『月裏』
神様の中には、苗字に意味がある神達が居る。とは言っても、全員が全員共通の意味を持つのではないが。
例えば宮本デュークのバックアップは死神以外は『豆羽』と言う苗字を持つし。『天見』の名を持つアバユリとミランダ、それに他の姓を持つ神様は全員黒髪である。『早乙女』の名を持つ神様は全員男性は腐男子、女性は腐女子である。
そして『月裏』にも意味はある。
裏方の神、月裏ラキナエル。
魔王の神、月裏イヴァリスト。
女性と言う所以外は髪も、体型も違う彼女達にも共通項はある。それは『必ずしも勇者や英雄をサポートする』と言う点である。
ラキナエルがやっている裏方の神と言うのは、元々勇者や英雄を裏でサポートする神である。イヴァリストがやっている魔王の神と言うのは、元々勇者や英雄を出すための魔王を作ると言う役目を持つ神様である。
この神様の一部の苗字には法則性があると言う事を提唱したのは、天見アバユリである。これは天見アバユリの個人レポートの第6458号に書かれていた事である。
そしてその『月裏』の法則性を見つける際、天見アバユリは『月裏』の姓を持つ神様を3人ほど例に挙げて、この法則性を発見していた。
月裏ラキナエルに月裏イヴァリスト、そしてもう1人の神様。2人の親戚である彼女は、自分のために割り当てられた部屋で姉である月裏ラキナエルにじっと見られていた。
「今日は何の用ですか、ラキナエル姉さん。わたくしは姉さんの事が”寿司”ですけれども、それでもいきなり来られると……」
彼女はそうラキナエルに言う。
金色の髪を背中で三つ編みにした青い瞳の深窓の令嬢と言う雰囲気を漂わせている。小柄な体躯で、黒の学生服を着た彼女、月裏オボロはそう言ってラキナエルさんに
「で、何のようなの? ラキナエル姉さん? 私は”寿司”だけど、ちゃんと”寿司”を言葉にしてくれないと”寿司”である気持ちは伝わらないと言うか……」
と、顔を赤らめながらそう言う。
「……や、やっぱりオボロ。その言葉は間違っているわ。
”寿司”ではなく、”好き”の間違いなんじゃ?」
「いえ。好きではありません。”寿司”です」
「じゃあ、あなたが一番良く食べるハムサンドの事は?」
「”寿司”!」
「姉である私の事は?」
「”寿司”!」
「つ、ついでに、私が契約している朝比奈さんの事は……」
「”寿司”!」
そうやって力強く発言したオボロをラキナエルは、きっと睨み付ける。その迫力に根負けしたのか、
「……ごめんなさい」
とぺこりと素直に頭を下げて謝っていた。目元にうっすらと涙を浮かべながら。
「それで、あなたはあのユウト・フランベルと言う人間に加護を与えているのよね?」
「はい、ユウト・フランベルに加護を与えている神はわたくしです。そして教会と『教会騎士団』の関係者にも、『勇者の神』と言う名目でユウトを手伝うように言っています。なにせ、彼はわたくし、”寿司”ですから。
色々と手ほどきしたいのですよ。姫ちゃんが魔王を倒すのに必要とか、魔王と戦う為に戦闘経験を積ませたりとか」
ニコリ、と笑うオボロを見て、ラキナエルは後ろへと下がる。
「……『勇者の神』と言う名目? そりゃあ、そうでしょう。なにせ、この神様の中に誰1人として勇者の神と言う神はいないのですから。
誰に断る事無く、その名目を語る事が出来ますよね?」
「はい、わたくしは『勇者の神』ではございません。そもそも英雄や勇者と言うのは、神に選ばれてなるものでは無く、本人の努力や周囲の意思によって決められる物。魔王は選ばれる事はあっても、勇者はまず選ばれる事すらない。
誰かが魔王を倒し、魔王を倒したのが勇者。ただ、それだけ」
「そうでしょ、わたくしが本当に”大寿司”なラキナエル姉さん?」とオボロはそう言う。
「……もしかして、朝比奈さんから姫ちゃんを取って勇者にでもしようとしてます?」
「姉さんがそんなに”寿司”と思っている相手ならば、勇者に囃し立てても良いでしょう。
今回の対決、ユウトは絶対に勝てない。もし万が一、朝比奈さん達に勝てたとしても、その時はわたくしが神の名において真実を公開しましょう」
「……」
もう言う事はないと言う感じで、ラキナエルは唇を噛んでそのまま後ろを向いて部屋から出て行った。
「姉さん。わたくし、姉さんの事、”寿司”。だから、姉さんの主様の朝比奈さんに出世街道を歩いて欲しいのですよ。
ユウト君にはただそのための犠牲に。そう、犠牲になるだけ。
大きな事のためには、多少の犠牲は仕方がないんですよ」
月裏オボロ。
彼女は、勇者を立てるための敵対者を用意する為に働く『ライバルの神』をやっている。