無口な姉 3(終)
次の日、俺は高校へ出かけた。美香姉、愛理姉と一緒に道を歩く。
「昨日はお留守番ありがとうね」
「礼はいい」
美香姉は無表情でつぶやいた。正確に言えば、あの後美香姉に膝枕をしてもらったわけだが。美香姉は、睡魔に倒れる俺を笑顔で見つめていたっけかな。そんなに膝枕をやってみたかったのか、美香姉。
「おっ、健一だ」
少し先に、俺の男友達第一号である健一の姿が見えた。俺は走り、新しく出来た友達である健一の隣に並ぶ。
「よう、将」
「健一」
俺は後ろにいる姉ちゃんたちに聞こえないようにささやいた。
「美香姉の好きなもの、わかったぞ」
「本当か!?」
健一は顔を輝かせた。うわ。急に明るくなった。何か、きらきらしているな。目が特に。
「美香姉は、すっごい甘党だ」
「甘党……お菓子とかか?」
「ああ」
昨晩の茶色い玉子焼きが、強烈にそれを物語る。茶色い。砂糖が焦げてる。俺にとっては異次元の世界だったからな。あの玉子焼きは。
「実はああ見えて、可愛い動物も好きだったりする」
「本当か?」
昨日のテレビでやっていた、猫の赤ちゃん。そして、何より忘れることが出来ない「かあいい」の一言。後ろの姉ちゃんたちに聞こえてないか、振り返る。……大丈夫だ。何も反応はないから、聞こえてはいない。
「ありがとな。将」
「礼はいいって」
まあ、新しい友達とうまくコミュニケーションがはかれたのはよし。その時、美香姉がこっちに走ってきた。
「どうした? 美香姉」
「電器屋さん」
健一は顔を少し赤くして、先に行ってしまった。美香が指差したのは、近くの電器屋さんのスピーカー。
「どうしたの? 美香ちゃん」
愛理姉も追いつき、スピーカーに目を向ける。そこからは、歌が流れていた。
「……理子姉の歌」
確かに、理子姉の声だ。透き通っている、綺麗な声。
「……確かに、そうだな」
「本当。よくわかったね」
理子姉の歌が、電器屋さんのスピーカーから流れていた。美香姉はそれに聞き入っているようで、しばらく動こうとしなかった。
――姉ちゃんたちの事、本当に好きなんだな。美香姉は。
「美香姉……」
「何?」
美香姉は、まんまるい目でこちらを見てきた。やべぇ。すごい可愛い。一瞬手が伸びそうになっちまった。危ない。美香姉は俺の姉だ。何を考えているんだ。おい。
「今度、CD買うか?」
「……うん」
美香姉は笑うと、その場で小さくうなずいた。その反応が、俺の中では結構嬉しかった。美香姉が、俺と心を通じ合わせてくれたような気が一瞬だけする。
「……行こう」
美香姉は電器屋さんから再び歩いていった。愛理姉と一緒に俺も付いていく。
「美香姉、ちょっと待って」
美香姉は、いつもよりも笑顔だった。本当に、少しだけだったかもしれないけど。