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図書室

「教えて」

 誰もいない図書室では声がやたらと響いて聞こえるものだな、と思った。

 図書室には誰もいなく、少しのカビ臭さと埃が漂っている。そして、目の前には俯き気味のヴァシュアと困ったような笑顔を向ける青竜の姿がある。

 そんな中、困った顔をしてるのに相変わらずの優しい声で返事をしてくれたのは青竜だった。


「どうしても知りたいの?」

「知りたい」


 どうせ良くない噂なのだろう。それでも、自分の事を言われているのに知らないふりをするなんて出来るわけがない。


「青竜、お願い」


 そんな私の答えに青竜は小さい溜息を付き、慎重に、言葉を選ぶように答えてくれた。


「『赤竜と白竜は、竜の禁忌を犯した』と言われているんだよ。まぁ、赤竜はもう人間と契約したし、そもそもあいつは雄竜だからね、問題はないよ。けど、まだ契約が出来てない雌竜の白竜は違う」


 人間の社会において、禁忌は絶対的な罪。そして、不名誉な事だ。

 前にも言ったと思うけど、竜は神からの贈り物であり、人と契約をし、結ばれる事でようやく子を生せる生き物だ。竜同士では子を生す事が出来ない。その為、禁忌と呼ばれるようになったのだ。

 ただ、禁忌を犯したと言ってもそれは人との生活の中での話しであって、竜の中では特に禁忌として忌み嫌われているわけではない。

 それでも、中途半端に記憶のある私にとっては犯罪者のレッテルを貼られたみたいで、少しショックだった。


「ねぇ?白竜が、我慢する事はないんだよ」

「へ?あれっ」


 ショックを受けてる中、急に腕を引っ張られたと思ったら私は青竜の腕の中に居た。

腕の中はほっとする暖かさだ。幼竜だった頃によく赤竜の隣で寝ていた時の暖かさに似ている。似てはいるけど、青竜は香水を付けているのか爽やかな香りがしている。

それに、幼竜の頃の赤竜と違い、青竜は見上げてしまう程度には身長も高い。


「えっと、こんな所を誰かに見られると、また禁忌を犯したとか言われちゃうよ」


 表情は余り見えないだろうと思い顔を上げると、蒼い瞳が優しく私を見て笑っている。

 心臓がドキリとしない方がおかしい。


「白竜はそんな事心配する必要ないよ。それに、気が付いてる?図書室に入ってすぐに僕を問い詰めようと近づいて来たのは白竜だよ」

「ご、ごめんなさいっ」


 青竜の腕を抜け出そうとする私に構わず、青竜は相変わらず笑顔で私を腕に抱きしめて、大丈夫だよと笑っている。


「ほんとに気にしなくて良いんだよ。白竜はまだ気が付いてないみたいだけど、白竜は竜の中でも特別なんだから。人間が知っているかは知らないけど、白い竜は王竜だからね」

「王竜?」

「そう。僕を含め他の竜は白い竜に決して逆らう事が出来ないんだよ」


 青竜の瞳は、知らなかった?とでも言うように楽しそうに笑っている。


「…なにそれ」

「白竜が産まれた時から、竜はみんな知っているよ。…人間で知ってるのは白竜の侍女であるヴァシュアだけだね」


 そう言うと青竜は鋭い目つきでヴァシュアを睨み付けている。その鋭い視線に今まで黙っていたヴァシュアが負けじと顔を上げきっぱりと言い切った。


「私は、一切他言しません」

「そう。まぁ、そうある事を願うよ」


 ヴァシュアのきっぱりとした言葉に少しだけ驚いた顔をした青竜は冷たく言い放つと興味がなさそうに直ぐに話を戻した。


「白竜、君はしたいようにして良いんだよ。君が人を選ぼうが竜を選ぼうが、僕達竜はそれに付き従うだけだからね」


 青竜は少し長めに目を閉じると、次に開いた時にはいつもの優しい瞳だ。その優しい瞳は真っ直ぐに私を見ている。


「どうして禁忌にならないのか教えて」

「簡単な事だよ。王竜である白竜がその道を選ぶのなら、僕達は付き従うだけだからね」


 頭を強く辞書か何かで殴られたような気がするほどの衝撃だった。


「私が全てを…決めろって事なの?」

「君は王だ。選択する義務があるよ。」 


 …そんな厄介でしかない義務、丸めて道端にでも捨ててしまいたい。

王竜だなんてよくわからないし、責任が重大すぎて逃げ出したいじゃないか。

そんな私の気持ちを無視するかのように、青竜はふと思いついたように微笑んだ。


「あぁ、そうだ。白竜が人間を選ぼうが竜を選ぼうが自由だけど…僕の気持ちを伝えるなら、君が望むなら、生涯のパートナーになっても良いかなって思うよ。僕にとって君は唯一の女王様だからね。君が僕を選んでくれるのなら、毎日、美しい花を贈ろう。そして、君が望んでくれる限り、いや、君が望む望まない関係なく、僕は一生君の側にいるよ」


 青竜には悪いけど、更に困った事を言われた気分だ。 


「あ、ありがとうなのかしら…」

「ははっ、迷惑そうな顔だね。これでも本気で言ってるんだから、少し傷つくよ」

「ごめんなさい。だけど、王だとか、実感なくて…」


 そう言うと青竜は、まぁ、そうだよね。と言うと私の頭をぽんぽんと撫でた。


「焦ることはないよ。君が望むのなら君の疑問にいつでも答えよう。だから、今日は帰ったほうが良い。君はとても混乱しているだろう?」

「…えぇ」

「じゃあ、帰ろう」


 今の私では疑問は沢山あっても言葉にする事は出来ない。

 

 青竜の言葉に納得して、溜息を付きながら青竜とヴァシュアと連れて図書室を出ようと扉を開けると、外は落ち着きのない雰囲気と人間の濃い残り香が残っている。

どう考えても、噂好きの侍女が中を覗こうとしていたのが丸わかりだ。


「白竜、有意義な時間をありがとう。僕はこれで失礼するよ」

「私こそ、お礼を言うわ。ありがとう」


 図書室を出ると青竜が先ほどの甘く優しい空気はなく、他人行儀にお礼を言ってきた。きっと侍女達の目を考慮してくれたのだろう。


そんな青竜の態度に感謝した私が間違いだった。


「この程度の事、なんて事はないよ。君は、僕の可愛らしい女王様だからね」


 …この瞬間、隠れていた侍女達が悲鳴を上げたのは言うまでもなく…。

きっと、明日にはまた碌でもない噂が流れるのだろうかと溜息をついた。


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