青竜
「元気にしてたみたいだね」
目の前には甘ったるい声で親しげに話しかけて来る美形がいる。
快晴の空を思い出させるような髪は男の人にしては長くて、後ろで一つに結んでいる。深い海を思い出させるような蒼色の瞳は、これでもかと言うくらい、優しげだ。
そんな美形に対して、私は変わってないなぁと苦笑いを浮かべ、返事をした。
「久しぶりだね、青竜」
***
今更ですが、私や他の竜が生活している”此処”は王宮の一角です。
実は、竜は卵で発見された後王宮へ運ばれ、国で管理される事になっていているんですよ。契約をするまで王宮からは出れない決まりになっているんです。だから、青竜と偶然会った”此処”には、他に人がいないように見えて、掃除をしている侍女や庭師だったり、結構人がいたりする。
けど、青竜にとっては大した問題ではないらしく、私を頭のてっぺんから足のつま先までチェックしている。
その視線には厭らしさなど一切なく、不快にはならない。あえて気になる所を上げるなら、息を飲むような周りの空気だ。
「会うのは引っ越しの時以来かな?…なんだか、少し痩せたね」
人が居ても無頓着な青竜は、ふわりと私の頭を撫でた。
私をチェックしてたのは、私の体調を気遣ってのようだ。相変わらずの心配性に私は心が暖かくなったけれど、青竜が私に触れた途端、周りの空気がピリピリとしはじめた。
「痩せたかな?食事はちゃんと食べてるんだけどね」
「ちゃんと食べてるって事は、果物しか食べない癖は治った?」
そう、私はとある事情があって果物が大好きだ。しかし、果物に宿る精霊の力では成人になりつつある私の体を支えきれない。
今では医者に叱られたのもあり、少しは改善した。朝食をしっかりと食べ、昼と夜ご飯は果物だ。
「朝食は、ちゃんと食べてるわ」
目を逸らしながらそう言い放った私に、青竜は大袈裟ともいえる溜息をついた。
心配をかけているのはわかっているし、申し訳ないとも思うんだけど、どうしてもこの世界の竜用の食事は好きになれない。
この世界の竜の食事は、血。人間一人の血が必要とかそういう訳ではない。子供の頃によく飲むシロップの薬を入れる小さいカップがあるでしょう?それ1杯だけだ。かなりの満腹度を得られるが、中途半端に前世の記憶がある私には血を飲む事に抵抗がある。前世(人間)のように食材を加工して食べたい所だけど、それでは果物よりも精霊の力は得られないのだ。
「苦手なのよ、血は」
少し俯きながら言うと、諦めたような、仕方がないなぁとでも言うような溜息が聞こえた。
「まったく。仕方がない子だね、白竜は。けどね、君に何かあったらそれを後悔するのは私や他の竜なんだよ?だから、約束して?出来るだけちゃんと食事をして?」
そう言いながら私の頭を撫でる青竜はとびっきりの微笑みに優しい瞳をしている。こんな優しい言い方で甘やかされてしまっては、出来るだけ食べる努力をしなくては、と思ってしまう。
この頃には周りで聞き耳を立てていた侍女さん達は隠れて聞き耳を立てる事をすっかり忘れてしまっているらしく、青竜のとびっきりの顔に悩ましい溜息を吐き出している。
仕事は良いのかしら?と気にならないわけではないけれど、青竜が特に何も言わないのなら私もあえて突っ込まないでスルーだ。
「ごめんなさい。少しでも、食事をする努力をするね」
「それなら、少しは安心できそうだね」
コホンッ!
