同人誌と姉 2
「……んっ」
理子姉が起きそうだったので、俺は慌てて本を放り投げてその場に座る。
だが、失敗に気づいた。
「……将君、読んだ?」
「!?」
理子姉は俺をジト目で見つめてくる。
背中から冷や汗を流し、俺は数センチ後ろに下がってしまった。
「……読んじゃったんだね」
本の位置が、元の場所より数十センチずれていたのだ。
やってしまった、という気持ちが一気に心の中に広がり、俺は震える。
理子姉は口を半開きにして、俺に乱暴されたかのような目つきになった。
「理子姉……何で、こんな物が?」
「百合姉に内緒で、興味本位で買ったの」
ベッドのそばまで膝立ちで歩き、理子姉の手を握り締める。
理子姉は目から涙を流し、震える声で俺につぶやいた。
「その本ね……」
「言わなくて良い」
「将君……」
その先を言われてしまうと、俺の理性がぶっ飛んでいきそうだった。
優しく理子姉をなで、大丈夫だよ、と無言で伝えてあげる。
理子姉は笑顔になり、俺の手を引っ張った。
昼、理子姉におつかい頼まれた俺は、とあるファストフード店にいた。
理子姉の好きな特濃チーズバーガーを買うため、俺は行列に並ぶ。
前の方から、男同士の会話が聞こえてきた。
「……でだ、あれ見たか?」
「あの同人誌? もちろん俺も持ってるぜ」
「あれ本当に最高だよな。マジでエロい」
「作った人神だ。それと弟俺と代われ」
耳をふさぎたくなるが、意識を他に持っていくことで聴覚からそれを消した。
理子姉は自分が知らない間に、作られた自分が広がるのが怖いのだろうか。
弟大好きな白金理子。昨日見た本の裏表紙に書いてあったフレーズである。
「……姉さんも大変なんだな」
現実の理子姉の代わりに、人々が作り上げた理子姉がイメージとなる。
その辛さは、今までの自分には分からなかった。
だが、理子姉と関わって来た事により、少しだけでも分かり合えたと思う。
特濃チーズバーガーをお持ち帰りで頼み、俺はふと理子姉の事を想った。
「俺が、支えてやらないとな」
ほんのかすかな声だったから、誰もその言葉を聞くことはない。
だが、そのほんのかすかな声も、俺の心を硬くするには十分だった。