探偵と錯覚
錯覚というものが、世の中にはある。
もっと簡単に言えば、勘違いというものだろうか。
脳が勘違いを起こすと、それは錯覚となって、僕らには、事実とは異なるものが、事実として見えるという。
過去の忌まわしい記憶を、少し修正したりするものも、錯覚であると言えるだろうし、お嬢様が、僕に期待しているように感じたものも、錯覚かもしれないし、お嬢様が僕を探偵として、殺人事件を解決できるという思いも、錯覚かもしれない。
錯覚とは、往往にして補填であるという、周りの状況に合わせるように、正しくあろうとして、脳は、勘違いを起こすという。
人は、本来望むべき、理想しか見たくないという気持ちが、錯覚をひき起こすというものかもしれない。
ならば、気持ちというものに、感情というものに、本来程遠いと思う、ロボットならば、錯覚もないだろう。
錯覚を起こすとしたら、人間の方だと言うことだ。
「所長、これほんの気持ちです、受け止めてください」
ロボ和歌子初号機が、人間じみている様に感じたとしたら、それは僕が感じている錯覚と言う事に、他ならない。
しかし、こんな告白じみた台詞だけ言われても、全くもって、錯覚すら覚えないのであるのなら、これは、間違いなしに現実である。
「所長、何か言いたいことがあるのなら、言ったほうがスッキリするそうです、言うは一瞬、言わぬは一生の恥ともいいますからね」
「言うは一瞬、言わぬは一生の恥と言う言葉はない」
「言葉は、一瞬、一瞬のうちに、誰かが生み出されているんです、言葉はないと断定するよりも、新しい言葉が誕生した事に、喜びを感じてほしいですね」
がっくりと項垂れそうになるが、そうすると、ロボ和歌子初号機が、手にしている、目を逸らしたくなるような現実と向き合うこととなる。
出来れば、誰かに、錯覚であると言ってほしい。
「それより、早く受け止めてくださいよ」
「現実を?」
「まぁ、後は川中さんの怒りですかね」
大量の手紙から、一枚ピラリと見せられた、文面には、お嬢様の殺されるという非常識さが、度を越して来た状況は、探偵の僕という存在が、煽っている、ゴロゴロしているだけなどの苦情が、書かれていた。
寝ずに書いたのか、はたまた仕事の合間に書いたのか、あるいはその両方なのか、どちらにしても、メイドの川中さんの心労が大量の手紙にて、現れている。
「女の子からの手紙ってこんなに怖いものかな」
「所長、一通一通思いを込めて、書きなぐったものなんですから、きちんと、一通一通目を通して、返信しましょう」
「それは、川中さんの怒りが増えそうだね」
「所長は、女性からの手紙を読まずに、返事もしない最低な男ですね、もしかして、愛の手紙が混ざっている可能性があるかもしれないじゃないですか」
全くもって、空々しく、心のこもっていない、ロボ和歌子初号機の台詞に、錯覚もない理想もない、大量の現実とは、かくも虚しいものだと、そう思う。




