二日目 女子高戦隊のグリーンとは私の事だ。
昼寝から目覚め、夏子は寝たままの姿勢で重い瞼を開く。
縁側には少年が座っていた。少年の名は智也と言う、川田兄弟の弟だ。
夏子のいる日陰には、時折むっと草木や土の香りと混ざった熱が運ばれてくる。
夏子は起き掛けの霞んだ目をこすりながら彼に近づき折り紙を見せた。
「ねぇ、この字読める?」
かさ付いた声で夏子は喋りながら、忘れないように『川で鬼灯を見つけた』と書いた折り紙を少年に渡す。
「これがね、すーっと流れていったんだよ」
開ききっていない瞳をらんらんと輝かせて、悪戯をする猫のような顔でわざわざそんな回りくどいことをした。
「バカにすんな、それくらい読める」
トモヤは怒りながら言った。夏子は宥めようと、明日一緒に行こうと提案した。そもそもが今日流れてきた鬼灯が明日も流れて来るなんて事なんてないだろうに。
すると彼はびっくりした顔をして言うのだ。
「今夜じゃなくて?」
何故、夜に行くのだと断った。明日また朝に行けばいいじゃないかと。そう伝えるとトモヤは拗ねたように「だから女は」と、ぶつぶつと文句を言っている。
「きっと夜のほうがいっぱいあるのに」
トモヤが言う。
「夜なんて無理」
夏子が答える。
「だったら一人でいくからいい」
智也は家の門から出て行ってしまった。夏子はあっけに取られながら見送った。すると智也が戻ってきた、寝てる部屋を教えろと言う。そこの角部屋だと伝えると、一方的に会話を切り上げ去っていった。
二日目
何処だここは。苦しい。
必死にもぞもぞと動くと、息苦しさが少しだけ楽になった。私は暗闇の中に居た。多分、また夢を見た。
内容はあんまりだけど、胸がこう、きゅーっとなる感じがする。切ない。
ぼんやりとした意識の中で顔に手を触れてみる、ここまで近づけても何も見えない。自分に触れることで、まだそこに私が居ると理解する。
ぼんやりとしていると、勢いよく戸の開く音がした。
「いつまで寝てるの!!あのお父さんもとっくに置きてるよ!!」
おかん登場である! 祖母の家だった!!
夢の内容を思い出そうとしているのに、勢いよく何かが引き剥がされる。
なるほど、苦しいわけだ。どういう訳かケットを被って寝ていたらしい。枕が湿っている……。これは涎ではありません。寝汗です。三回言ってアップデートした。
ぼうっとしていると母が馴染みの無い雨戸とやらをガラガラとこじ開ける。寝起きテロだ。雨戸に耐性のない私に対する嫌がらせとしてこれほどヒドイことはない。
目を押さえながら「あああああぁぁぁぁー、トケルー……」何てふざけた所で嫌がらせ魔人こと母は容赦ない。無慈悲な躾だ、躾という名のイジメだ。
この人はもう少し女としての母性というか、慈悲というか、そういうものが確実に必要なのだ。実の娘が言うのだから間違いない。
「くそばばあ」
聞こえない程度に呟いた言葉さえ聞き逃さない、拳骨が頭を打ち抜く。声にならない叫び声を上げる。布団の上をごろごろやると、敷布団が引き抜かれて畳と濃厚なキスをする事になった。痛い! 一々痛い !! 毎ターンクリティカルをねじ込んでくるなんて!! ほんとにもう!! もうッ!!
田舎に帰ってきて先祖帰りでもしたっていうのかこの人は、恐るべきパワーだ。お盆パワーだよちくしょう。
お父さんとお母さんが入れ替わったらきっと全てはうまくいく、優しい世界になるはずなのに。まったくもって世の中って奴はおかしい事だらけだ。あれ? 結局怒られるだけか? 今のなし。
母の後姿をキっと睨む。見えてないはずなのに、私に見えるように拳を握り締めた。もうたくさんだ、マザーベース祖母へ逃げ込もう。あてがわれた寝室を走り去る。廊下で滑って転んだ……。
部屋を出て真っ直ぐ行く、左側に行くと台所に出る。
「どうしたぁ? ばたばたして、お母さんと喧嘩かぁ?」
うん。横文字じゃないな、祖ぼう空壕だ。失礼な事を考えてしまった。ゴメンナサイ。
「いえ、まぁ……そんな感じです……」
母の恐ろしさで縋ろうとしたけれど、五年という月日は円滑なコミュニケーションを阻害するには十分だった。
「洗面所お借りします」
私の心は萎縮した。何とか逃げ込んだものの追い討ちをかけられた気分だった。
外にある洗面所? に行くと父がシャカシャカとやっていた。
私を確認すると、無言で歯ブラシセットを差し出してきた。『あの』お父さん等といわれてはいるが、父はこういう細やかな気配りが出来る男なのだ、どこぞの嫌がらせ魔人にも見習って欲しい所だ。
「お婆ちゃんの家に来てるんだからちゃんと起きろって叩き起こされたんだ」
それだけ言うとすごすごと去っていく父の後姿は哀愁に満ちている、格好良くないほうでだ。さすが『あの』お父さんだ。
