朝比奈、思案する
―――――――勇者、ユウト・フランベルが僕達に投下した爆弾は、確実に僕達の仲を微妙な関係性に変えていた。
姫は結婚を迫られてしまって何だか落ち着かない様子だし、それに紅葉もそれに対して何らかの対抗策を打とうとして姫と一緒の部屋で対策を考えている。
月裏さんは何か彼が言っていた事で考えたい事があるとかで、1人部屋にこもって考え事。
僕とユリーは2人でどうするかを宿屋にて思案中だ。ちなみに泊まっている宿屋はこの前、ヒメハジメの街にて泊まっていた『ハツカイ』へと泊まっている。宿屋の主人である40歳くらいのおじさんは僕のパーティーが増えていた事に驚いていた。
まぁ、姫はあの時はまだ小動物状態だったし、あの時から比べるとユリーと月裏さんが増えたからね。おっさんからすれば、ここまでの期間内でさらに3人の女性を連れていると言う事が驚きだなんだと思う。まぁ、姫は居たんだけれども。
「……問題はあの話が本当か、と言う事よね」
と、ユリーはそう話を切り出した。
「……王城の図書室で見た事があるんだけれども、勇者って言うのは確か、『魔王を倒す存在』、その全てを勇者だというらしいです。そして教会としては勇者は『魔王を倒す存在故に、援助せよ!』と書かれていました。
……教会は勇者であるユウトさんを表立っても、裏立っても、援護するでしょう」
「つまりは例えば僕が魔王を倒すと言う事をしたら、僕が勇者になるのか」
「……そうなるわね。けれども普通の勇者を名乗る存在よりも、神様の加護によって勇者になったとすれば、教会は擁護するでしょうね。
……各地には教会があります。その全てがユウトを援助するでしょう」
じゃあ、あのユウト・フランベルは単に『勇者』と名乗る他の存在達よりも教会にとっては庇護すべき存在か。
「……教会から庇護が得られると言うのは、それだけで良いですね。つまりは各地の教会の支援、それに教会には『教会騎士団』と言う教会の強き猛者の信者達で構成された騎士団を動かせますからね。
……もしかしたら、姫ちゃんを差し出さなかったとして、その『教会騎士団』を差し向けてくるかも知れません」
「それは困るな」
それはすなわち、各地にある教会がまんま敵になると言う事だろう。教会の信者も多いと言う事だろうし、『教会騎士団』と言う厄介そうな組織まで敵になると言う事は避けておきたい。
「教会と敵対はしたくない」
「……けれども、姫を渡したくない」
「悩みどころですよね。ユウト・フランベルが諦めてくれさえすれば、それで万事解決となるんですが」
と、僕は悩むが、ユウト・フランベルは加護を貰った神様から『姫が必要である』と言う言葉をいただいている以上は諦めないだろうな。
「……どうした物でしょう」
ユリーはそう言って、僕も同じように頭を悩ませるのであった。
丁度その頃。
勇者ユウト・フランベルはヒメハジメの街の郊外の森で1人モンスター達と戦っていた。戦っているモンスターはこの辺りに出て来るモンスターでは無い、火炎を纏った巨大な石で出来た狛犬のようなモンスターである。そのモンスターは本来ならば、今のユウトが戦うべき相手ではないのである。
「はぁはぁ……くっ!」
それでもユウトは教会から『勇者様に』と渡された金色の装飾剣を振るって、巨大な狛犬のモンスターに一撃喰らわせる。
『おぉっ、凄いね。大したダメージにはなっていないだろうけれども、それでもその心意気や良しだね! 勇ましいね!』
と、頭に響くようなキンキンした声がユウトの頭に響く。
「……オボロ、か」
『そう、その通りだね! That's a right! 君が”寿司”で勇者として加護を与えたオボロさんだよ! ヤッホーイ!』
どこまでも響く金切声。妙に外れたテンションのまま、ユウトに加護を与えた神であるオボロがユウトの頭に直接話しかけてくる。
『朝比奈揺の持っている姫ちゃんには会えたかな? 分かってる? 世界を救うためには彼女が必要なんだよ!?』
「……分かってる。明日には『教会騎士団』にも動いて貰うつもりでもある」
『流石だねぇ、ユウト君! 権力をさっぱりと使う! これ即ち、必要権力の行使、だよ! そう言う所が、また”寿司”!
さて、そのモンスターは君のために用意して貰ったモンスターだねぇ。死に匹敵するほどの攻撃はして来ないように調教しているから、張り切って倒すのだ!』
『さぁ、やるのだ! 縦斬り、横斬り! そしてカッコいい君を見せてわたくしをさらに”寿司”に!』とさっさとやるようにオボロは声を出す。どうやらこの”寿司”と言う言葉は”好き”と言う意味らしいがいちいち突っ込むほど、今のユウトに余裕は無かった。
「しかし、あの姫とやらは朝比奈さんと一緒に居る方が、ボクは幸せに思えるのだが」
『甘いねぇ、甘いよねぇ、ユウト・フランベル。その甘さはそう、今わたくしが飲んでいるこのココ……って甘っ! 何、この甘さ!
まぁ、それはともかく! 魔を制する王と書いて『魔王』であるならば、勇ましき者と書いて『勇者』なんだよ!
魔王が居るからこそ勇者は産まれ、魔王を倒すからこそ勇者。既に魔王となるべき人材は『魔王の神』によって選抜されるの! 今回の魔王は勇者しか倒せない! だから、勇者である君が倒さないといけないのだ! そう、わたくしが”寿司”な君がね!
勇者はどんな犠牲を払ってでも、魔王を打たないといけない世界のため、明日のため、例えどんな犠牲を払ってでもなんだよ!』
『だから、よろしくお願いするのだね! 修行、頑張るのだね!』とそう言ってオボロの声は消え、ユウトは一息吐く。
「……本当に、これが魔王を倒すための道なんだろうか? 信じていいんだろうか、あの神様を」
あの神様は心の底からは信用できない。なにせ、神様と言う立場に信心深い教会の連中に、『魔王の神様が魔王を選定し、世界はその魔王によって混沌に導かれて破壊される。それを倒す勇者こそ、そこに居るユウトが関係するなり。彼を助ける事こそ世界を崩壊から救う唯一の手段である!』と言ったから、ユウトは教会の恩恵を得られ、朝比奈達にああやって姫をくれと頼む事が出来た。
しかし、あれは本当にユウトを助けようとしていてやった事なのか? それとも何か他に目論見があるのか?
と彼は自分の心の内に抱いた疑問を払拭するべく、目の前の巨大狛犬に剣を振るうのであった。