痺してしまった。だから眼の前で人が死んでも、何も思えなかったんだ。

そう言えば前にも似たようなことがあったし、そうに違いない。

姉が原因だ。

姉が元凶だ。

私が今、ライさんの胸で泣いているのは姉が悪い!

「・・・すいません、ありがとうございます」

感情が、いや、感覚が戻ったからかこの状況が凄く、物凄く恥ずかしい。

恥ずかしすぎて爆発しそう。穴があったら埋まって、恥を叫びたい。どうしてこうなってるのさ!

「も、大丈夫なんで放してください・・・・・・?あの、ライさん?」

「うわ、面倒癖ぇ」

「・・・は?」

何を言い出すんだ、この人は。

「面倒癖ぇ・・・バックレていいかな、俺」

ライさんが私の肩口に頭を埋めた。

ちょっ・・・何ですかいきなり?!てか、何を言ってるの?私に判るように放してくれませんかね・・・?

とりあえず、ポカスカとライさんの背中を叩いてみた。

酷い?羞恥心で私が死にそうなんだから仕方がない。命、大事に!


「あ~・・・・・・・・・くっそ、本当に馬鹿じゃねぇの?救いようがないなら本当、死ねばいいのに。むしろ死ね。俺の平穏と怠惰な日常のために死んでくれねぇかなぁ!」

何やらお怒りのようだ。


ゆっくりとライさんは私から身体を放し、心底嫌そうな顔をして項垂れた。

な、何事?

「悪いけど、ちょっと付き合ってくれるよな」

拒否権がない言葉に、返事を言うより早く身体を抱きあげられた。うぇ?

「・・・・・・っんな?!な・・・ななななななななななななななぁ!?」

やめて、お姫様だっこはやめてっ!死ぬ、羞恥で本当に死ぬからやめてぇぇぇぇぇぇ!!

心の中で叫ぶけど、実際には意味のない言葉が出るばかり。抵抗したくてもあまりの羞恥心に身体が動かない。身体が沸騰したように熱い。むしろ爆発しそうなほどに危険。

やめて、本当にやめてっ。心臓に悪いことをしないで!私、こう言うことにまったく、ちっとも、これっぽっちも慣れてないの!

「舌、噛むなよ」

「にゃ、にゃひ・・・ふにょお!?」

と、跳んだ。

予備動作なく、高く跳躍して丈夫な枝に飛び乗った。怖・・・怖い!赤くなった顔から血の気が引き、熱かった体温がさぁっと冷めていく。恐怖心が羞恥に勝ったよ・・・!

ひぃ、枝から枝に飛び移ってるてか、渡り歩いてる・・・?!怖い、怖い、怖いってば。

「ら、ライさんどこにぃ!?」

「村に戻る」

何で?

「ユフィが村人を土属性の結界魔法張って閉じ込めた。その周りに騎士団・・・旅団か知らんが、取り囲んで結界を壊そうとしている。ユフィの奴、村人が何を言っても結界を解除しないで、全軍が集まるのを待ってんだよ」

「・・・一網打尽にするため?ですか」

「ちげぇよ。てか、そんなのしなくても余裕で勝てる。・・・勝てるはずだったんだよ」

苦々しい表情を浮かべるライさんに、予想外の出来事が起きたんだと知った。

けど・・・一体何が?

「1人の騎士が本来、持ちえない力を持ってると知らせてきた」

どうやって・・・あ、念話(テレパシー)

確か風属性の補助魔法に、そんな感じの魔法があるとかないとか言ってたような。あの幼馴染が。


「で、でも魔族なら何とかなるんじゃ・・・。だって、魔に愛されてるんですよね?」

「魔法とは違う力じゃなかったらな」


それって・・・まさか。

愕然とする私に、ライさんが止めをさす。

「幽閉された森の聖女の眼を使い、力を使ってる・・・!」

思考が一瞬、停止した。

嘘だと言えるほどの根拠はなく、私は震える唇を動かして問う。

「そんな、ことって出来るんですか」

「奪われた人間が生きてれば、可能らしい。随分前に人間の王が試し、成功させていた。・・・あの時も森の聖女が犠牲になってたな」

「・・・幽閉されて、魔力を奪われるって」

「肉体の一部分を奪われ、他者から力を使われる。そうすることで力の暴走を押さえることが出来る――と、人間は考えてるようだな」

それじゃあ、私も・・・あのままだったらそんな未来が待っていた・・・・・・・・・?

