天見アバユリの弱点
「ふむ、ここが彼の地でしたか。では我は魂の禊ぎへと舞い降りん」
「行ってらっしゃいませ……」
月裏は温泉に行こうとする浅尾に手を振って、溜め息を吐いていた。
「疲れました……。まぁ、あのアバユリさんが苦労するのだったらこれくらい疲れても仕方はありませんか」
月裏も温泉に行ってこの気疲れを癒そうとしたが、温泉には浅尾さんが今行った所なので鉢合わせする可能性が高いので卓球台の近くにあるソファーで休もうと思っていた。卓球の近くに行けば知り合いの誰かが卓球で遊んでると思ったからである。
「あれは……アバユリさんとミランダさん?」
卓球台のある部屋へと向かっていると、その廊下で2人の男女を見つけた。1人はガスマスクを付けた男性、天見アバユリさん。女はこの『理想郷温泉 ミランダ』など、主神でこそないものも神界で沢山の温泉を経営する主神の次くらいに偉い存在にして、天見アバユリの妹神である天見ミランダである。
身長は女性としては高すぎるくらいの190㎝や2mはあろうかと言う巨体。黒を主な基調とした清楚な感じのメイド服と白いカチューシャを身に着けていて、明らかに現実の物とは思えない漫画の世界でしかありえないような豊満な爆乳。短く切り揃えられた亜麻色の髪、そして何もかもを見通すような深い蒼い瞳が特徴的な美女、天見ミランダさんが、無表情な瞳でアバユリさんを見つめていました。
「や、やぁ。ミランダ。久方振りだね、元気にしてたかい?」
いつもとは違いアバユリはどこか怯えた様子で、自信なさげな感じでミランダにそう聞いている。ミランダはそれに対して無表情そうな瞳でアバユリさんを見つめながら返事を返す。
「……私には元気にしてほしくはなかったんですか? 兄さん的には」
「い、いやそう言う訳じゃないんだよ! これは社交辞令、久方振りにあった兄と妹の挨拶さ!」
「久方振りに会わないといけないほど、兄さんは仕事が忙しいんですか? 私と会えないほど」
じとー、とした目でアバユリを見つめながらミランダはアバユリに詰め寄る。当然のことながらミランダの身体の方がアバユリよりも大きいので必然的にミランダの威圧感が増したように見える。
「い、いや。主神と言うのは本当に忙しいんだよ。同僚の日向ラファエルとか月裏ラキナエルさんのフォローとかでいつも疲れて疲れて」
「……そんな疲れるような人達を連れて休みに来るんですか、兄さんは。主神と言うのは仲良しこよしの組織なのですか? 兄さんに迷惑をかけるような神様ばかりなのですか? そんな人たちのお世話よりも妹としましては私のお世話を願います。何せ私は普段より兄さんとふれあえないんですから」
「ご、ごめんよ! い、いたらない兄でさ! けど主神と言うのは誰もがこれだけ忙しいんだよ?」
「……忙しいからと言って妹との交流をないがしろにするような兄さんは嫌いです。今すぐ謝罪と要求をします」
「な、なにかな? 確かに兄ちゃんが最近会えないのは悪いと思っているし、謝罪もするし、要求も出来うる限りまではやろうと思っています」
「……では、今すぐ結婚を――――――――」
「じゃあ!」
ミランダのその言葉を聞いた瞬間、アバユリは物凄い勢いでどこかに行ってしまわれた。その光景を見ていた月裏はやっぱりか、と思っていた。
天見ミランダは兄である天見アバユリさんと結婚したいと思っているほどのブラコンの妹である。神様達にとって近親相姦や兄妹との結婚などは大した問題では無く、双方の同意さえあればいつでも結婚出来る。だけれどもどうやらあのアバユリさんはその妹さんのミランダが苦手らしく、結婚と言う事をしたがらないのである。いつもの事なので大した事じゃないと月裏は思っていた。
しかしそれは第三者から見た視点であり、当人にとっては大事な事なのである。
ピクリと近くで月裏さんが見ていた事に気付いたミランダは、そのまま早歩きで月裏へと詰め寄る。しかも無表情で、どんどん早歩きなのに速度が早くなっている事が驚きである。そしてそのまま月裏に接近したミランダ。
女性としては身長が高い月裏ではあるが、それはあくまでも女性での話。男性にしても高いほどの身長を持つミランダとは頭一つ分以上の差があった。
そんな彼女が自分と距離を開けずに無表情な瞳で、見下ろした状態で見つめている一種のホラーだと月裏は思っていた。
「月裏さん。見ていたのならば分かっていますね。どうか私と兄さんとの仲を取り持ってはくれませんか?」
無表情な命令口調に月裏は逆らえるはずも無く、うんうんと頷くしかなかった。