禁則破りの臨界温度 10
まだ午前九時半。昼ごはんまでには十分過ぎるほど時間はある。
弟を抱いた未優さんと一緒に、洞窟の薄暗いところで会話していた。
「……実は、親が先に亡くなってしまい、私も死んでしまったんです」
「そう……弟だけが残されたわけね」
「はい」
コンビニで買ったおにぎりを食べながら、俺たちは未優さんの話を聞く。
未優さんは慣れない手つきでおにぎりを開け、食べながら話す。
「私は弟から離れられなかったのか、こうなっていました」
「でも、どうして家にいないんですか?」
俺の質問に、未優さんは下唇をかみながら答えた。
「幽霊ですので、人から変な注目を浴びるんです。ここでならその心配はありません」
理子姉はわかる、という風にうなずいた。
美香姉は未優さんの弟が泣かない様に見守っている。
「……ひょっとして、あの弁当箱はあなたたちのですか?」
「あ、はい」
「すいません。……苺、たくさんいただきました」
「……大丈夫」
美香姉はにっこりと赤ちゃんに微笑みながら、未優さんの言葉に答えた。
未優さんはホッとしたのか、奥にある食料を見る。
前には色々あったのだろうが、もうそろそろなくなりそうだ。
「……弟を頼めますか?」
「どうして? 大事な弟なんでしょ?」
「食べ物がもうすぐ底をつくんです」
未優さんの顔から悲しみは離れる気がしない。
ふと、旅館の部屋で見たテレビ番組を思い出した。
姉弟の幽霊にまつわる伝説というものを。
「……何とか、してみますか?」
「いいんですか?」
俺の言葉に、未優さんは嬉しそうな反応をした。
美香姉と理子姉は驚いたが、俺は続ける。
「旅館でなら誰か世話してくれると思うんです。結構有名ですから」
旅館の女将に事情を話すと、すぐさま理解してくれた。
どうやら元々分かっていたらしいが、山を登れなかったらしい。
「あらー、可愛いわね」
女将さんは彼女の弟を受け取ると、微笑みながら言った。
だが、女将に未優さんの姿は見えていない。
どうやら見えるのは俺たちだけのようだ。
〈可愛い弟をよろしくお願いします〉
「女将さん、その子をお願いできますか?」
「いいわよ。うちはいつでも空いてるから」
未優さんは安心したかのように息を吐いた。
彼女の弟は未優さんの方を向き、あうあうと声を出す。
「おや、そっちに誰かいるのかい?」
〈私の事ですね〉
全く。困った弟君だな。
……案外俺も人のこと言えないかもしれないが。
未優さんと一旦離れ、俺たちは夕食を取る事になった。
「で、結局未優さんと一緒に行動するの?」
「そうした方が良いだろうな」
「ふーん」
愛理姉は口をモゴモゴさせたままうなずいた。
ちゃんと飲み込んでから返事してくれれば良いから。
「将君って小さい頃、あんな感じだったのかな?」
「覚えてないな」
そして、話がはずんだ頃に百合姉は一つのビデオを取り出した。
それをテレビに読み込ませ、画面には文字が。
「 心 霊 ビ デ オ 」
「百合姉それはダメ!」
理子姉は半分涙目になりながら百合姉に言った。
俺たちも何となくそれっぽい雰囲気を出していたが、百合姉は笑顔で言う。
というより、美香姉は既に眠ってしまったようだ。
「涼しい方が良いじゃない」
良くないわ。
そして、リモコンで「再生」ボタンを押してしまった。
百合姉は部屋の明かりまで消して、画面を凝視した。
理子姉と愛理姉は震えながら互いに寄り添いあい、そして案の定叫ぶ。
画面に、青白い女の人の顔が。
「いやああああああああああああ!」
「きゃああああああああああああ!」
やはりこうなった。
眠ろうとしている俺の隣に愛理姉と理子姉が寄り添っていて、震えている。
さっきのホラービデオがよほどこたえたらしく。
「将君、怖いよ……」
「一人じゃ眠れない」
愛理姉は俺の腕をがっしり掴んだまま、離す様子が全くない。
何だか喉も渇いてきた。
「飲み物、買いに行くか?」
「うん」
「行く」
近くで見つけた自動販売機でコーラを買った。
風が木を揺らす音で愛理姉と理子姉は震え上がり、俺に抱きついてくる。
その二人が可愛く見えてしまい、俺はしばらく立ちすくんだ。
「怖いから早く戻ろうよ」
愛理姉は震えた声で言った。
理子姉も俺にしがみつきながらうなずく。
俺はため息をつくと、姉さんたちと部屋に戻った。