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制服と笑顔

 バイトの制服という意味でなのだろう、しかし、しかしながら生まれてこの方、記憶する限り和服と言うものをつけたことの無い僕は和服をどう着ければいいのかが、さっぱり分からない。

 いや、そもそも書生の服をつけるということが、探偵に結びつくのかすら分からないが、雇い主であるお嬢様の要望どおりに、とりあえず着なければいけないだろうと言うことは、なんとなしに理解できる。

ただ和服を着る意味と言うのがさっぱり分からないが、まぁとりあえず着ればいいということにしておくとして、着方が分からない。


 なんだろうか、お金持ちというのは、こういった伝統的な服のつけ方を年代とわず知っているのだろうか、ドレスばかりではなく、和装もするという事は一種の常識だろうか、受け取ったままというのもなんだが、どう着ければいいのかわからない、数分後、部屋をノックしたが、返事を待たずにメイドさんが入ってきた。


「何をしていらっしゃるのですか、和歌子お嬢様を待たせるのはあまり関心しませんね」

「どうつけたらいいものやら」

「それほど難しくないでしょう」


 メイドさんは呆れながら、レクチャーをしてくれる、なにやら異様な恥ずかしさと言うものが、あるがそれを出してしまうと、ゴミを見るような目で見てくるに違いない、バイトの面接の時に時たま感じた視線を今も感じている。


「ありがとうございます、ええと」

「人の名前を覚えられない人はゴミだと、両親からならいませんでしたか?」


 詳しく自己紹介をしていないと言い訳めいた事を伝えようならば、さらに言い返されるのは目に見えて分かっているので、おとなしく愛想笑いで誤魔化す。


「私の名前は川中よしみです、まぁ川中さんもしくは、川中先輩と呼ぶように、それ以外の名前でよんだら、セクハラと見なしてそれ相応の対処をしますので、お気をつけてください」


 それ以外の名前で呼んだだけで、セクハラとみなされるという何とも理不尽な宣言がされながらも着替え終わってみると、書生の服に限らず、普段着慣れていない衣装というのは、居心地がわるい、服は上等のものをあしらえてもらっているのかもしれないが、どうしても普段の格好とは違うため居心地がとても悪い。


「馬子にも衣装と言う言葉がいかにむなしいか、分かりますね上等なお召し物でも、あなたが着ると駄目という駄目さが際立ちますし、まるでうだつの上がらない明治の学生が和歌子お嬢様の家に、不相応にもあがりこんでいるようです」


 感心しているような口調で駄目だしをもらいながら、長い、長い廊下を並んで歩き、大広間へつくとそこには、自分のアパートの部屋と比べるのも馬鹿らしいぐらいの広さだった、ちょっとした体育感の広さはあるのではないだろうかと錯覚してしまう。 


 高級なソファー、高級な照明、高級なテーブルに美術品、見るのも考えるのも馬鹿らしいぐらいに、高級品で溢れかえっている部屋に到着する。

 

 ソファーで談笑しているお嬢様達がこちらに気づくと、僕を上から下まで一通りみるという、普通に生きていたら女性にそんなに見られるという事は、ありえないかもしれない、いや、街中を歩いていたら、高校生の女の子達にちらりと横目で見られて、失笑された事はあるので、それを考慮したら女性に見られて笑われるというのは十分にありえる話だ。


「すげーな、似合っているぜ、駄目な男子が目の前にいるってのも不思議な感じだな」


 どんな褒め方だろうか、いやもう貶しているのか褒めているのか分からないぐらいに、お嬢様の友人は感心したように、いかに駄目な姿かという事を仕切りにつぶやきながら、丹念にみている。


「これこそが、探偵ですね、先程までの服装でもその片鱗を見せていてくれたのですが、この衣装により、さらにそれは顕著に現れましたね、普段は情けなく、自分どころか世を悲観しているような悲壮感や、卑屈な感じがでています、そしてひとたび事件が起きれば探偵として解決してくれそうな期待がもてますね、ギャップ、いわゆるギャップというものが探偵としての輝きをより一層ましてくれるでしょう」


 お嬢様に言いたいことは、3、4つほどあるのだけれど、一番言いたいのはそこまで言われるほどのものじゃないという事だろう、なにやら熱く語っているが、とても期待に答えらそうにない、愛想笑いにするにしても頬が引きつって、上手くわらえそうもないぐらいお嬢様は静かに熱く語っていた。

 

「立川さん、探偵として大きく羽ばたいて、私の事件を解決してくれると信じています」


 大きく羽ばたく前に、大きくすっ転んでいる気がしないでもないが、お嬢様が握手を求めそうなほどにキラキラとした目でこちらを見てくる、自身の無い僕は微妙に視線をずらしながら、着慣れない服とどうよう心地の悪さを感じていた。

 お嬢様の友人の感心したような目もその拍車をかけているような気がするが、ただ一人、メイドの川中さんの冷たい視線が僕の心地の悪さに歯止めをかけているような気さえしてくる、冷たい視線がある意味癒しとなってしまっているような気がするというのも、何か、いや大いに間違っているとは思うのだけど。


「さて、本来であれば探偵の立川さんに相棒を紹介したいのですが、まだ届いていないのです」

「相棒ですか」

「そうです、まぁ助手ですね、探偵には助手というものがつきものというのが相場ですから」

「はぁ」

「届いていないものはしょうがないですから、探偵の立川さんに解決してほしい事件を伝えさせていただきます」


 ようやく、ようやくスタートラインにたつという事だろうか、お嬢様は先程の不思議な熱さで熱弁していた時とは別人のように涼しげな声と口調で、解決して欲しい事件を伝えた。


「私を殺した犯人を見つけることです」


 数十秒、何をいっているのかがわからなかった、私を殺した犯人というのは何かの比喩か何かかと思うほどに、聞き間違っているのかと思うほどに、何を言っているのかが分からなかった。

 周り、お嬢様の友人も、メイドの川中さんも、諦めているのか、複雑な表情であったが、当の本人は部屋の調度品と調和するように、高貴な笑顔を向けている。


「私を殺した犯人を見つけるのが、探偵の立川さんへの依頼です」


 

 

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