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なつのこと  作者: cro/cc
7/9

三日目‐2 やすおのこと

 夏にしか会えないけど、毎年楽しみだった。

 

 お盆に来て、送り盆までは僕の地元で過ごしていた。


 頑張って隠している、ちょっとそそっかしい所も可愛いと思った。


 智也は喧嘩っ早いせいで、学校の友人達から仲間外れにされる事がままあった。初めてナッちゃんに会った日も、そんな時だったと記憶している。

 最初の内は、学校の友人達にも紹介しようと考えていた。でも、そうなる事はなかった。誰かに誘われても、人見知りの強い子だからと、断った。その方が、僕もトモヤも都合が良かったから。要するにそういう事だ。

 でも僕は、あまり好かれていなかった。二人になると、ナッちゃんは俯いて、僕とは目を合わせてくれなかったから。三人でいる時は平気だったけど、トモヤが居ないと気まずくなる事があった。


 あの日、家に戻ってきたトモヤは明らかに不自然だった。何かあったのかと尋ねても「なんでもない」と明らかに何かを隠している様子だ。「ナッちゃんと何かあったんじゃないのか?」とカマをかけてみるとあっさりと引っかかった。右のポケットに手を当てて「何も貰ってない」なんて言う。

 不審な行動はそれだけではなかった。本人は僕に気付かれないようにしているつもりのようだけど、コソコソと、懐中電灯を押入れから引っ張り出したり、母にばれないようにお菓子の棚からレタス次郎を盗み出している事も気付いていた。

 トモヤが風呂に入ったのを見計らってポケットを探ってみた。右のポケットから紺色の折り紙が出てきた。

 折り紙には『川で鬼灯を見つけた』と書いてある。何かの暗号? どういう事だろう。意味は解らないけれど、懐中電灯やお菓子を持って行くとなれば、夜中に出かけるつもりなのだろう。恐らくナッちゃんと。

 なんとなくは分っていた。なっちゃんはあまり僕の顔を見てくれない。話しかけても会話が続かない事もあった。それは年々、如実に現れていたのだ。トモヤとは楽しそうに話していたから。

 悪い感情が芽生えた。ちょっとした悪戯のつもりだった。引き出しから折り紙を取り出すと、同じ色はなかった。仕方なしに、青い折り紙に筆跡を真似て、橋で待ってると書いた。ホチキスで端を止めて、抜き取った折り紙は戻しておいた。

 橋は上流にある、きっと今日あう事は阻止できると考えた。帳の外にされた仕返しだ。こんな事したって何の意味もないっていうのに。

 普段気にもしないのに、薄ぼんやりした電球の明かりが嫌に気持悪く感じた。相部屋の床に座って、綺麗に畳んだ折り紙を指で弄んでいると、トモヤが風呂から上がって戻ってきた。 

 トモヤが折り紙を貰った経緯は分らないが、さっきナッちゃんが持ってきた、渡して欲しいと頼まれたのだと言って渡した。

 「中みてないよね?」反応が返ってきから「ホチキスが刺さってるだろ」と答えると「ホントだ頭良いな」なんて関心する始末だった。

 弟よ、その為のホチキスなのだが、こうも素直に受け取るとは。僕が言うのもなんだが、コイツは素直過ぎる、もう少し人を疑うことをした方がいいと、自分勝手な事を思った。

 意地悪で自分の得た情報をひけらかしたい衝動に負けて一言呟いてみた。

 「なぁ、トモヤ……鬼灯」

 トモヤはそれを聞いて、何の事か分からないといった顔をしていた。もっと露骨にわかりやすい反応が返ってくる筈だったのだけど。トモヤに腹芸が出来ない事なんて僕が一番分ってる。拍子抜けしたけど計画はそのままだ。

 汚いやり方には違いない、自分も連れて行けと言えばいい話なのだろう。しかし、選ばれたのはトモヤだ。勿論邪魔したい気持はあったが、ずかずかとそこへ入り込んでいける程、僕は図太くはなかった。

 これくらいなら許されるだろう。もっとも謝るつもりもないけれど。


 部屋の明かりを消して、ウシガエルのふてぶてしい鳴き声が家の中を満たす頃に、ごそごそと物音が聞こえた、荷物の確認でもしてるのだろう。

 きっと行き違いになる。結果はまだわからないけど、悪戯が成功に近づいたことが小気味よかった。寝たふりをしながら窓から出て行く智也を背中で見送る。

 少しの罪悪感と、結果を知りたいと思う気持があった。そのせいでなかなか寝付けなかった。瞼を閉じて何も考えないようにと、そうすればする程に、時間の流れは遅くなる。とうとう僕はあの橋まで行くことにした。

 真っ暗な道を懐中電灯の光のみで進んでいく。太陽の強い日差しを受けていた地面からは、日中の熱を放射して、濃い夏の匂いが夜に満ちていた。

 暗い中を一人で歩いてみると、橋へはなかなかに長い道のりなのだと知った。

 舗装された道路から外れて暗い木々の中を進む。ここで見つかってしまっては台無しになってしまうから。智也が戻ってきた時の為に、舗装された道路を確認しながらの道のりには難儀した。

 橋の近くまでくるとザァザァと流れる川の音が一切の音を掻き消してしまう。三人で遊んでいる下流と比べて水量も勢いも別物だ。

 懐中電灯を消して一歩一歩確かめながら進む。物音を心配する必要はないけど、コソコソとしてしまうのは、やはり騙したという気持が自分にあるからなのかもしれない。

 息を潜めて木の陰から様子を伺う。目を凝らして周囲を見渡すがトモヤはいない。もしかしたら、迎えに行ってしまったのかもしれない。扱いやすいように思えても、トモヤは予想外の行動をとる事はよくあった。失念していた。