あの時たまたまライさんと出逢って、ライさんに魔界に連れて来て貰わなかったら。そう思うとゾッとした。身体が震える。

ただでさえ姉から奪われる人生だったのに、ソレ以外からも奪われるなんてごめんだよ!

「――――と、見えた」

愕然から恐怖、恐怖から憤慨に感情が変わった頃、どうやら村が一望できる場所に辿り着いたらしい。枝に立ってるけど。未だに木の上にいるけど。

あの、ライさん。

私、人間だからそんなに視力は良くないんですけど。ここ、何も見えない。村らしき物は見えるけど、よく見えない。何が起きてるのか把握できません!

小さい点が動いてるようにしか見えないよ・・・。

「・・・・・・ああ、確かにいるな。森の聖女の右眼、かな?左右で色が違うし」

視力が良いんですね。

「ん・・・?うわ、面倒癖ぇ。森の聖女の眷属まで連れてきてんのかよ」

「眷属?」

「森の女神、獣の女王の寵愛受けるから森の聖女。獣の女王が守護のために与えた2匹の白と黒の獣の王。確か・・・大神、いや、狼だったな」

「随分と大きな狼ですね。家と同じくらいの大きさですけど、アレ本当に狼ですか?」

「獣の王だから、大きいんだろう」

適当な返答に、そう言うモノだろうかと気の抜けた声が出てしまった。

「ちなみに七聖女全員に眷属はいる」

「・・・私、知らないんですけど?」

「そりゃ、逢ってないし呼んでないから。さて、と。リィンはここで待ってろ」

「・・・へ?」

てっきり、連れて行くのかと思ってた。

「何?そんなに俺から離れたくないって?」

「違います」

何を言い出すんだ、この人は。

枝に私を座らせ、面倒だとか行きたくないとか、そう言う感情を隠すことなく顔にだすライさんに呆れてしまう。・・・や、ライさんらしいけどさ。

魔王陛下としてそれはどうよ?

これが魔界の王でいいの?

「・・・そう言ってくれたら俺、行かなくて良かったのに。ああもう、面倒くさい」

がりがりと頭を掻いて、ライさんは深く長~い溜息をついた。そんなに嫌か。

「そこで大人しくしておけよ」

「あ、はい」

ポンっと私の頭を軽く叩き、ライさんは飛び降りた。

いや、正確に言えば他の枝に飛び移って、村へと近づいて行った。それも凄く速度で。私と言う荷物があった時より早い。早すぎてもう見えないよ・・・。

嫌がってた割に、村に行くのは早いなぁ。

アレかな?面倒なことはすぐに終わらせる、ってことかな?ライさんならありえそう。

「・・・森の聖女の眼、か」

やだなー、怖いなー。こてりと幹に頭を預け、息を吐きだす。

「やることが酷過ぎる」

幽閉も嫌だけど、身体の一部を奪われるのはもっと嫌だ。ああもう、本当に魔界に来て良かった。ライさんに遭えてよかったよ!

それにしても森の聖女の眷属も、可哀想に。

たぶん、絶対、無理矢理に命令されてるんだ。森の聖女の命が惜しかったらこちらの命令に従え、とか脅されて。ああ、酷い連中だ。

猫友を除いた騎士なんて全部、嫌いだ。

姉絶対信仰者だから余計に嫌い。死んでくれ、とは思わないけどそれに近いくらいの思いはある。――余談だった。

私にも眷属がいるって言ってたけど・・・・・・ううん、空の聖女の眷属って何?

鳥?

「―――――――ん?」

巨大な鳥は怖いな、とかぼんやりと思ってたら何だろう。身体が動かなくなった。あれ?瞬いて、ゆっくりと下を向く。

わ、地面が遠くて怖い・・・・・・よりも、この状況は何?

四肢を拘束するように蔦が這って、ぴくりとも動かない。

ついでに言えば身体もしっかりと蔦で縛られている。地味に痛い。

「え、何プレイ?」

変なプレイがあると猫友から聞いていたけど、これがそうなのか・・・?

いや、そうじゃなくて何で私が縛られてるの?この蔦なんなの?ひぃ、力こめないで中身でるっ!!

ギブ、ギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブ!中身出て死んじゃうからぁっ!!


「・・・ぅ゛ぐ?」

蔦に引っ張られ、身体が前に倒れる。

「っぎゅにょぁぁぁぁぁああぁぁ?!!」

何?何事?!何が起きたのさ!?


ぐんぐんと近づく地面に、潰れたトマトの図を思い浮かべた私は悪くない!・・・はず。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