探偵と被害者訓練
時間というものは、平等であると言えば、聞こえがいいものであるが、それが、優しい事実ではない。
平等であるという事は、ひいては此方の味方では無いということだ。
有効に、そして賢く使うことこそが、最善である。
最善であるのだが、それが出来ないのが、人間と言う事だろうか、それとも、僕が最善では無いと思うだけで、彼女にとっては最善、あるいは最良という事なのだろう。
隣には、非常に複雑そうではあるが、不満を押し込め、苛立ちを全面にだし、和歌子お嬢様の親友たる、緑川さんに睨まれながら、先程、機嫌の悪い緑川さんに、殴られまだ痛むお腹をさすりながら、屋敷の中を二人で歩いている。
「あぁ面倒な事になっちまった、なんでだろうな、探偵さんよ」
苛立ちは消えないようで、僕も僕で、彼女に殴られた痛みはきえないので、大雑把に言うのであれば、公平で、正確にいえば、理不尽を感じながらも、何故という疑問の原因を思い出す。
いや、思い出すまでもなく、その原因は、和歌子お嬢様にほかならないので、疑問が生じる余地もないのだけれど、それでも、何故という疑問は浮かんでしまう。
「立川さん、これから被害者訓練をやろうと思うのです」
被害者訓練って何だろうか、多分そのままであろう事が予想は出来たのだが、予想が外れていて欲しいと思う望みのようなものをかけて、聞いてみた。
「被害者訓練ってなんでしょうか?」
「殺されるための訓練ですよ」
何一つも間違っていないというのに、違っていないようで、とても残念である。
「おい、そんな訓練は要らねぇだろう」
緑川さんが、真っ当な意見で釘を刺すが、和歌子お嬢様は糠のように、気にしていないようだ。
「殺されるのが、間近に迫っているのですから、きちんと被害者として、訓練しておきたいのですよ、備えあれば憂いなしとも言いますしね」
「だから、そんな備えなんていらないって言っているだろうが」
「大丈夫よ、小さい頃にやった、死体ごっこの様に、寝そべるだけではないのだから」
「そう言うことを言っているんじゃない」
その後も、何度も説得なのか、脅迫なのかわからないほどに、怒声は響いていても、和歌子お嬢様は、一切聞く耳をもたず、和歌子お嬢様は、自身とロボ和歌子初号機だけを部屋へと残し、屋敷を適当に歩く様にと言われたので、僕と緑川さんは無意味に、屋敷をウロウロしている。
準備が出来たら呼ぶとの事であったが、一向に呼ばれる気配というものがなく、緑川さんが苛立ちを僕に、ぶつけて来る時間が、続いているのだ。
「キャァーーーーーー」
緑川さんの苛立ちをかき消す様に、お嬢様の叫び声が館じゅうに、響き渡る。
何事だろうという疑問も、浮かばないが、此処までやる必要性があるのかという疑問は浮かんでくる。
それでも、考えている時間もなく、
被害者の声が聞こえてくるのであれば、走らないといけない。
想定の事件現場であるお嬢様の部屋へとむかい、ドアを開けると、お嬢様が倒れていた。
「起きろ」
和歌子お嬢様が、緑川さんの声でむくりと起き上がる。
「悲鳴をあげて、駆けつけるまで5分間ですか、ダイイングメッセージも思いつく暇もありませんね、死ぬ間際には、立川さんに意味深なメッセージでも呟く事にしましょう」
「いや、逃げる事を考えろよ、あとあの悲鳴はなんだ」
「屋敷じゅうに、響き渡る被害者の悲鳴は、基本と思うのよ」
「馬鹿」
やり場の無い緑川さんの拳が、やり場を僕の横腹へと求めたので、痛むお腹をさする。
ロボ和歌子初号機は、理解不能とばかりに、首をふっていた。
「やはり、馬鹿なんですね」