 その場で待ってみたが、夏とはいえ肌寒い。ここに来ていないのなら、ここに居る意味もない。安堵した部分もあるが、やっぱり腹立たしい気持もあった。今頃は二人でいるんだろう。

 蚊帳の外だ。僕が入る隙はないのだと思うと、やるせない気持に押しつぶされてしまう。苦して、とぼとぼと歩いた。迂回する必要も無くなった僕は、真っ直ぐ橋の前の舗装された道路まで進む、途中でうっかり木の幹に足を取られて膝を擦りむいてしまった。

 頭の中は嫉妬と悔しさが一杯で注意が疎かになっていた。痛みが引くまで休もうとも思ったが、すぐに立ち上がった。歩を進める事をやめてしまうと、また歩き出す事が出来なくなってしまいそうだから。


 庭の窓から家に戻るが、まだトモヤは戻ってきていない。一人ぼっちの相部屋で、虚無感に襲われながら布団に篭った。眠気など無かったはずなのに、いつの間にか眠りに落ちた。

 なにやら家の中が騒々しい。襖からは、明かりが線になって入り込んできていた。不思議に思い体を起こすと同時に父が勢いよく戸を空けて入ってきた。怖い顔で「智也は?」と聞かれた。

 隣の布団を見ると、トモヤはまだ帰ってきていなかった。自分がした意地悪もあったから、怒られると思って「知らない」と答えた。父はいっそう険しい顔になった。

 一体どうしたというのだろう、怒られると思いきや肩を強く握って「そうか」と言うきりだった。

 父は僕の肩に置いた手をどかすと、勢いよく立ち上がり母と言葉を交わして家を出て行く。慌てて両親を追いかける。

 両親が車に乗り込むとエンジンの音が響いた。パジャマ姿のままだったけど、置いていかれないように車に乗り込む。少し前に自分が通った橋へ向かうのと同じ方向だ。何か良くない事が起こったのか? 夏子も一緒なのか?

 大人に見つかって迎えにいくという雰囲気ではないと、子供の自分でも理解できた。まさかと思った。そんな馬鹿なはずがないと。頭の中がぐちゃぐちゃになった。

 父が橋の前で車を止めて出て行った。続いて母と自分もそれを追う。

 パトカーと救急車が止まっていた。せわしなく動き回る大人たちの中に、ずぶ濡れのトモヤが寝かされている。虫取り網と虫かご、リュックサックが隣に放置されていた。

 両親は近くまで駆け寄るとそのまま呆然と立ち尽くしていた。僕はトモヤの隣に膝を地面につけてまじまじと見下ろす。声をかけても触れてみても返事は無い。力なく横たわるだけだった。

 ズボンから折り紙がはみ出していた、とっさにまずいと感じた。ふやけて色が薄くなっている、破けてしまいそうなそれを、ポケットを広げて抜き取る。同時に肩に手を置かれて弟から引き離された。

 罪悪感があったのに、ばれないようにと、それを抜き取った。幼かったとはいえ、自分は最低な奴だ。


 その後は記憶も曖昧だったが、一睡も出来なかったことは覚えている。まだ現実を認識出来ないでいたが、ただ罪を背負ったのだという事は理解できた。

 事もあろうに、その罪の源である折り紙を、僕はナッちゃんに擦り付けに行った。

 もう一枚の折り紙の事は頭にはなかった。僕の罪が消える訳でもないのに馬鹿馬鹿しく、腐りきった、愚かな事をした。


 ヤス兄が一つため息を吐いて続ける。

「確認もせずに渡した折り紙は、僕の書いたものだったんだね」

 私は無言で頷いた。

「見つけてくれてありがとう。自分勝手な言い分だけど」

 ヤス兄の声は、表情とは裏腹に穏やかだ。

「なんでだろうな、トモヤあの場所に虫取り網と虫かご持っていってたんだ」

 ヤス兄は川を見つめたまま言う。相変わらず私は何も言葉に出来ずに、ただ隣に在る事しか出来かった。 私から始まり、ヤス兄までも巻き込んでしまった。

「私だけ逃げてしまってごめんなさい」

 他に言葉なんて思いつかない。ただ、謝ることしか出来ない。ヤス兄がおもむろに、お菓子の入った袋から、美味しい棒を取り出して私に投げた。急に投げるものだから、落っことしそうになったけど、なんとか受け取れた。

 受け取ったそれを無言で食べ始めると、ヤス兄も無言で食べ始めた。お菓子を入れた袋を私とヤス兄の間に置いて。何本もあるそれをサクサクやる。

コーンポタージュ味の美味しい棒は当時よりも味付けが濃くなっていた。しょっぱい、しょっぱいのだ。それに加えてこんなに粉っぽくなっている、だってこんなに咽るのだから。

 しょっぱいし咽るし、きっと味付けと製法が変わったんだ。その証拠にヤス兄も妙に咽ている。きっと味付けもしょっぱいからだ。思い出の味はしょっぱい棒咽る味だった。

 いったい何カロリー摂取してしまったのだろうか。現実など受け入れたくないので計算はしないでおこう。本数? 三から先は数えられないのでわかりませんね。

 美味しいぼうを一頻、むしゃむしゃやったヤス兄が立ち上がった。

 私は一つお願いをした。

「ソーダの飴もらえませんか?」

 ソーダ飴の袋をじっと見つめた後、袋ごと私に投げてくれた。今度はちゃんとキャッチできた。

「ヤス兄! また!」

 一瞬立ち止まったヤス兄は振り返らず、遠慮気味に右手をひらひらさせて去っていった。

 時間はもう少ない。私は明日帰るのだ。やらなければならないことがもう一つある。

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