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夢も希望も埃をかぶる

 高校を卒業し、都会に憧れ、都会の大学を受けてその結果が、封筒に書いてある。


 封筒を開ければ、合格かどうかが分かる。

 こんなにも緊張して自分の名前を見たことはない。


 印刷された文字が、何かの審判を下しているように感じて、中々開ける勇気が出てこないが、この封筒をてにして、先程から10分以上たっている事を思うと開けないとどうしようもない気がする。


 いいかげん、覚悟を決めて、ゆっくりと、慎重に立川一姫たちかわ かずきと自分の名前が印刷された、封筒を開け中に入っている白い紙。


 文面に目を落す前にゆっくりと、深呼吸をしながら目を向けてみる。

 

 あなたのご活躍を祈っておりますといった、傷口を塞ぎたいのか、それとも抉りたいのか、分からないが、機械的な文面に自分の未来が閉ざされた事を知った。


 これは落胆するしかないんじゃないか、いや、何か自分の否定的な目が、そういう風に見えているんじゃないかと思いたいが、結果自体がかわることはない。


 僕は、浪人になったということだ。


 まぁでも、何も浪人が珍しい時代でもない、むしろ浪人が珍しい時代というのは来るのだろうかと、疑問を浮かべてしまうが、まぁそんなちいさな疑問よりも、重大で、避けては通ることができない悩みに直面する事になる。


 浪人は職業ではない。

 学生と言う職業ができない以上、バイトでもして働かないといけないと言う事になる。


 バイトをしながら大学の受験を再度試みると言う決意をしないといけない事だ。

 

 そう思っていた頃もあった。


 広くはなく、風水上絶対に良くない位置にあるかもしれないと思える、古くじめっとしたアパートの一室の畳の上で、ごろりと横になりながら、純真であった頃の、若い決意は何処に行ったのだろう。

 

 数ヶ月もたてば、都会にまみれ、人ごみにまみれれば、純真であったはずの心も、汚れ、つかれていく。

 

 疲れて、バイトをやすんで数日、休むどころか、もうこなくていいという始末、再度の大学受験のために、やるべき事は、山のようにとは言わないが多くあるはずなのに、まったくもってやる気がでない。

 

 実家から持ってきた参考書には、うっすらと埃がたまり、バイトの時に書いた、履歴書にも埃がたまっている。

 勉強の文字も、労働の文字も、自分の辞書から消えかけている。

 

 毎日、毎日大手の中古本の販売店で、立ち読みをし、親の仕送りに感謝しながら、一日を無駄にすごしていた。

 そんな過ごし方をしていれば、安いはずの家賃も滞納まで、後一歩というところまでくるのは必然である。


 僕は人間として出来損ないだろうかと自問自答したら、現状をみれば答えはおのずと決まっている。

 出来損ないではないが、できるわけでもない、つまりは、どっちつかずの中途半端な人間である。

   

 そう結論づけたところで、意味はないのだけど結論づけなければ心身ともに崩壊しそうになってくる。


 その証拠に、どうにかしなくてはならない状況も、どうにかしようにも動き出せない自分のどうしようもなさに、ふひひと、何か鳴いたような、ばかげた笑い声をするようになってきている。


 もうすぐ馬鹿になるから気をつけろと身体が警告をしているようだ。


 そんな警告音を注意するかのように、玄関のチャイムがなり、その後ドアを破るんじゃないかと思うぐらいに、多きな音とそれに付随するような声が、鳴り響く。


「開けろ、開けろ」


 世間一般のお年寄りと言うのは、弱弱しいか、口うるさいかのどちらかだと思うが、大家さんは後者だろう、きっと国営放送の元気な年寄りがでてくる番組で、お若いですねぇとアナウンサーが、若干の引いた笑みと、おなじみのお世辞が飛び交うことだろう。


 ドアを開けるために、重い腰を動かそうとするが、会いたくないなぁとか、そのまま居留守でも使ってもいいかなと思う心が、邪魔をしてのっそりと動き、ドアをゆっくりとあける。

 

 愛想笑いしながら、ドアを叩いていた、大家さんに挨拶をする。

  

 まだまだ若いものには負けない事をアピールするためか、そろそろる夏に備えて、温泉施設でうっているような派手なアロハをきている、大家さんが、仁王立ちをしていた。


「さっさと開けな、どうせ何もしていないんだから」

「はぁ、すいません家賃のことでしたら、今手持ちがなくてですね」


 頭をかきながら、さらに愛想笑いをして頭をかるく下げ、家賃の催促にこられても、現状の手持ちはない状況のため、しばらくまっていてほしい雰囲気をだすが、大家さんはふんっと鼻をならした。


「家賃の支払日じゃないよ、いい年してフラフラ何もしていないのが、身体にも心にも悪いんだ」

「はぁ」


 家賃の支払いの事じゃないらしいが、それじゃあ何の用事で、わざわざ来たのだろうか。

 もしかしたら、考えられないことではあるが、世間一般でいうところのお年寄りは、話相手がいなくて寂しい思いをしているのだろうか。


「だから、いい話だよ、聞きたいだろう?」

「はぁ」

「良いから聞きな、いつまでも親の仕送りが続くわけでもないんだから」


 煮えきれない態度に、大家さんの声が大きくなり、強制的に聞かされることになりそうだ、やはり日々話し相手がいなくて、寂しい思いでもしているのだろう、もしくは最近はじめた息子夫婦との同居が上手くいっていない噂というのが本当なのかもしれない。

 

「あたしの知り合いのお嬢さんのところで、住み込みで働き手を捜しているんだよ」

「住み込みですか、それはきつそうですね」


 何か、強制的な労働でもさせられてしまうのだろうか。

 工場とかでも住み込みのところは、色々とキツイが、体力が一番キツイという。


「あぁ大丈夫、大丈夫、何も体力仕事だったら、私でもあんたに紹介しないよ」

「それは、お気遣いをどうもありがとうございます」

「時間をもてあましている若者はいないかって、丁度あんた暇だろうし」


 確かに時間をもてあましてはいるのだが、何をさせられてしまうのだろうか。


「まぁ明後日、そのお嬢さんに会って直接話しを聞いて決めたらいいさ」

「明後日って急ですね、まだ受けるとも言っていないのに」

「大家の命令だよ、それにどうせ何もしていないんだから、こういうのも何かの縁だよ」


 メモを手に押し付けて、大家さんは帰っていた。

  

 畳に寝転がりながら、しわくちゃになった、メモ用紙を広げると、待ち合わせの場所と時間、そして折神和歌子おりがみわかこと書かれた担当者らしき人の名前と番号がかかれていた。


 メモ用紙を捨てるわけにもいかないし、大家さんの言うとおり明後日、その担当者の話を聞いてみて決めよう。

 

 まぁもしかしたらこれで、どうにかしないといけない浪人生活の状況の改善になるかもしれない。

 

 もっとも、まともに住み込みで働けたらの話だ。


 いまだに抜けない、怠けの癖に身体からまた、ふひひと警告音がなった。

 

 

 

 

 

 

 



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