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なつのこと  作者: cro/cc
5/9

二日目‐3 魚を棒でぶっ刺した塩味のもの。

 放心状態で川を眺めている。ヤス兄が帰ってからどれ位たったんだろ。

 後に気配を感じた。おおかた予想は付く、あいつだろう。何を考えてるんだか知らないけど、気付いてないとでも思ってるんだ。

「おせーよ」

 声をかけてみた。

「はえーんだよ!」

 さすが嫌われ者のガキ、売り言葉に買い言葉。無視してやる事にする。私の様子を伺いながらぐるぐると回っている。頭の悪い行動がカワイイ。このまま観察するのも悪くない、そう思い放置してみる。顔は見えないように膝小僧でかくして。

「元気ねーのか!?」

 近くにいるのになぜ大声? 不思議な生き物だ。とうとう困り果てたようで、私の正面に立ち尽くしている。

「飴食べるか?」

 精一杯の元気出して、なのだろう。イイヤツだ。

 ポケットをごそごそやってる。

「ソーダ飴だろ?」

 顔を隠したままで聞く。

「え!? なんでわかったんだ!!」

 リアクションがいちいちうるさいなー。聞こえてるっつの。

「わたしはエスパーなんだよ」

 スゲーナーなんて関心しながら「あ」と小さく呟いた。

「ごめん、食べちゃってた。今度やるから元気出せよ」

 面白すぎる。ぐっと奥歯を噛み締めて笑わないように勤める。それでも笑いは収まらずに、ぷるぷると肩が震え出した。

 泣き出したと勘違いしたんだろう。下半身しか見えないけどおろおろしてるのが良くわかる。

 限界だ。声を出して大笑いしたら、顔を真っ赤にしながら怒りだした。だから女は嫌いなんだ、とか言い出したのでもう一度吹き出してしまった。


 顔も、性格も、行動も、口癖も。ここに存在することがありえない人物が目の前に存在している。私はこのままこの少年と一緒にいていいのだろうか。

 そんな不安も、少年が私に笑顔を向けてくれるだけで、どうでもいいと思えてしまう。このまま連れて行かれたとしても、私には抗う資格はない。


 きらきらと反射する流れの中を靴を脱いで走り回った。流れは穏やかで、夏の太陽の強い日差しは木々に阻まれて、光と影のコントラストを水面に描いている。まるで五年前の続きだ。この少年だけがこの景色の中に切り取られたようにそのままなのだ。

 もしかしたら取り残されてしまったのは、私とヤス兄の方なのかもしれない。 いつまでも続けば良いと思える時間は、あっという間に過ぎていった。

 川の中で足を遊ばせながら休んでいる間に、少年は居なくなっていた。気がかりではあったけど、怒られるのは嫌なのだ。

 まだ大丈夫な筈。母達が祖母の家に戻るまでに帰らなくちゃならない。


 家に戻ると車は見当たらないのでささっと家に入り、出る前に閉めておいた戸を全部空けておいた。偽装工作は完璧だ。問題無い。それにしてもちょっと帰りが遅すぎやしないだろうか。


 さらさらと、涼しい風が流れてくる頃に、じゃりじゃりと音を立てて父の車が庭に入ってきた。

 母と祖母が車から出てくると、父が遅れてスーパーの荷物を両手に下げて入ってくる。可哀想だから、父の荷物を玄関で片方持ってあげた。外に出るのは面倒だ。

 母たちはご飯を用意し始めた。私は夕涼みに励む事にする。

 祖母が縁側まで蚊取り線香を持ってきてくれたのでお礼を言う。すると何か思い出したように、祖母が随分古くなった缶の箱を持ってきた。

「なっちゃんが前に来てた時のだよ」

 受け取ってお礼を言うと、祖母は笑顔で台所へと向かっていった。記憶にあるような、ないようなそれを空けてみる。

 なかなか強情な箱で、元持ち主への反抗心ときたらなかった。両足で挟み込んで両手でちょっとずつ隙間を空けていく。

 こんなことしてたら、明日には抜き手の使い手になるんじゃないかというほど指が痛かった。

 パコンと小気味良い音を立てて蓋が取れた。小さい頃に使っていた、ちっちゃいはさみ、ちっちゃいテープ、ちっちゃい折り……。折り紙が入っていた。

 カエル、鶴、風車、あとはなぜかやっこさんが八体もいた。懐かしい、あの頃ゲーム機を母に奪われて、別に好きでもない折り紙をしていた。それにしてもなんでこんなにへたくそなんだ?


