加護をくれる女神様
「あんなに渡してよろしかったんですか、朝比奈さん?」
宿屋から出るなり、紅葉はそう聞いて来た。
「良いんだよ。僕はそんなに浪費家じゃないし、2人も浪費癖は付いて無さそうだし」
生前、前の世界での僕は倹約家だった。ただでさえ家族が多いのに、稼ぎは平均的な我が家では、節約こそが日常的に行っている事だった。
本当に欲しい物しか買わない、贅沢はしない、セールには一目散。
その上で僕達は朝比奈家として成り立っていた。
だからお金を欲しいだけ欲しいとは思わないし、嗜好品も欲しくはないと言うのが僕の心境だった。今日見せられた姫と紅葉の金品だって高そうと言うよりも、こんなの持っていいのかなと言う貧乏性が頭を過ってしまったくらいだ。
あんなに大きな金品を持っていると道を踏み外す。だからむしろあの宿屋の主人に買ってもらった方が僕としては嬉しかったくらいだ。
「まぁ、まだまだ稼ぎは少ない、と言うかギルドとかの職にも就いていない僕だけど、もう少し頑張って金を溜めて、2人に武器とか装備とか買えるだけ頑張るよ」
そう若干カッコつけて言ったのだが、これは2人には良い物だったらしい。
「朝比奈さん、朝比奈さん! そんな事を言って貰えるなんて死体冥利に尽きます。私、身を粉にして、いえ死したこの身体に鞭打って全力でサポートします!」
と、紅葉は何故か涙を流し、
「コポン♪ コポ、コポン♪」
姫は嬉しそうに僕の足をすりすりとすり寄って来る。
嬉しいと思って貰えたのは何よりだけど、なんだか恥ずかしい。
「まぁ、そのためにも教会で神様の加護とやらを貰わないと。ギルドに入るにはそれが必要事項らしいし。と言う訳で、紅葉はどこかで遊んで来て」
と、僕はなけなしのお金から1万Gを彼女の手の上に載せる。
「……これは?」
「それでちょっと街をぶらぶらとしておいて。お小遣いと言う事で。実際、君達の取って来た金品の値段だし」
「あっ、そうだ。姫にもだね」と僕は姫にも1万G渡しておく。渡すと言うよりは目の前に置くだけど。
「コポン♪」
姫はそう言って嬉しそうな顔をして、袋の中に1万Gを収納した。……あぁ、そうなってるんだ。
「紅葉はリッチだから食費はいらないとは思うけど、杖とか服とか買った方が良いし。1万Gで足りる、かな?」
「い、いえ! 大丈夫だと思います。と言うか、それ以上は持たれても私が困ります。この1万Gは私が本当に必要な物を買う時に使わせてもらいます」
「朝比奈さん、ありがとうございます」。彼女はそう言って深々と頭を下げて街へと消えて行った。まぁ、1万Gもあれば杖とか服とかも買えるだろうし、大丈夫だよな。
「で、姫はどうする? 紅葉と一緒に買い物か?」
「コポン!」
と、そう言って軽々と僕の背丈を飛び越えて、姫は僕の頭の上にそっと着地した。全く反動が無い。これは素晴らしい技術ではないだろうか。この僕の頭に乗ると言う事くらいしか需要が無さそうな技術だけど。
「じゃあ、姫も一緒に行くか。教会に」
「コポーン!」
姫の高らかな鳴き声を聞き、僕は教会を探して街を歩き始めた。
しばらくするとお目当ての場所が見つかった。
全体的に白で統一されたデザイン、そして真ん中に大きく置かれた十字架。色あせながらもまだまだ働く事が出来そうな銅の鐘。
「『ヒメハジメ教会』。ここが月裏さんの言っていた教会だろうな」
「コポン!」
僕はそう言って、姫を頭に載せたまま扉を開ける。
「お邪魔しま~す」
「ご、御仁!」
しかし1歩目でその歩みは止められた。
シスターさん。ただし恰幅の良さそうな30代くらいの主婦みたいなシスターさんが、黒いシスター服を着てこちらに注意を呼びかける。歩いている様子が、ドスンドスンと大きな音を鳴らしているみたいだ。実際、小さくだけどそんな音が聞こえるし。
