ドジな姉 1
1 一回目改稿(2015/2/04)
2 一回目改稿(2015/7/12)
3 まだ
四月中旬の朝の五時。何かが落ちる音で目が覚めた。
「……?」
土曜日の早朝。普通の人ならまだ布団の中で寝ている時刻である。眠い目をこすって自分の部屋から出ると、何かが焦げたにおいがした。
(火事……?)
廊下を歩いているうち、台所の明かりがついていたのが見えた。慌ててそこへ走って台所のドアを開ける。焦げ臭いにおいの元が現れた。
「いてて……あ、将君」
床でへたりこんでいる愛理姉。その手元には、真っ黒いスポンジケーキだったものが。完璧に真っ黒な墨の塊であった。それが愛理姉の持っているトレイに乗っていたのだ。どうやら俺が起きたときの音は愛理姉がこけた時の音だったらしい。
「ど、どうした? 愛理姉」
「ケーキの練習。早く起きてやっていたらこんな事になっちゃって」
朝早くからご苦労様です。愛理姉は付け加えるように言う。
「あと、将君。明日か明後日、理子姉が帰ってくるから」
「おっ、理子姉が帰ってくるのか。そう言えば、会うのは久しぶりだな」
理子姉は少し前から歌手の仕事があり、しばらく家にいなかったのだ。確か、九州まで行ったって言っていたような気がする。
「だから、ケーキ作ってるんだけど……」
「で、出来たのがこれと」
トレイの上に乗っかった、黒い墨の塊を眺めて言った。途端に愛理姉は顔を真っ赤にして、その場で両手をグーにすると、ふくらはぎのあたりをぽんと叩く。
「うぅ……将君の意地悪!」
愛理姉は頬を膨らませると、またケーキの元を作り始めた。なんだかんだ言って愛理姉は料理が上手である。だが、ケーキだけはどうしても失敗してしまう癖があるようだった。完璧超人、とまではいかないのが、普通の人間らしい。美香姉の玉子焼きを思い出しながら、また新しいケーキを作り始めた愛理姉をほほえましく見守った。糖分の塊と言える美香姉の玉子焼きを愛理姉に食べさせてやりたい。……いや、やめておこう。
「手伝うか?」
「……じゃあ、お願い」
愛理姉は泡だて器を渡してきた。ケーキのもとが入ったボウルも渡された。
「これでやってくれる?」
「分かった」
ケーキの元を泡だて器で混ぜる。案外力が必要だったので驚いた。
「じゃあ、果物を切ってるね」
「手、切るんじゃないぞ」
「わかってるって」
俺は泡だて器を混ぜている右腕を休め、愛理姉のほうをちらと見た。すると、彼女もこちらを見ていたらしく、視線がぶつかってしまう。
「……」
「……ど、どうしたの? そんなに見つめて」
「なんでも」
愛理姉は照れたように尋ねてきた。何事もなかったように返す。現在の彼女はエプロン姿であり、腕まくりをしているためか、白い腕が出てきている様子であった。エプロンのひもがきついのか、体のラインもはっきりと見えている。将来、愛理姉の旦那さんになった人は幸せな家庭を築きそうである。
「あっ」
突然、愛理姉が驚いたような声を上げた。
「どうした? 愛理姉」
「手、切っちゃった」
見ると、愛理姉の左手の白い肌に赤い点がぽつっとあった。包丁で誤って手を切ってしまったのだろう。一回注意したはずだったのだが。
「今絆創膏持ってくるからな。待ってろよ」
「ありがと、将君」
愛理姉は目をきらきらさせていた。急いで台所を出て、居間の中に入る。
「絆創膏はどこだっけかな……」
「絆創膏ならここよ?」
「お、ありがと……」
何者かが持っていた絆創膏を受け取ろうとした時、突然、俺は後ろから何者かに抱きつかれた。やわらかい二つの物体が背中にくっつく。ぞわっと、気持ちよい刺激が体中を走った。
「待ってたのよ、将。やっと捕まえたわ」