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姉が結婚するので家を出ます。  作者: 如月雨水
Jacta alea est 《賽は投げられた》
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視界が赤く染まった――。


身体に圧し掛かっていた重みが減り、脂ぎった醜い顔が空を舞う。

くるくる、くるくると回転しながら鈍い音をたてて地面に落ちた。赤が広がり、草原の一部を染める。光のない眼が、赤く濡れた私を映していた。

思考は呆然としているのに、意識が起き上がれと煩くせっつく。

緩慢な動作で腹筋を使って上体を起こし、身体に乗っていた残り半分を蹴りあげる。漸く息が出来た気がした。呼吸をすれば、鉄臭い臭いに目眩がする。眩む視界に唇を噛んでやり過ごし、生理的に流れ続ける涙が痛みによって更に量を増やした。

「大丈夫か?」

ぼやける視界。

涙で滲んだ眼の前に、黒い誰かが私に声をかけた。

誰か、ではない。私を助けてくれた恩人だ。

赤く濡れた手で涙を乱暴に拭い、恩人を見上げる。――頭の先から足まで黒一色だ。

闇を思わせる髪をした美丈夫に、息をのみ込む。

まるで神様が創り上げた人形のような、美しい長身痩躯の男だ。けれど息を飲んだのは男が美しいからではない。

艶やかな血の色の瞳。

怠惰の感情が宿った双眸に、何故だろう。同じ赤を眼にしたと言うのにコレとは違う、別次元の色に感じてしまった。男が宿す感情のせいだろうか?

「大丈夫か?」

男がもう一度、私に問いかけた。

右手に赤く濡れた剣を持ち、私に尋ねた男の姿はまるで。そう、まるで物語に出て来る主人公のようだ。胸が高鳴り、呼吸が落ちつかない。

これはあれだろうか、恋に落ちる前兆?







姉が結婚するので家を出ようと思う――――。




そう決意したのは姉がとある男性に夜這いし、既成事実を作り上げた翌日。唖然とする私とは裏腹に、何故か祝福ムードな周囲は家族である私の動揺を無視して勝手に結婚準備を始めた。

いくら姉が、神が作りだしたと言っても過言ではないほどに造形美が整った金髪碧眼の美女で、夜這いされた相手が隣に並んでも遜色のない美男子であっても、恋人じゃなくて知り合い程度の、しかも私の彼氏であった相手を寝とるってどう言う算段だ。とか、夜這いって一歩間違えたら犯罪だろ。とか言ってくれる相手は誰もいない。

常日頃から私よりも姉が隣にいる方が相応しい。と言っていたからな・・・憤り、不釣り合いだと解っていると1人隠れて泣いた日々が懐かしい。

夜這い相手基、元恋人は必死に拒否していたが周りがそれを許さず、どころか若き皇帝陛下が城下町に現れて言いやがった。

「お前ならばアイツに相応しい。俺がお前達の結婚を認める。さぁ、お前達に相応しい盛大な式にしようじゃないか!」

と・・・ドヤ顔でね。

元恋人、唖然。

私、愕然。

周囲、歓喜絶叫。

私達姉妹が王都・ヘルハイム在住だからと言って、皇帝陛下がわざわざ来る価値があるのか?と思ったが、姉はあの容姿だ。好奇心と多大な興味から見に来たに違いない。それは間違っていないが、当たってもいないと猫友である騎士が教えてくれた。

何でも皇帝陛下、姉と元恋人とは親しい仲らしい。

両親を幼い頃に事後で亡くしたことを知って、何かと姉に融通を聞かせていたそうだ。だからただの庶民が城勤めのメイドになれたのか。納得出来た。

皇帝陛下はきっと、いや間違いなく姉に恋をしていたんだろう。けれど自分よりも相応しい相手がいると知って、潔く諦めたのだろう。元恋人、人形みたいに容姿が整ってるからな。憎らしいぐらいに肌のきめが細かいからな・・・女としての自信と尊厳を失う程に。

で、皇帝陛下の言葉もあって周りは余計に張りきりだした。

猫友の騎士が複雑そうな表情で私を見て、泣きそうな私の頭をそっと撫でてくれた。それだけでもう、涙腺崩壊。泣き顔を見られたくなくて、元恋人の制止を振り切って逃げた。


それが1週間前――。


壁の外一面に広がる草原と、龍が住むと言われる巨大な湖に囲まれた王都・ヘルハイム。

レンガ調の建物が多く、モダンを感じさせる城下町。一歩、路地裏に入れば薄暗く汚れたスラム街が存在するなんて考えさせないほど、綺麗に整えられた表通りには細かい細工が施された街灯が、火属性の魔石から借りていた力を消す午前4時。

