決着
ユラギーンは身体中から血をまき散らしている。何故かは分からないがこのユラギーンと言うこの女性を見ていると、嫌な気持ちがしてくるんだよな。嫌な気持ち、不快感、それがこの女性を見ているとしてきてしまう。
「……ハハハ。これは私様様も誤算ですね。誤算、誤算。ガハハハハハ!」
と、ユラギーンは笑う。その身体を触る紅葉。
「特定の人物にのみ異常なまでに嫌悪感を持たせる術式がかけられていますね。恐らく、その人物が朝比奈さんだったんでしょうね。それから絆や縁を断ち切る能力は……」
と、紅葉が言っている。姫は「へぇー……」と言っている。
「コポン? 分かるの?」
「だいたいの感じならば、リッチですので分かりますので。この本体を倒せばどうやら、姫とユリエル姫と縁を結びなおす事も出来るでしょうね」
「……そう。良かった」
紅葉は姫とユリエル姫の両方にそう説明して、姫とユリエル姫の2人は揃って安堵の溜め息を吐いていた。僕も同じように安堵の溜め息を吐く。僕も同じように安堵のため息を吐く。
これでいつもの平和が戻って来る。
【―――――――そう言う訳にもいかないんですよね】
と、言う頭に響く嫌に頭に響く声。そしてぺたりと、僕の顔に何かが貼られる。貼られたのは、
「……白い紙?」
何だろうと思っているうちに、その白い札が光り輝いて僕の身体が光り輝く。
「ど、どうしたの! 紅葉ちゃん! 光り輝いているよ!」
「……なに、これ?」
「もしかしてこれは……転移魔法?」
そしてそれが何か分からない内に、僕と紅葉の身体が光り輝く。光に包まれる2人。
――――――その日、学術都市ダラムアトルから朝比奈揺と紅葉が消えた。
神様にとって一番大切なのは、上に立つ事。神とは、何かを支配して動かす存在であって、自分で動いて行動するようなものではない。優越感に浸りながら、地上の者達を笑って見下ろす存在。それが神だ。
と、夜比奈ユラギーンは学術都市ダラムアトルの飲食店でいつものようにルフールのステーキの調味料大量掛けを美味しそうに食べていた。
「ふむ、やはりこの赤コショウは良いね。それにルフトマトのケチャップも捨てがたいな」
朝比奈揺達と戦っていたユラギーンは、ユラギーンであってユラギーンでは無かった。
分霊。そう、朝比奈達が戦っていたのはユラギーンの”分霊”だったのだ。
(まぁ、色々とやったけどね……)
と、ユラギーンは思い返す。ユラギーンの戦闘能力は天界から降りて来た時にかなり弱体化してしまった。そりゃあもう、”戦いなんて出来ないくらいにまでに”。
そこでユラギーンは1つの策を思いついた。それは何かを取り入れると言う事。
「ハハハハ……。笑えるよね、神の座から堕ちた私様様が敵と戦えるのが神様としての力のおかげ、だったとはね」
そう言いながら、ユラギーンはケラケラと笑っていた。
身体能力や魔法は神様レベルの強大な力ではなくなってしまったユラギーンであるが、たった1つ。ユラギーンが神様時代と何一つ変わっていない物が1つだけあった。それは転送の力である。
「どうやら転送の力と分霊作成は神様としての種族補正ではなく、スキルの一部として認定されたようだね。私様様にとってはありがたい話だよ」
ここ、数か月のユラギーンの行動を纏めよう。ユラギーンはまず宝石は確かにあるけれども取りに行きづらい場所にある宝石採集へと向かう。転送の力を使えば悠々と行けた。それを高値で売りさばいたユラギーンはとある街である物を買う。
奴隷。その者としての権利や自由を認められずに、他人の支配のもとに様々な労務に服し、かつ売買や譲渡の対象とされている者達。それが奴隷である。
ユラギーンは宝石を売却して得た大金で奴隷が有名な街、犯罪都市ローグレにて奴隷を購入してその奴隷と分霊化した自分を、裏の社会で生きる高名な魔道師に大金を握りめさせて分霊化した自分と奴隷を融合。その融合したもの、それこそが
「ユラギーン・ナイト……。夜比奈ユラギーンに服従して崇め奉る、ユラギーンのための兵隊であり、騎士。それこそがユラギーンの騎士、ユラギーン・ナイト。
