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火の在るところ【番外編】

残酷描写あり。死人が多数。細かい描写はしていないつもりですが、いろいろとキツいお話なので注意。


ノラとエディについて。

裏副題「エディの馬鹿」

「これで十人目なんだって」

 隣家のナンシーがエディに教えてくれたのは、最近の行方不明者の話だ。年に数人くらいなら、別に珍しくもなんともない。気の毒だとは思うが、イコルの外れの森に入って遭難する者は少なくない。それでも、この人数は異常だった。十人。一年ではない。半年でこの数だ。人喰いが出没するという噂が立つのも必然だった。

「ねぇ、エディ、人喰いの娘なんかと親しくするのはよしなさいよ」

 イコルの外れには、隔離された集落がある。そこに住む彼らの容姿は醜悪で、その原因は祖先にあるといわれている。真偽のほどは判らないが、彼らの祖先が非道なことを繰り返したために呪われたのだ、と伝え聞いている。醜い心を映すような外見に、と。

 エディは、たとえ彼らの祖先が極悪人だったとしても、彼らがすべて悪人だとは考えていなかった。

「あの子、絶対なんかあるわよ」

 ナンシーは女の勘などという、あてにならない根拠を持ち出して、いつものように彼女を否定しようとする。ナンシーはエディに気があるのではないか、という話も耳にしたことがあるし、きっと言いがかりだろう。

「彼女は、大丈夫だよ」

 美しいノラ。彼女は人喰い鬼の集落の娘だった。汚れた中で、唯一の清らかな存在。まるで、囚われの姫だ。

 柔らかな緑色のまなざし。透き通った声。優しい微笑み。

 姿形が心を映すというのなら、彼女が悪いことなどするはずがないのだ。


 ◆

 この病さえなくなれば、噂から解放される。自由になれる。

 最初は藁にもすがる思いだった。この暮らしから脱け出すためなら、なんだって利用する。どんなことをされても良いと、覚悟していたはずだった。

 一人目は治癒魔術師だった。なんでもするから助けて欲しい。そう言って頼み込めば簡単についてきた。しかし、集落の住人たちの容姿を目の当たりにして、恐れをなし逃げ去っていった。その後どうなったかは知らない。あんなやつ、遭難して死んでしまえばいい。

 二人目は、ヤブだった。しばらく前からイコル村に住んでいる男で、治癒魔術も使えると言い張っていたから連れてきたのに、使えるのは手品みたいなちんけな魔術だけだった。そのくせ腕っぷしだけは強くて、『前払い』を要求してきた。

『なんでもするんだろ?』

 そう言って、彼は無理矢理ノラを押し倒し、舐め回そうとした。奪うだけ奪って逃げるつもりだったのだろう。

 何度か殴られながら、ノラは必死で抵抗した。やっとのことで掴んだ石で男の頭を殴り付けると、彼は動かなくなり息絶えた。ざまあ見ろ。自業自得だ。働きもしないで、報酬だけもらおうとするからだ。

 死体は、見つからないように、穴を掘って埋めた。


 ◆

 二人の出会いは、エディの家族が経営する店だった。彼の家は、イコル村唯一の商店なのだ。小さな店だったが、村人たちに長く愛されていた。そのときエディは店番をしていて、買い物に来たノラに一目惚れだったのだという。

 エディは馬鹿で、彼の目は節穴だった。

「最近、なにかと物騒みたいだし、送って行こうか」

 彼は、数日前に起きた魔術師失踪事件の話題に降れて、ノラについてこようとした。

「結構よ」

「でも、君みたいな女の子が一人で歩くなんて、危ないよ」

 その事件の真相なら、ノラはよく知っている。ただの失踪事件などではなく、そのインチキ魔術師がこの世にいないということも。

 ――どうせ、あの男たちと同じなんでしょう? 私に、見返りを求めているのよね? 「なんでもするから」といって頼めば、できもしないのに、報酬に釣られる。そうでしょう?

「いらないって言ってるでしょ」

 軽蔑をこめた視線を送り、ノラは誘いを振り切って店を出た。


 ◆

 三人目は、ノラの皮膚を治すときに、脂ぎった手でべたべた触ってきた。治癒の後、すぐさま抱きついてきたので、護身用に隠し持っていたナイフでさっくり刺してやった。思いの外あっさりと死んだ。これ幸いと、この前の男の隣に処分して、返り血を流そうと湯を浴びていたら、痣がまた浮かび上がっていて本当にうんざりした。


 四人目も、一時的に痣を消しただけだった。どうせわかりはしないと、なめられていたのかもしれない。

 だから、五人目からは試験を始めることにした。まずは、父と母で腕試しをしてもらう。

 願いを叶えてもらったら、あとは用済みだった。甘い餌で釣って、酷いことを要求されたら、最終的には殺してしまえばいい。そう思った。


 ◆

 店に行くたび、何度も熱烈なプロポーズをされた。馬鹿みたいにしつこかった。

 いつか利用してやろう。そのつもりで折れ、幾度か会ううちに、好きになっていた。

「集落の娘だって言われるわ」

「そんなの関係ないよ」

「ご両親は認めてくださらないわ」

「ノラなら絶対に大丈夫さ」

「ダメだったら、どうするの……?」

「そのときは、駆け落ちしよう」

 夢見がちな、非現実的な、本当に実現するかも怪しいその約束が、ノラには嬉しかった。



 ◆

 何人目だったか。もはや覚えていない。


 嫌われたくないから殺すことにした。エディと暮らすには、痣を消さなくてはいけない。

 エディのために、穢れのない清らかなノラでいなければならなかった。本当は真っ黒なのに、エディは気づかない。馬鹿なのだ。

「馬鹿……」

 単純で、素直で、純粋で、一途な、馬鹿なのだ。



 ◆

 ある日現れた兄妹連れの治癒魔術師は、いままでよりも優秀だった。父母を綺麗に治したから、治ったはずだと勘違いしていた。明日の「続き」というのは、報酬の話かと思ったのだ。ノラは、話を聞かずに逃げた。支払いなんて、まっぴらごめんだ。

 そんなことばかり考えていたから、罰が当たったのかもしれない。


 痣が蘇っているのをみたとき、エディは何も言わなかった。ただ、呆然と口を開けたまま、ノラの首もとを凝視していた。

 微動だにしない視線に気づき、痣を手で隠したが時既に遅く、ノラはその場から逃げ出した。

「ノラ!」

 これは罰なのだ。これまでの行い。エディを信じなかった。痣のことを知られたらエディに嫌われてしまう。そんな思いで罪を重ねたノラの心から滲み出てきたのかもしれない。


 ◆

 あの痣を見たのに、エディは追いかけてきた。

「見たでしょう? 私の肩……私もなのよ」

「僕は知っているよ! 君が人喰い鬼なんかじゃないことくらい、ずっと一緒にいたんだから。君が、どんなに醜くたって、心まで醜いはずがないよ」

 エディは、ただの単純馬鹿ではなかった。盲目馬鹿だった。

 ノラは、それを聴いて、できることならエディの中で永遠に、清らかなノラのままでいたいと思った。


 ◆

 ――結局なにも知らないのね。私が、その噂の人喰い鬼なのよ。殺人鬼よ。火のないところに煙は立たない。そんなことも解らないの?

 本当に馬鹿なエディ。

 それでもエディ、あなたは私に希望をくれた。あなたが大好きよ。

 そういう私も、たいがい馬鹿なのだ。

 エディ。

 どうか、幸せになってね。


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