紅葉、思案する
私にとって月裏ラキナエルと言う女性は、突拍子もない嘘を言う神ではなかった。いや、人を傷つけないために嘘を吐く事はあっても、相手を傷つけるための嘘は吐かない。それが私にとっての、月裏ラキナエルと言う女性のイメージだった。
『もう1度言いますよ! その洞窟に居るボスモンスター、ヴェルモットクレイを倒さないと、レベル15になったら姫ちゃんが死んじゃいます!』
だからこそ、月裏さんのそんな嘘みたいな報告に私は呆然とするしかなかった。
「姫ちゃんが……死ぬ? どうしてですか、それもレベル15って……。どう言う事か、詳しく説明してください!」
『えっと……あなたは覚えてますか? 白面九尾の狐さんの事を』
白面九尾の狐。その使い魔には心当たりがある。
白い面を被ったような、九本の狐の尻尾を持つスラっとしたような女性。フェロモンたっぷりな、桃色の和服を着た狐の使い魔であり、人を小馬鹿にしたような態度を好む者。そんな白面九尾の狐は確かある学生さんに着いて行って、その着いて行った学生さんを殺してしまった事でも有名である。
『覚えていると思いますが、彼女は狐であると同時に、女性の格好でした。それは狐は男をたぶらかすのに、女性の姿が都合が良いからです。まぁ、女であるほうが都合が良いと言う事なのです』
「……けど、姫ちゃんは関係ないですよね? 姫ちゃんはタヌキツネと言う、狸族の獣人と狐族の獣人のハーフで関係ありませんよね?」
『関係あるんです。姫ちゃんの両親は、狸族の獣人は日本三名狸の団三郎狸、狐族の獣人は九尾の中でも有名な玉藻前と言う、かなり凄い両親なんですよ』
「団三郎狸? 玉藻前?」
その2体ってどう言う者なんでしょう?
『団三郎狸は蜃気楼や化かし合いなどを行った狸。けれども金を貸したりして人助けを行った狸族の者。
玉藻前は九尾の狐の中でも最も有名であり、最も美しいとされた狐。様々な妖術、経歴を持つ狐族の者。
そんな2人が愛を持って生んだ娘、それこそが姫ちゃんです。まぁ、そんな2人から生まれたので人型になるのに少しレベルが必要でしてね』
「それが……レベル15」
それが姫ちゃんが人間に成れる最低ラインと言う事。昔から何か変な娘とは思っていたが、まさかそんな凄い2人の娘だったとは……。
『けれども日向さんは、そんな人型に必要となる成分をどうにかして抽出。そして成功。そのタヌキツネの片割れ、と言うアイテムをそこの洞窟に居るボスモンスターのドロップアイテムとして設定したのです』
「じゃあ、その片割れがないと……」
『はい。姫ちゃんは人間型に成れず、自我崩壊。そして悪しきタヌキツネとして、世界を崩壊させる魔物となるでしょう』
私は姫ちゃんを見る。
姫ちゃんは朝比奈さんの膝元でゆっくりと寝息を立てて、安らかな様子で眠っている。そして朝比奈さんがそれを優しそうに尻尾を撫でている。とても幸せそうな光景。
あの光景を、あの2人を引き離すなんて、絶対してはならない!
『これは朝比奈さんには伝えません。と言うか、伝えられないんです。日向さんの命令で……。
とにかく、レベル15になる前に姫ちゃんにタヌキツネの片割れと言うアイテムを与えれば、それで問題は解決します』
「……分かりました。情報、ありがとうございます」
そして月裏さんとの念話は切れる。私はこっそりとステータスを覗いてみる。朝比奈さんほどではないが、私もリッチの高名な魔法使いなので、ちょっとしたステータスくらいなら覗けるのだ。
【朝比奈揺 Lv.5 種族;人間 職業;聖剣使い見習い
姫 Lv.8 種族;獣人(狸族と狐族のハーフ) 職業;なし
紅葉 Lv.8 種族;リッチ 職業;魔法使い】
ちなみに、朝比奈さんの職業が変わっているのは、姫ちゃんと私で捕りに行った聖剣を使っていたからでしょうね。お世辞にも綺麗とは言えない太刀筋だったけど、必死さが伝わった良い剣で私は好きです。
肝心の姫ちゃんのレベルは8。後、7つが限界だけど、今日はレベルアップしなかっただけで、明日にはきっとレベルアップする。朝比奈さんは私達よりもレベルがだいぶ下なのを気にしていて、モンスターとの戦闘を沢山していた。明日もそうだろう。
とすると、急いで朝比奈さんをあのお目当ての洞窟、イスール洞窟の奥へと連れて行かなければならない。
これを伝えれば、朝比奈さんも姫ちゃんも大慌てになるだろう。けど、それは嫌だ。私はこの3人のほがらかな雰囲気をいたく気に入っているのだから。
「……私がなんとかするしかない。それしか方法がないの」
これはただのクエストじゃない。姫ちゃんを救うための戦いである。
私は拳をギュッと、握りしめ決意を新たにした。
【紅葉の職業が、『魔法使い』から『決意の魔法使い』に変わりました】