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ライさんが案内してくれた宿は、それはもう素晴らしい!の一言だった――。
もう本当、言葉に言い表せないほどに素晴らしかった。幸せで夢だったんじゃないか、と思う程に。・・・何度もほっぺを抓って確認しちゃったけど、確かに現実だった。
赤を基調とした外観で、森の中にある隠れ宿的雰囲気で落ちつきがあった。何より中。室内が凄い。華美になりすぎず、質素にならないぎりぎりの装飾に家具。絵を切りぬいたような内装で、言葉を失った。絶対高いよこの旅館・・・っ。
ここにいていいのかな?!と半ば本気で思う程に・・・分不相応さを感じたよ。
畏縮しながらもその旅館のご飯もそれはもう、筆舌に尽くし難し!さ、最高でしたっ。
美味しい、美味しすぎてお腹が膨れて・・・・・・食べ過ぎたからダイエットすることを決意しました。いや、ダイエットは安住の地を見つけたらやるって決めてたけど、改めて決意しました。
――痩せなきゃ駄目だ、真面目に。
お風呂だけじゃなくて部屋も綺麗だったし、布団と言う寝具もなかなかに寝心地がよかった。ライさんと一緒の部屋、と言うのが若干あれだけど。もう何も思わないことにした。何を言われても笑顔でスルーするという技術を、私は獲得したのだ!
で、そんな素晴らしい旅館で優雅な朝食を食べていたら、ライさんが新聞を見て「あ」とか呟いた。何だと思って私も新聞を覗いたら、一面に『奇怪!宙に浮いた建物の謎』とかでかでかと書かれてた。うわ、と思って速攻で視線をそらしてしまった。
大きく撮られた写真に宙に浮いた建物と、削がれた部分があって何とも言えない気分になりました。――――主に罪悪感で。
冤罪で逮捕させてしまったルシルフルさんも気になるけど、そうするよう命じたライさんは何とも思っていないのか平静にご飯を食べてた。この海苔って食べ物、ご飯に合いますね!・・・余裕があるようで羨ましいですよ。
これ、ばれたら私が牢屋行き確定だよな。むしろ決定事項?うう・・・力が制御できなかったばかりにこの年で犯罪者になるなんて。なんて不運な人生だろう。
遠い眼をした私にライさんが「次は古国・エッダに行くか」と言いだした。
古国・エッダってエッグの親戚か何かですか・・・?と言う後で恥ずかし想いをするであろう疑問を口にせず、黙って首を傾げた。どこですか、それ?
「ヴォルヴァの隣国で、ここに負けず劣らず良い温泉がある」
「行きましょう」
詳しい説明を碌に聞かず、「良い温泉」の言葉に即決してしまった。後悔はない。
その時の私は罪悪感とか冤罪とか、捕まったらとか、諸々のことを綺麗に忘れてこれから行く場所に思いをはせていた。主に温泉のことだけど。
・・・温泉、何て素晴らしいんだろう。
うっとりする私とライさんは朝食を食べた後、そのまま古国・エッダへ旅立った。
――それが1週間前の出来事。
野営もライさんがいれば思っていた以上に快適で、魔物と遭遇してもライさんが殆ど倒してくれるから私が何かする必要もない。偶に「聖女の力を使ってみるか?」とか聞かれるけど、上手く扱える自信がないので断ってる。
何が起きるか解らないって怖いからね!