歯磨きを終わらせて玄関からリビング? に戻る。なんかだか一々、はてなが付いてしまう家だ。横文字が似合わないからだな。こういうのが嫌いって訳じゃないんだけども。
母も食卓に着き、父、母、祖母、私の全員が揃う。頂きますをするのだが、この食卓、何だかこうあれだ。おかわりいた……おわかり頂けるだろうか? だ。食卓に並ぶ、緑、緑、緑、茶色、白。あとは昨日の残り物が並んでいる。地味だ、栄養とか食物繊維とかは素晴らしいのだと思う。でも、なんかこう、もうちょっと他の色が欲しい。
今更ながら、嫌がらせ魔人のご飯は私に合わせてくれていたのだと、少しだけ感謝した。お母さんありがとうの精神で朝食を頂いた。食感は主にコリコリ、ポリポリ、ギッギッ、だ。結構いけた。
朝食も食べ終わり、縁側で涼みながら食休みをこなす、大事なことだ。
宿題? 受験? そっちは大丈夫だ。持ってくるの忘れたから、もちろん確信犯である。確信犯であろうと無かろうと、無いもの等できるはずがないのであるからして、気にする必要は無いのである。
そもそもが私は今、ご先祖様を偲んでいるのだ、お盆様だぞ!! にぽんの心だぞ!! これもまた、大事な事なのだ。反論できるものならしてみろ。独自理論を展開して、凄いことを発見したみたいに言うのは、私の中でマイブームだ。
今!! 独自理論がアツイ!! なのである。夏だけにな。
午前中の爽やかな風を受けながら、足をぶらぶらさせて景色を眺める。壮大だ、こんな素晴らしい景色は田舎ならではだろう。
小高い庭から見える景色はこの家からぐんぐんと坂を下りながら広がり、遠くまで見通せる。
みどり、みどり、アスファルト、みどり、あと土といった感じだ。この壮大な情景が伝わっただろうか? 主に緑だ。
あぁ、これはあれだ朝ごはんで見た光景だ。自然が多い=緑が多い=食べ物が緑、という方程式が成り立つ訳である。そういう事なのである。
ここでの生活で三食緑色を摂取した私は学校に戻るまでに皮膚が緑色になるのだ。そして女子高戦隊にスカウトされて女子高グリーンにされてしまう。
必殺技は二酸化炭素を吸収して、太陽の光で酸素を生み出し敵の居る一帯を高濃度の酸素で覆い尽くす技だ。
敵の怪人は平衡感覚を失い眩暈、嘔吐、頭痛によりのたうち回りながら死んでいく。動かなくなった辺りで、きっと女子高レッドが炎とか使って爆発火葬で止め、そんな合体技だ。この能力じゃ私が怪人みたいだな。やめだやめだ。
食休み兼くだらない妄想を終える。洗濯物を干したりとか手伝いをしている母を見ないようにして庭に出てみる。
門の近くに昨日、燃やしたのであろう藁? かなにかの燃えカスが落ちていた。迎え火っていうんだっけ。私の知るところではないご先祖様とかはちゃんとこの家に戻ってこれたのかな。そんなに信心深い訳じゃないけど少しだけ信じられる気がする。
私の生活態度はあまり褒められたものじゃない。ご先祖何某さんやお爺ちゃんに怒られそうだな、と思った。
「母は怒ってばかりで教育に良くない人ですよ、父はふがいない男ですよ」
燃えカスのあたりに告げ口をしておいた。家族なのだから喜びもお叱りも分け合わなければ、そういうことだ。
母に文句を言われないよう死角から死角へと移動する。私を見つけたらきっと手伝わせようとするはずだからだ。
祖母は私の挙動不審な動きを見て微笑んでいた。微笑ましい動きなどしているつもりはなかったのだけど。お年寄りになるとそういう感覚が鈍くなるのかもしれない。私が私を目撃したら、それはそれは残念なものを見るような視線を向けるはず。
優しさの塊で出来ているのか、耄碌した結果なのかは判然としないけれど、祖母は優しい人なのだ、ということで決着をつける事にした。
手伝いから逃げているうちにお昼になった。そうめんと緑色の食卓。相変わらずのポリポリ、コリコリ、ギッギッではあったのだけど、そうめんとの相性はなかなかだった。
一つ欲を言えば、やはり育ち盛りの私には油分が足りないことくらいだ。まだ育つよね? うん。育つ。
お昼ごはんを終えると、父の運転で買い物に行くことになったようだ。私はアイツとの約束があるから家に残る事にする。母たちは少しすると出て行ってしまった。
祖母の家とはいえ、一人になると落ち着かない。そろそろ家を出ようとした時に思い出した。鍵が無い、さすがにまずい気がする。どうするべきかと考えたけど無いものは仕方ない。のどかな田舎なのだから、鍵をしなくても戸が閉まっていれば大丈夫だろうという事にした。
一応家の中を見て回り、それなりに大丈夫であろうと思える水準にした。多少の不安は田舎だから大丈夫と自分に言い聞かせる。三回言ってアップデートした。




