愚問と探偵
全ての人を敵か味方かで判断するのが愚かで悲しい事ならば、探偵と言うのはそれよりも遥かに、愚かで悲しい事を行う職業になる。
犯人か、そうでないのかという問いに答えをださないといけないのだ。
被害者の親しい友人であっても、信頼する人であっても、尊敬する人であっても、疑い、そのうえで判断するのだから。
犯人かそうでないのかと考え、その上で人を見るのだ。
聞くことが愚問であっても、たずねなければならない。
人の闇の中、その闇に答えを求めるのだから、疎まれるのもうなづける。
まぁ疎まれるのも嘲われるのも、しょうがない。
人の感情を逆撫でするのだ、逆鱗にふれるとおそろいしいことになると知っているのに、そこに踏み込むのだからタチが悪いの一言ではすまされないし、探偵という職業の業の深さというものがあるのだろう。
たとえ、それが探偵自身がもとめなくてもという注釈がつくだろう。
疑われた人がその思いのたけをぶつけるように、その手のひらには、速度のほかに憎しみや怒りがこめられていた。
パァーンと音が聞こえた後に自分の頬に痛みを感じたのだと理解するまえに、クビが自分の意思とは別に横に向くんだということを、身をもって理解した。
いや理解したというより、思い出したというほうが近いだろう。
「テメェ ふざけてんだろ、そうなんだろう」
痛みに何もいえない僕を尻目に、ロボ和歌子初号機はやれやれとクビを振る。
元凶の一言が投下されたとたん、お嬢様の友達の緑川さんに、僕が殴られるという理不尽がこの身に降りそそいだ。
友人の怒りもさめない様子を、静かに眺めているのはそのロボのモデルになった、お嬢様だ。
「すぐに暴力とは野蛮人なのか、野生の力なのか、人なら落ち着きを覚えたらいかがでしょうか」
「お前、ぶん殴るぞ」
その苛立ちの矛先は倒れている僕につま先で蹴りをいれる。
「まぁ少しは落ち着いたらどう?」
「でもよぉ和歌子、こいつらが喧嘩を売ってきたんだぜ、なんで疑われなきゃならないんだ」
「それは、そちらのお嬢様を殺した犯人を見つけるために、関係者に話を聞くのはセオリーです」
疑われるのもセオリーというのが分ったのかお嬢様は、なるほどといった様子で頷く。
「理恵、確かに探偵は疑うのは仕事だからしょうがないわね」
「いや、不謹慎だろうが、和歌子は死んでいないし」
「そうねぇでも、探偵である立川さんに依頼したのは、私だから非があるとしたら私にあるわね」
「むしろ、非はそちらにしかないようです」
いや、ロボ和歌子初号機は少し黙っていてほしい、痛みで物をいえない、僕に代わって答えているというのなら、黙っていてほしい。
僕に、代わってという気が毛頭なくても、黙っていてほしい。
お嬢様と、ロボ和歌子初号機に諭されるような形になり、最後の苛立ちの行き場として、さらに一蹴りが僕を襲う。
「でも、事情聴取とは中々面白いですね、それで成果はありましたか?」
「皆、一様に否認しますねぇ、まぁ当然でしょうけど」
「当然でしょうね」
「それでも貴方を殺した犯人、貴方を殺す犯人とやらがいるんですかね?」
「当然ですね、たった、一日にも満たない聴取で犯人がいないと思うのは、探偵助手として正しいのかしら?」
その発言に、ロボ和歌子初号機に向けられた言葉ではあるが、床から見上げた緑川さんの顔がヒクヒクと反応した。
「それはやっぱり私たちを疑っているということか?」
「さぁ?私が殺されるまで友達でいてくれるかどうかは貴女しだいよ、友達なら容疑者に入るわね」
からかうというよりは、淡々と事実を述べるように話す、お嬢様の友人である緑川さんは苛立ちを昇華するように、いまだに横に転がっている僕を蹴る。
「誰がやめるかよ」
蹴りの方は、そろそろやめていただきたい。
声に出すと、さらに蹴られそうな気がするのでとてもではないが、自分ではいえない。
「そう、これからもよろしくね、あと立川さんを蹴るのをそろそろやめてあげたらどうかしら痛そうよ?」
お嬢様の指摘に、しぶしぶといった様子で蹴るのをやめてくれる。
少しばかり止めるのが遅い気がしなくもないが、止めてくれたということには感謝をするしかない。
僕が床でお嬢様には感謝をしていると、ロボ和歌子初号機は、二人の様子をみながら、床に転がっている僕に話しかけるためにしゃがみこんだ。
「さてこれからどうしましょうか所長」
「どうするかねぇ、とりあえず痛みが引くまでは聞き込みは勘弁してほしいんだけど」
聞いたところで、同じような回答と同じように痛みを伴うだろう、別の質問なんてそうそうでるはずもない。
これ以上重ねても得られるのは痛みだけと言うのは実に勘弁して欲しい。
実際にこの綺麗なお嬢様殺されておらず、優雅にいまも顔を上げれば微笑んでいるのだから、元々成果というものは得られないと考えると憂鬱というものだろう。
それでも何かしなければならないと、むやみに闇雲に歩き回るしかない。
訪ね歩くのも馬鹿らしくなるぐらい、被害者という被害者が出ていない状況で、動機をさがしても全くの無駄足にすぎないが、それ以外やることもできないというのは僕が探偵の中でも輪をかけて愚かだからなのだろうか。
「ところで所長、床に寝転がってもお嬢様方のスカートの中身は見れないと思いますよ」
その余計な一言でさらに緑川さんの蹴りを余計にもらうことになった。