はっとして後ろを見るといつの間にかヴァシュアが私の後ろに控えていた。ヴァシュアの咳払いで先ほどまで聞き耳を立てていた侍女さん達も逃げていく。
「白竜様、お探ししましたよ。図書室へ行くと出て行ったきりなので心配致しました」
「ごめんなさい、ヴァシュア。偶然、青竜と会って話し込んでしまったの」
ね?と同意を求めるように青竜を見ると、どこか面白くなさそうな不機嫌な顔をしている。
こんな顔をしる青竜は珍しい。前に見たのは、赤竜が何も言わず出て行ったとお世話係りのお姉さんが告げた時以来かもしれない。
普通の竜は同族と番にしか優しくないのだけど、青竜は少し違う。フェミニスト体質なのか、番ではない人間にも、それなりに優しい。
そんな青竜が不機嫌な顔を露わにするほどの、よほどの事があったのだろうか?と首を傾げる。
「どうしたの?青竜?」
「君って、白竜の何?」
私の質問を華麗にスルーしてヴァシュアに話しかける青竜の空気は、なんだか少し怖い。
「白竜様の、侍女を務めさせて頂いてます…」
返事をしたヴァシュアを見ると、青竜の不機嫌な雰囲気に顔色が悪くなってしまっている。
「それなのになんで、白竜が謝ってたの?普段、この子にどう接しているの?」
ヴァシュアの顔色が悪くなって事などお構いなしに青竜の質問は続いている。
最初は何が青竜の気に障ったのか全くわからなかったが、言葉を聞く限り私がヴァシュアに謝った事が障ったらしい。
余りにも突然だったので私は呆然としてしまったが、青竜が左手で私を後ろに庇い、右手でヴァシュアの首をキュッと掴むのを見て冷や汗と共に我に返った。
「ま、待って青竜!駄目よ、やめて!ヴァシュアは私の侍女なのよっ」
「庇うの?白竜にとって、”これ”は嫌な存在ではないの?僕は、君の為なら喜んで”これ”を殺す事が出来るよ?」
一瞬、青竜が何を言っているのかわからなかったが、私が謝った事でヴァシュアに意地悪をされているんじゃないかと勘違いをしたようだ。悪い癖だとは思うんだけど、私が誰に対してもつい謝ってしまうのは前世での癖なのだ。
「嫌な存在なんかじゃないわ。ヴァシュアはよくやってくれているもの。いつもいつも、手間をかけさせてるのは私よ?」
だから、お願い、その手を離してあげて?と思わず小さくなってしまった声で青竜に話しかけると、青竜を包む辺りの空気はまた、甘いものに変った。
「そう、それなら構わないよ。ヴァシュア―…だっけ?怖い思いをさせたね。勘違いした僕が悪いのだから、これからも良く白竜に仕えてくれるよね?」
青竜に話しかけられたヴァシュアはか細く返事を返しただけだったが青竜にはしっかりと聞こえていたらしい。
表面上謝りはするが、恐々としてるヴァシュアに対して気遣いのない青竜は憂いを帯びた顔で話を続ける。
「良かった。知ってると思うけど、白竜には良くない噂があるからね。白竜専属の侍女が白竜を蔑ろにしているようだったら、少しぐらい遊んでも良いかなって思ったんだけど、杞憂だったようだね」
青竜の”遊んでも良いかな”、はイコールにすると”殺ってしまっても良いかな”って事なのだろう。
青竜が感情のままヴァシュアを手にかけなくて良かった、と安心するのと共に”噂”というのが気になった。
「ヴァシュアは私にとって姉のようであり、友達でもあるの。だから安心して?それでね、青竜。…噂、ってなぁに?」
私の質問に対して、青竜は一瞬呆けたものの、すぐに聞き間違いじゃないの?と笑顔で返してくる。
「聞き間違いなんてしてないわ!ヴァシュア!ヴァシュアは知ってるの?私の噂」
青竜に聞こうとしても無駄だと思った私はヴァシュアに聞くことにしたが、当のヴァシュアは俯いてしまって、私と目を合わせてくれない。
拉致があかないと思った私は、そのまま青竜とヴァシュアを連れて誰もいない図書室へ入る。
「ここなら誰もいないわ!私に、ちゃんと、説明して!説明してくれるまで返さないからねっ」
赤い子の件で隠し事が大っ嫌いになってしまった私は、譲るもんかと図書室の出入り口に立ちふさがった。
お彼岸なので16日から1週間ほど実家に帰る予定で、次の更新は26日頃になると思います。次話をupする時、長文でup出来るよう、頑張りたいところです。