一日目-2 田舎体験あんびりーバボー
あろう事か私は今、ほんの少しではあるけれど、懐かしんでしまった。私のせいで滅茶苦茶になってしまった過去を、三人で遊んだ夏を。
「あーーー!!」
大きい声で自分に渇を入れる。こんな面倒な感情を一切合財、綺麗サッパリこのお盆中に克服してやるのだ。
このままあの場所まで行こう。少し怖いけど、大丈夫だ。渇をいれたからな。
雑木林を抜けて視界が開けると川は当時のままだった。ごろごろとした石が川底に見える、綺麗に澄んだ水が流れる様は見てるだけで涼しくなれる。
大きな岩も健在だ、よくあの岩の陰で三人で持ち寄ったお菓子を食べていた。
辺りを見回して、岩の陰にもう一度目をやると、いつの間にか男の子が川を覗き込んでいた。顔つきは見るからに生意気そうな奴だ。きっと生意気なものだから、仲間外れにされて一人で遊んでいるのだろう。そんな感じの奴なのだ。
うわ、こっち見てる、まずいな、興味もたれてるっぽい。きっとずかずかと人の領域に入り込んでくるタイプだ。
ガキ特有のずうずうしさがその小さな体から溢れ出している。予想通り声をかけてきた。
「何してんの!!」
何してんの? じゃない。何をしてるのと言葉では言っているが、その実そんなことはどうでもいいという事がよくわかる。話し掛ける事で、自分の言いたい事、即ち『遊ぼうぜ!』につなげようとしてるだけなのだ。流石ガキである。
それにしてもコイツ、似てる……。そっくりなヤツは二、三人いるとか言うし、子供なんて同じような顔が多いのだろう。他人の空似だ。
気にしない事にして返事をしてやる。
「遊んでやろうか?」
ごろごろした足場の悪い川べりを目をキラキラさせてぴょんぴょん跳ねながらこっちに向かってくる。まるで猿だ。
「何して遊ぶんだ!? どっから来たんだ? 海見たことあるか? あ、あと女の子見なかったか?」
矢継ぎ早の質問がうざったく感じたけど、最後の女の子って? 嫌な思い出がフラッシュバックする。一瞬、頭の中が白くなったけど何かあったら一大事だ。
「女の子って?」
一つため息をついて奴が言う。
「見てないならいいよ、アイツ付き合い悪いんだ」
ぼそっと、いつもの事だし、と下を向いて呟いた。機嫌を直してやろうと話題を変えてやる。
「何してたの? 付き合ってあげるよ、カワイソーだからな」
きょとんとした顔をしていた。まさかこのガキ自分がしてたこともわかんないほどに頭がアレなのか?
「何もしてねーよ、ちょっと川に入ったり、蟹探したりしてたんだ」
「してるじゃねーか!! それでいいだろ」
子供特有なのか、アホなのかはさておきツッコんでしまった。懐かしいやり取りだ。故ある前はそうだった。
「なぁなぁ? お菓子持ってないの?」
「集る気まんまんか? 持ってきてねーよ」
あからさまに残念そうな顔する。
「ここにはお菓子持ってこなきゃ駄目なんだよ、皆で分けるんだぜ」
――皆でお菓子持ってきて食べようぜ――
勘弁してほしい、こうも重なるなんて。
「お前だって持ってきてないじゃんか、一人だし」
「最近みんな来ないんだ、俺はもうレタス次郎食べちゃったし」
好きなお菓子まで同じだ。この少年は意図せず私の心をチクチクと攻撃してくる。
あの時の続きをしているようで辛くもなるけど、少し楽しいなんて思ってしまう私は、やっぱり最低な人間なのだろう。
その後は川に足をつっこんでだらだらと話していた。生意気な部分はあったけどやっぱり子供で、微笑ましい気持で奴を眺めていた。
まだ明るいせいで時間の感覚が曖昧になっていたけど、肌寒く感じて来たから、そろそろ帰れと促した。少年はしぶしぶといった様子で立ち上がる。私のほうが年は上だから「送ってやろうか?」と聞くと「そんなに子供じゃねぇ」と言って走りだし、急に止まった。
振り返りながら
「明日もこいよ! 絶対だぞ!!」
なんて、随分懐かしい方法で約束を取り付けられてしまった。一方的ではあるけど悪い気はしない。
名前を聞く事は出来なかった、ありえるはず無いけど、何となく怖かったのだ。
冷気をはらむ風が流れると、急に切ない気持が湧き上がってきた。
「戻らなきゃ」
目の端に集まってきたそれを無視して私もその場を走り去ろうとした。転んだ……。
祖母の家に付く頃には、親戚の人達が集まって宴会が始まっていた。開け放たれた縁側から親戚一同の声が聞こえる。襖を取り払ってしまえば、大きな広間になる造りのその場所で、知らないおじさんたちが楽しそうにお酒を飲んでいる。
私はあんまり好きじゃない空気だった。勿論、お葬式みたいな空気が好きだっていう訳じゃないんだけど。
門を抜けて玄関に行くと、どうやったって縁側から見えてしまう。声をかけられるのは嫌だけど、仕方がないのでそそくさと玄関まで通り過ぎる。
丁度、祖母が母と親戚のおばさんたちの作った料理を運んでいく所だった。
「お腹空いたろ? なっちゃんもはやく手ぇあらっておいでぇ」
