悶え死に蝶(2)
「良いわぁ♥ 何、この感覚♥ 身体が中から熱く、ほっててくるー♥ 良いわぁ♥ 最高だわぁ♥」
変態蝶……もとい、メグリ・バタフライは身体を両腕にて押さえつつ、「いやん♥ いやん♥」と言いつつ、暴れまくっている。と言うか、身体が浮いている。彼女もまた不気味だったが、そしてその後ろに立っている少年兵士達はさらに不気味だった。目に何も映っていないのだ。目が死んでいるという表現があるが、あれは違う。
彼らの目は、何も見ていない人形の目だった。
「……気になるけど、まずはあの蝶」
と、ユリーがそう言う。そう、僕達がまず相手すべきなのはメグリ・バタフライ。自身に猛毒性を持った香水をつけて、その香水を風の魔法によって僕達にまき散らす彼女。本番の戦争が始まる前に戦闘は出来る限り避けたいが、このままだと僕達の乗っている馬が香水によって死んでしまう。それは大きな痛手である。
「紅葉、あいつらに気付かれないようにして馬を守る事は出来るか?」
「不可視の風の魔力によって猛毒の防御と、見えなくする事は可能です。ですが、あちらさんが既に気付いているみたいです」
紅葉が言う通り、あの変態蝶はこちらを見て、まるで獲物を見つけた猛獣のように舌で舐めずる。そして、何か呪文のような物を唱え始める。
「――――――――風よ、我が声に従え」
先程まで、悶えていただけの人物には思えないはきはきとした、静かに響くような声で詠唱をしているメグリ。拙い……どうやら僕達は完全に相手に獲物として見られてしまったようだ。
このままだと猛毒香水によってやられてしまう。
「わ、私が行きます!」
そう言って、月裏さんが燃えるような翼で飛び、そのままメグリへと向かって行く。不死鳥である月裏さんには猛毒は効かないから、相手が呪文を詠唱し終わる前にぶつかって倒そうと言う算段だろうか。
「援護! 援護!」
「……私も。近付けませんし」
姫がそう言って炎の塊を作り出して、少年兵士達に向かって投げつける。そしてユリーが長刀・ボルケーノを投げて、その炎を隠れ蓑にするかのようにしてメグリに迫って行く。
「あらぁ♥ 何か向かってくるわねぇ♥ 良いわぁ♥ 攻められるのは、大好きよぉ♥」
どうやらメグリは月裏さんに狙いを定めたらしく、月裏さんに向かって風の魔法を放つ。それに乗って猛毒香水も風に乗って運ばれているんだろうけれども、月裏さんは何も苦しんだ様子もなく、それ所か風に煽られた炎はますます激しさを増して、月裏さんの攻撃力が上がる。少年兵士に目掛けて投げられた炎に彼らは何も可笑しく思う事も無く、ただぼぅーっとその迫りくる炎を見ていた。そして月裏さんの突撃にメグリがダメージを受けて倒れかけている時に、ユリーが投げた長刀・ボルケーノがメグリの腹を貫いた。そして姫の投げた炎が少年兵士達に当たった瞬間、
ドカァァァァァァン!
と、大きな爆発音と共に、少年兵士達が爆発した。そして大きな煙を上げて、少年兵士達の姿が見えなくなってしまっていた。勿論、少年兵士の中に飛び込んだメグリと月裏さんの姿も。
「な、なんだ……今のは姫の攻撃じゃないよな」
「う、うん」
姫もそう言って、何だか本当に驚いた様子でこっちを見てそう言った。炎に人が当たったら普通はあんな爆発なんてしないはずなのだ。なのに、どうして……。そんな事を思っていると、煙の中から月裏さんが飛び出して来る。
「中はどんな感じ―――――――!?」
と大きな声で聞くと、
「け、煙で分からなかったです――――――――!」
と、月裏さんは答えた。まぁ、彼女もそんな感じだろう。
「じゃあ、紅葉。紅葉は風の魔法で生命があるかどうかを探知。僕はアースソナーで……」
「詳細に確認、ですね」
そう言う事だと、僕は親指を立てておく。紅葉が詠唱し始めるのを見計らい、僕もまたアースソナーで中の様子を確認する。
「こっちは終わりました。中は生命反応はありません」
と、紅葉が言う。随分と速い。まぁ、あっちは風で、こっちは地面の衝撃波による探知。どちらが速いと言われれば、あちらの方が速いのは当然、か。そんな事を考えていると、こっちに検索結果が返ってくる。
「……えっ? な、なにこれ……」
その結果は予想外だった。確かに紅葉の言う通り、あの煙の中に居る少年兵士達とメグリは生命反応はない。もう既に死んでいる。
けど、彼らをアースソナーで詳しく探知した結果、彼らが欠損もなく動いている事が分かった。
【メグリ・バタフライ】
猛毒香水大好き少女。自身に付けた香水を風の魔法で運びます。
【少年兵士達】
平均年齢17歳。【勇者軍】にて一気に成り上がりを目論んだ者達。