最終日 なつこのこと
お侍さんだ! 初めて見るそいつはなんだかひょろひょろで、すっげぇ弱そうな印象を受けた。こっちを睨みながら何やらぶつぶつ呟いている。何を云っているのかは聞き取れない。
「ょう……ちょう……ん……」
え? 何だって? ちょうちょ、ちょうちょ? 意味わかんねーよ? もっとはっきり喋れよ、お侍様だろ?
「提灯に穴を開けたなぁ!!」
いうなり刀に手をかけてソレを抜いた。おいおいおいおい、なんだよ何の話だよ、不味いぞ!! ご乱心だ!! 刀を何とかしなければ!!
「殿中でござる!! 殿中でござる!!」
だんだんと暑くなってくる暗闇の中、自分の謎の言葉で目が覚めた。いったい何だったんだよ、あの夢は。
少しずつ強くなる意識の中で、昨日の出来事を思い出す。夏の暑さにやられて、熱中症の中で幻覚でも見たのだと言われれば、そうなんでしょうね、と返す以外にないだろう。だけど、私にとっての真実は揺るぎはしないし、否定されたって構わない。私はちゃんと知ってるから。
この感じ、きっとあんにゅいってやつだろう。意味知らないけど。覚えたばかりの言葉を使うのは昔からの癖だからしかたない。
ドスドスと地響きが近付いてくる。熱がこもり、居心地の悪くなりつつある、この世界の終わりの音だ。さながら終焉のラッパといったところか。嫌がらせ魔人の足音。
有無を言わせないそのシツケ実行力はナツコ族を蹂躙し、奴隷民族としての生き方を余儀なくした強力な戦闘種だ。
勢いよく戸を開けて入ってきたナツーコノ・ハハが雨戸を開け放ちケットを引っぺがす。しかしナツコ族もやられていただけではない、度重なる侵略の中で生き延びる術を学んでいた。この後に大地をひっくり返す大技を放つことは明白。パターン化された攻撃など何度も通用するものではない。大地が揺れた瞬間、私は空へ飛翔した。凄まじい膂力で引き抜かれた大地は勢いを残したまま壁へとぶつかる。そして私は五接地転回法(自己流)で畳の上に着地する。完璧だ。
後はこの部屋を脱出し、歯を磨きに外へ出ればMission complete!! だ。
そう、生き残る為には必ずしも戦う必要は無いのである。これもまた度重なる戦闘で培った生き残る術なのだ。足に力を込め勢……『パァン』と良い音が響いた。
「ねぇ、お母さん? 最後の頭叩く必要ある?」
「生意気に逃げるからよ」
このヒトはこんななんだ。だから嫌いだ。廊下を右にいって突き当たりを左に、台所を通る。その際、祖母にしっかり挨拶をする、出来る夏子とは私のことだ。今日は転ばなかったしな。祖母はニコニコしながら返事を返してくれた。
外に出ると父がいる。歯ブラシセットを受け取ると、私も隣でシャカシャカやった。
ご飯は変わらず緑ご飯だ。そういえば、まだ皮膚は緑色になっていない。本当に良かった。スクールライフは今までのように平凡に満ちた平和な生活が送れるでしょう。
食休みにのんびりしようと思ったが祖母と両親が何かの準備をしていた。
「なにしてるの?」
この子は何を言ってるんだかって顔で、呆れたように母は言う。
「お昼には帰るんだよ、まだ早いけどお墓までお見送りするよ」
そうだった、もう帰る日だった。
明るいのになぜか提灯を持って四人でお墓まで行く。まだてっぺんまで上ってないお日様は、それでも十分な威力の熱光線を私達に浴びせかける。父なんてもう汗だらけでシャツがべちゃべちゃだ、加齢臭が気になるところだけど、あんまり言うとへこむのでいじらない事にする。
夢の事が気になって道中、母に先祖に侍が居たか聞いたけど、ご先祖様も農家だと教えてもらった。そういえば、と母が続けた。ここからそんなに離れてない場所に、真田何とかって人が住んでたらしい。その場所の近くがお爺ちゃんの実家だとかで、おじいちゃんは侍のコスプレが好きだったらしい。まさかね。
お線香を上げて、家に戻ると帰り支度が始まった。使わせてもらっていた部屋の荷物を鞄にしまいこむと、部屋がふて腐れたみたいに寂しい様子になった。悪いな、やっぱ自分の家のほうがいいや。
「さいなら」
部屋に別れを告げた。玄関を出ると母と父は車に乗り込んでいた。私も急いで後部座席に飛び乗る。両親との会話が終わったようで、窓を開いて私も挨拶をする。
「また来てくれるかい?」
祖母は私に聞いた。
「うん。またくる」
祖母は驚いた顔をしたけど、いつものようににっこり微笑んでくれた。車が出ても祖母は同じ場所に立ったままで小さく手を振ってくれている。
もう祖母には見えないだろうと思ったけど、私も小さく手を振ってみた。
「夏子? 来年も一緒に来てくれるの?」
助手席の母が聞いてきた。父もバックミラーからちらちらと私を伺っている。
「うん、来年も来るよ」
母はほっとした顔で「そう」と言って前に向き直る。
「お父さんもだよ」
私が言うと苦笑いを浮かべて目を合わせないようにしていた。よっぽどやく○顔の人が怖かったのだろう、へたれめ。そういえば、来年のGWに味噌の仕込を手伝えとか言われてたけど、そっちはどうするんだろう? まぁどうでもいいや。
軽快に走る車の中で、心地良い振動に身を任せながら目を閉じた。
『鬼灯』を『鬼火』と読んだ奴がいた。
あの罪は、これからも背負っていかなければならない。けれど、トモは罪の意識を軽くしてくれた。
逃げていたせいで知ることが出来なかった、ヤス兄の気持ちも知ることが出来た。
嫌いになった、夏の事が好きになれた。
「またね」