表通りにある、見る者を楽しませる噴水は風に吹かれて落ちた葉により、波紋を揺らしている。木製のベンチには野良猫が数匹、寝ころんでいた。

朝食の準備を始めるにも、朝早くの仕事に起きるにもまだ早い時刻。

私、リィン=アウラディオは旅に必要な道具を大きなショルダーバックにいれて、そっと音を出来るだけたてないように家から出た。

動きやすさを重視した服装で、女っ気ゼロだが気にしない。

姉と違ってくすんだ金髪は長いと邪魔!と言う理由でばっさり切ってショートにした。昨日の夜中にこっそり切ったから、誰も知らない。元恋人が知ったら、「綺麗な髪だったのに」と嘆いてくれるだろうか・・・?

未練を抱く心に蓋をして、足を動かす。

いないと思うけど、誰が起きて目撃されるか判らないから建物の影に隠れて隠密行動中。途中、茂みから顔を出した三毛猫に眼を奪われ足を止めてしまったが、猫好きだから仕方がないと常に常備している煮干しを上げた。食べる姿も可愛いなぁぁもう。

足に擦り寄ってきて、うわ、可愛いぃ・・・っ。

――と、悶えてる場合じゃない。

でも可愛い。

名残惜しくもあるが、私は早く王都(ここ)から出なければっ。

普通に正門から出ると、見張りの騎士に見つかるから別のルートを探す。とは言っても、3日前に偶然、発見したんだよね。抜け道。

子供なら通れるほど小さい穴だけど、小柄な私でも行けるはず!小さくて良かった。胸もないし、難なく行ける・・・・・・行ける、行けるさ。別に胸なんてこれから成長するから気にしないよ。小さいから助かるんじゃないか。だから――――巨乳になりたい!とか思わない。羨ましいとか考えたりしない!

「・・・微妙に、狭い」

ほふく前進して抜け道を通りぬけようとするんだけど・・・お腹あたりがひっかかる。うう、太ったかな?でもここ最近、あんまり食べてないんだけどなぁ。

姉と顔を合わせるのも嫌で、逃げるように部屋に籠ってるから。正直、水と果物ぐらいしか口にしてないのに太るって。私、そう言う体質なのかな?それともストレス?どっちも嫌だ。

「痩せよう。安住の地を見つけたら、絶対に痩せるっ」

ふんぬぅぅ!とかけ声一発、王都の外に出た。

ゆっくりと起き上がり、初めて見た壁の外の世界は見事に緑と青の2色。王都を囲うように存在する湖は大きく、西に長く伸びている。神殿が建っているのを見るに、あそこに龍が住んでいるのだろうか?行ってみたいけど・・・何かあると怖いからやめよ。

下手に龍を怒らせて、死にたくないからね!

さて・・・と。

「王都から脱出したけどどこに行こうかな?」

下手にうろうろしてたら、魔物にぱくりと食べられちゃう危険があるし、盗賊とかに襲われて死ぬかもしれない。いや、その前に売られるのかな?私を売ってもはした金しかならないと思うけど・・・ないよりマシか。でも売られたくないから死ぬ気で逃げるぞ。

魔法が使えない私だけど、魔石を持っているから逃げることは出来る・・・はずだ!

バイトで貯めたお金の大半をはたいて買ったんだから、効果がないと困る。えーっと、確か買ったのは回復魔法が入っている水属性の魔石に、攻撃魔法の火属性の魔石、眼くらまし用の光属性の魔石。この三属性の魔石をそれぞれ20ほど買って・・・しめて10万セル。高すぎて血涙が出たよ。

ソレ以外にもショルダーバックには旅に必要と思われる道具が入っているけど、今は関係ないのでしまう。――――さて、行こうか!

