学校祭の姉(当日) 1
学校祭当日になった。
俺と美香姉は劇係のため、ステージの裏に回って衣装に身を包む。
「……練習、大丈夫か?」
「うん」
昨日の練習から見るに、大分赤面癖が直ったらしい。今日も平気だろう。
美香姉は少しボロボロの服を着て、台本に目を通している。
俺は西洋の甲冑っぽいのに身を包み、美香姉の隣に立った。
「美香姉。そろそろ時間だ」
「……」
無言で美香姉は立ち上がり、幕の閉まったステージへと歩いていった。
舞台裏の奥からは同じ甲冑っぽい姿の健一が来る。
「主人公さん、出番だ」
その瞬間、ブザーが鳴って放送が入った。
〈まもなく、劇です。今年は恋愛物の劇をやります……〉
倒れている美香姉の所へ、俺と健一は歩いていった。
「……おい、こんな所に誰か倒れてるぞ」
「本当だ」
俺は慌てて駆け寄り、美香姉の首筋に手を当てる。
少し考え込んだ後、健一に言った。
「まだこいつは死んでない。運ぶぞ」
「おう」
俺と健一で美香姉を支え、ステージ脇へと歩いていった。
場面は変わり、俺と美香姉は同じ部屋にいた。
美香姉が目を覚まし、俺はふと問いかける。
「あ、あの……お名前は?」
「……わからない」
美香姉は俺のほうを向き、はてとくびをかしげる。
その様子が可愛くて目をそむけそうになるが、演劇中だと思い出し俺は言った。
「何も覚えていないのか?」
「うん」
美香姉は首をかしげて俺のほうを見た。可愛いな。
俺は腕を組み、その場をうろうろと歩いた。
「……」
「……外に連れてってください」
美香姉が言う。
俺は美香姉の方を向いてうなずいた。
「わかった」
舞台は進んでいき、俺の演じる主人公が戦争に行くシーンになった。
美香姉は俺の腕を掴み、行かないでと訴えかけてくる。
「行かないで。……私、離れたくない」
「お前……」
美香姉の悲しそうな顔を見て、俺は口を半開きにしてしまった。
美香姉が、演技ではなく本当に悲しそうな顔をしていたからだ。
「大丈夫だ。絶対に、戻ってくる」
「……約束」
「ああ」
俺と美香姉は互いにうなずくと、その場で抱き合った。
観客からはおおっ、と声が上がり、口笛を吹いてからかう人も。
そのままステージの幕は閉じていき、俺と美香姉は裏へと回った。
「健一。ラストはどうする?」
「今裏でいろいろ回ってる。そろそろなんじゃないか」
俺は美香姉を連れ、ステージの脇に一緒に立った。
美香姉は俺のほうを向いて、顔を真っ赤にしたままだ。
思わずずっと見つめていたくなるが、観客の拍手が現実に引き戻す。
「美香姉、ラストだ」
「……うん」
甲冑姿の俺の横には、ウエディングドレス姿の美香姉が立っていた。
二人でステージの上を歩き、神父役の所へ歩く。
「……では、これからは夫婦でどんな困難にも立ち向かうと誓いますか?」
「はい」
「はい」
俺と美香姉は同じタイミングで言う。
「それでは、誓いのキスを――」
ステージの幕が閉まり始めた。
俺は美香姉の肩をそっと支え、自分の方に寄せる。
そして口を近づけていき、ステージの幕が閉まった時に一気に離した。
外からは拍手喝采が聞こえてきて、劇をやってよかったと感じさせられる。
「……やったな、美香姉。成功だ」
「ありがとう。将」
美香姉の目からは、涙が一筋流れていた。