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なつのこと  作者: cro/cc
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一日目   夏と私とほおずきと

 『ほおずき』を『おにび』と読んだ奴がいた。覚えたばかりの言葉を使いたがるのは、小さい頃だと良くあることだと思う。私はそういう子供だった。


 私は今、車に揺られて五年ぶりに母の実家へ向かっている。

「夏子、そろそろだよ」

 助手席から声をかけられた。私は気のない返事をして母の言葉を流す。本心で言えば、祖母の家には行きたくなかったから。

 最後に祖母の家に行ったのは、小学校六年生の夏だった。故あって、私はそれから祖母の家には行かなくなった。それはおいておこう。

 わざわざそれを私の前まで持ってきて『これ何?』とか聞いてくる奴は無粋ってもんだ。私はそういう輩をよしとしなタイプだ。鬱陶しいからな。

 今回、祖母の家でお盆を過ごすのは『故に』を何とかする為に来たんだ。プランはない。のープラン。

 お盆の期間を耐えきれば、きっとトラウマだって克服出来る。と、信じてる。そうすれば、もやもやだってなくなるはずだ。



 それにしても、車内の微かな振動は。通学中のバスには及ばないものの、何とも心地よぃ……。瞼が重い。我慢だ私、寝てしまうと、また嫌な夢を、見る、事になってしまぅ……。


           


 精霊棚に見慣れない植物が飾ってあるのを見た。夏子はそれがなんなのかと祖母に尋ねてみた。

 祖母はそれは『ほおずき』であると教えてくれた。死者を導く提灯に見立ててほおずきを枝ごと飾るのだと言う。赤くてふわふわのその植物に、夏子は大いに興味を持った。

 鬼灯と書くのだと教わった。鬼という字が不気味さを含ませるものの、なかなかに格好良いと夏子は思った。

 その日は普段なら、川田兄弟が遊びの誘いに来る時間だというのに、なかなか現れなかった。

 夏子は仕方なく、一人で兄弟に教えてもらった川に行く事にした。

 空は広く晴れ渡り、何処までも青い空には、入道雲がでしゃばっていた。大きな山を背景に、青々と育った稲が風に揺られ、ギラギラとした夏の強い日差しを受けている。田んぼや山々も負けじとばかりに、一層生命の輝きをその空へと主張していた。

 どんなに暑くても子供は元気だ、夏子もその一人なのだから、夏の暑さすら楽しんでしまえるのだろう。ぐんぐんと、田んぼのあぜ道を突き進んで行く。

 見晴らしの良い場所にあるカーブミラーを左に曲がると、雑木林へと続く道を進む。緑が多くなると、冷やされた風が木々の間を抜け、熱を持った夏子の体を通り過ぎてゆく。

 川のせせらぎが聞こえる辺りまで来ると、雑木林の中を一気に駆け抜けた。

 一面に敷き詰められた滑らかな石の上を、澄んだ水が滑るように流れている。 水の中で弾けた煌きはあらゆる方向に広がり木々の緑を、川の美しさを、鮮やかに映えさせた。

 夏子にとっての非日常が冒険心をくすぐった。危険だと止められていたが、上流へと進んでいく。

 進んでみたものの、夏子の歩みは止まった。三人で入る時とは違い、何処か恐ろしさがあった。

 一人きりで不安になった夏子は引き返す。

 川を眺めながらの道すがら、視界にあの赤いふわふわの植物が写った。川上からぷかぷかと浮き沈みしながら流れてくるのだ。

「鬼灯だ」

 小さく呟いたその声は川の音にかき消された。

 持って帰ろうと手を伸ばしてみたが軽く触れた指先を抜けていった。流れていく鬼灯を残念そうに見送る事しかできない。

 ぼうとそれを眺めていると、くぅと腹の虫が鳴いた。来た道を戻ることにしたようだ。三人で遊んでいた、見覚えのある場所まで来た頃には、表情から不安の色は消えていた。

 流されてきた鬼灯の事を忘れないようにするのが精一杯で、少しの恐れなど忘れてしまったのかもしれない。夏子の今日一番の収穫は流れてくる鬼灯の話だ。きっと川田兄弟に自慢するつもりなのだろう。



