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テラ@休載中  作者: 間口刃
1章
11/20

8

 少し前には匿名のアニメキャラを名乗り、連鎖的な寄付活動が続いたことがあったが、今でもこうした寄付活動をしている人がいると思うと微笑ましく感じてしまう。

 だが、目の前にいるランドセルを両手に持っているスーツ姿の男はーーパンダの被り物をしているのだが……。


 それがあまりにも不釣り合いな為に、思わず俺は微笑してしまった。


「君もおかしいと思うかい?」

「すみません。余りにも似合わないので、思わず笑ってしまいました」

「謝ることはないよ。部下に言われて着けてはみたんだが、僕もおかしいと思っていた所なんだ」


 俺の微笑に気づいた男は、それに対し怒ることはせずーー俺に対して気の利いた言葉まで言ってくれた。


「お詫びと言ってはなんですが、そのランドセルが入った袋を持ちましょうか?」

「すまないね。近くの児童養護施設に届ける所だったんだ。そこまで持って行ってくれると、とても助かるよ」


 善行的な発言をして、普段の俺なら奈落に落ちた気分になっている所だが、男は俺逹の周りにいる傲慢で、自分の価値観を押し付けてくる大人とは違い、物腰が低くーー身寄りのない子供達の為に、こうして寄付活動までしようとしている。


「俺の親とは大違いですよ」

「ん? 今、何か言ったかな?」

「気にしないでください。大したことじゃないんで」

「そうかい。深く詮索するのも大人気ないからやめておくよ」


 男の声色は笑みを含んだものではあったが、素顔が見えない分ーー少なかれ狂気に似たものを一瞬、俺の心は感じ取ってしまった。


 ーーこの人が例の犯人なのか。


 男に対する疑惑が閃光のように俺の脳裏を走りはしたが、それも杞憂だったようで、児童養護施設に着くなり、子供達が爛々と目を輝かせて男に近寄ると、


「万代さんだ! 万代さんだ!」

「やっぱり、バレちゃたか」

「だって、そんな変な被り物するの万代お兄ちゃんぐらいだもん!!」

「あはは……。僕の趣味ではないんだけどな」


 某非公認のゆるキャラに匹敵する人気があるようで、子供達は何のためらいもなく、男に近寄っていた。

 それに気づいたのか、児童養護施設の職員らしき若いメガネを掛けた女性が走り、駆け寄って来た。


「万代さん、いらしてたんですか? 一言連絡を頂ければ、お茶だってお出ししましたのに。

 それに、子供達がスーツを汚したみたいなので、クリーニング代だけでも支払わせてください。」

「僕は子供達の笑顔を見るためだけにしていることですから、気にしないでください。

 それに、泥程度じゃ“汚い”の内に入らないですよ」

「万代さん……」


 職員の好意が本人に届いていないことに微かな悲しみを感じてしまうが、それは本人達の問題なので、俺が凛花と同じようなことをすることはないだろう。


 一日の終わりを告げるように刻々と色を重ね続けた夕日は、これから訪れるであろう夜を告げていた。


「俺、先に帰りますね」

「君のおかげで今日は助かったよ。夜は危険だから、気をつけて帰るんだ」

「そうしますよ。おっかない奴にも言われてるんで」


 俺が浮かない顔をして視線を逸らすと、


「君もいろいろありそうだね。僕達は案外、同じ境遇なのかもしれないね」


 気を使ってくれたのかーー俺に気遣いの言葉までかけてくれた。


 ーー問題は山積みだけど、俺がなんとかしないとな。


 善行をする人間をみて、勇気を貰えた俺は明日に向かって頑張ろうとしたが、視界は闇を帯び、意識は遠退いていきーーーー




 視界が開き、意識が戻り始めたときには真夜中の薄汚い掃き溜めのようなゴミ捨て場に、仰向けになって倒れていた。


 状況が理解できない中ーー目の前にいる死んだような目でこちらを見る男が、


「君とは、もっと別な形で出会えていればよかったよ」

「万代さんですか? でも、これはどういうーー」

「すまないね。君は“一度”死なないといけないんだ」


 回転式拳銃を心臓に当てられた状態で、引き鉄を引かれ、撃鉄は轟音を立て続けた。


 意識が遠のく間際に、俺は一つだけ思い当たることがあった。


 ーー目の前にいる男は、薄氷アリスと同じ目をしていると。

 

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