三、
「正確なやつが欲しいんだ。バッテリー交換の必要がなくて、自動で時刻を合わせてくれるやつ。何ていったっけ、ほらあ、あれさ」
「ソーラー電波時計ですか?」
「そう、そう。そのソーラー。何だっけ?」
「ソーラー電波時計です」
「そ、そう。ソーラー電波時計だよ」
「ソーラー電波時計でしたら、こちらの福部時計のものが九万八千円の大特価でお安くなっております。外皮はチタンを使っております」
俺は生唾を思わず飲み込んだ。
「でも、装飾とかが高いだけで、中身は二、三万の時計と大差ないんじゃないの?」
俺はうまくこの場を離れる口実を見つけるために話をあわせたが当然、時計なぞローンを組んでも買う気は毛頭なかった。俺が持っている時計も一応、ソーラー電波時計だが、先月、家の近所の電気屋のワゴンセールで買った七千八百円の掘り出しものだった。
「今、持っている時計の調子が悪くてさあ。これから人と待ち合わせしているんだけども困っているだよ」
俺はいったい何を言っているんだ、それじゃあ、買いたいと言っているように聞こえちまうぞ。まだまだ新米営業だよ俺は。この上、客との待ち合わせに遅れ、商談がパアになりでもしたら、俺は、”新人窓際族”にでもされちまうんじゃないだろうなあ。
「そうですか、ちょっとお待ちください」
俺の応対していた店員はどうもフロアーマネージャーのようだった。彼は、若い店員を呼びつけ、何やら話をしていた。すると、若い店員は、はいっと頷き、鍵の束を持ってきて、陳列ケースを開け、いくつか時計をみつくろいはじめてしまった。
そして、案の定その時計は俺の目の前に置かれた。店員はそれぞれを手にとって色々と説明を始めたが、俺の頭には何一つ入っていかなかった。
やばい、これを買う金は無い。しかも、四十分経ったからそろそろ待ち合わせの場所に向かわないと相手を待たせてしまう。
「今日はちょっと持ち合わせが無いので、また今度に」
俺は説明の途中で、そう言い出し、そそくさとその場を去ろうとした。すると、店員は、それでしたらお客様にぴったりのお品がございますと別のものを取り出して来た。
「これは常に最新の時刻が表示される究極の時計です。あまりにも正確すぎて、故障もしにくいので、商品にならずお蔵入りした超掘り出し物ものなのです。
これをお客様に破格の五千円でご提供いたしましょう」
俺はそれを聞いて、安心した。五千円でこの苦境を逃れられるならお安いものだ。俺は財布から五千円札をさっと取り出した。
そして、時計の箱を受け取り、書類にサインをした。店員に申し訳なさすぎる俺は時計もろくに確認しないまま受け取り、デパートを出た。幸い待ち合わせには遅れなかったし、商談もうまくいった。
一時間近くバスに揺られて家に帰えり、風呂から上がってビールで一杯やる頃、ようやく俺は時計の箱を開けた。腕時計は買ったばかりだったが、会社用と遊び用に分けてもいいかと思いながら時計を取り出した。
『意外と軽い』がこの時計の印象だった。文字盤は四角く、どうやら液晶の時計のようだった。ガラス面には保護用のフィルムがついていた。その保護フィルムを剥がすと、文字盤には”Now”の文字が表示されていた。
このお話に出てきた「文字盤に”Now”の文字が表示された時計」はNow Watch(今時計)と言って実際にアメリカで通販で売られているジョーク商品です。お値段は現在のレートで、日本円にすると四千円くらいです。
これはFacebookでアメリカ人の知人が紹介していたので、「これは面白い!」と思ってネタにして小説を書いてみました。ググルと針のアナログタイプもあるようです。
日頃、時間にルーズな同僚や先輩に、クリスマスプレゼントとして贈れば、ウケると思いますよ。
ただし、マジキレされて、返り討ちに遭う場合もありますので、贈り相手を十分見定めてから実行されるようご注意願います。
でも、日本人はこういうジョークには弱いから、止めることをおすすめします。