「とりあず、目的地を水の秘境・ビブロフトにしよう!確か旅行雑誌にあそこは温泉街として有名だって書いてあったし、温泉行ったことないし・・・疲れ癒したいし」

うん、そこに行こう。

「ビブロフトまで歩いて4日かかるけど・・・途中に村があるって雑誌に書いてたし、小さいけど宿もあるらしいからそこに泊まりながら行けば・・・うん、宿代が気になるけど大丈夫!いざとなればバイトすればいいし!」

意気揚々と歩きだし、これから得られるであろう癒しに心を躍らせた。鼻歌を歌いながらスキップするように歩く。心なしか、歩みが軽い。

これはあれだね。

色んな柵から抜け出せた解放感と言うやつだね!ああ、なんて身体が軽やかなんだ!こんな感じ、生まれて初めてかもしれないっ。

今までは綺麗すぎる姉のせいで――――いや、思い出すのは止めよう。

頭と胃が痛くなってきた。


「それにしても、魔物がいるとは思えないくらい綺麗だなー。あ、季節花の蕾を発見。そっか、もう四花(しか)の季節も終わりかぁ」

水晶のように透明な色をした、小さな四枚の花弁。

一つの根に四つの花が咲くソレが、草原のあちらこちらで見つけられた。近くにあるのは青と赤色の夫婦草だ。隣り合ってハートの形に似た花弁を咲かせ、緑の絨毯の上で風に吹かれて揺れている。

結婚式で使われることが多く、幸福、円満な家庭の花言葉を持つ夫婦草を見て、無性に腹がたってしまう。夫婦草に罪はないのは解っているが、踏みつぶしてしまった。

ああ、なんて子供っぽいことを。

「・・・いっそ、子供っぽく駄々でもこねたら良かったのかな」

そうすれば、元恋人も姉に取られなかったかもしれない。いや、それ以前に禁欲させてた私が悪いのかもしれない。だって怖かったし、まだ16になったばかりでそう言うのは早いと思ってたし・・・・・・。怖いし、恥ずかしいからって拒否しなければこんな事態にならなかったのかな?

酒を飲んでいたとはいえ、元恋人だって男。

魅惑と言うより蠱惑的な肉体を押し付けられたら、理性の糸が切れたっておかしくない。・・・どうせ私は貧乳さ。姉さんみたいにボン・キュ・ボンな体型じゃないよ。お子様体型だよ。顔だって普通だよ。中の中と位置付けられる顔立ちだから、周囲から「可愛いけどお姉さんの方に眼が行くね。流石は美人」って・・・けどって言うなら口にするな!どうせ私は姉さんに劣るわっ!

瞳の色だって宝石みたいな姉さんと違って、原色みたいな色だし・・・・・・。「リィンちゃんの瞳って、蛙の色だよね!」と幼少期に幼馴染や同級生の無邪気な台詞は今でも忘れない。蛙じゃない!葉っぱの色だ!

宝石みたいと期待した幼い私の心は粉々だ!ブロークンハートだよ!畜生っ。


神様。

いるかどうかわからない神様。


どうして姉妹でこんな差をつけた!


「・・・はっ!怒りのあまり周りが荒野に。どうしよう」

無意識に草をむしっていたようで、周りに緑がない。ここだけハゲてるように土色だ。むしった草が風に飛んでいく。わぁ、まるでゴミのようだ・・・じゃない。

「だ、誰も見てないから大丈夫だよね!」

周囲を見渡してみてもほら、人影はないよ!

よって目撃者はゼロ!誰にもばれていない今が逃げるチャンス!

「えっと、えっとビブロフトがある方角は・・・・・・・・・・・・南!」

いざ、ビブロフト目指して逃・・・じゃなくて旅の始まりだ!

「?!」

がさりと音がして振りかえった。

ま、まさか隠れていたのか!?どうしよう、どうしたらいい。むしった草は風に飛ばされ、どこにいったか解らないから、土色の大地を隠しようがない。見つかったら何て言われるんだろう?自然保護法違反で逮捕?嫌だ!私は強制送還されたくないっ。

こうなったら・・・。

「殴って記憶を消す」

物騒な手だが、仕方がない。

手近にあった石を拾い、じっと音がした方を見る。投げる準備は万端、いつでも来い!

ガサガサと音が近づいて、何かが空を飛んだ。いや、跳んだ?え?何どう言うことと眼を白黒させる私の視界に映ったのは――――それは大きな、大きな蛙だった。

唖然としたのは一瞬。

「人喰いガエル!!?」

気味悪い斑模様をした、緑色の巨大な蛙が眼の前に現れた。

ぎょろりと不気味に動く、可愛さの欠片もない双眸が焦点を定めずどこか虚ろを見ている。長い二枚の舌が鞭のようにしなり、地面を叩くと草原の一部に小さいけれどクレーターが出来た。土煙が舞い、無残にも四花の花弁が散る。

ワァ、スゴイ。

アンナノクラッタラ、イチゲキデオダブツダネ!

