お嬢様
駅をでると、目的地の喫茶店まで地図を見て、歩き出すと、久々に電車を使っての遠出、これから人と会うというプレッシャーに押しつぶしてくるように、肌に当たる日の熱さが強くなってきている。
その証拠に、身だしなみを整えるという、基本的な事を忘れて目を覆い隠すほどに、伸びた前髪からも、チラチラ、チカチカとはいってくる光りの強さや、暑さに眩暈すら起こしそうだ。
もし、昨日までに髪の毛を短くしていたら、このうだる暑さとと光りに、僕の目はやられていたかもしれない。
待ち合わせの喫茶店に入ると人が溢れていた。
ひと目には人が溢れているような人気喫茶店のように見えたが、溢れていると言うよりは、皆遠巻きにある一席を見ているといった状態だ。
そのため、一席の周囲には空席がそして、少し離れて、その一席を見つめている具合だ。
僕も店に入るなり、すこし見てみたが、前髪の隙間から見えるのは、僕のぼさっとし髪とは程遠く、綺麗な黒髪を肩を超えるほどまで伸ばし、背筋もきちんとピンとのばし、町の中の喫茶店にいるのが、不自然なほどのお嬢様という肩書きが似合う女の子だった。
喫茶店にいるほとんどの人が、遠巻きにみているのもうなずける。
見ていたいだけで、関わりあいになりたくないのだろう。
お嬢様のような女の子が、近寄りがたい美人というのもあるが、それ以前に今にも噛み付きそうなぐらいにうなり、不良にみえてしまう少女が同席している。
もっとも、お嬢様の所為で、そう見えてしまうのだろう。
通常街中で、見かけたら普通にいそうな、茶髪な可愛い女の子だろう。
ナンパな男性であれば、声をかけていきそうなぐらいだ。
まぁ今は、迂闊に声をかけようものなら、その女の子に睨まれ、噛みつかれてしまうのではないかと思うぐらいに、怒りや不機嫌さを周りに隠そうともしない女の子だ。
もっともその女の子を前にして、眉一つ動かさないかわりに、平然と何事もないように座っていられる、お嬢様も凄いと思う。
関わりあう事はないだろうと思い、少し勇気を振り絞り、喫茶店の店員に待ち合わせをしている事をつげ、そのようなお客がいないかたずねてみる。
店員は少々お待ち下さいとつげると、喫茶店の主人の下へと駆け出していく。
考えてみれば、携帯の番号をもっているのだから、待ち合わせ場所に、ついたこともしくは喫茶店につく前に連絡を取ったほうが良かったのかもしれない。
というより、そうするべきだったはずなのに、引きこもっていた影響というのは、体のあちこちに染み付くものだ。
店員が戻ってくると、すでに待ち合わせの人物は来ていた様で、あちらの席ですと案内する店員が、何故か先程とは違う不審な目でこちらを見ていたようなきがするが、案内された席を見て合点がいった。
よりによって、いや本当にあの席なのかと自分でも固まってしまったぐらいに、不釣合いな席にいかないといけない事態になってしまった。
緊張してしまって、喉が渇きそうになり、また体から笑い声が漏れそうになってしまうが、それをしてしまったら、恐らく遠巻きに見ているお客や、店員たちがこぞって、通報してしまうかもしれない。
いや、もしかしたら、すでに通報されてしまっているのではないかと思う。
いや、その前に、席に近寄っただけで、噛み付こうと身構えている女の子の鋭い視線が身をボロボロにしてしまいそうだ。
「すいません」
「何、何か用事?」
声がうまく出ないせいか、用件すらも出てこない。
実にまずい状況で、愛想笑いのひとつでも浮かべばいいのだが、それをしようとすると確実に気味悪がれる笑いにしかならない気がする。
喉が、先程までとは比べようもないぐらいに急速に干上がっていくのが、分かる。
「貴方が、立川さんですか」
「はい、一応そうです立川一姫です」
「私が、折神和歌子です」
助け舟を出してくれたのは、お嬢様であった。
お嬢様は、こちらをみて、クビを一度だけ縦にふり、一人なにやら納得したようだ。
「大丈夫です、私のイメージ通りピッタリです、この方なら見事にやりとげてくれるでしょう」
住み込みで働くのに、イメージとかあるのだろうか? そして、やり遂げると言うのは、なんだろうか?
そんな疑問をよそに、不良のような少女が威嚇してこちらを問い詰めてくる。
「ねぇ職業は? 学歴は?」
「いまは、浪人生で、その高卒です」
「それで、何か特技とかあるの?」
「特技というほどのものはないです」
「腕っ節は?」
「からっきしです」
「折神って名前聞いてどう思う?」
「どうも何もないです」
「おい、もう少しまともなヤツなんて、はいて捨てるほどいるだろう」
威嚇を強めて、お嬢様にすら噛み付こうとしているが、確かに僕を雇うぐらいなら、別のまともなきちんとした人を雇ったほうが、幾分ましというより数倍マシであろう。
「あの、紹介してくれた人は、住み込みでの働き口という事だったんですけど」
「間違いではありません」
「いや、勤まらない、折神の名を聞いてもピンときていない、一般常識に欠けてるとしか思えない」
折神さんの名字を聞いて、何かピンとこないといけないのだろうか。
緊張のため何か粗相でもしてしまったのだろうか。
不安になりながらも、折神さんの様子を伺っても、先程と何もかわらない様子で、コーヒーを飲みながらこちらを見ているだけだった。
その優雅な様子が余計に、不安を上積みしていき、その重さで体が動けなくなりそうだ。
「本当にコイツでいいのか、もっとまともなヤツ絶対他にいるぞ」
「構いません」
その一言をいい、コーヒーカップをテーブルに置き、折神さんはこちらに向かって頭を下げた。
「それでは住み込みの件よろしくお願いします」
「あっ えぅ はい」
途中分からない、息で言葉が詰まってしまったが、どうやら雇ってくれるらしい。
こちらこそとばかりに慌てて頭を下げた。
「それにしても、私が求めていた探偵の雰囲気にそっくりです、書生の格好でもさせれば完璧です」
「百歩譲って、探偵を雇うのは勝手だけど、こいつに探偵は絶対に無理だと思うぞ」
目の前で繰り広げられたやり取りの中に、自分の仕事内容が含まれていたような気がするが、気がするだけであって、確定ではないだろう。
わけのわからない職業として、マンガやドラマのような現実離れしているような職業が、でてきたような気がしてくる。
「あのぉ、僕は何をやらされるんでしょうか」
「お前は、今の話聞いてなかったのか、探偵だよ探偵」
聞き間違いでもなんでもなく、探偵を雇いたがっているようだ。
僕には無理だ。
探偵に必要な知力も、体力も何もない。
僕よりマシな人なんて、ゴロゴロと転がっているだろう。
それこそ、探偵事務所など開いている所に、依頼をしたほうがお金の無駄にはならないだろう。
何も解決できないものが、探偵なんてできるはずがない。
しかし、いまさらこのお嬢様方を前に、断る事もできず、後はただただ、店員が無造作においていった水を飲みながら早まったと実感するだけであった。
探偵としてどんな事件を解決するのかも聞かずに引き受けてしまった事を後悔しながら、それでもいまだに聞けずにいる僕に、探偵がつとまるとは到底思えなかった。