――お前折り紙も出来ないのかよ! 俺が教えてやるよ!――


 なるほど、思い出した。このへたくそに折りたたまれた紙はアイツがやったんだ。可愛そうな折り紙たちだ。もっとちゃんと折ってほしかったろうに。本当は綺麗なやっこさんとか鶴になりたかったろうに。

 これ以上こんな姿を晒されるのも嫌だろうから、そっと箱にしまってやることにする。

 ふと、底に色あせた折り紙が見えた。閉じかけた蓋を戻す。汚く折りたたまれた紺のそれを取り出すと、もう一つ綺麗にたたまれたしわしわの青い折り紙が畳に落ちた。手に持っている紺を開いてみる。


――川で鬼灯を見つけた――


 眩暈がした。

「うそでしょ!? なんでこれがここにあるの? トモが持って行って、川で濡れてくたくたになってたのに!」

 青の折り紙を開いてみる。しわしわで、文字が滲んでいる。

 あの時、外に呼び出したのは私じゃなかった? この二枚の折り紙はいったいどういう経緯でここにあるのか私にはわからない。台所に走る。転んだ、けどそれどころじゃない。

「おばあちゃん!これ!何処にあったの!?」

 どたどたと台所に入り祖母に尋ねる。母も驚いたようで包丁をもったままこっちを見ていた。

「ごめんなぁ、ばぁちゃんよく覚えてないなぁ」

 興奮してしまったせいで、普通に話してしまったが我に返った。急に恥ずかしさがこみ上げてきた。

「すみません、大丈夫です」

 頭を下げて縁側に戻る。記憶を引っ張り出す作業を始めた。随分、深いところに沈めた記憶だ。それも触れないようにしていたのだから、そんなに簡単に思い出せるものじゃない。忘れることも出来ないくせに。

 それでも、この缶の箱に保管されていたという事は、この家にあったという事だ……。

「大丈夫? 知恵熱出さないようにね?」

 いつの間にか後に、父がビール瓶とグラスを持って立っていた。

「失礼な、私の頭は普段からトップスピードだぜ?」

 日曜の朝にやってるヒーローの真似をしてみた。

「あ、ソレ知ってる、お父さんも見たことあるよ」

 そりゃそうだろう、同じ家に住んでて一緒に見てたし。お母さんにチャンネル替えられたけど。

「難しい顔してたからさ。大丈夫?」

 頭悪いって言いたいの? あなたの娘ですケド?

「いろいろと、頭の中がごちゃごちゃしてるだけ」

 そうか、と小さく言うとビールを一口飲んだ。視線は薄く闇が降りてきた空に向けられている。太陽に置いてけぼりにされた暖かい色が夜闇に少しずつ染まっていく。闇が濃くなるにつれて寂しさと不安が鎌首をもたげてくる。

 視線を父に向けると不安を読み取ってくれたのか薄く笑いかけてくれた。何故か安心できるのは、やっぱりこの人が私のお父さんだかだろうか。

「実はな、お父さん心配だったんだ。夏子、あの事があってから行かなくなっただろ?」

 そうか、だから今回は参加したのか。いや待てよ? お盆なのに仕事だからって断りを入れてたけ、どやっぱり嘘だったの? 実は今までも来れたの? まったくもって『あの』お父さんだなこの人は。

 でもまぁ、心配してくれたというのは素直に嬉しく感じる。

「今回は行くって言うからさ、どういう心境の変化だろうって」

 けりをつけたかったんですよ。言葉にはしませんがね。

「困ったら相談するんだよ?」

 頼りないので却下です。言葉にはしないけど。


 でもね。


「ありがとう。お父さん」


ごちゃごちゃと考えるのはやめた。それでもあの日の事と決着を付けたいし。ソコはホントだ。

 真っ向からぶち当たろう。私にはそれしか出来ないんだから。もしかすると知らないほうが良いかもしれない、せっかく五年も風化させたんだから。でも、今回はダメ。

 明日に備えて緑色と茶色の食事をしっかりとろう。しっかり食べて寝る。私にとっての万全を作り上げるのだ。


 その日の食卓には、魚を棒でぶっ刺して焼いた塩味の物があった。釣堀に行って釣ったらしい。私を差し置いてそんな面白スポットに行ってたなんて腹が立った。

 だがまぁ、今回はよしとしよう、帰りが早かったら叱られただろうからな。あとから揚げと春巻きも出てきた。幸せだった。


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