試練の神
「どうしてそんなに試練を出したがるんですか、日向ラファエルさん! あなたは生前にも彼に色々と試練を与えてるじゃないですか!」
私はそもそも知っている。彼の同僚として、彼が朝比奈さんに何をしたのか知っている。彼は朝比奈さんを大学に中退させる原因を作り出し、彼の確定していた未来を壊した者だ。
「何を言っているんだい、月裏さん?」
と、そもそも私が可笑しいとでも言いたげに日向さんはふぅーと溜め息を吐いていた。その間もいつもの嫌味な笑顔はやったまま。
「私は無謀な挑戦はさせていませんよ。ただ頑張らないとクリア出来ない試練を与えているだけです。
それは総勢249名の転生者にも言える事ですよ? ちゃんと始めから移転される異世界は決まっていて、聞けば教えてあげたんだよ。実際、何人かはそれに気付いてちゃんと教えてあげたし。スキルだってちゃんと、有用な点と危険な点をちゃんと明記しておいたよ? それをちゃんと見なかった彼らが悪いんだよ。私は決して悪い事はしていない!
それにこんなにやって、彼に肩入れしているとでも言いたげだけど、これくらいどの人間にもやっている事だ。人間たる者、これくらいやってもらわないと困る。
朝比奈さんは余り物を無理矢理押し付ける形で転生させたから、出来る限りそう言った危険な点を教えてあげなかったし。私は情報を与えていないうえでの、理不尽なる状況には賛成出来ない。なにせそれは試練では無く、ただの不幸な結末だしね。
ちゃんと情報をある程度与えて、それを受けて試練をどう攻略するか。
そうして初めて、人と言う生き物は成長出来るんだよ。
それに悪い事ばかりではないだろう?」
そう言って、日向ラファエルは【ヴェルモットクレイ Lv.9】はドロップアイテムの所を私に見せて来る。
【大剣アザゼラクト×1
タヌキツネの片割れ×1
薬草×5】
そこにはレベル9、Gクラスダンジョンとしては破格の報酬が用意されていた。
「本来は推奨20レベルのダンジョンの宝箱から手に入る大剣、アザゼラクト。タヌキツネ――――――今は姫ちゃんだっけ? がレベル15以上になる時、人間形態を形作る際に必要なタヌキツネの片割れ。それから薬草5つ。お金だってたった1体にしては2000Gと言う物を用意させるんだから、そう怒らないで欲しいな。
私はちゃんと試練をクリアした人には、褒美を用意するよ。それも破格の。それが試練の神、日向ラファエルなりの”あれ”なのだから。
じゃあ、後は任せたよ、月裏さん。私は他の人に試練を与えないといけないし。あ、あとモンスターの情報は彼らに教えたら駄目だよ、月裏さん。それじゃあ、試練にはならないのだから」
彼は絶対に愛は語らない。恋や愛と言った、恋愛関係の言葉を彼はぼやかすように語る。
戦恋さんを呼ぶ際も、必ず『戦なんとかさん』と呼ぶほどの徹底ぶり。さっきの”あれ”も、愛と言う言葉が変換されて入れられるのでしょう。
日向さんは愛と言う言葉を語らない。故に彼には愛なんて存在がそもそもないと、私は思っている。
ただの嫌がらせに近いこの行為を、私は彼を殴ってでも止めるべきなんだろう。
「……はい」
けれども私は日向さんに逆らえない。神様は縦社会。権威のある神には逆らえない。
彼の言っている事は何も全てが間違いと言う訳ではない。
ちゃんと情報を、クリアするための条件を提示した上で、理不尽と思えるような試練を与えている。ちゃんと提示はしていたのだから、それをきちんと読まなかった方が悪いのだとでも言いたげに、狡猾に隠して情報を与えている。
決して無謀とも言えるような事はしていないし、頑張れば、条件を整えさえすればクリア出来る試練を与えて、試練を合格した者にはちゃんと景品を用意する。それが彼、日向ラファエルのスタンスである。
「……あ、1つだけ教えてあげて欲しい事があった。そしてこれは朝比奈さんでは無く、紅葉さんに教えて欲しいんだけど、ね」
と、そうやって日向さんの事を少しだけ見直している時に、彼は付け加えるように、何事も無いように、ただただ一応伝えないといけない事を思い出した。そう言った感じで、日向さんはこちらを向く。そして告げる。
「『その姫ちゃんと言うタヌキツネは今のままだと、レベル15になった瞬間に暴走して、街の人々に討伐されると言うイベントが発生してしまう。
それを回避するための方法はたった1つ。君が行こうとしている洞窟のボスモンスターであるヴェルモットクレイを倒して、【タヌキツネの片割れ】と言うアイテムを彼女に渡しておかないと、遠からず彼女は死ぬよ?』ってさ」
「やっぱりあなたは最低です!」
「それ、褒め言葉だよね」
ニヤリと嫌味の笑顔を浮かべて、彼は恐ろしい事を言っていた。
た、大変。これは朝比奈さんに伝えないと。
朝比奈さんは姫の事を気に入っていて、姫を失えば彼の精神は崩壊してしまうと思う。
けど、これは紅葉さんに教えないといけない。なにせ、彼は私より上位の神なのだから。
紅葉さんはどうやってこれを朝比奈さんに伝えるんだろう?
「頼んだよ、月裏さん」
彼は何事も無かったように、ひっそりと次の冒険者への試練の準備を始めていた。