目的地は教会
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宿屋の下へ降りると姫と紅葉が既に食事を始めていた。姫はおはぎ、紅葉は焼き魚を食べていた。
「おぅ、兄ちゃん。兄ちゃんはやっぱり『幸せのサボテン』の運が滲み出てるな。お前ん所の狐がこれを渡してくれたぞ」
そう言って、宿屋の主人はニコリと笑う。その手には小さいながらも、きらりと光る赤い宝石を持っている。
あれー? そんな宝石、手に入れた覚えがないんですけれども?
「運気が廻って来たわ、あんたのおかげで。なんだか朝から気分が良いような気がするし、それに客入りも良いからの。この宝石も手に入れたし。ささ、これでも食っとけ」
そう言って、宿屋の主人から美味しそうなご飯とみそ汁、それから焼き魚のお食事セットを差し出して来た。ちゃんとプレートの用途を担っている板に乗っていて運びやすくなっている。
「あ、あぁ……うん。ありがとうございます」
とそう言って僕はその食事セットを貰う。
僕の頭にいくつかの言葉が思い浮かぶ。
プラシーボ効果。
本来ならば何の意味のない事も、「こう言う物なのだ」と言う思い込みによって無理矢理効果を実感していると勘違いしてしまう現象。多分、朝から気分が良くなったのも思い込みだと思うし、客入りも良くなったのも恐らく思い込みだろう。
まぁ、プラシーボ効果は良い効果にも悪い効果にも働いちゃいますから、宿屋の主人が良いと思っているのならばそれでも良いと思うし。
「あっ、朝比奈さん。おはようございます」
「コポン、コポコポ!」
席に近付くと気付いた姫と紅葉が声をかけて来た。
「あぁ、おはよう。2人とも。早いな」
と、僕はそう言ってテーブルにプレートを置いて食べ始める。
「あぁ、美味しいです。この魚の死体は……」
「コポン♪」
止めてくれ、紅葉。焼き魚が魚の死体にしか見えなくなってしまうから。
数十分後。
食べ終わった後、僕は彼女達2人に向き合う。
「今後の方針について話す。まず、今日、僕は教会に行こうと思う」
「きょ、きょ、きょ、―――――――教会!?」
と、それを聞いた瞬間、紅葉がバッと席を立つ。
「あ、朝比奈さん。ざ、残念ですが私は教会には入れません。つーか、近づけません」
「ど、どうした。紅葉、様子が変だぞ?」
「私、リッチですから中に入ったら消されてしまいます」
「あー。そうなのか」
あれだ。あれ。
ゾンビに回復魔法を放ったら普通にダメージ喰らって死亡とかそう言う事だろう。
「しかし、朝比奈さん。急に教会に行くだなんてどうかしたんですか?」
「コポン?」
首を横にして疑問符を浮かべる2人に僕は事情を説明する。
「実はギルドに入って効率的に金を稼がないといけないんだ。ギルドに入った方が冒険もしやすいみたいだし。そのためには教会で神のご加護を持ってないといけないって、昨日月裏さんに言われたんだ」
「へぇ、月裏さんと、ですか」
紅葉は「へぇー」と感心し、
「コポ! コポコポ!」
何故か姫は怒っているかのように僕の足をぺちぺちと叩く。
「それに2人とレベル離れちゃったからさ。2人と一緒に戦うにはレベルを上げて、強くならないと」
「「……!」」
その言葉に2人はドキリ、とした顔をする。
……?
「どうかした? 何か可笑しな事を言ったか?」
「い、いえ。私達は朝比奈さんのお金を稼ぐためにモンスター退治をして金を稼いできて。その際にレベルが上がったのであって。別に朝比奈さんと戦うのが嫌だと言う訳では無く……」
「コポ、コポコポン」
「あぁ、別にそうとは思ってないよ。むしろそう考えてくれて嬉しい」
僕からすればお金は月裏さんに相談して何とかなるだろうと思っていたが、2人は2人なりに考えてお金を用意しようとしてくれた。その心意気が嬉しい。
「コポ、コポコポ」
姫がこっち見て、と足をチョンチョンと叩く。見ると姫の近くには沢山の魔剣やら聖剣やらアクセサリーやら宝石が山のように鎮座していた。
「それが昨日、私達が取りに行った物です。お金の足しにしてください」
「い、いやこんなにもらえないよ!」
気持ちは嬉しいけど、嬉しすぎて対応に困ってしまう。
「遠慮せずとも。私達が好きでやった事ですし。それに遠慮よりかはいくつか手に取っていただいて、頭を撫でていただければ、使い魔の私達も嬉しいですし」
「そう言う物、なのか?」
「コポ、コポ」
その通り、と言いたげに姫は声を鳴らす。
「なら、遠慮なく」と僕はいくつかその山から物を手に入れる。
翼のレリーフが特徴の白銀の聖剣。赤い宝石の付いた指輪。それと青い大きな宝石が埋め込まれた腕輪。指輪を右手の中指、腕輪を左腕に付けて、聖剣は腰に指した。
そして僕は2人の頭を撫でる。
2人は嬉しそうに顔を微笑ませて、見ている僕も笑顔になれた。
「本当に良いのかい、こんなに貰って」
と、あの大量の金目の物を貰った宿屋の主人は何度目か分からない事を聞いて来る。
「えぇ。ただで泊めさせて貰いましたし、それにその代金も貰いましたから」
「けどこの大量の金の山、売れば俺が出した2倍の値段はつくぞ?」
それは本当だろう。宿屋の主人が払ってくれたのは2万G。紅葉に言わせるとこれの総額はおよそ6万Gだと言う。2倍どころか3倍の値段である。きっと僕が直接売りさばいた方がお金は増えるだろう。しかし、
「僕はその大量の金の山を全て売りさばく自信はありませんし、そんなに多くの金の山を持って歩けば泥棒に取られるのがオチでしょう。ですから主人に渡します。それは主人の手で売ってください」
「し、しかし……だったら俺からもっとお金を請求する物だろう? 俺だったらそうするし、そんな金じゃあ採算が……」
それでも言う主人に僕はこう告げる。
「主人。昨日は二部屋もお貸しくださってありがとうございます。
私が居た国では一宿一飯の恩義と言う言葉がありまして、1晩宿に置いてもらい1食貰ったのならばその恩を返すのは当然である、と言った恩に対することわざです」
まぁ、微妙に意味合いは違うと思うけど。僕、ことわざとか完璧に覚えている訳じゃあないし。
「主人にはお世話になりました。それにこの金の山も買ってくださったじゃないですか。僕達はそれで満足です。
『ハツカイ』のご主人、ありがとうございました。それでは」
僕はそう言って、その宿屋を出て行った。
その後、『ハツカイ』の宿屋から世界各地の宿屋にこう言う情報が伝えられた。
魔法使いの従者と狐の小動物を連れた、『幸せのサボテン』のスキル所有者の少年は、運だけでなく心までも良い物だったと。
それ以降、『ハツカイ』の宿屋では『一宿一飯の恩義』と書かれた掛軸が飾られる事になったのだった。