不自然さは一切無い。優しさからでたのであろうその言葉はとても綺麗に感じた。おばあちゃんという存在だからだろうか、そのあり方は時が経ってぎくしゃくしてしまう私でも、すんなりと受け入れられるものだった。
にっこり笑いながら通り過ぎる祖母の背中をみつめた。本当はこのまま用意された部屋に行きたい。けれど、あの優しさに触れて無視なんて出来ない。私はあの『敵地』宴会部屋に行く事にする。ちゃんと皆でご飯を食べる。そう決めた。
靴を脱いで真っ直ぐ進むと、小さなスペースに洗面台がある。そこで手を洗う。タオルで手を拭いていると、台所の母から迎え火とやらに参加しなかった事をグチグチ言われた。
右隣は母や親戚のおばさん達が料理を作っている台所だ。確か、普段はそこでご飯を食べる。けど今日は左側にある、三部屋の襖を取り払った大部屋へ入る。
お酒を飲みながら、楽しそうにしているおじさん達の布陣は厄介だ。自分のスペースを確保する余地が無い。知らぬ顔をして何処かに座ってしまえば良いのだろうけど、場所を確保するのは私には難しい事だった。
父はお盆は初参加だ。周りを取り囲まれ、退路を断たれた父に近づくことは出来ない。困り果てて立ち尽くしていると、入ってすぐの角のところに陣取っていた眼鏡のおじさんが声をかけてきた。
「なっちゃんか? おおきくなったなぁ!」
会った事があるのだろうか? 私の記憶からは消えてしまったこの眼鏡のおじさんは、私の顔を見てしみじみとした顔でうんうん、と頷きながら微笑んでいる。なんと答えたらいいか分らなくて、とりあえず笑顔をつくる。そこに大きな皿を持った母がきてくれた。
「ハルおじさんだよ、あんたがまだここに来てた時、よく遊んでくれたでしょうよ」
なるほど、言われてみてもまったく覚えてない。母はハル叔父さんに二、三言交わして天ぷらの乗った大皿を奥のテーブルに持っていってしまった。
母、ナイスアシストである。母登場のドサクサにまぎれて挨拶をし、とりあえずの場所確保には成功した。
しかし、その後質問攻めにあう事になる。ちょっと聞かれたくない事とか、わざわざ聞くようなことなのか? って感じな事、色々聞かれた。
もし愛想笑い検定があったとしたら二級くらいとれそうな程の愛想笑いだろうと思う。
祖母たちがひと段落して、一緒に食べ始めるまでしんどかった。母が席を立つたびに、引き止めたい衝動にもかられた。
テーブルに所狭しと並べられたご馳走がまばらになる頃には、大きな笑い声もだんだんと小さくなっていく。
楽しかったって訳じゃないけど、なんだか寂しい気持になった。
開きっぱなしになった縁側からは、家の明かりから照らされた庭がぼんやりとが見えている。
そういえばここから見る夜空は綺麗だった。
転がって眠っているおじさんや、ふらふらしながらもまだお酒を飲んでいるおじさんをよけながら縁側まで行く。
縁側への移動中、よほど気に入られたのか、やく○さん顔をしたおじさんに肩を組まれた父と目が合った。助けを求める子犬のような目で見てきたが、無視した。
縁側の前に立つと、意識がパッと覚醒した。深く黒い空にある星たちは、やはり私を感動させてくれるのだ。先のことなんて分らないけど多分この感動が普通になることはないだろうな、と思う。
――お前のとこじゃ見れないの? 俺は毎日、見てるんだぜ?――
ふと、ある少年の言葉を思いだした。自信満々で、お前ん家ダセーと言わんばかりの言い方だったと記憶している。ちょっと嫌な所がある奴だったけど、良いところもある奴だった。
あまり思い出したくない。胸が苦しくなって罪悪間が湧き上がってくる。せっかくの星空が台無しになっちゃうじゃないか。
「五年ぶりのお婆ちゃん家、どうだ?」
縁側に座って星を見ていた私の後から声が掛かった、父だ。振り返ると、よほど気疲れしたのだろう、げっそりという言葉がよくあう感じだ。
「別に」、と言う私に「そうか」と呟いて隣に座った。
そういえば、父は何で今回は参加したんだろう? 聞くタイミングを逃していた。興味なかったし。
声をかけようとすると、例のやく○さん顔をしたおじさんが大声で父を呼んだ。 父はすごすごとあっち側へ行ってしまった。可愛そうに、私にはどうする事も出来ない。下手に止めて私まで呼ばれたら嫌だし。
少しだけ嫌な気持から逸れる事の出来た私は、祖母に風呂の準備が出来たと聞かされて、一足先にお風呂に入る事になった。
お泊りの際のお風呂は勝手が分らないので難儀するものだけど、そもそもがお風呂が外にあるとか、蛇口の使い方が分らない所からなのには衝撃を受けた。 衝撃体験あんびりーバボー。私の記憶力の無さも、あんびりーバボーなのかも、しれない……。
お風呂を終えて出る頃には、集まった人達はほとんど帰っていた。残った人達が帰る際には、何故か私もお見送りに参加させられて挨拶をした。
久しぶりの祖母の家。覚えてない親戚の方々。あと川にいた少年は自分で思うよりも、随分私を疲労させていたようだった。用意された部屋の布団に入ると、意識がスッパリと切れてしまった。




