禁則破りの臨界温度 18
理子姉のライブは、ショッピングセンターの中央広場で行われた。
「皆さんお待ちかね、白金理子さんです!」
司会の声と共に理子姉はステージに上がり、マイクを握った。
髪型はいつものストレートに戻っていて、理子姉は強気な性格に戻る。
「今日は数日前に通知という無茶苦茶なスケジュールになってしまいましたが、ここまで来てくださった方、ありがとうございます!」
その後、理子姉は歓声の中笑顔でお辞儀をした。
そして音楽がかかり、理子姉は口元にマイクを運ぶ。
「みんな、行くよ!」
理子姉の新曲「Summer "I"land」は最強の人気を誇る曲だ。
一気に中央広場に集まっている人たちのボルテージは上昇し、歓声があたりに響く。
歌っている理子姉は、何だか楽しそうで、そして綺麗だった。
自らの感情を爆発させ、歌詞に思いを込める。
歌っている時の理子姉の顔が生き生きしている理由が分かった気がした。
「……やっぱり、歌上手だな」
「理子姉だもん。そこはちゃんとやるよ」
愛理姉と小声で会話した。
理子姉に心を奪われかけている俺を、愛理姉は腕を掴む攻撃で我に返す。
愛理姉は何だかむーっ、と言いたげな顔。
「……上手」
美香姉は俺の少し前で、理子姉の歌を聴いていた。
理子姉のアルバムをよく買っている美香姉は、この曲も買ったらしい。
何でも、「favorite people」を超える出来だとか。
「……将、これ」
美香姉は、俺にサイン用色紙を出した。
後のサイン会にでも使うのか。……というより、何故サインを?
「家でもらえるんじゃないのか?」
小声の質問に、美香姉は真顔で答えた。
「……ここで欲しい」
「もう。美香ちゃんはそう言うところはしっかりしてるんだよね」
愛理姉はため息をつきながら答えた。
……並ぶか。
理子姉のライブが終了した後、俺と美香姉はサイン会の行列に並んだ。
百合姉と愛理姉は2人でどこかに行ったらしいが。……無事だよね。
「あと10分くらいか」
「……」
美香姉は真っ白いサイン色紙を抱えたまま、何も言わない。
俺は時計を見ながら、遠くに座っている理子姉をチラ見していた。
「……ふぁぁ」
美香姉は右手を口元に当て、あくびをした。
子猫があくびをしたかのように見え、俺は一瞬びくっとなる。
顔が赤くなった事はばれていないだろう。きっと。
「……眠い」
美香姉は俺の腕に寄り添って来た。
そしてそのままうとうとしてしまい、俺は色紙を持ちながらため息をつく。
あと5分くらいだろう。
「……」
美香姉は俺にもたれかかり、寝息を立てたまま動かない。
そっと後ろから押して前に進むが、美香姉はすやすやと夢の中だ。
「……ん」
美香姉が起きた。
ちょうど、もうすぐ俺たちの番である。
美香姉は眠い目をこすりながらサイン色紙を持った。
前の人が終わり、俺と美香姉はサイン色紙を出す。
「応援ありがと……うね」
り、理子姉。一瞬動きが止まりましたよ。
だがそこは理子姉。すぐさまペンを持ち、サイン色紙にサインを書く。
白金理子。ただそう書いてあるだけだが、威圧感を放っていた。
理子姉の所から去る時、俺と美香姉はそれをずっと見ていた。
あ、そうだ。百合姉に電話しないと。
「美香姉、ちょっと持ってて」
「うん」
俺はポケットから携帯電話を取り出し、百合姉の番号でかけた。
……。……。……出た。
〈どうしたの? 将〉
「理子姉のサインもらったぞ。どこかで会うか?」
〈今ゲーセンにいるから、ちょうど間のスイーツ店で会いましょ〉
丁度理子姉と行った場所だから、予習は出来ている。
「了解」
俺は電話を切った。
何だか百合姉の後ろから、愛理姉の吐息が聞こえた気が。
……気にしたら負けなのだろう。そうだ、そうに決まっている。
「美香姉、スイーツ店に行くぞ」
「……甘い物」