カタコトになるほどの衝撃だ。ど、どどどどどどどうしよう?!石?石を投げればいいの?投げてやろうじゃないかこの野郎!!うわーん、くたばれぇぇぇぇぇえぇぇぇっ。

やけくそに投げた石は綺麗なアーチを描き、人喰いガエルの頭に落ちた。ポト、と言う効果音をつけて。

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。

人喰いガエルの眼が私を映しだし、にたりと口角が上がった。

「うわ、気持ち悪っ・・・じゃなくて、逆効果だ!に、ににに逃げないとっっ」

背を向けて一目散に逃げ出した。

ふっ、元恋人のおかげで嫌がらせや暴力と言ったおおよそ、物語ではよくあるであろう展開を実体験した私だ。逃げ足には自信があるんだよ!体力はゴミだけど。

「・・・ぜぇ、ぜぇ・・・・・・っ」

体力も鍛えればよかったと、今、切実に思う。

体力ゲージと言うモノがあるなら、私の体力はすでにゼロに近いだろう。息切れおきてるし、足が鉛のように重いから体力切れなのは間違いない。

ちらりと後ろを見る。

音にすればぴょーんぴょーんと可愛らしいのに、姿を見れば気味の悪い人喰いガエルが追ってきている。間違いなくこれ、足を止めた瞬間にゲームオーバー。人生終了の幕が降りるんだ。――すでに幕が降りかけてるけどねっ。

こんな旅の序盤で人生終了のブザーは聞きたくない!

「ぜぇ・・・はぁ・・・っ死ぬ気で逃げてやる!」

火事場の馬鹿力とでも言えばいいのか、なけなしの体力で迫っていた距離を遠ざけることが出来た。――のは、人喰いガエルの余裕だったんだろう。

馬鹿にするように人喰いガエルは「げろげろ」と鳴き、赤い舌を伸ばして私の胴体に絡める。うわ、生温かい感触が服の上からでも解る。気持ち悪っ!

「!ま、魔石を使えばっ」

ショルダーバックから魔石を取り出そうとした瞬間、私の身体が宙を浮いた。あれ?

視界いっぱいに広がる青空、その次に見えたのは王都の城壁で・・・蛙のドアップ。え?やけに生臭くて、生温かい空気が顔にかか・・・・・・っ!?!?!

「い・・・いやぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

ひぃぃぃぃっ!人喰いガエルの醜い顔が視界いっぱいで気持ち悪いよぉぉぉぉぉ!!うわ、うわぁぁん!人喰いガエルの顔も舌もぬるぬるして気持ち悪いぃぃぃぃっ!逃げようとして顔とか舌とか触るんじゃなかったぁぁぁぁぁああぁぁ!!でも逃げたいよぉぉぉぉぉっっ!

魔石はショルダーバックごとどこか遠くへ行っちゃったし、魔法なんて生まれてこの方使えた試しがないと言うか発動しない。ならば打撃だ、と手段を物理に変えてみたいけど、体力ゴミな私に腕力なんて蚊程しかない。ゴミ袋を持ちあげるのでやっとな、非力な力じゃ人喰いガエルは倒せない。てか倒せるはずがない。あれ・・・この状況って、詰んでない?

ゲームオーバーの文字が脳裏に浮かぶ。

「ひぅ?!」

身体が地面に落ちつけられて、背中が凄く痛い。胴体に絡まっていた舌が四肢に移り、大きな体躯が私の上に乗っかった。痛い、重いっ、気持ち悪い!

ひぃぃ、ぎょろりとした眼を近づけるな!

前足だか解らないモノを肩に乗せるな、体重をかけるな!

「い・・・・・・っう、おも・・・いぃ・・・」

手足を動かして抵抗してみたが、ぬるぬると皮膚が滑ってどうにもならない。何とか当たった拳もポヨンとか言う効果音だけで威力はゼロに等しい。こいつの防御力半端ないっ!

