探偵と現場
やることがないと人は駄目になる。
やることがあるはずなのに、それを行動にうつせないのは駄目な人間である。
つまりは僕は駄目になっていく駄目な人間であるといえる。
探偵としてやるべきことがあるはずなのだが、そもそも探偵として依頼をうけたのは、起こってもいない殺人事件なわけで、起こっていない以上、どう進展をすすめていいのかさっぱりわからないし、かといって起こることを望むというのは、依頼者のお嬢様がなくなっているということでもある。
そして実際の殺人事件なんて起こらないほうがいいに決まっているし、もし万が一起こってしまったところで、お嬢様に直々探偵に任命されているとはいえ、何もできない僕が解決をするというのは無茶をとおりすぎたら何になるのか、どういう言葉が待っているのか、この身をもってしる事ができるかもしれない。
しかし、そんな悠長で長い先の、未来のことよりも直近の現実で現在をみたほうが幾分賢いといえるだろう、いかに目をそらそうともこの心ぐるしさや、いたたまれなさは減ることはないのだから。
やることが無いというと半分ほど嘘であるが、やりようがないというと僕自身納得できるほど、自分に言い訳ができるぐらいの状況だと思うが、与えられた部屋にこもりきりというわけにもいかない、聞き込みが終って数日、お風呂と食事以外ひきこもるぐらいしかやることが無い。
しかし、働いていないのにというメイドの川中さんの目線と役ただずなのにまだいるのかという、緑川さんの視線が僕に突き刺さる。
自分のアパートの部屋にいるときより、物資的には豊かな生活をおくれてはいるが、広い屋敷の空いたスペースには、僕をおいつめる重力でも発生しているのかと思うぐらいに息苦しい。
心の豊かさをとるか、その物資的な豊かさをとるかは永遠のテーマのひとつであるが、僕的には心と体のバランスが取れていればいいと思いたい。
グサグサと突き刺さるような視線に加え、助手の位置づけであるはずのロボ和歌子初号機からも、グサグサと来る矢のような言葉達がふりそそぐ屋敷は居心地がわるい、事件解決のための進展、事件が始まっていないのだが解決というのもおかしな話だが、それを進めるしかこの居心地の悪さは改善されないだろう。
世の探偵たちは事件が起きると現場に戻り、ヒントを得ているが、その手も使えない。
お嬢様が死んでいないという状況に立ち止まっているのか、もどっているのか分らない。
「屋敷を調べるという名目で歩こうか」
「勝手に歩き回らないで下さい、部屋がよごれますと怒られるのが関の山ですね」
「まぁうんそうだね」
「後部屋を見て回っても、着替えているところは見れないと思いますよ」
「それは期待していない」
実際に怒られそうだし、何かやらかして調度品を汚したり、破損させようもなら更に居心地がわるくなることだろう。
それに女性の部屋を見るという変態行為が働こうものなら居心地というより、生きた心地がしなくなるだろう。
そういうのは避けたい。
「本当にどうすればいいのか」
「こういうとき探偵はどういう方法をとるんですかね」
「分らないから困っているんだけど、何かいい方法はない?」
「お嬢様が死んだのならいくつかありますけどね」
「物騒な答えをありがとう」
「いえいえ、所長のお役に立つことが私の使命もといプログラムですからね」
まったく役に立たないロボ和歌子初号機との会話レベルが多少ましになっているが、根本的な解決も無いし、本当にどうするべきか。
動機がない、証拠も無い、事件も無いのならアリバイも現場も無いゆえに探偵がいる意味などがない。
お嬢様が殺されたのなら、証拠があり、事件があるからそこから追っていけばいつか当然ながら、僕じゃなくても誰かがたどり着くだろう。
「初心にかえってみるというのはあぁ所長探偵初心者でしたね」
「あぁそうだね」
「所長いい格言があります」
「何かあるの?」
「下手な考え休むに似たりとも言いますし、所長はこれ以上考えると給料泥棒ですよね」
「それ考えるなといっているも同然だよね」
「何か探偵に詳しい人いないんですか、餅は餅屋といいますし」
「僕は探偵ですらないということだよね、お嬢様のほうが詳しいだろうけど」
「その人選は消去法ですか?」
メイドの川中さんやお嬢様の友人の緑川さんに聞く度胸がなく、門番の茂田さんとお嬢様だったらお嬢様のほうがまだ聞きやすいという消極てきな消去法ではない。
反論しようとしたが、消去法というのは中々いい方法かもしれない。
犯人を捜すのではなく、犯人ではない人を探すように、動機がだめなら別の観点で探す。
「動機がだめなら別の観点で犯人になりうる人を探せばいいんじゃない?」
「所長はアホですね、事件が起きていない以上動機以外検討がつかないと私は考えますよ」
「いや、でもお嬢様が殺されるなら殺される方法である程度犯人の目星はつくんじゃない」
「だからお嬢様が殺されていない以上殺し方も特定できないという事です」
もし殺されるのなら、殺され方で犯人を特定する消去方法があると考えたがすぐさま思い直す。
結局お嬢様が殺されていないのだから、その考えも結局無意味な捜査になるということだ。
「所長現場100回というのは、堂々巡りしろっていう意味じゃないですよ」
何もいい考えが思いつかず、立ち止まり、胸をかきむしる。
ぐるぐると回る思考、空回りしていくごとに焦燥感が強くなる、心ぐるしさやいたたまれなさ、泥沼に沈んでいきそうな気分だ。
その夜、お嬢様の事件解決に向けての進捗を問われ、何の進展も無いという言葉と殺され方で特定できないかと考えたことが助手のロボ和歌子初号機から告げられた、案の定メイドの川中さんと、お嬢様の友人の緑川さんから投げられる、お前は何をいっているんだという視線と苛立ちに居心地の悪さが僕を襲う。
「殺され方ですか、中々面白そうな考えですね、是非とも考えて殺し方の場合別の犯人を一緒に考えましょう」
何をすればいいのか分らないほど、それはドンドンと沈んでいき、打つ手がなく、もがけばもがくほどに、駄目になる。
それでも、もがいた手は何かを掴んだような気がする。
そして、その手はどうやらお嬢様の手のようだ。




