心構え
紅葉が僕と姫に渡してきたのは、人形だった。それぞれ2体ずつの人形。違うのはデザイン、と言うか文字だけの、ただの木彫りの小さな人形。
僕の貰った人形にはそれぞれ1体ずつに『姫』、『紅葉』の文字、そして姫が貰った人形にはこれまたそれぞれ1体ずつ『揺』、『紅葉』の文字が刻まれている。
「これは……?」
「コポン……?」
と聞くと、紅葉は僕と姫に2体の人形を見せてきた。これまた違う文字、書かれている文字は1体ずつ見れば『揺』と『姫』の文字が刻まれた2体の木彫りの小さな人形である。
お互い、自分以外の名前が書かれた木彫りの人形を持っている。これはいったい……?
「これは保険です。朝比奈さんは私達と大きくレベル差があると焦る傾向がありますので、これはそれを失くすための物です。この人形には私たちの髪の毛が中に入れてあって、その文字に書かれている人の髪の毛が中に入っています」
つまり、僕の髪の毛は『揺』と書かれたこの木彫りの人形の中に入っていると言う事か。と言うか、それがレベル差を失くすための物とどう結びつくのだろう?
「これさえあれば、例えば姫ちゃんが1人でモンスター退治行ったとしても、私と朝比奈さんも一緒に行ったとみなされて経験値が入ってきます」
「あぁ、いわゆるガクシュウソウチか」
懐かしい……。コイ○ングやト○ンセルなどを育てる際に重宝した。つまり紅葉が何が言いたいかと言うと、これさえ持っていればモンスターを倒した時の経験値が入ってくるという事か。ありがたい。今のレベルは……
【朝比奈揺 Lv.8 種族;人間 職業;聖剣使い初心者 HP;300/300 MP;140/140 加護;ルルリエルの加護
姫 Lv.10 種族;獣人(狸族と狐族のハーフ) 職業;なし HP;260/260 MP;460/460
紅葉 Lv.10 種族;リッチ 職業;決意の魔法使い HP;108/108 MP;4900/4900】
と、やっと追いついてきた。これで2人に迷惑をかけない程度には、レベルを上げる事が出来ただろう。もし仮に、また2人でモンスター退治をしてレベルを上げたら、僕も負けじと上げに言っていたからな。それじゃあ、負のスパイラルだ。
これさえあれば、それを防ぐ事が出来る。まさしく夢の道具である。
「ガクシュウ……朝比奈さんが何を言っているかは分かりませんが、ともかく当人が居ない場合、経験値を本人へと伝える役割を示す人形こそ、この木彫り人形。
まぁ、2体分あっても伝えられるのは、普通に1倍ですが……」
「いや、それで良いよ」
戦闘に参加していないのに、レベルがいつも以上に上がるって……そんな夢みたいな話は止めてほしいものだ。多分、そう言う状況になった場合、僕はだらけてしまう。
人間とはだらける生き物で、一回だらけるとなかなか戻れないから。ちなみにソースは僕の体験談より。
「姫様の呪いを朝比奈さんが譲り受けて、倒れてしまう。
……そう言った事を予想出来る上に、とった処置です」
「ぎくっ……!」
あ、当たってる……。
あのクエスト、ユリエル姫の呪いを治すというクエストを見て思ったのだ。
僕の【呪い耐性無効】のスキルならば、彼女の呪いが僕に乗り移るのではないか? と。
僕のこのスキルは、呪いに対する耐性が0になって、他人に触れただけでその呪いが僕に宿る、そう言ったスキルらしい。ならば、そのスキルを使って王女様の呪いを僕に移す事が出来るんじゃないかと。
あれは呪いをユリエル姫から治す依頼と思ったが、よくよく見ればあのクエストの目的は呪いをかかっている王女様から、呪いを取り除いて欲しいと言うクエストだ。そこに呪いの解呪は求められていない。ならば、普通に呪いを僕に移し替えれば良いんじゃないか、それが僕の狙いである。
「まぁ、自分に出来る事ならばやるしかないさ」
「……朝比奈さんの呪い耐性無効ならば、確かに呪いを移す事が出来るでしょう。ですが」
と、紅葉はゆっくりと近付いて僕の手を取った。
「朝比奈さんが背負い込むべき物でもありません。呪いという物は。
呪いは悪意であり、それを自ら背負おうと言うのは、少し違う気がします」
「紅葉……」
「コポン! コポン!」
私も私もと言いたげに、姫が足元で声を鳴らす。
「姫……。はは、別に背負おうとは思ってないさ。もしかしたら姫様の身体では解呪出来ないだけかと思って、ギルドの皆さんに聞いてみたら20歳以上の大人ならば普通に治せる呪いらしいし」
どうやら20歳以下で解呪しようとすると呪いが強まり、死に至らせる呪いであり、僕は今23歳。普通に呪いを解呪するのも問題ない。
出来るのならばやるしかない。ただそれだけだ。
「そもそもこのクエストは、紅葉が出して来たんじゃないか。なのに、なんでそんなに紅葉が心配するんだよ」
「だって、そもそも朝比奈さんが選びそうな依頼に思えたんですし。だからこそ、私の方から出しておきたかったんです。初めからやると分かっていたなら、勝手に一人で行かないようにするのが私の考えです」
なるほど。僕が1人で見つけて僕1人でやる……うん、自分の事ながらしそうで怖い。
紅葉の考え通りか。
「けど、その前に私から提案があります。朝比奈さん」
と、紅葉はそう言って、
「―――――魔法の訓練をしましょう、朝比奈さん」
とニコリと彼女は笑っていた。