「ひっ!」

人喰いガエルが大きな口を開け、私に近づいてくる。

生温かい息が気持ち悪いとかじゃない。真黒い口腔から滴り落ちる唾液が身体だけじゃなく、全身を濡らして嫌悪感が酷い。

関節がないんじゃないか。そう思う程に開いた口が私を飲みこもうと迫る。

視界が黒一色になる。

四肢に絡む舌が力を強め、鈍い音が鼓膜に届く。

うでのほね・・・おれ、た?

「ぁ・・・い、嫌・・・嫌だ嫌だ嫌・・・・・・嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌いやだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

痛みと喰われる恐怖が身体を支配する。

嫌だ・・・死にたくない。

死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない!

私はこんなところで死にたくないっ!


でも――――どんなに生きることを望んでも、私に活路はない。


涙が止まらない。

近づく人喰いガエルの顔から逃げられない。

拒絶の言葉しか口にできない。

迫りくる死から逃げる方法が見いだせない。

「ひ・・・ぅあ、ぁぁっ」

ああもう、人喰いガエルの顔がこんなにも近い。

こんな形で死にたくないっ。

死にたく、なかった。

私、私は・・・・・・――――っ。

「たす、けて」

死にたくない、よ。

「眼ぇ瞑ってろ、お嬢ちゃん」

誰かの声が聞こえた瞬間、視界が赤く染まった――。




そして冒頭に戻る。




「おーい、大丈夫か?」

呆然と恩人を見ていたら、眼の前で手を振られた。

あ、大丈夫です。意識はしっかりして・・・・・・・・・腕が痛い。生きている現状と助かった事実に安心したら、痛みを感じるようになってしまった。痛い。激しく痛い。肘辺りから力がはいんない。痛い。痛くて気を失いたいのに痛くて出来ない。何これ矛盾?

ぼろぼろと声もなく泣きだした私に恩人さんは焦ったらしく、剣を鞘にしまってから両腕に触れた。やめて痛い!

「いっ!?・・・い、痛いぃぃぃぃ」

「あー・・・折れてんな。しかも開放性骨折か、こりゃ痛いだろうなぁ」

開放性骨折って何?なんだか怖い言葉を聞いた気がする。両腕の状態を確認したいけど、怖くて見れない。てか見たくないっ!卒倒するわ!・・・その方がいいのかな?気を失えて、痛みを忘れられるならそっちがいいっ。現実は痛くて無理だけど。

涙でゆがんだ視界で、恩人さんが面倒くさそうな顔をした。泣き顔が鬱陶しいんですね、それはどうもすいませんっ。

私だって好きで泣いてる訳じゃないんだい!!

溜息を吐きだし、恩人さんが私の両腕から手を放した。放されても腕が痛い。もう泣く以外のことが出来ない私に、恩人さんはデコピンを喰らわせた。何で!?

驚愕で涙が止まったよっ。

「な・・・な、なにをっ?!」

「治してやるから泣くな。面倒くさい」

「何がどう面倒くさいんでふが?!」

デコピンの次はチョップとは・・・負傷者に何をするんだこの男は!文句を言おうと口を開いた直後。

「黙ってろ、すぐにすむ」

鋭い眼光で睨まれたら、誰だって畏縮しますよね?

石のように固まりますから、そんな眼で私を見ないで。怖い。蛇に睨まれた蛙ってこんな気分なんだ。人喰いガエルに襲われた直後にこんな思いを抱くなんて・・・複雑だ。

恩人さんの指が私の額に触れる。

腕を掴まれた時にも思ったけど、体温低くない?

いや、それ以前に顔が近くないですか?男のくせにまつ毛長いですね、肌艶良くて羨ましいわ!血の色みたいだと思った瞳は良く見ると、宝石の紅玉(ルビー)の輝きだ。・・・すごく、綺麗。


「Alito della vita >>> Preghiera Suono Suono >>> Paean della vita >>>【Acqua di guarigione】」