で、何だかんだと殆どライさん任せの快適な旅を続けてきたんだけど、どうしても解せないことがある。
「・・・ライさん、これはどう言うことでしょうか?」
「どうって、見たまんま。盗賊らしい者に囲まれてる」
「いえ、それは解ります。そうじゃなくて、どうして盗賊との遭遇率が高いんですか、と言うことですよ」
「リィンが不運だからじゃないか?」
「真顔で言わないでくれませんか?」
そこまで不運じゃないやい。多分。
がくりと項垂れ、深く息を吐きだす。ああ・・・本当に不運だ。
胡乱な眼で周りを囲む盗賊を見る。皆一様に黒いフードを被って顔を隠しているけど、判るから。ゴブリンにリザードマンだってこと、判ってるから。意味ないから、それ。
「見事に今まで倒した盗賊ばっかだな」
「まさか、魔界にも盗賊がいるなんて驚きですよ」
「そりゃ、いるだろう。盗賊ギルドがあるぐらいだし、いない方がおかしい」
ギルドがあるんだ、吃驚。
「それに、人界だろうが魔界だろうが関係なく、そう言う輩がいるのが世の常だろう」
「嫌な世の中ですね」
「退屈な世の中よりはマシだよ」
ライさんが失笑した。
「と、言う訳で頑張れ」
「え゛?どう言う訳ですか?!」
「ここなら暴走しても問題ないだろうし、大丈夫だろう。たぶん」
私の頭をぽんぽんと叩きながら、不安になることを最後に呟いたライさんに唖然とした。
た、確かにここは草原で、人気もないし建物もない。あるのはところどころにある木とか茂みとか、小さな泉とかで――――災害になったら大丈夫じゃなくね?
オドオドする私に何を思ったのか、いや、絶対に間違いなく、侮られたと感じた盗賊が一斉に攻撃をしてきた。短気ですね、畜生!
涙眼で悲鳴を上げながら必死に、それはもうパニック状態になりながらも空の聖女の力を使ったら・・・・・・案の定、暴走しました。なんかごめん。
でもおかしいなー。神の旋律を口にしてないのに、力が勝手に発動したんだよね。神の詩をうたっていないのに、驚きだよ。あれかな、パニックになりすぎて力だけが勝手に暴走した感じかな?・・・こ、こわっ!
冷や汗をダラダラ流しながら、局地的な暴風に見舞われた場所を見る。
見事なほどに地面が抉れ、緑色の芝生が茶色に変わっていた。周りに生えてた茂みも木もなぎ倒されて無残な姿に。あー、ごめん。そんなつもりはなかったんだ。
心の中で見るも無残に変わった自然に謝罪していたら、暴風に巻き込まれて空高く飛んで言った盗賊が悲鳴を上げながら落ちてきた。そして――地面に足だけ残して突き刺さったのでした。・・・生きてるかな?
足がピクピク動いてるから、多分、生きてるよね・・・?
――と言うことがあったのが3日前。
ヴォルヴァより活気はないが、威厳と風格ある建物と雰囲気に圧倒される古国・エッダ。
建物はヴォルヴァと同じだと言うのにこう・・・何かが違う気がする。何だろう。色?ヴォルヴァは色鮮やかだったけど、エッダは何と言うか・・・地味。色合いが地味だ。うん。
あ、でも細工はヴォルヴァより手が込んでて、物凄く価値が高そうな代物だった。売ったら高そう。弁償代も高そう。うわ、そう思うと怖くて触れないし、近寄れないわー。
あ、あと着てる服。
一般市民と思われる人達と明らかに違う、おそらく権力者であろう魔族は原色の服を着ている。差別?と思っていたら、ライさんが説明してくれた。
「赤、青、黄、茶、白、黒色は六仙と呼ばれる王の補佐官達が着る服で、紫は王が着る服の色だから禁色と呼ばれ、一般市民はその色を忌避している。で、原色の色を着ているのはその六仙の一族。原色を薄めた色の服を着ているのが眷属、あるいは分家」
ほほぅ、それはまた面倒なことですね。
「まぁ、今は随分と適当になって一般市民も禁色を纏うようになったけど」
「それっていいんですか?」
「六仙は何処かに家紋がついてるから、ってことで禁色じゃあなくなったらしい」
それでいいんだろうか?・・・いいんだろうな、多分。
この国の様子を見る限りじゃ、それで何の問題もないんだろうなぁ・・・。
ああでも、それならよかった。服の色を気にしなくてすんだもんね。安心してこの国を見て周れるよ。
――と思ったのが1時間前。
「・・・・・・・・・また、またしても牢屋にいるなんて」
「静かで室温も丁度良くて快適じゃないか。寝るには最高の場所だ」
