死神殺しの死神(1)
死神が殺害する対象、それは世界にとって益のない物だ。普通ならばどんな者だろうともきちんと世界に益をもたらす。それは普通の者だったら分からないような些細な物から、大きな物まで。そう言った益がある以上は死神はその者達を殺さない。しかし、殺しておいた方が益を減らさずに済むと判断された者に関しては、死神はその者を殺す。要するに益の方が少ない、もしくは益を産みださない者は処罰される。そう言った事を判断するのは、神様。
書記の神、宮本デューク。神様の中で【書記の神】を命じられたのは、後にも先にも彼だけである。彼は感情を持たず、愛情も持たず、そしてどんな賄賂にも動こうとしない不動の神だ。彼にはその者が死ぬまでの益を知る事が出来て、彼は殺害対象を見抜いて死神達に渡す。死神はその殺害対象となった者だけを殺す。それがこの世における【死神】と言うもののあり方だった。
そんな死神の任務には主に2つの任務がある。1つは処刑対象の人間を殺す事、もう1つは調子に乗っている死神を殺すと言う任務だ。この調子に乗っている死神、と言うのは世界にとっても死神にとっても死神と言う意味である。そしてそう言った調子に乗っている死神と言うのは、大抵強者であって死神の中でも熟練の死神が対処に向かう事になっていた。
朝比奈揺が生前屋で卵を手に入れて宿屋に向かったその日の夜。誕生都市ローレライの屋根の上に2名の死神が立っていた。
1名は白いシャツの上に黒い学生服を着た黒髪おさげの女性の死神。スラッとした体格で背中に大きな鎌を付けている。彼女の名前はアンジェリー。鎌で首を狩る、今時珍しい正統派の死神。もう1名は"1名"と言うよりかは"1匹"と言う表現が似合う宙を浮かぶ黒猫のような死神である。金の瞳の、爪ではなくて爪1つ1つに尖った短刀を付けている。彼の名前はジャック、【爪研殺しの死神】と言う高位の死神の黒猫である。
この2体は死神の中でも、この地に降りた死神を殺害する為に選ばれたメンバーである。
「ジャック先輩、今日はどんな死神を倒すんですか?」
と、アンジェリーは死神として先輩であるジャックにそう問いかける。いくら上位の存在とは言っても普通の女性が宙を浮かぶ黒猫に話しかける様は異様だった。
【なんだ、アン。貴様は殺害対象のデータをきちんと頭に入れてないのかのう? そんな事ではやられてしまうぞよ?】
と、渋い声でジャックはそう言う。黒猫が渋い声で女子高生に話しかけると言うのもまた奇妙な光景だった。
「だってー、ジャックせんぱーい。そう言った事を関係無くやるのが私、ですよ? 私はジャック先輩の指示に従うだけですよー。私は先輩大好きなので―」
【そう言うのは嬉しいのじゃが、対象の死神のデータくらいはきちんと頭に入れて置いて欲しいんじゃが】
「えぇー。先輩、厳しい―」
可笑しな1人と1匹。女子高生死神と黒猫死神は屋根の上でそう語り合う不思議な光景だった。
「そ・れ・で。今回処罰対象となった死神は、どんな死神なんですか?」
【冗談の方が良かったのじゃが……。どうやら嘘ではないようじゃな。
今回倒すべきなのは試練の神である日向ラファエルが学生時代に牢屋から逃がして、この世界に逃げた高位の死神。【死神殺しの死神】、ポイズンリップじゃ】
と、ジャックはそう言う。頭を抱えるアンジェリー。
「ポイズンリップ……。毒の唇ですか」
【あいつの名前的には、死の唇と言う意味での名前なんじゃがな。毒じゃなくて、死じゃ。『私の愛による死が二人を別つまで』を地に置く女性型の死神じゃ】
へぇー、とアンジェリーはそう納得するように言っていた。
「『私の愛による死が二人を別つまで』です? 普通だったら『死が二人を別つまで』なんじゃ?」
【あいつの場合はその表現で正しいんじゃよ。
まぁ、それとは関係ないがあいつはちょっと頭のねじが2、3本悪い方向にいかれた死神じゃったからな。
他人からの痛みに愛を感じる真正のマゾヒストにして、ちょっと抜けた所がある死神。顔やスタイルは良いんじゃがの……。残念美人、いや残念美死神と言った方が良いかのう?】
「へぇ……。ジャック先輩がそんな美死神って言うそのポイズンリップさん、みてみたいです! でも、どうして【死神殺しの死神】なんていう名前が?」
【それはじゃな……アン、説明している暇が無くなったようじゃ】
と、ジャックがアンジェリーに言うとアンジェリーもジャックの方向に目を向ける。
そこには宙に浮かぶベビードール姿の鎌を持った女性が浮かんでいた。
「久しぶり、ジャック」
【こんな形で会いたくは無かったがのう、リップ】
1匹の猫と1人の死神は、宙に浮かぶポイズンリップと邂逅を果たした。