「ここは聖なる神を崇めし教会。そんな教会に邪の存在たるモンスターを持ちこんだらいけないと言うのは、誰もが知る法ではありませんか!」
シスターは声を荒げる。
どうやらこの教会ではモンスターは邪の存在として扱われており、姫がその対象になってしまったのだろう。別に姫は暴れたりしないのに。
「大丈夫ですよ、シスターさん。この子は大人しいですし、皆さんを襲えるほどの力を持ってはおりません」
あくまでも気性が大人しい事と力が弱い事を強調してシスターさんに伝える。この2つが揃っていれば、大抵の物は上手く行く……
「いえ! 例え弱い気性の大人しいモンスターでも、モンスターには変わりありません。この神の玄関は立ち入りをぎりぎり許したとしても、この神の教会の奥へと立ち入りはさせません!」
……。例外は認めず、か。仕方ない。僕は姫を頭から下ろして、扉の前に置く。
「姫。加護を貰いに行く間、ここで待っててね」
「コポン……」
名残惜しそうな姫の頭を軽く撫でた後、僕はシスターさんに向き合う。
「モンスターと真剣に向き合う。今時、そんな魔物使役者なんて居ないと思ってたんですけど……。まぁ、良いでしょう。
私の名前はシスター・エリシア。この教会のシスター長を任されています」
「ぼ、僕は冒険者の朝比奈揺です! よろしくお願いします!」
「アサヒナ? ユラギ? みょうちくりんな物を連れて来ると思ったら、名前までみょうちくりんとは滑稽ね。けど、神は全てを許します。
あなたは加護を貰いに来たのよね? なら、こっちよ」
そう言って、僕を案内して来るシスター・エリシア。なんとなく棘を感じる言い方だ。宿屋の人は名前を言ってもこんなに不愉快な反応はしなかった。これは彼女が普通なのか、それとも客が良い人だったのか?
どっちだって良いが、今度からはこの世界にあった名前の呼び方を心がけよう。『朝比奈揺』ではなく、『ユラギ・アサヒナ』と。
「さぁ、ここよ」
と、シスター・エリシアが指したのは扉だった。
茶色い古ぼけた感じが印象的なただの1枚扉。その向こうには何もない。文字通り、ただあるだけの扉だ。
「神の扉。ここに入った者は神との対話を許される。
さぁ、ユラギよ。この扉を開けて、自らの加護をくださる神との対話を果たすのだ!」
「あ、あのー……。もしも神様が居なかったら……」
「その時はその時。今回は御縁が無かったと言う話。またあなたの望む神が来るとも限りません。神とは私達の想像を超えた存在なのだから。
さぁ、とっと入れ!」
と、もうまどろこっしくなったのか、シスターが扉を開けて、僕の背中を押す。
その先にあるのは教会の床では無く、ただの真っ白な何もない空間。
ちょ……! あんな何もない所、行ったら落ちるって!
「ちょ、ちょっと待っ……」
「言い訳無用! さっさと行け!」
そう言って、僕はシスターに蹴られて、扉の中の白い空間に入って行った。
「痛たた……。何も蹴る事はないよな」
幸いにも何もないが、底も同じようにないみたいで僕は白い空間に立っていた。ひりひりと痛む蹴られた腰を抑えながら、僕は辺りを見渡す。
ここが神との対話の場所。ここに僕に加護をくださる神が……。
そう思って探していると、
「――――――居た!」
あっちの方で佇む見覚えのない女性の姿。間違いない、彼女こそが僕に加護を―――――
「うわっ! この女の子、マジカワユス! マジ細ーい! マジ天使!
や、やっぱり女の子は人類の宝! 神の英知! 女の子、ヤッホー! 女の子の身体、舐めまわしたいわ!」
――――僕は若干の不安を覚えた。