冷たい石の床にへたり込み、項垂れる私と違って奥にある硬い簡易ベッドに寝転がるライさんがそれはもう、至福そうだ。羨ましいです、その神経。
何でこうなったんだろう。
普通に歩いて、時折屋台で買い食いして、広く緑豊かな公園で五花の季節草の花を見つけたんだっけ。確か。
瑠璃色の、二股に分かれた茎をした五枚の花弁。
近くにあるのは橙色と黄色の姉妹草。花弁が重なり合うことで1つの花となるそれが五花の周りに咲いていた。いやはや、眼に艶やか。
とか思いつつ、木製のベンチで寝る体制に入ったライさんの隣でのんびり思っていたら・・・。ああ、そうだ。そうしていたら何でか甲冑姿の――後で聞いた話だけどライさん曰く、武士と呼ばれる人達に囲まれた。あ、人じゃなくて魔族だ。
とにかく、この国の守護職に値する人達が現れて、何故か取り囲まれた。武器を突き付けられながら。
皆さん、鬼人と呼ばれる種族だから真顔が怖い、怖い。怒ったらもっと怖いんだろうな。オーガはもっと怖いんだろうなぁ。
後、ガタイが良すぎて妙な威圧感と圧迫感を感じて怖い。
ついでに言えば、刀と呼ばれる武器が刺さりそうで怖かった。
「これはこれは、守護士が勢ぞろいで・・・・・・。何か用でも?」
「来てもらう」
ライさんがどーでもよさそうに聞くも、守護士が私達を縄で捕縛した。何で?!せ、せめて理由を教えてくれたっていいじゃないか!普通は教えてくれるよ!?
「理由を言え、理由を」
「抵抗はしない方が身のためだ」
「だから、理由を言えって言ってんだろうが。その耳は飾りか?あぁ゛?」
ライさんがイラついてる。
いや、確かにそうだけど喧嘩腰にならなくても・・・。今にも殴りかかりそうなライさんの右腕を力一杯抱きしめ、行動を抑制してみるけど。無意味な気がしてきた。
だってライさん、本気になったら魔法を使って騒動起こしそうだし。
惨劇が起きそう・・・いや、起きるな。想像だけでぞっとしたよ。
「ならば教えよう」
守護士達を掻きわけるように現れた、見るだけで階位が違うと解る白髪の老人が現れた。纏う服の色は原色の赤。うわ、これって六仙の・・・。頬が引きつった。
体格が解り辛い服だけど、それでもこの老人が武芸に秀でていることが一目でわかる。だって雰囲気が元彼関係で知り合った達人と呼ばれる剣聖に似てるからね。
右眼を閉じたまま老人はゆったりと、けれど覇気のある声で告げた。
「巫国・ヴォルヴァでの騒動に関係している重要参考人として連行する。解ったら来い」
拒否が言えないのは絶対、身に覚えがありすぎるからだね。
・・・魔界で犯罪者になるなんて人生、何があるか解らないね。あはははは・・・はは、は。泣けてきた。――――と言うことを思い出して、私は追憶を止めた。
「重要参考人って、問答無用で牢屋に入れられるものなんですね。初めて知りました」
「それ自体が嘘なんだろう」
「え゛」
「俺達をここに連れて来るのが目的だったんだろうな」
「・・・それってつまり」
身代わりに差しだしたルシルフルさんが冤罪だとばれた。と言うことでしょうか?
尋ねようと口を開いたその時、地面を歩く音が聞こえた。
石の床だから音がよく響く、響く。誰が来たんだろうか。罰せられることを恐れて顔を青ざめさせ、私は力なく項垂れた。
ああ・・・怒りのあまりに力を使った罰だ。絶対そうに違いない。もしくは草原を滅茶苦茶にした罰かもしれない。どっちにしろ罰だ。泣きたい。
呑気な鼻歌が聞こえてきた。
ライさんが歌ってるんだろう。見なくても解る。むしろライさん以外だったら怖い。ホラーだ。溜息をついた。
断罪の時が近い、と言うことだろうか。短い人生だった。ほろりと涙がこぼれそう。いや、もう泣こう。みっともなく子供みたいに泣こう。
「何を怖がってるか知らないけど、大丈夫だって」
この状況を解っていないのか、いや、解っていてあえて明るく呑気に告げるライさんに涙腺が崩壊しそう。あ・・・泣く。
「ちょっと・・・おい。何で泣くんだよ」
「無意識ですよ、聞かないでくださいっ」
乱暴に袖で涙を拭ったから、眼許が痛い。
「このような牢屋で、随分と呑気なものよぉ」
偉そう、と言うより傲慢が似合う渋い声が聞こえてきた。
間違いなく、さっきの靴音の主だろう。いつの間に近づいたのか、とか気にすることなく私は声の主を見上げた。・・・ん?