耳に心地よい詩が届く。


青い光が雫のように両腕に落ち、包み込むように広がっていく。青色が次第に淡くなり、ぽたりと水音と共に腕を包んでいた雫が地面に落ちた。

たったそれだけ。

それだけなのに、両腕の痛みは綺麗に消えた。

曲げても、伸ばしても、触っても痛くない。――流石は魔法、便利だ。

私に使えないことが悔しくて、ほんの少しだけ悲しい。

「・・・なんで魔法を使わなかったのか聞かないけど、死にたくないなら大人しく家に帰れ。お嬢ちゃんみたいなのはすぐに死ぬ」

「助けてくれてありがとうございます。けど家には帰りません。死にたくないけど帰りません。私は行きたいところがあるんで、家には帰りませんよ」

「家出か?」

「違います。姉が結婚するので家を出ただけです」

「それを誰かに言ったのか?」

誰かって・・・そんなの当然だろう。

「言ってませんよ。言ったら間違いなく止められますからねっ」

「それを世間では家出って言うんじゃないか?」

呆れた顔で私を見る恩人から、笑顔のまま顔をそむける。

知らない、知らない。そんな世間一般常識、私は知らないよ。――あれ?

「・・・・・・・・・あの、ちょっと聞いていいですか?」

「なんだ、家出娘」

「家出娘じゃないです。リィン=アウラディオです、恩人さん。じゃなくてですね、アレって何ですか?」

「恩人って・・・まぁ、いいか。アレってどれ?」

恩人の単語に嫌そうに顔をしかめたが、気にせず恩人さんにアレを指差した。気だるげな雰囲気を纏いつつ、恩人さんはゆっくりと視線を動かす。私が指差すアレが何か解らず、首を傾げた。

見えないのかな?

私にはあんなにはっきりと見えるのに・・・。視力が悪いのかな?


「あそこにいる、黄金色の王冠を被った黒い物体って何ですか?」

「?・・・・・・あ゛」


指差したアレが何か知っているようで、恩人さんが嫌そうに顔をしかめた。鞘から剣を抜き、放り投げる。え?それっていいの?後で拾うの面倒くさくない?

唖然と恩人さんを見ていたら、見覚えのあるショルダーバックを投げられた。

猫の刺繍に、猫の缶バッチがついたこの鞄、間違いなく私のだ!

よかった。限定品のショルダーバックだから、見つかって本当によかったっ。

「感動してないで、どこかに隠れてろ!お嬢ちゃん!」

「家出娘からお嬢ちゃんに呼び名が戻った!?」

「そんなツッコミいいから、隠れろ!足手まといだからほんと、隠れてくれねぇかな?!」

懇願されたよ・・・。

意味が解らないまま、当たりを見渡してみたけど岩も木もない。どこに隠れろと?とりあえずしゃがんでみたけど・・・・・・これ、隠れるって言っていいのかな?姿が見えなきゃ、隠れてるってことでいいよね!

そんな気持ちを込めて恩人さんを見上げれば、赤が空を舞っていた。

・・・アレ?

「かえ・・・る?」

くるくると宙を舞うのは脂ぎった蛙の顔。

人喰いガエルとは違う蛙の顔が、空を舞って・・・・・・落ちた。鈍い音をたてて地面に落ち、バウンドして私の足元まで転がってきた。

虚ろな眼が私を映す。

「これ・・・何?」

声が震え、弱々しい呟きだと言うのに、それを拾った恩人さんが叫ぶように答えた。


「大殿ガエルだ!こいつは女の身体に卵を植え付け、眷属を増やす道具にする!」

「女の身体に卵・・・え?」

「どうでもいいが、貞操だけは守れよ!襲われたら一環の終わりだし、俺は見捨てるぞ!」


え・・・それってつまり、あの蛙は女を性的に襲って卵を植え付けるってことだよね?繁殖させるために女を襲うってことだよね?――気色悪っ!!

顔から血の気が引き、足元にあった頭を力の限り蹴飛ばした。

なのにまた蛙の顔が足元に落ちて来る。しかも沢山。

生気のない大殿ガエルの眼が私を静かに見上げる。1つなら何とか平静を保てたけど、複数の眼が私を見ていると思うと気持ち悪くて仕方がない。死んでいると解っているのに、頭が今にも動き出しそうで怖くもあった。

間違いなく、人喰いガエルのせいでトラウマになったんだ。

「・・・っぁ」

へたりこみ、尻もちついたまま後ずさる。

ぬるり、と冷たい何かに触れた。まさか後ろにも蛙の頭か!?青ざめたまま振り返ればそこには――――。

「い・・・」

人喰いガエルの胴体があって、びちびちと不気味に動く内臓の断面図。

私が触れたのは人喰いガエルの・・・・・・ぴくりと鼓動するし、んぞ・・・う。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁぁぁっ」


心臓を空高く投げ、私の意識はブラックアウトした――――。



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