「夏子!! もう着くって言ってるでしょ!!」

「はい!!」

 母の声に驚いて、何故か良い返事をしてしまった。ちょっと寝ちゃったくらいで、そんな怒んなくてもいいじゃんか。

 それにしてもまたあの夢だ。最近何度も同じ夢を見る。はっきりと思い出せる訳じゃないけど、この夢は私の嫌いな夢だ。寝起きの気分が最悪な時は、ほとんどがこの夢を見たときなんだ。多分だけれど。嫌なのに何度も見る。それなのにちゃんと思い出せない。

 まだ霞んだ目で父の運転する車の中から外の景色を眺めた。五年ぶりか、久々の田舎には驚かされる。何も変わってない。五年も経つというのに進歩が見られない。どうした人類、私達の力ってこんなもんなのか? と思うレベル。すっきりしているというか、なんというか。風景のジオラマをつくろうとしたけどなんか面倒になって途中でやめちゃったような。

 田舎の民家はダイダラボッチだか手長が『こんなもんでいんじゃね』みたいなノリで大雑把にポツぽつ置いたみたい。この界隈では主役・自然 脇役・人間なのだ。


 坂道を登っていくと祖母の家が見えて来た。家の前まで来ると、タイミングよく祖母が家から出てきたところだった。ニコニコとこっちに手を振る祖母は嬉しそうだ。

 祖父はもう他界してしまっている、何度か会った事があるみたいだけど記憶には残っていない、申し訳ないと思っている。

 車を降りて、五年ぶりに面と向かった私は、祖母にどう接していいか分らないでいた。

 挨拶は会釈をするくらいしか出来なかった。母にはちゃんと挨拶しろと言われたが、祖母はそういう年頃だと笑ってくれた。心の中では饒舌な私ではあるけど、内弁慶なのだからしかたない。

 家に入ると、祖父の仏壇に皆で線香をあげた。

 枝つきの鬼灯が置かれていたのが見えて少し嫌な気持になる、死者の霊を導く提灯の代わり……。私は鬼灯が苦手になっていた。皆が見てない隙に鬼灯を指で突いたら空気が抜けた。これは私を嫌な気分にした分だ。


 荷物を用意された部屋に置いて、母はご先祖様を迎え入れる準備を始めた。私は縁側で、キュウリとかナスに割り箸を刺す作業をあてがわれた。父は消えた、あの人は忍者とか向いてると思う、戦えないタイプだけど。

 食べ物に箸を指す作業はちょっと面白いと思った。普段こんなことしたら母が怒り狂うこと請け合いだ。だけど、こんな程度だとすぐ終わってしまってつまらない。どうせならキュウリ騎馬隊とかナス騎馬隊、プチトマト足軽隊とかつくって遊びたいと思う。あれ? ナスは牛だったっけ?

 敵将は子供の天敵ピーマン将軍がいいだろう。戦が終われば私が琵琶をじょうじょうやって、お野菜共が夢のあとなどと歌ってあげるのだ。

 料理のほうは良く分らないのでスルーした。私からしたら知らないおじさんおばさんが、続々と集まってきていたので逃げることにする。気まずいからな。

 昔の記憶を頼りに川へ向かうことにした。母にちょっと出てくると伝え、返事を待たずにさっさと家を出た。


 そういえばあの川で、流れてくる鬼灯を見つけたのだ。私が最後に来た夏の事だった。

 田んぼを通って雑木林を進む、道路と違って迷わないかと不安ではあったけどやっぱり覚えてる。ほぼ一本道だしな。

 最初にこの場所を教わったのはいつだったか? 多分私がこの場所に初めて来た時のことだろうと思うけど、当時のその部分まで記憶を遡ることはできなかった。

 あの頃に何度も三人で通った道だ。五年前に深い所に沈めた筈の記憶が少しずつ浮上してきている。時が経って風化してしまえばいいと思っていた記憶が。


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