まぁ、女性にしてしまったせいで女性型と合成しないと色々と不味いのが問題だけどね。私様様が女性型なので、女性型としか合体できなくなってしまった」
元来、この世界の生き物たちの多くは女性の方が弱い。男性が戦う生き物に対して、女性は育て育む生き物だ。故に女性の方がどうしても戦闘能力は減ってしまう。最もそう言うのに関係無く、弱い男性や強い女性は存在するが。それはどうでも良い。
「奴隷を買うのも安くはない。朝比奈揺を倒しそこなってしまったからな。新たなるユラギーン・ナイトを作り出さないと……まぁ、朝比奈揺は仲間達と離れて1人、犯罪都市ローグレに飛ばされただろうけれどもね」
そもそも、ユラギーンが朝比奈揺との姫や紅葉達との縁を切っていた理由は何かと言うと、”彼を1人で犯罪都市ローグレに飛ばすためである”。ユラギーンが使う転送の力は対象者、それと対象者の”パーティーメンバー”を同時に飛ばすと言うものである。朝比奈揺を犯罪都市ローグレに飛ばした場合、もれなくパーティーメンバーである姫、紅葉、ユリエル姫の3名は一緒に転送される。それじゃあ、意味が無い。
「仲間も居ない街に、しかも治安が悪い事で有名な犯罪都市ローグレに飛ばす。これこそ彼を最も絶望させる手段。故に姫と紅葉、ユリエル姫との縁を切って彼を1人で飛ばす必要があった」
ユラギーンは優越感に浸っていた。
朝比奈と戦わせるように放ったユラギーン・ナイトは朝比奈達を倒せたら朝比奈を犯罪都市ローグレに送るように、もし万が一負けたとしても身体の中に仕込んでおいた自動式の札が朝比奈を犯罪都市ローグレに送るようになっていた。
「犯罪都市ローグレ。あの都市で朝比奈揺1人では生きていけないでしょうしね。必ず精神が折れる。何せ、この私様様ですら折れかかったのだから。朝比奈揺は1人なら確実に折れますね、間違いなく。
さて、犯罪都市ローグレに送るための奴隷でも買いに行きましょうかね」
そう言って、夜比奈ユラギーンはお金を払って店を出た。シェフは相変わらず泣いていた。
外へ出た夜比奈ユラギーンは空を見る。真っ黒な空と神々しく光る真ん丸な月と、その周りを回る微かな星々。
「幻想的な雰囲気ですね……」
ザクッ。
「えっ……」
夜空を見ていたユラギーンの身体に鈍い音と共に、何かが刺さったような感触。そしてゆっくりと首を下ろして脇腹を見ると、そこにはユラギーンの身体に深々と刺さったナイフと、止めどなく流れる赤い血。
「……血、か?」
「も、もういっちょ!」
ザクリ。
と、今度は目の前から胸めがけて刺されたのでユラギーンはその顔が良く見えた。
藍色の髪の大人しそうな、こんな事をしそうにない小柄な、おどおどとしたような感じの男性だった。その男性は思いっきりナイフを握りしめて、ユラギーンの身体に深々と刺さって欲しいのか奥へ奥へと押し込んでいる。そしてユラギーンの身体からナイフを伝って血が手に付いたのを見て、「う、うわー!」と言っていた。
「や、やってしまった……。け、けど大丈夫……。こうすれば、絶対無理だって言われてる姫様と付き合わせてくれるって、シスター様から教えをいただいたし……。だ、大丈夫。お、落ち着け……。
や、やっぱり無理! に、逃げろー!」
そう言って、その臆病そうな男性は逃げて行った。それを見たユラギーンは、
(彼女と付き合わせる……シスター様からの教え……。あぁ、あいつは運命の神の主神である戦恋メモリアルが送った刺客、か。
恐らく私様様を殺せば、愛しの姫様か何かに付き合えるとでも教えを出したのでしょうね)
ハハハ、とユラギーンは力なく笑う。笑ったせいで血が逆流してしまって、口から豪快に血を吐きだしてしまった。
「……倒したら、愛しの姫様と付き合えるって……。私様様は、どこの、魔王、だよ……おい……」
ユラギーンはその日、朝比奈揺と何も関わりのない場所で、血を流して絶命した。
Episode4、夜比奈ユラギーン編終了。
次回、SS【天見編】。