「よもや、このような場所で人間に遭うとは思ってもいなかったぞぉ」
くつくつと喉を鳴らして嗤う・・・えっと、魔族にしては太った、いや、横が大きいじゃなくて、えっと・・・あ、恰幅のいい中年がそこにはいた。後ろに1人の老武士をつれて、何とも煌びやかな衣装を身に纏って・・・。眼に痛い。
あと、お洒落なんだろうけど、腕とか首とかジャラジャラしたモノが一杯あって煩い。宝石が指に一杯あって眼に痛い。耳にまで光り輝くモノがあって、どこに眼を向ければ良いのか解らない。
「悪趣味」
ぼそりと呟いたライさんの言葉は、どうやら相手には届いていなかったようだ。ほっ。
「それも魔族が人界から連れてきた人間なんぞ、久方ぶりにみたわぁ」
肥満体形だから、偉そうに胸を張ると立派なお腹が主張される。あ、高そうな服がめくれてお腹が見えた。汚い。・・・お腹が毛だらけで汚い。
頬を引きつらせる私に気づいていないのか、中年は言葉を続けた。
「それほどまでに、その人間を気にいったのかぁ?」
白髪混じりの灰色の短髪・・・?を撫で、中年が笑った。
う、うぅぅん。額面積が広すぎて若干、薄らハゲだ。本人は格好いいと思っての行動なんだろうけど、体格と相まって似合っていない。むしろ違和感しかない。きらりと光る歯が余計にそう思わせる。
あと、ついでに言えば額に黒い薔薇の刺青をしているんだけど・・・・・・えっと、何と言うか、ハゲてる部分を余計に協調していて・・・私は何も見なかったことにしよう。
「ふぅむ・・・。解らん、解らんぞぉ。俺にその人間の価値がまったくもって解らん。だが、人界からわざわざ連れて来ると言うことは、それなりに価値があるのだうぉ」
くるりと中年が背を向けたら、小さな蝙蝠の羽根を見つけた。え゛・・・?
あれで空を飛べるのか?疑問に思う程に小さい。・・・いや、絶対に飛べなさそうだ。飛べるはずがない。あのふとましい体格で!
「その人間、この俺によこせ」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・ん?
私の空耳だろうか?今、不愉快な言葉が聞こえたような。きょとんとした顔でゆっくり、ライさんを振り向けば呆れた眼を男に向けて、興味を失ったように身体ごと壁に向けた。
え、ちょっと!?
せめて何か言ってくださいよっ!
「光栄に思え、人間。この俺、バルバゼス=フェンリ=エッタの所有物になることぉ!」
きょ、拒否権はありますか?
嫌だよ、こんな脂ぎった中年に所有物扱いされるなんて。せめて人権が欲しい・・・じゃなくて、何で決定事項になってるの?私がいつ、承諾した!
「・・・ん?バルバゼス?」
はて、何処かで聞いたような名前。
どこだっけか・・・つい最近に誰かから聞いたような気がするんだけど、思い出せない。うぅん、どこで聞いたんだっけ。
「相変わらず、他人のモノを欲しがる強欲だな。思わず拍手したくなる」
小さい声だけど、ライさんが悪態をついた。
あー・・・確かに強欲、と言えば強欲かな。って、思い出した!
バルバゼス=フェンリ=エッタ――――。
七罪の1人。
南を守護する魔王の配下。
強欲の王。
教えられた情報と、視覚からとりいれた情報を比べた。
「う、うぅぅん」
眼の間に現れたのは魔王と同じ名の魔族。
アルディアーノ=ヴァ=ベアトリスが敬愛し、寵愛を受けていたと誇りを持って告げた相手の名前。
――――到底、信じられそうにない。




